家族と絆 Ⅱ
「えっ……」
「……はっ?」
「…………」
つかさと未散が突然の告白に唖然としている。
唯一、深山ママだけは、目を閉じ、落ち着いた表情で泰然としていた。
「ちょ! ちょっとちょっと! 待って! いきなり……何を……」
未散が私の顔を凝視している。
きっと、私の正気を疑っているに違いない。
立場が逆なら、私だってそうする。
「……えっと……姫が蓮兄? え?」
つかさが私を指さして、困惑している。
蓮兄かぁ……。
そういえば、私ってつかさにそんな風に呼ばれてたんだっけ?
そんな事も今言われるまで思い出すこともなかったな……。
「姫……一体なんでそんな事突然言い出すのよ……。蓮は……蓮はっ……」
未散が唇を噛みしめながら、声を荒げる。
でも、私の名前の後に続く言葉はいつまで経っても出てこなかった。
未散は今も、私の生存を諦めていないのだ。
確率がどれだけ低いとしても……。
「どこで蓮の事をを聞いたか知らないけど、悪い冗談はやめて!」
「そ、そうだよ……そもそも、蓮兄は男なんだよ?」
つかさが私の身体を一瞥し、確認を求めるように未散を見る。
未散は、はっきりと頷いた。
「姫は間違いなく女の子。さすがに同じ部屋で暮らしてて気づかないって事はないわ」
「そうだよね。……あっ、でも手術とかしてたら……」
「手術なら大金がいるじゃない。現実的に考えて、十二歳の子供がどうにかできる訳ない」
「……だよね。姫、どういう事?」
つかさと未散は言葉を交わしながら、可能性を消していく。
嘘を許さぬ真剣な眼差しが私を貫いた。
それだけ二人にとって『一之瀬 蓮』という少年が大きい存在だったかが、伝わってくる。
喜びと罪悪感が半分ずつ。
それと――――
「あはは……現実的、か……」
思わず、笑みが零れた。
私に起こった出来事は、非現実の極みのような出来事だ。
理解してもらうのが難しいのは、当たり前だ。
ここで過去のエピソードを一つ一つ語った所で、二人が想像することは予想がつく。
二人はきっと本物の私を拘束なりなんなりして、話を聞き出したと思う事だろう。
誰も私と蓮が同一人物などと思わないし、想像もしない。
蓮が行方不明だと考えると、それが最も自然な流れだ。
そして、私は誘拐の犯人、若しくは関係者。
「……何、笑ってるのよ」
イラついた様子で未散がガンを飛ばす。
つかさも不信感とまではいかないけど、明らかに疑問の目で私を見ていた。
ついさっきまで笑いあっていた二人から、そんな目で見られるのは、ものすごく辛い。
だけど、こればかりは中途半端にはしておけない事だ。
「ふぅ……」
息を吐く。
時間をかければ、誤解を解く事も十分に可能だろう。
だけど、私にはもっと簡単に解決する方法がある。
方法というよりも……願望かな?
険しい四つの視線を真っ向から私は見据えた。
そして――――
「未散……つかさ……深谷ママ……僕だよ……」
自然と、目尻から涙が零れた。
「――――っ」
未散が息をのむ気配。
私はただ、純粋に訴える。
『姫』としてでなく、どこまでも純粋に『蓮』として。
欺くための殻をすべて脱ぎ捨て、素を晒す。
「本当に蓮だよ……信じてよっ!」
初めて未散と再開したあの日。
気づいてくれなくて、悲しかったあの日。
あの時には、私はもう仮面を被っていた。
気づいて欲しいと思いながら、気づいて欲しくないと同時に思っていた。
別人のように変わってしまって、今の私が受け入れられるのかが心底恐かったから。
私は未散の事を一目で分かった。
あの時は誤魔化したけど、きっと未散の姿がどんなに変わっていようとも、人混みに紛れていようとも、見つけられる自身はあったよ!
未散が未散なら、私は絶対に見つけられる。
生まれた時から十二年間、ほぼ毎日顔を合わせた未散を間違えるはずがないよ!
