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転入とその騒動とその結末

「お、お邪魔します……」


 おどおどしながら、広瀬さんが深谷家の玄関を跨いだ。

 申し訳ないと思う気持ちからか、周囲をチラチラと伺っており、居心地はすこぶる悪そうだ。


「たははっ、いらっしゃい」


 そんな広瀬さんの様子に苦笑しながら、私は彼女を部屋まで案内する。

 みちるの部屋?

 いいえ、違います。

 

 広瀬さんを案内するのは、つかさの部屋だ。






 まずは近況から整理してみよう。

 あの事件から、もうすでに一週間が経っている。

 その間、学校内において、特に変化はなかった。

 と、いうのも、中川さんと田宮さんは、広瀬さんに暴行された! 脅された! と騒ぎ立て、その証拠として立浪くんが刺された事を上げた訳だけど、実際には立浪くんは私が直しており傷一つない。

 凶器の庖丁と止血に使ったシーツの断片は私と立浪くんと広瀬さんの三人ですでに処分をすませている。

 残されたのはシーツを破られたベッドな訳だけど、三人で口裏を合わせ『ふざけあっていたら破けた』と証言した。

 血痕や凶器、被害者がいなければ、学校も警察に届けようとはしない。

 元々の体質として、事なかれ主義の蔓延する学校という場所ならば、なおさらだった。


 あの事件は、中川さんと田宮さんが騒ぎ立てたおかげで、一時期学校内でも話題になったが、最終的には中川さんと田宮さんの狂言という事で片が付いた。


 そもそもとして、中川さんと田宮さんはクラスのほとんどが認知しているイジメの主犯だ。

 クラスの皆が彼女たちに従っているのは、人望やカリスマも少しはあるだろうけど、そのほとんどは恐怖が占めている。

 狂言によってこっぴどく絞られて、教師に目をつけられるハメになった中川さんと田宮さんはあっという間に、求心力を失った。

 ここ二、三日では、彼女たちの机に休み時間の度に群がっていた『お友達』の姿はなく、二人で無言でお昼をとっている姿を見かけるようになった。


 

 そして、今日――――


 日曜日の午前。

 明日から学校に復帰する予定の広瀬さんを連れ、つかさと立浪くんに謝罪に訪れていた。

 まずはつかさに、その後には立浪くんの家に行く予定だ。


「つかさくん? 入っていい?」


 つかさの部屋のドアをノックして問いかける。

 少しの間があって、返事が返ってくる。


「姫? ……い、いいよ」


 少し、声が震えている。

 それもそのはずだ。

 なにせ、広瀬さんとのキスシーンを見られてからというもの、つかさとはあまり会話ができていなかった。

 私は女の子同士という事もあって、それほど気にはしていないんだけど、つかさは私の顔を見るたびに顔を紅くして逃げていく。

 相変わらずの初心さだった。

 

「お邪魔します」


「……します」


 私が入り、広瀬さんが続く。

 つかさは私だけだと思っていたようで、ぎょっとしたような表情を浮かべる。

 さらに、それが広瀬さんだと分かると、その場で腰を浮かせた。


「ひ、広瀬!?」


 つかさが目を見開く。

 今目の前で起こっている現実が信じられないといった様子だ。


「な、なんで……!?」


 私と広瀬さんの顔をつかさは見比べる。

 自分が刺された恐怖の記憶、私とのキスシーンの両方が脳裏に浮かび上がっているのか、顔色を赤くしたり青くしたりと忙しない。

 さて、どうしたものか? と私が考えていると、それに先んじて、広瀬さんは土下座した。


「ごめんなさいっ!!」


 部屋に、大声が響いた。


「本当にごめんなさいっ!!」


 もう一度。

 

「…………」


 つかさは目を丸くして、土下座する広瀬さんを見つめていた。

 数瞬してつかさは我に返り――――


「ちょっ! 頭上げてよ!」


 慌てて広瀬さんに歩み寄り、頭を上げさせようとする。

 でも、広瀬さんは頑なに頭を上げようとしない。

 つかさは困り切った様子で、私に縋る様な視線を向けてきた。

 私は無言で首を振ると、広瀬さんの謝罪を最後まで聞くように促す。


「つかさは本当に優しいね……」


 広瀬さんは言う。

 声だけでも、彼女が微笑みを浮かべているのが分かった。


「でも! 私はその優しさに甘えてました! それだけならともかく、あんな……あんな酷い事まで……謝ってすむ事じゃないのは分かってます! それでも謝らせてください! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!! 私にできる事なら、なんでもしますっ!」


