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何が何でも逃がさない!

「……んっ」


 少年の口に舌を入れ、絡ませ、唾液を流し込んでいく。

 聖女の涙はあらゆる渇きを癒し、聖女の口付けはあらゆる傷を癒す。

 私は聖女として召喚されてから、ずっと異世界の各地を巡り、様々な人々を癒してきた。


 つまり、私は老若男女問わず、数え切れないほどの人達とキスをしてきたのだ。

 覚えているのはファーストキスだけ。

 セカンドキスもサードキスも、名前も顔も覚えていない人達と交したものだ。


 嫌だった。けど拒絶できなかった……。


 何故なら、それこそが『聖女』の役目だからだ。

 戦争で疲弊した市民を兵士を、その所属に関わらず癒すというのが私の仕事だった。

 

 その変わり、私は戦時下にも関わらず、安全で快適な生活を約束されていた。

 『聖女』とは異世界に住む万人にとっての『聖女』であり、ただ一つの例外もなかった。


 そして、そのお役目には強制力がある。

 目の前に苦しんでいる人がいるとする。


 嫌な……人として最低の人間だ。


 でも、そんな事は関係なく、私は『聖女』という一つのシステムとしてその人を助けた。

 苦しむ人を目にしたら最後、私の意志や感情を無視して、その人をなんとしてでも助けなければ! といった使命感に支配されてしまう。

 その後に起こったことは、今になっても思い出したくはない。


 私が唇を離すと、燐光が収束していく。


「…………」


 少年は穏やかな顔で眠っていた。

 青白かったのが嘘のように、顔色がいい。

 念のため、傷を確認すると、そこには傷跡一つない綺麗な肌があった。

 シャツにも当然血は付着していたが、シャツの色と、時間帯のおかげでそれほど目立ちそうにない。

 問題はズボンだ。

 こげ茶のズボンは血で真っ赤に染まっており、そうそうごまかせそうにない。

 まぁ、その辺に関しては、少年自身にどうにかしてもらうしかないだろう。


「ふぃぃ……」


 とりあえず、一段落。

 助けられて良かった……良かったけど……。約束、破っちゃたなぁ……。

 

 後悔はしてないけど、胸にモヤモヤしたものが溜まる。

 むこうでは、今さら何言ってるんだと笑われたこともあったけど、やっぱりキスは好きな人とだけしたいよ。

 ただの治療行為といえばそれまでだけど、私にはどうしてもそうは思えない。

 キスをしてもいいと思える、たった一人の大好きなと、結婚して添い遂げる。

 それが当たり前のことだと思っていた12歳の頃の私にはあまりにも衝撃が大きかった。


「こっちに帰ってくれば解放されると思ってたのに……」


 何一つとして、思い通りにいかない。

 強制力――――聖女としての制約から逃れるために、むこうで築いたすべてを捨てて帰ってきたのに、初日からすべて無意味だと気づいてしまった。


 男には戻れず、家族には会えず、『聖女』から逃げられず。

 そして行き場もない。


「…………うぅっ」


 項垂れていると、少年が呻き声を上げた。


「わっ!」


 ど、どど、どうしよう!?

 意識戻ったならこの場を離れた方がいい? それとも、少年から情報を得た方がいい? うわぁっ! どうしたらいいんだよぉっ!


「…………あの?」


「ひ、ひゃいっ!」


 そうこうしている内に、少年の意識が戻り、私はバッチリ姿を見られてしまった。

 その上、なんか変な声上げてしまった。


 恥ずかしぃ……。


 だが、こうして見られてしまったなら仕方がない。

 というか、現時点では見られてしまっても特に問題はないはずだ。

 口付けの事も、傷のことも少年には意識がなかったはずで、なんとでも言い訳ができる。

 方向転換! 少年から情報を引き出そう!


「君は……一体?」


 少年が不思議そうに首を傾げる。


 さっきも思ったけど、この子本当に美少年だなー。意識朦朧としてる時も変な色気があったけど、こうして目がパッチリしてると、なおさら可愛さが際立つって言うか……。


「…………っ」


 少年の顔が真っ赤になって、顔を逸らす。

 その時になって、私は初めて少年をじっと見つめていたことに気付いた。


「あっ、ごめんっ!」


 なんだよぉっ! そ、そんなに恥ずかしがられると、こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃんよぉっ!


 カァァと私の顔まで紅くなってくる。


「い、いえっ……こちらこそ……何かすみません」


「う、うん」


 ――――閑話休題かんわきゅうだい


「僕は深谷ふかやつかさと言います。君は?」


「えっと、私は――――」


 答えようとして、私は気付く。

 

 えっ? え? 今もしかして深谷って言った? 聞き間違えじゃない……よね?

 

 深谷といえば、未散の家族だ。

 それのみならず、深谷つかさは未散の弟で、当然私も交流があった。

 時間の流れが同じなら今は十三歳で中学二年生のはず。


「…………」


「あの……?」


 はっ! ダメだっ! 驚きのあまり固まってしまった。


「ダ、ダイジョブ、ダイジョブッ!」


 何故か片言になってしまう。

 同時に、私はある事を思いつく。


 これってもしかしたらチャンスじゃない? 深谷家はウチと繋がりが深い。少年――――つかさと接点を持てたら、自然と家とも接点ができるかもしれないっ!