――――それは未散も同じだって、私は信じてる。
素の自分を晒したなら、きっと未散は信じてくれ――――
「な、何言って――――」
未散は頭を押さえながら、その絶望的な言葉を告げようとする。
その刹那――――
「蓮兄?」
その声は、私の想像の外からやってきた。
「蓮兄ちゃん! い、生きてた!」
つかさが猛然と私に走り寄り、抱き付いた。
「きゃっ!?」
地面に押し倒され、抱きすくめられる。
「う……うぅぁ……良かった! 良かったっ!」
滂沱のように大粒の涙を零しながら、つかさが私の胸で泣いている。
抱きすくめられた私と、立ち尽くす未散が、その様子を呆然と見ていた。
「つ、つかさ……な、泣かないで?」
私は泣き続けるつかさの頭を撫でてやる。
同時に、困惑した。
な、なんでつかさが気づいたの!?
そりゃあ、つかさとも仲良かったけど、本当の兄弟みたいだったけど……気付いてくれるなら絶対に未散だと思ってた……。
あっ、でもそっか。
つかさは私に特別な力がある事知ってるんだ。
その情報のおかげで、未散よりも真実に近づいていたのかもしれない。
私は泣き止まないつかさから、助けを求めるように未散を見上げる。
未散は、私とつかさを視線で何度も往復させ、言った。
「……マジ?」
「……うん、マジ」
未散は考えることを放棄するように、テーブルの上で頭を抱えるのだった。
その後、一時間程かけて、女になった顛末や、ここ三年間の事。
あとは未散からの『蓮』に対する質疑応答に答え、つかさの手首にカッターで薄く傷をつけた後聖女の力を発動して治癒する場面を見せる事で、なんとか、ぎりぎり、なんとなーくではあるけれど、納得してもらう事に成功した。
ちなみに、自分の手ではなく、つかさの手を傷つけたのは、聖女の力は他者にしか及ばないからだ。
聖女が輝くのは常に美しい自己犠牲……という事らしい。
最後まで抵抗していた未散も、実際に私の治癒を見た後からは、明らかにトーンダウンしてしまった。
やはり、それだけインパクトがあったんだと思う。
なにせ、力を見せるという事は、私とつかさのディープキスを見せた訳で……。
そういえば、つかさは私とのキス嫌じゃなかったのかな?
もう意識から何からほぼ女とはいえ、つかさは男だった時の私を知っている。
でも、嫌だったかなんて絶対聞けない。
はっきり嫌だと言われると、ショックすぎるよ……。
「……………………ほけー」
未散が魂の抜けたような顔をしている。
目の前で手を振りかざしても、まったく反応がない。
未散の対応をつかさにお願いして、私はここまで何も言わなかった深谷ママと向き合う。
「えっと……あの……」
「ん、ああ、ごめんなさい」
声をかけると、深谷ママはすぐに目を開いてくれる。
そこに動揺の色はなく、まるで初めから私の正体に気づいていたかのようだ。
「気付いてたかって? やだもー、恥ずかしい話なんだけど、全然気づいてなかったわ。でも、そう言われてみれば、仕草なんかはほんの少し面影があるわね。女の子らしさに隠れてるけど」
「そ、そうなんだ」
良かった。
いつもの深谷ママだ。
「あの……今まで騙しててごめんなさい……」
もう一度、謝る。
すると、深谷ママはニッコリ笑って言う。
「姫ちゃん――――いえ、蓮ちゃんの助けになれたなら、そんなに嬉しい事はないわ。こっちこそ、私達を頼ってくれてありがとうって言いたいぐらい」
「そ、そんな!」
深谷ママ優しすぎるよ!
感動で泣けてくる。
「あ、あの……」
声が震える。
状況を理解してもらったからには、次の段階に進まなくちゃいけない。
この期に及んで、私は尻込みしていた。
もう、大手を振って両親の事を聞け、再会の際にも協力してもらえる。
それでも、私は――――
「そうねぇ……話さないと……いけないわね」
口籠り、何か言いたそうな私の様子を鋭く察し、深谷ママは目を伏せる。
その表情はとても悲しそうで、私の心臓はドクドクと大きくノックを繰り返す。
大丈夫! 大丈夫! 『もしも』なんてある訳ない……。
そんな理不尽があっていいはずがないじゃないかっ!
「もしかしたら、薄々気づいているかもしれないけど、蓮ちゃんの家は……今誰も住んでないの」
「……え?」
呼吸が止まった。
冷や汗が流れ、息苦しい。
アリエナイ言葉を聞いた気がした。
「す、住んでないって……一体……?」
嘘……嘘……嘘っ! そんなの信じない! まさかまさかっ! もういないなんて言わないよね?
