家族と絆 Ⅳ
夕食で出された巨大なハンバーグに、自家製チーズをふんだんに使ったサラダやグラタンでお腹を満たした私達は、少し周辺を散策することにした。
幸也が男女ペアにしようと提案し、私とつかさ、未散と幸也に別れる。
「星……綺麗だね」
「あっ、本当だ」
空を見上げると、満面の星空。
オーガナイザを少しだけ思い出し、私はノスタルジックな気分に浸る。
広大な土地。
夏でも、日が落ちればそれなりに過ごしやすく、空気が最高に美味しい。
少し道を外れれば、豊富な緑が生い茂っていた。
「姫――――じゃなくて、蓮姉のお父さん見なかったね」
「うん。でもしょうがないよ。お客さんは私達だけじゃないんだし」
幸也に聞いたところによると、お父さんはずっと厨房にいたらしい。
ずっと営業の仕事をやっていたお父さんが料理とはびっくり仰天だったけど、食べた料理はとても美味しかった。
また、今日は、私達以外にも二組のお客さんがいた。
どちらもカップルで仲睦まじそうだった。
食事の時に見ただけだけど、なんか羨ましなんて私は思ったりして。
……つかさは今の私の事、どう思ってるんだろう?
あと――――
「呼びにくいなら姫って呼んでもいいんだよ? 皆に通ってる名前はそっちだし」
未散はともかく、つかさは不器用な面があるから、他の人の前で蓮呼びしないか少し不安。
もちろん、本名を呼ばれるのは嬉しいんだけどさ。
「少し切り替えが難しい所はあるけど……やっぱ蓮姉は蓮姉だから!」
「蓮姉か……」
私はクスリと笑う。
そう呼んでくれるってことは、少なくとも、ほんの少しくらいは私を女の子だと思ってくれてるってことだから。
その私の笑いを何か勘違いしたのか、つかさは慌てて言う。
「も、もしかして…女扱いされるの嫌だったりする?」
「今更それ?」
「そ、それは……」
つかさはおどおどと視線を彷徨わせる。
私が蓮と知ってから、つかさは少しだけ下手に出ることが多い。
ようは、未散に対する態度みたいなものだ。
そういう所は可愛くていいと思うけど、……でも、もうちょっと男らしく来てくれると嬉しいと感じるのは私の我儘かな。
それとも、少しだけ立浪くんに影響を私が受けたんだろうか。
「……嫌じゃないよ」
私はつかさに寄り添って、つかさの手を握った。
手が触れ合った瞬間、つかさの手がビクリと震えた。
でも、それは一瞬で、すぐに握り返してくれる。
それが、たったそれだけが嬉しくて、私は涙が出そうになった。
「私……もう自分の事女だと思ってるから。……私、気持ち悪いかな?」
「そんな事ないよ。正直、僕も女の人にしか思えないから。あ、あと……蓮姉……可愛いと……思う」
「ふふっ、ありがと」
可愛い……可愛い……可愛い……。
つかさがそんな事言ってくれたの初めてじゃない?
すっごい嬉しい……。
「でも、そっか……」
私は嬉しさを噛みしめるように、可愛いと言って恥ずかしがるつかさの顔を見てやろうと、視線を上げた。
確かにつかさの頬は軽く紅潮していたけど、それだけじゃない。
どこか、複雑そうな表情だった。
「どうしたの?」
私はそう尋ねる。
「ううん! なんでもない!」
つかさはすぐに笑顔を浮かべて首を振った。
ただ――――
「僕が言うべき事じゃないと思うから」
それだけを私に告げた。
「あっ、未散だ!」
しばらく歩き、体力不足の私はすぐに根を上げてしまう。
来た道を戻り、私はペンションのすぐ近くの竹林で未散の姿を見つけた。
すぐ傍には、当然ながら幸也の姿。
だけど、何か様子がおかしい。
特に、幸也は顔が真っ赤で、ものすごい緊張しているように見えた。
もしかして! と私は思い至り、気にせず進もうとするつかさの手を引っ張った。
「つかさ! ちょっとストップ!」
「ん? どうしたの?」
つかさは何も理解していないようだけど、私の言葉に素直に従って、その場に立ち止まった。
私はつかさの手を引いて、近くの木陰に身を隠した。
幸いなことに、ここら辺は緑が豊かで身を隠す場所に困ることはない。
私とつかさは身を寄せて、息を殺した。
「隠れてどうしたの? 二人に声かけないの?」
つかさが私の耳元で囁く。
吐息が直接耳たぶに触れ、私は飛び上がりそうになった。
「――――っ!? み、耳元で囁かないで!」
「……蓮姉が小声で話せって言ったのに」
ゾクッてした! 今すっごいゾクッてしたよぉっ!
