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貴方…誰?

 歩きだした……はいいんだけど――――

 

 特に目的地を決めていた訳ではなかった。

 ただ、人通りを求めて、過去の記憶を頼りになんとなく歩いていただけ。

 そうして私がたどり着いたのは、ものすっごく見覚えのある一軒家だった。


「……良かったぁ……ちゃんとあったよぉーっ! うぅ……」


 喜び、懐かしさ、寂しさ。

 そういったものが一片に襲ってきて、私はまた涙目になっていた。


 何の変哲もない一軒家だ。

 特徴を上げるとするなら、小さいながらも庭付きで、その外観は白く、真新しいといったぐらいか。

 大きすぎるわけでも、小さすぎる訳でもなく、一般家庭が理想とする夢のマイホーム。

 その典型的な姿だ。


「懐かしいなー。嬉しいなー。みんな元気かなー?」


 三年前、私の召喚の半年前に両親が建てた家だ。

 両親はどちらとも親に恵まれず、不遇な子供時代を過ごしたという。

 そんな両親が過去を払拭し、子供と一緒に幸せな家庭を作り上げるという誓いの元に建てられた家である。


「父さん……母さん……幸也ゆきや……」


 走馬灯のように露がかった家族の姿が脳裏を過ぎ去り、すぐにでも家に入ってしまいたい衝動に駆られる。

 しかし、それはできない。


 会って何て言えばいいんだよ……女になったけど貴方達の息子の蓮ですって? そんなの信じてくれるわけないじゃんっ!

 

「…………」


 かといって、私には他に行くところもない。

 玄関に向かって物欲しそうな目を向けて、私は立ち尽くした。

 

 ガチャリ――――


 そんな時だった。

 隣家のドアが開く音が私の耳に届いたのだ。


「あっ、この家は……」


 家族ぐるみの付き合いのあった未散みちるの家だ。

 外装はほとんど私の家と同じで、違う点といえば真っ白な私の家と違って、深みのある紺色な所。

 両親と未散の家族もまた幼馴染であり、家を建てるにあたっても、両家で相談して隣に建てたというぐらいに仲がいい。


 このままだと不審者だと思われちゃうかも……。


 知らない女が家をじっと眺めていれば、それはもうどこからどう見ても怪しい光景だろう。

 だけど、そういう現実を理解しているはずなのに、私の脚は一向に動こうとはしない。

 やがて、玄関から一人の少女が、苛立たしげな声と共に顔を覗かせた。


「ああっ! もうっ! つかさの奴何してんのかしら! 約束の時間過ぎてるじゃないっ!!」


 色素の薄いブラウンのセミロングの髪と瞳。

 顔立ちは凛としていて、どことなく意志の強さを感じさせる。

 まるでモデルと見まごうとばかりにスタイル抜群で、女性にしては高い身長が、少女を可愛いと言うよりは女が惚れるカッコイイ女というような印象に仕立て上げていた。

 もう数年もすれば、男女問わず、誰もが羨む美女に化けるだろう。

 そんな少女だった。


「未散……」


 思わず名前を口に出していた。

 今の私と同じくらいだった身長は比べ物にならないくらいに伸びているし、見ているだけで悲しくなってくる程スタイルいいし、もうのすごい美人になってるけど、私には分かった。

 間違いなく幼馴染の未散だ。


 同じ年に生まれ、実の家族のように一緒に育ち、学校の行事も旅行も日常も全部一緒だった未散だっ!


「……ん?」


 呟いた言葉が届いたかどうか、それは定かではない。

 ともかく、未散は私を見て、目が合った。

 正直に言えば、私は期待していたんだと思う。

 どんなに姿形が変わったとして、家族やそれに次ぐ人達なら私に気づいてくれるんじゃないかって……。

 そんな馬鹿な想像をしていた自分を私は否定できなかった。


 だけど――――

 そんな溢れんばかりの思い出も、感傷も。


「誰?」


 その一言に掻き消された――――












「はぁ……はぁ……はぁ……」


 気づけば私は走っていた。

 しかし、虚弱体質で、幼児並みの体力しかない私が長い距離を走り続けられる訳もない。

 必然、未散の視線から逃れた後、通りの陰に身を隠すとすぐさま立ち止まり、息を整えた。


「うぅ……はっはっは……」


 百メートル程度走ったくらいで……こんなに疲れるなんてっ……。


 自分の体力のなさを舐めていた。

 幼児並みどころか、幼児以下だ。

 異世界で世話をしてくれたメイド達が懐かしいと同時に恨めしい。

 何不自由ない生活だった。

 そのせいで、私は介護必須の人間になってしまったのかもしれない。


 それにしても――――


「……『誰?』……か……」


 当たり前だ。

 もし、私に気づいたら、エスパーか変人じゃないか。


「でも……」


 それでも気づいて欲しかった。


 私は未散だって気づいたのに……何で未散は気づいてくれないわけ?


 私が未散が未散だと気付けたのは、未散の家から出てきたのだから当たり前。

 そんな道理はどうでもいい!