 広瀬さんの精一杯の謝罪に、私まで泣きそうになる。 

 やっぱり、広瀬さんのやった事はとても酷い事だけど、似た状況に置かれそうになった身としては、どうしても同情してしまう。

 一週間、私は毎日彼女と話をした。

 本来の広瀬さんはとてもいい子なんだ。

 一応、広瀬さんは学校に復帰する予定だけど、つかさと立浪くんが許してくれない場合には、警察に自首する覚悟だ。

 できれば、つかさには広瀬さんを許してあげて欲しい。

 つかさの感じた恐怖、痛み、それは私なりに理解しているつもりだ。

 でも、それをひっくるめて『許してあげて欲しい』というのが、今の私の気持ちだった。

 もちろん、それを口にする事はないけど……。


「…………」


 頭を下げたままの広瀬さんの背後で正座しながら、私は生唾を飲み込む。

 広瀬さんが言いきってから、無言のつかさが少し恐い。

 時間の流れがとても長く感じた。


「……き」


 やがて、つかさが言葉を紡いだ。


「気にしてないよ」


 つかさは笑いかけさえしながら言った。

 シンプルな言葉。

 気にしていない、と。


「……え?」


 広瀬さんが顔を上げる。

 その呆けたような表情に、つかさは笑った。


「――――っ」


 自分の間抜け面を笑われ、広瀬さんは恥ずかしさに頬を紅潮させる。

 つかさは三十秒ばかり笑ったのち、言う。


「確かに広瀬に刺された時は死ぬかと思うくらい痛かったよ」


 その言葉に、広瀬さんは顔を伏せた。


「でもさ、後で考えたら僕も勘違いさせるような事してたと思うし、広瀬だけが悪い訳じゃないと思う」


「そ、そんな!?」


 予想もしていなかっただろうつかさの発言に、広瀬さんは動揺し、ブンブンと手を横に振った。


「私が全部悪いし! つかさは悪くないって!」


「そんな事は……」


「さ、刺したんだよ!? そんな簡単に許せるの!?」


「う~ん。少なくとも、僕は許すよ」


「~~~~っ!!?」


 あまりにも簡単に許された事を広瀬さんは自分の中でなかなか消化できないのかもしれない。

 私が言うのもなんだけど、面倒くさい性格だ。

 すぐに覚悟を決めちゃうっていうのも、いい事ばかりではないのかもしれない。

 あれだね、広瀬さんの愛はすごく重そう! もちろん、いい意味でだよ。


「なにより……どうやったかは分からないけど、僕を救ってくれた人が広瀬さんを許してあげて欲しそうだしね」


 つかさの言葉に、つかさと広瀬さんは同時に私を見た。

 私はいつの間にか自分に向いた矛先に、愛想笑いを浮かべるのだった。


「え、えへへ!」


 なにはともあれ、問題が一つ解決して良かったねっ!







「わぁ……おっきぃ……」


「…………すごっ」


 私と広瀬さんは、息を吐く暇もなく、立浪くんの家へやってきた。

 つかさに調べてもらった住所はここで間違いないんだけど……。

 私と広瀬さんは揃ってソコを見上げ、溜息を吐く。

 高級高層マンション。

 そう呼ぶに相応しいそこは、外観はもちろん、エントランスからものすごい。

 まるでホテルのように吹き抜けの空間になっており、休憩できるようにソファーがあり、コンビニやカフェまである。


「もしかして、立浪くんってお金持ち?」


 いや、もしかしなくてもお金持ちだ。

 私は立浪くんの告白を思い出し、ほんの少しだけ勿体ないような気持ちになった。





 インターホンを鳴らすと、立浪くんは私達の来場を快く受け入れてくれ、最上階に案内される。

 乗り込んだエレベーターが最上階に到達すると、そこは玄関だ。

 ワンフロアすべてが立浪くんのお家だった。

 ちなみに、エレベーターには誰もが昇って行けないように、ロックがかかってある。


「いらっしゃい」


 立浪くんは私達を玄関で待っていてくれた。

 玄関の脇には、様々なブランドの靴が所狭しと並んでおり、私達は圧倒された。

 