血の気をなくしながら、私は深谷ママの次の言葉を待つ。
すると、深谷ママは慌てるように言葉をつけたした。
「あっ! 誤解させるような言い方になってごめんなさいっ! 宮子と雄介さん――――蓮ちゃんのご両親は存命よ!」
「……ぁ」
ほっと息を吐く。
全身を血流が巡り、脱力した。
生きてる! 生きてる! 良かったっ!!
今どこにいるかなど関係なく、生きているというだけで、心の底から安堵した。
同時に私は気づく、
今私が味わっているこの感情を両親が味わっていたこと。
まして、両親は私の生死すら分からなかったんだ。
分かっていたつもりだったけど、本当の意味で私は分かっていなかった。
「ここらは治安のよさを売りにしてたこともあって、蓮ちゃんがいなくなってから、ここらで大規模な捜索が行われてね……ニュースでも連日流れるくらいに……マスコミも大勢押しかけてきたわ」
当時の事を思い出し、深谷ママは眉根を寄せる。
「私と夫も警察に事情聴取されたりしたわ。マスコミには追い回されるし……でも、それは良かったの。蓮ちゃんが見つかるなら、いくらでも我慢できたわ。でも――――」
結局見つかることはなかった。
「今も警察は捜査してるはずよ。だけど、宮子は耐えきれなかったのね……心を病んでしまって……」
母は私が失踪して一年以上、毎日のように自分の脚で探し歩いた。
血眼になり、少しでも情報を得ようとメディアに露出したこともあったそうだ。
でも、そんな中で目立つようになった母は多くの支持者もいたけど、敵も増えた。
虐待があったんじゃないか、子供は両親から逃げたんじゃないか、そんな事実無根な情報が勝手に飛び交い、個人情報や両親の過去が掘り出され、白日の元に晒された。
晒された情報はたいしたものじゃなかったらしい。
ただ、それは普通に見れば、という話だ。
悪意のフィルター越しに物事を見れば、幼いころの他愛ない喧嘩さえ、攻撃的異常性として捕えられてしまうし、祖父祖母との不仲から親としての資質を問われることになる。
両親への誹謗中傷が弟の幸也へ、そして、深い親交のあった深谷家へ飛び火し、ついに母は壊れてしまった。
「宮子たち今は北海道に移住してペンションを経営してるらしいわ。気候や景色もよくて、宮子も少しづつだけど快方に向かってるらしいって幸也ちゃんに電話で聞いたわ」
「…………」
私は、何も言えなかった。
生きていたから良かった……そんな言葉で簡単に片づけられる問題じゃない。
両親、そしてもちろん幸也にとっても、この三年という時間は地獄と呼ぶに相応しいものだったのかもしれない。
私の感じた苦しみや悲しみなんて、物の数にもならない想いだったに違いない。
それを思うと、私は居ても立っても居られない想いにかられる。
都合のいいことだと自嘲する。
ついさっきまで、知りたくないとさえ思っていたにもかかわらず、今はすぐにでも顔を合わせたいと思っている。
でも、それが人間というものなのかもしれない。
臆病で、愚かで……だけど、暖かい。
とにかく私は、現在進行形で苦しんでいるはずの家族を少しでも早く安心させてあげたかった。
私はここにいるよ! と言ってあげたかった。
「深谷ママ……私……母さんと父さんに、幸也に会いたいです……」
深谷ママの目を見て、私は言った。
深谷ママは嬉しそうに頷く。
「それがいいわ。あんなに素敵な家族だったんだもの……。幸せにならなきゃ嘘だわ! パパに言ってすぐに飛行機のチケットとってもらうわね!」
「……はい」
電話では、この三年間はとても伝えられるものではない。
なにより、家族の顔を見たかった。
それにしても、
「深谷ママ……本当にありがとうっ!!」
深谷ママには、お世話になりっぱなしだ。
第二の母と言っても、差支えがないほどに。
子供の私には、ただただ感謝するしかないのが、もどかしい。
頭を下げると、深谷ママは立ち上がり、私を抱きしめた。
「いいのよ……それと、おかえりなさい、蓮ちゃん。よく頑張ったわね……」
「――――っ」
自分の本当の名前を呼ばれての『おかえり』には、途轍もない感傷を感じずにはいられなかった。
やっと、蓮は帰って来られたんだと、心の底から安心した。
両親の愛、深谷家の親愛に感謝し、私は声を上げて、枯れるまで泣いた。