「気付いてよぉ……」


 理不尽な事を言っている自覚はあった。

 私はいつからこんなにも面倒くさい人間になってしまったのだろう。

 きっと、なんもかんも異世界が悪いのだ。

 デロデロになるまで甘やかされて、絶望に叩き落とされて、それでも幸せだと感じた事も多かった異世界が全部……全部……。


「…………」


 ようやく呼吸が落ち着いてきた。

 私はコンクリートブロックの壁に背を預けて空を見上げる。

 空は――――そんなに綺麗じゃなかった。


 星……あんまり見えないな……。


 異世界でいろんな国を回った。

 様々な特色があり、嬉しい事も、嫌な事もあった。

 それでも、満面の星空だけはどこも共通していた。


 それに比べると、日本の空はもやがかかっていた。

 ここ、日本でもけっこう田舎なんだけどな。


 その代わりに、ここには家族がいる。

 手は届きそうにないけど。


「はぁ……これからどうしようかな……」


 結局のところ、何も解決していない。

 暗闇が深さを増しただけで、むしろ悪化しているとさえ言えた。


 そんな時の事だ。


「うっ……」


 呻き声が聞こえた。


「――――っ!?」


 不穏な気配に私は飛び上がって驚く。

 恐る恐る音の方へ視線を向けると、そこには一人の少年がフラフラと覚束ない足取りで歩いていた。


 な、なんだっ……子供か……。


 ほっと息を撫でおろす。

 見た所、少年はまだ12、3歳程度の幼さの残る少年だった。

 だけど、何か様子がおかしい。


「あの……大丈夫……ですか?」


 酔っ払いのように千鳥足な少年に問いかける。


「う……ぁ……」


 数瞬して、少年が俯いていた顔を上げた。


「っ!?」


 ビ、ビックリしたっ!

 

 少年はものすごい美少年くんだった。

 中性的な容貌に華奢な体躯。

 未散と同じく色素の薄いブラウンの瞳と髪。

 一見してハーフに見える。

 アイドルと言われてもあっさり信じてしまいそうな少年だった。


 ジャニーズとかにいそうかも……。


 そんな事を考えているときに、私は気付く。

 少年の顔はどんどんと蒼白になっていた。

 肌が白いからより顕著にそれが分かる。

 明らかな異常事態だ!


「ちょっ! 大丈夫っ!?」


 慌ててフラフラ揺れている身体を支える。

 同時に少年が膝をついた。


「っ! 重っ!?」


 少年は小柄で華奢だ。

 しかし、私の手にかかれば小型犬ですら大荷物となる。

 積載制限が五キロの私に少年を支えられるはずもなかった。


「ご、ごめんね!」


 謝りながら、少年をゆっくりとその場に寝かす。


「リリ! どうすれば――――」


 あっ……もういないんだった……。


 困った時はお付きのメイドのリリに相談すれば、何でも解決してくれた。

 しかし、もう私の傍にはド○エモンの秘密道具並みの優秀さを誇るお付きのメイドはいない。

 全部、自分で解決しなければならないのだ。


「えっとっ……えっとっ!」


 焦りだけが募る。 

 

 携帯はないし! えぇと、この近くに公衆電話もなければお金も持ってないっ! あ、そうだ!近くの家で電話貸してもらえば!


 私は急いで近所を回る。

 しかし、十数件の家のインターホンを鳴らしてみても、一向に反応がない!


「な、なんでぇー?!」


 私は、一度少年の様子を見るために戻る。

 少年は先ほどよりも明確に息を荒げ、お腹の辺りを押さえていた。


「お、お腹がいたいの?!」

 

 私は確認のため、少年の服の裾を捲りあげ――――息を呑んだ。


「…………こ、これ!」


 真っ赤だった。

 下腹のあたりに、刺し傷のようなものがあり、そこから血が流れていたのだ。

 私は夜闇と、少年が着ていたのが赤いシャツのせいもあって、それを見過ごしてしまっていた。

 もちろん、少年が傷を隠そうとしていたのもあるだろう。

 とにかく、一刻を争う事態だ。


「…………この出血量だと……長くはもたない……」


 異世界で似たような傷を見たことがあった。

 その人はすでに手遅れだったが、傷を受けて十五分後にはもう意識不明で危険な状態だったという。

 少年を見つけてどれくらいの時間が経っただろうか。

 分かるのは、時間がないというただ一点だけだ!


 悩んでる時間はないっ! …………ごめんね、レヴィ……。


 僅かな罪悪感を胸の奥にしまう。

 ドレスの裾を少し破って、少年の傷口に押し付けた。

 今さら意味はないと思うけど、やらないよりはマシだっ!


「セットアップ! 聖女起動!」


 できるはずだ。

 私が力を失っていない兆候ちょうこうはいくつもあった。

 そして、恐らくは、制約も同じく……。


 私の身体を優しい燐光が包む。

 見るものすべてを癒し、浄化する聖なる光。

 私は異世界には行ったが、物語でよくあるような戦争には参加していない。

 私がやったことといえば、人々の傷や心を癒したり、悪霊を浄化することだ。

 悪霊以外には攻撃力という点では皆無に等しい。

 

 でも、そういうのも戦争の終わりと同時にやめたんだけどね……。

 レヴィ……本当にごめんなさい……。


 私は今から、約束を破ろうとしている。

 眼前の少年を見つめ、私は唱えた。


「清浄なる光よ。人々から遍く痛みを取り払いたまえ……」


 燐光が強くなり、少年まで覆った。

 私は癒しを送るために、少年の唇に自分の唇を近付けていく。


 脳裏にレヴィの顔が浮かぶ。

 私は一瞬だけ躊躇し、振り払うように少年と唇を重ねた――――

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