「びっくりした?」


 坊主頭を掻きながら、悪戯っ子のように笑う立浪くんに対して、私と広瀬さんは無言で何度も首肯した。






「えーと、今日はどうしたんだ? 二人揃って……まぁ思い当たることはあるけど」


 私達はリビングに通され、ソファーに座るように促される。

 学校と違い、家での立浪くんは非常にスマートで紳士的な立ち居振る舞いであり、そのギャップに驚く。

 まるで、オーガナイザの貴族たちのようですらあった。


「うん……たぶん立浪くんの予想で合ってると思うよ」


 聞きたい事は山ほどあったけど、とりあえず、やらなくてはならない事がある。

 まず広瀬さんが立ち上がり、膝をつく。

 それに続いて私も同じ体制をとると、すぐさま制止の声がかかった。


「待った! 待った!」


 それでも構わずに頭を上げようとすると、肩を掴まれて、強引に顔を上げさせられる。


「だから待てってば! そういうのいらないから! 悪いと思ってるなら話しよう!」


 私と広瀬さんは顔を見合わせ、了解する。


「うん」


「……分かった」


 そうすると、立浪くんは露骨にホッとした様子で嘆息した。


「ふぅ……。俺はさ、二人と友達になりたい訳よ。そんな二人に土下座なんてされてみろよ? なんとなく嫌というか……微妙な気持ちになるだろ? 今回の事はただの喧嘩でいいんだよ。土下座する必要なんかない」


「「…………」」


 私と広瀬さんは、揃ってポカーンとしていた。

 それもそのはず、あれだけ酷い事に巻き込んで、怪我させた相手と友達になるだなんて言ってくれるとは夢にも思っていなかった。

 その愚かとも呼べる優しさに、広瀬さんは納得できないようで――――


「わ、私のやった事は喧嘩なんかで済まされないでしょ……私の事、恐くないの?」


「恐い? なんで? あの時にも言ったはずだけど? 許すってさ。そもそも俺が納得してるのに、済まされない訳ないだろ。それとも広瀬は自己満足で謝ってるだけなのか?」


「ち、違う!」


「なら納得しろ。許す!」


 ビシッと広瀬さんは指差し、立浪くんは堂々と宣言した。

 その男らしさは、私に一瞬だけ、可愛い男の子好きからの脱却を迷わせるくらいの威力があった。

 つかさがいなければ、私なんてイチコロだっただろう。

 お金持ちだし。


「あのぉ……?」


 私が声を上げると、立浪くんの視線が私に向く。


「その……あの時は――――」


 そして、最後まで言い終わるよりも遥かに前に――――


「姫ちゃんにはもう散々謝られたし、助けてもらったし……喜んで許すよ」


 笑って、そう言われてしまった。

 そうなった以上、私に言える事はない。

 私は笑って言った。


「ありがとう」


 謝罪ではなく、感謝の言葉。



 

 話が終わると、立浪くんの勧めもあって、しばらくお話して帰ることになった。

 立浪くんが用意してくれた高級だと一口で分かるお茶を飲みながら、私は追いつめられていた。


「俺を助けたアレ。一体どうやったんだ?」


「あーアレねー」


 まいったなー。

 説明するとなると、話が長くなってしまう。

 もちろん、実際に奇跡を見せた後だから、ある程度信じてくれるとは思うけど、最初に話すべき人たちは他にいた。

 そういった不義理はできない。

 だから、私はとりあえず誤魔化すことにする。


「私って魔法が使えるんだよね」


 冗談めかして言った。

 だけど――――


「まじか……」


「そうなんだ……」


 立浪くんと広瀬さんは予想以上に真剣に受け止めていた。


「えっと……あっさり信じちゃうんだ?」


「まぁ、実際に魔法? この目で見てるしね」


「俺絶対に死んだと思った。保健室で目覚ました時はマジびっくりした」


 目の前で見たからと言って、あまりに現実離れした現象を素直に飲み込むのは難しいはずだと思っていた私は何だったんだろうか?