恨みがましくつかさを睨むと、つかさは文句を言いながら、シュンとした。
犬みたいだった。
そんな下らないやりとりをしている間にも、未散と幸也の話は進んでいる。
今、幸也は未散のテンションを上げようと、ひたすら持ち上げていた。
久しぶりに会ったら綺麗になってただの、服が可愛いだの……よくもそんな歯の浮くセリフが言えるものだと我が弟ながら感心する。
「幸也の好きな人とか聞いたことない?」
「幸也の好きな人? それは……あっ、そういう事か」
私の問いかけを切っ掛けに、つかさもこの状況を悟ったみたいだ。
同時に、私にジトッとした目が投げかけられた。
「……もしかして、覗き見する気?」
「そんな事するはずないでしょ。ただ、偶然、私達は居合わせただけなんだから」
「……まぁ、嘘じゃないけどさ」
つかさはあまり乗り気じゃないみたいだ。
だけど、私は気になった。
気になるなんてもんじゃない、超ー気になる!
褒められた行為じゃないのは分かってるけど、このまま帰っても絶対眠れない。
そうと決めた私は、木々の隙間から二人の様子をそぅっと覗き見、漏れ出る声に耳を澄ました。
なんだかんだ言いながら、つかさも気になるようで、私と同じような体勢になっていた。
私――――深谷未散は困惑していた。
昔の顔馴染みという事もあって、幸也と行動することに否はない。
ただ、三年という時間は長く、あまり会話が長続きしない。
年上という事で何かと私から話題を振ってみるものの、空返事ばかりが帰ってきた。
そうして私が気まずさを感じていると、強引に腕を掴まれ、ペンションから少し離れた竹林に連れ込まれた私は、自分の鈍さを思い知った。
「あ、あの……」
幸也は顔を真っ赤にして、何かを告げようとしている。
その姿は、私の記憶にあるいくつもの符号と一致していた。
――――ああ、私に告白しようとしているんだ……と。
告白されるのは大嫌いだ。
だけど、読者モデルという仕事をしている分、交友関係は広くなるし、これまで何度も告白は経験している。
それが、嫌で嫌で、どうしようもなかった。
人が嫌いな訳じゃない。
私に告白してくれる人は皆真剣だった。
決死の覚悟で想いを伝えてくれて、中には泣く人もいた。
恥も外聞もなく泣くなんて、男らしくないなんて、私の友達には言う人もいるけど、それだけ真剣だっていうことの表れだ。
好きな人と一緒にいられる喜び――――それを誰よりも知っているつもりの私は、彼らを情けないなんて思える訳がない。
ただ、私は何も感じないのだ。
告白されても、断っても、何も感じなかった。
そんな冷酷な自分を自覚せざるおえないから、告白されるのは大嫌いだった。
だから、幸也の告白も、いつも通りにすればいいと……そんな風に私は考えていた。
「ずっと前から好きでした! 俺と付き合ってくださいっ!」
静まり返る木々の中、幸也の必死の声色だけが響き渡った。
私は幸也の目を見て、ニッコリ微笑む。
「ありがとう」
感謝。
嬉しいのは本当だった。
だけど――――
「でも、ごめん。私他に好きな人がいるから」
告げた。
いつものように。
期待に満ちていた幸也の顔色が一瞬で変わる。
終わったな……と私は思った。
そして、幸也が遠くに住んでいることに感謝した。
私って本当に最低だと思う。
だって、幸也も蓮と同じく幼馴染のはずなのに、ちっとも罪悪感を抱かないんだから。
告白を断って傷つく? 馬鹿みたい……。
「じゃあ先に戻ってるから」
私は冷たく言って、幸也に背を向けた。
「――――っ!?」
その瞬間、また腕を掴まれる。
「…………幸也、離して?」
そう言うと、幸也の身体がビクンと震えた。
ギリッと幸也の指が私の腕に食い込み、私は眉根を寄せる。
「……僕さ、蓮兄に似てるって最近言われるんだ」
「……それが?」
蓮という名前を出されて、私の声色が低くなる。
幸也が何を言いたいのかを、私は察してしまうから。
自分の勘の良さはあまり好きじゃない。
先の展開を予測して、苛立ってしまう。
そのくせ、大事な時には勘が働かないんだから救えない。
いつだって、私は先を予測して、身悶える。
つかさと蓮のこれから。
もし、蓮を私が誰よりも早く気づいてあげられたなら、何か状況が変わっていたんだろうかと、後悔ばかりが先に立つ。
「俺が蓮兄の代わりになれないか?」
ナニイッテルノ?
