家族と絆 Ⅲ
そこは、目を見張る程に美しい場所だった。
「わぁ……すごい……」
「……綺麗」
私と未散は、揃ってその景色に見とれた。
澄みきった空気に、豊かな緑。
山道を登るとふいに開けた所に出て、広大な土地が広がっている。
車に乗っていると、変わり映えしない風景だと思っていたそれは、また違った目線で見ると、途端に大きなスケールを持って輝きだす。
近くには競走馬の育成施設や、酪農牧場があり、そこを目当てにした観光客向けのペンションがそこかしこに点在していた。
その内の一つ。
ペンション『蓮の花』の前に、私たちは降り立っていた。
「ここがそうなんだ。いい所だね」
つかさが実際にペンションを見て、感心したような声を出す。
「だね」
それに関して、私も同感だった。
ペンションっていうから、木造の……ハイジの家みたいなのを勝手に想像してたけど、全然違う……。
そこはどちらかというと、小さなおしゃれな洋館といったイメージの場所だった。
色合いも、牛をモチーフにしているのか、白と黒の縞模様で、とってもキュートだ。
「さぁ、こっちへおいで!」
ここまで車を運転してくれた佐原さんがペンションのドアを開ける。
佐原さんは北海道に住んでいて、私の父と深谷パパ共通の知人という話だ。
私たちは物珍しそうに周りを見ながら、玄関をくぐった。
「いらっしゃいませ!」
そこで私達を迎えたのは――――
「幸也! 久しぶり!」
「ホント、久しぶりね」
弟の幸也だった!
六月が誕生日だから、つかさよりも一足先に十四歳になったはずだけど、私の目には昔のままに見えた。
短く刈った短髪に、人懐っこそうな笑顔。
犬を思わせる円らな瞳は、男女問わず、年上に非常に受けがよさそうだ。
私の頭にあったイメージ通りの幸也の姿だった。
油断すれば零れそうになる涙を、私はぐっと堪える。
こんな所で泣き出すと、変に思われるというのもある。
だけど、それ以上に、元兄、現姉として、弱い所を見せるのに抵抗のようなものがあった。
意味のないプライドかもしれない。
きっと、そう遠くないうちに、泣き顔をみられてしまうだろう。
それでも、私は我慢した。
「……ヨシヨシ」
顔を俯けていると、未散に頭を撫でられた。
私を受け入れるのに一番時間がかかったのは未散だったけど、一度受け入れると一番私の側にいて、気遣ってくれたのも未散だ。
「ん……もう大丈夫」
「そっか」
ありがとね……。
「その子は初めて会うよな?」
そんなやり取りを幸也は目敏く見ていて、声をかけられる。
何を言うべきか迷っている私に代わって、つかさが答えてくれた。
「ちょっと訳ありでさ……でも、家族みたいなものだから。幸也もそう思って接してくれていいから」
「ああ、オッケー」
幸也が私の前までやってくる。
そして、手を差し出してきた。
「始めまして。俺、一之瀬幸也って言います。このペンションのオーナーの息子です。何かあったら気軽に声かけてくださいね!」
満面の笑み。
環境の影響か、物怖じしない人間に育ったようで、少しだけ羨ましい。
「うん。姫って言います。よろしくね」
「姫……さん? で、いいですか?」
「う、うん」
なんだか、やり取りがぎこちない気がする。
つかさの時はもっと上手くできたはずなのに、つかさ以上にやりにくい。
緊張もあるんだろうけど、多分、今までで一番『姫』と呼ばれることに違和感を感じているせいだ。
動揺しつつも、私は差し出された手を握る。
私よりも小さかったはずの手は、私よりも一回り大きくなっていた。
ゴツゴツしていて、男の人の手。
「じゃあもう時間も微妙だし、晩御飯まで部屋で休んでたらどうだ?」
手を放すと、幸也は私達にそう言った。
時計を見ると、午後四時。
北海道での、とんでもない移動時間を考えると、確かにもう呑気に観光できる時間はないかもしれない。
そもそも、私達の目的は観光じゃないしね。
私達は同意を示すと、部屋に案内された。
「部屋もいい感じね」
「ね」
部屋は私と未散で一部屋。
つかさと運転手をやってくれている佐原さんで一部屋だ。
ちなみに、宿泊費に関しては、特別に無料。
食費もなしでいいと言われたらしいけど、深谷ママとパパはそれぐらいは……、と固辞した。
部屋の内装はまるでホテルのようだ。
大きなベッドが並び、テレビがあり、奥には大きなソファーがある。
外観同様に洋風で、天井には小さなシャンデリアが吊り下がっている。
「んんー!」
私は男性陣の目がなくなったのをいい事に、ベッドにダイブした。
フカフカで身体が弾む。
ワンピースが大胆にずり上がっているけど、気にしなーい!