 あまりのあっさり展開に、私は逆に困惑してしまう。


「他にどんなことができるの?」


「治癒するだけ。他には何もできないよ」


 広瀬さんの問いに答えると、また二人はビックリする。


「「それだけ?!」」


「…………」


 それだけとは失礼な……。

 ほとんど、どんな傷も病気も治せるんだぞっ!

 それにいい事だけでもない。

 私がいれば、人が寿命以外で死ぬ可能性が大幅に減る。

 だけど、私は残酷かもしれないけど、救うことに決して熱心な人間ではない。

 見て見ぬフリができるものは、見て見ぬフリをする人間だ。

 助けられたかもしれない命を見捨てて、私は普通の日常を過ごしている。

 力を持つものには、相応の責任が伴う。 

 だけど、その責任とは何も、救うことがすべてではない。

 私は目の届かない命を見捨てる覚悟を持って生きている。

 人はできる限り、奇跡などに縋るべきじゃない。

 後ろ向きと言われようとも、それを改めるつもりはない。

 だから――――


「お願いがあるんだけど……私の力の事秘密にして欲しいんだ……」


 上目づかいで、祈る様に二人を見る。

 二人は「何言ってるんだ?」と言いたげな様子で、


「当たり前だろ」


「言わないって約束する」


 そう言ってくれた。

 私はホッと胸を撫でおろす。

 これからも私は救えるはずの命を見捨てて生きていく。

 自分の幸せのために……。






 翌日、校門前で広瀬さんを待ち、合流する。

 広瀬さんはものすごく緊張して、前げ進むのを拒んでいたけど、背中を押して、なんとか教室まで連れていくことに成功した。

 教室のドアを開けると、一斉に視線が私達に集中した。


「「「…………」」」


 いくつもの視線が、私達を見て、逸らされていく。

 敵はいない。

 だけど、味方もいなかった。

 特に広瀬さんに対しては、クラスでイジメをしていただけあって、元の空気に戻るのは容易ではないだろう。


「あ、……あの……」


 だけど――――


「あっ」


「あ、あんた……」


 希望の光は、諦めない限り、どこにでも降り注ぐものだ。

 それこそが奇跡ではなく、人の力だ。


「姫ちゃん……広瀬さん……本当に……ご、……ごめんなさいっ!」


 涙交じりで謝る少女に、もちろん見覚えがあった。

 色白で、私よりも華奢で、小動物のようなその少女。


「由奈ちゃん……」


「…………」


 周防すおう 由奈ゆなちゃん。

 中川さんグループの中にいながら、私をなんとか庇おうとしようとしてくれた子。

 広瀬さんは謝る由奈ちゃんをじっと見ていた。

 厳しい目。

 きっと、私よりも、広瀬さんの方が由奈ちゃんとの付き合いは長いはずだ。

 その分、確執があるんだろう。

 許すのは難しいのだろう。

 だけど、私には確信があった。


「由奈……ありがとね」


 広瀬さんは言った。

 笑顔で。


「由奈は……私の事助けようとしてくれてたよね。中川達に睨まれてもさ……私が学校こなくなった後、由奈がイジメの標的になってるんじゃないかって、ずっと心配してたんだ……」


 そうだったんだ。

 由奈ちゃんは広瀬さんの事も庇おうと……。

 頭一つ低い由奈ちゃんの頭を広瀬さんは撫でる。


「友達になってくれる? 今度は本物の」


 由奈ちゃんはパァーと顔を輝かせ、


「うんっ!」


 頷いた。


「あっ! 私を仲間外れにしないでよぅっ!」


 ふざけるように広瀬さんに私はじゃれつく。


「べ、別に仲間外れにしてないじゃん。……その、もう言う必要がないだけで……」


「んん~? な~に、聞こえなーい」


「……ふふふ」


 私と広瀬――――恵のやり取りに、由奈ちゃんが笑う。

 もう一度だ。

 もう一度、一からやる治せばいい。

 私の中学生活は、始まったばかりっ!!

 これで2章終了になります。

 2章は書いている内に私がパニックに陥った展開になりましたが、一先ず終わらせることができました。

 三章は『家族編』です。頑張りたいと思います。


 感想などありましたら、是非お願いしますっ!!

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