チリッと脳裏が何かに焼かれているような熱を私は感じた。
「蓮兄はもういないんだ……未散姉が蓮兄に事をまだ好きなのは分かってる! だけど、代わりでもいいから俺のことも見て欲しい!」
悲痛な告白だった。
誰かの代わりでもいい? そんなはずはない。
それほどまでに幸也は私の事が好きでいてくれてるんだろう……なんて風には私は到底思えなかった。
事情を知らないんだから仕方のない面はある。
三年という月日は、人を忘れるには十分な時間なのかもしれない。
でも、でも――――
私は冷め切っていた。
幸也の言葉は私には欠片も届かない。
頭の中の熱が急速に冷め、腕を掴む幸也の手に嫌悪を覚えた。
嫌悪を覚えた瞬間、私の身体は全自動のように過不足なく動き、自由なもう片方の手で幸也の頬を引っ叩いていた。
「……最低っ!」
罵倒しながら、やってしまったと同時に後悔する。
幸也は彼なりに考え、悲しみ、私に前を向いて欲しいと思っていたのかもしれない。
幸也の事はよく知っている。
三年前まで、顔を合せなかった日の方が少なかった。
それでも……ダメなのよ……。
蓮がもういない……そんな風に言われるだけで、私は冷静さを失って、ヒステリーになってしまう。
それが原因で、私は中学時代ずっと一人だった。
蓮がいなくなって、気遣ってくれる友達が、何よりも蓮の不在を意識させてしまうから。
優しく、仲の良かった友達は離れていき、私はずっと一人。
蓮の帰りを只管待っていた。
だから、分かっていても言ってしまう。
幸也は私なんかよりも辛い思いをしたと知ってなお――――
「蓮は蓮よ。……幸也じゃ……代わりなんてなれない……ううん、誰にもなれるはずない!!」
言いきって、呆然とする幸也の手を振り払い、走り出す。
目的地なんてなかった。
ただ、この場から離れたい。
その一心だった。
「……っ……っっ……」
駆け出しながら、私の胸中を満たすのは、後悔だけ。
泣きたい。
だけど、泣けない。
蓮がいなくなって、枯れる程泣いてから、私はどれだけ悲しくても、泣けなかった。
「わっ!」
ある程度走ると、木々の横を通り過ぎたと同時に気の抜けた声が私の耳に届く。
聞き覚えのある声に、私が足を止めると、そこにいたのは蓮とつかさだった。
蓮は罰の悪そうな表情を浮かべ、私から目を逸らす。
蓮! 蓮! 蓮!
蓮はそこにいる。
私の脳裏を蓮との思い出が駆け回り、堪らない気分にさせる。
「蓮!」
私は蓮に抱き付いた。
「え? わぁっ!?」
蓮は驚きながらも私を受け止めようとするけど、非力な蓮には無謀な挑戦だった。
二人揃って地面に倒れ込む。
「蓮! 蓮! ここにいるんだよね?! どこにもいかないよね!?」
蓮の存在を確かめるように、私は蓮の身体をまさぐる。
「ちょっ! こんな所でどこ触って! ……え?」
私の顔を見て、蓮は唖然とする。
私が泣いていたからだ。
三年ぶりの涙に、私はしゃくり上げた。
「もう私を一人にしないで!」
蓮は私の半身だった。
二人で一つだった。
蓮がいたから、楽しかった。
私は傍でおろおろしているつかさに、怒鳴りつける。
「あっち行け!」
「ええ!?」
突然そんな風に言われたつかさは、戸惑い、私の顔を二度見した後、溜息を吐いてその場から去った。
まさか、弟に嫉妬する日が来るなんて、夢にも思わなかった。
私は人目がなくなったことで、蓮の胸に顔を埋めて咽び泣いた。
蓮はいつからか、私の頭を撫でてくれていた。
そして――――
「……よく分かんないけど、好きなだけ泣いていいよ。いつも未散には助けて貰ってるから……こうやって未散の弱い所を見せてくれると嬉しい……」
そう言ってくれた。
蓮は蓮だった。
口でどう取り繕おうとも、やっぱり私はどこか、今の蓮を受け入れきれてなかったんだと思う。
だけど、柔らかくて、フカフカで、華奢で私と同じシャンプーの香りがしているその子は蓮でしかなかった。
「う、うあああああっ!」
私はようやく果たした三年ぶりの半身との再会に、声を上げて、また泣いた。
あまり一人称で視点移動はしたくないんですが、物語に深みを持たせるためには必要なのかなー?