 蓮として家に戻れずとも、なんとか接点を私は作りたい。

 そのために、言い方は悪くなるが、つかさを利用――――もとい協力してもらうのは悪い手ではないと思う。

 何より、交流があれば、いずれ私だと気づいてくれるかもしれない。

 状況によっては、私が蓮であることをカミングアウトできるかもしれない。

 あくまで、状況によっては……だけど。


 だとすれば――――


 このまま挨拶して終わりにはできないよね?


「うっ!」


 私はしゃがみ込んで頭を押さえる。


「どうしたんですかっ!?」


「あ、頭がっ! 割れそうに痛いのっ!」


 もちろん演技である。


「あぁっ……はぁっ……っ!!」


「きゅ、救急車っ!」


「待って!」


 走って行きそうになるつかさを慌てて引き留める。

 そのまま、半ば抱きつくようにつかさに身を寄せた。


「あ、あの!?」


 掴んだ腕を胸に押し当てると、つかさが狼狽するのがはっきりと分かった。


「行かないでぇ……」


 私は上目づかいで、涙さえ零してみせる。

 聖女として、淑女としての振る舞いを教育されはしたが、こんなに熱を入れた演技は初めてかもしれない。


「えっ? ええ!? でも、どうすればっ……」


 つかさは混乱している。

 無理もない。

 傷を負って目覚めれば、知らない女の子がいて、その子が苦しみだしたと思えば迫ってきているのだ。

 あまりにもカオスな状況だった。


 ごめんね、つかさ。でも私も手段を選んでられる状況じゃないんだよ。


「思い出そうとすると、頭が痛んで…………分からないの…………」


「分からない?」


 つかさが頭上にハテナマークを浮かべているのが容易に想像できた。

 でも、頬を伝う冷や汗から、嫌な予感を感じているのは間違いない。


「自分の名前も……何も思い出せないの……」


「そ、そんなっ……でも、僕には……」


 私が記憶喪失を装うと、つかさは明らかに困惑した。

 その表情には、関わりあいになりたくないといった感情が目に見えて表れている。


 つかさはいつからこんな冷たい子になってしまったんだろう。


 つかさを逃がすまいと、私はより強くつかさの腕に絡みついた。

 

「――――っっっ!!?」


 その瞬間、つかさの顔が瞬間湯沸かし器のごとく沸騰した。

 さすがは思春期真っ盛りの中学二年生(想定)。

 色仕掛けは効果抜群のようだ。

 私としても、出会ったのがつかさだったのは本当にありがたかった。

 さすがに、見ず知らずの男の人に、こんな露骨な事はできなかっただろう。

 

 しかし、つかさもさすがと言うべきか、そうやすやすと陥落はしないようだ。


「け、けけ、けけけ警察に行きましょう!」


「…………やだぁ」


 つかさにはガッカリだよ!

 言うに事欠いて警察? 私に養護施設に行けってこと!?

 そもそも、私はつかさの事をキスまでして助けてあげてるのに!

 まして、私に抱きつかれるなんて異世界じゃ王族だって泣いて喜ぶような事だよ!?

 私のキスだけでもつかさが一生の内に稼ぐ金額よりも価値があることなのに何ふざけた事言ってんの!


 なりふりなんて構っていられない。

 この数時間で私はよく分かった。

 改めて理解した。

 私はどうしようもないポンコツだ!

 悔しいけど、悲しいけど、認めよう。

 そんな私がこんな千載一遇のチャンスを逃して生きていけるだろうか?

 いいや! 無理だ!

 数日も持たずに野垂れ死ぬか、怖い人たちにドナドナされるのが落ちだろう。


 だから、つかさ――――


 絶対に逃がさないから!


「お?――――て! ええ!?」


 私は一旦つかさの腕を開放すると、油断するつかさの胸に飛び込んだ。

 つかさの胸に顔をうずめ、言った。


「つかさくん……助けて……」


 その一言だけは、演技ではなく、本心だった。


「っ!?」


 その本心からの一言がつかさの心に届いたのか、つかさは大きく溜息をついて――――


「と、とりあえず、家来なよ。ああ、安心して、家族もいるから」


 と、言ってくれた。


「!!」


 つ、つかさああああっ!!

 無理言ってごめんねっ! そしてありがとうっ!

 女の子に配慮もできるようになって、立派になったね!


「つかさくん、ありがとうっ!」


 下から見あげるように、言葉でも私は感謝を伝える。

 つかさはまたしても顔を赤くして、頷いた。


「そ、そろそろ離れてっ」


「あっ、ごめんねっ」


 私は要望に従って素直に離れる。

 これ以上困らせて、印象を悪くしても仕方がない。


 ただ、


「うっ……なんで手を握るの?」


 それはもちろん、逃がさないため。

 それを素直に口にする訳にもいかないので、私は――――


「えへへっ」


 とりあえず、笑っておいた。

 すると、つかさは二度目の溜息をつき、手を握られることを諦めたようだ。

 女の笑顔と涙は武器! 本当だねー。


「はぁ……それじゃ、行こうか?」


「うんっ!」


 私はつかさに手を引かれて歩きだす。

 しかし、まだ安心する訳にはいかない。

 本番はこれからなのだ。

 未散や深谷家のご両親はつかさのように簡単にはいかないだろう。

 私はどうするか考えながら、繋がれた手の先、久々に再会したつかさの横顔を見て、頬を緩ませるのだった。

清楚系ビッチ系清楚。

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