「もう……蓮ったら……」
未散は呆れたような目で私を見ていた。
以前ならベッドダイブなんて未散がやりそうな事だけど、真相を知ってからは、少し自重しているように思える。
今でも家の部屋は同じだし、普通に抱き付いてジャレたりもする。
それでも、どこか遠慮というか……大人しいのは私の気のせいじゃないと思うんだ。
そりゃ、そうなるのも無理はない。
私は男に戻るつもりなんてさらさらないけど、未散は簡単に意識を切り替えることなんてできないだろう。
そう考えて、一時は私がリビングのベッドで寝ようかと提案したんだけど、速攻で拒否された。
「ふぅ……」
未散は大きく息を吐きながらバッグをベッドの枕元に置くと、そのすぐ傍に腰を下ろした。
移動時間があまりにも長かったせいで、疲れているんだろう。
「家で出てから七時間くらいかかったね……」
「そうね……。北海道に着いてからが長かった気がする……」
「景色変わらないもんね」
未散の言う通り、北海道に着いてからの車移動が辛かった。
飛行機の乗っている間は、むしろ元気いっぱいだった記憶がある。
それだけ、土地が広大だという事なんだろう。
「あー、なんだか寝ちゃいそう……」
「服が皺になるわよ」
「んー」
まるで母親みたいな事を言う未散に、私は思わず苦笑する。
私は寝ぼけ眼で、気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
「未散はさ、私の事気持ち悪くないの?」
「……なんでよ」
私の問いかけに、未散は私をキッと睨んだ。
「だって……女になってる訳だし……」
「別になりたくてなった訳じゃないんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど」
なりたくてなった訳じゃない。
だからといって、後悔している訳でもない。
考えてみれば、流されるがまま生きてきた。
そこに、私の意思はあったのかな……?
「男でも女でも、蓮は蓮よ」
「最後まで気づかなかったくせにー」
「そ、それは……そのっ」
悪戯っぽく、そんな事を私は言ってみる。
すると未散は一瞬慌てて、すぐにニヤニヤ笑う私に気づき、頭を叩いてきた。
「痛い……」
「蓮が調子に乗るからよ」
そうだ。
私達は、いつもこんな感じだった。
無言でも気にならなくて、傍にいるのが自然で、気の向くままに冗談や文句を言いあえる関係。
未散は、私にとって半身のような存在だった。
きっと、未散もそう思っていてくれていたはずだ。
「蓮はさ……」
「ん?」
戸惑いがちな未散の呼びかけに、私は寝ころんだまま返事をした。
未散は私に背中を向けていて、その顔を見る事はできない。
でも、その声色から、未散が少し緊張しているのが分かった。
「男に戻りたいとかって……思わないの?」
いつか、聞かれるだろうと思っていた問い。
その答えは、とっくの昔に出ていた。
「今は、思ってないかな。男の自分は……もう想像できない」
私が男に戻るという事は、女の人と付き合ったりするって事なんだろう。
女の人に恋をして、デートして、結婚する。
女の人の隣でタキシードなりなんなりを着ている自分をまったく思い浮かべることができない。
正直、また私が男になって、普通に生きていけるとは思えなかった。
「そう……やっぱり、そうなのね…………」
「うん」
しばらく無言が続いた。
未散は五分くらい私から背を向けたまま黙り込んだ後、何かを振り払う様にベッドの仰向けに倒れ込んだ。
「蓮……私達、ずっと友達だから……だから、もうどこにも行っちゃダメ……今度は許さないから、絶交だから……」
「うん、約束する」
もう、どこにも行ったりしない。
私がいるべき場所、帰るべき場所はやっぱりこの世界で、この家族や友人たちの傍だ。
――――ごめんね、レヴィ……さようなら……。
心の中で、私は静かにオーガナイザに残したきた想いに、別れを告げた。
十万字突破しました!
完結した訳でもないのに、妙な達成感がありますね(笑)
もう少し続くので、お付き合いくださいませ!




