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転入とその騒動 Ⅶ

「ねぇ? どうしてつかさを刺したりしたの?」


 立浪くんをシーツを破ったのとは別のベッドに寝かせ、私は放心状態の広瀬さんに話しかけた。


「え、え? あ?」


 広瀬さんはそのまま混乱状態にあったが、少し時間が経つと、次第にに落ち着いてきた。

 そして、私の顔を凝視して、問いかけてくる。


「今のは? なにが起こったの?」


 当然の疑問。

 だけど――――


「私の質問に答えてくれたら、広瀬さんの質問にも答えるよ」


「…………分かった」


 まだ微妙に納得いっていないようだけど、広瀬さんは頷いてくれた。

 広瀬さんも今の状況が分からないだろうけど、それと同じくらいに広瀬さんがつかさを刺した理由は私にとって気になる事案だった。


「……つかさは私が不登校になってから半年間、毎週のように来てくれた。クラスで無視されて、誰も味方がいなかった私がつかさに惹かれるのは当然の事だと思わない?」


「……うん、まぁ……」


 私自身、助けてくれた立浪くんにまったくクラッとこなかったといえば、嘘になる。

 素敵だと思うし、年下ながら今では尊敬もしている。

 そういった意味では、広瀬さんの言う事も分かった。


「つかさは学校行事のプリントや自分のノートを私に見せてくれた。私は不登校だったけど、進学を諦めた訳じゃなかったから、自習してた訳なんだけど、つかさってば勉強で私が分からない所を真剣に教えてくれたりしたんだ。それも、夜遅くまで付き合ってくれたりしたこともあった……」


「…………」


「毎回別れ際に「明日学校で待ってるから!」なんて言ってくれて……勘違いしない方が可笑しいでしょ……」


 広瀬さんは自嘲するように笑う。


「つかさは私が好きなんだって思った。だからこんなにも私に親身に、優しくしてくれるんだって……でも、違ってた……」


「広瀬さん……」


 広瀬さんはその時の事を思い出し、また涙を流す。


「私はつかさがオーケーしてくれるものと思って告白した……だけど――――」


 ――――断られた。


「まさかあれが純粋な善意だったとはね……本当に私って思いこみ激しくて嫌になる……はははっ」


「そ、そこまで卑屈にならなくても……」


 私はどんどん暗くなる広瀬さんを慌ててフォローする。

 つかさに話は聞いていたけど、つかさがそこまでやっていた事に私は驚いた。

 そりゃぁ好きになっちゃうし、期待もしちゃうよね。

 でも、だからって刺すのは絶対にやりすぎだし、許せないけど。


「まぁね、とにかく告白して、玉砕した訳だよ……今日から恋人になれる! なんて夢見てた私はパニック起こして、ベッドの下に隠してあった庖丁で刺したの」


「ベッドの下に庖丁……」


 こ、恐いよ!

 なんでベッドの下に庖丁隠してるんだよっ!?


「あー、私ね、リストカットが癖になっちゃって……」


 そう言いながら、広瀬はブラウスの袖を捲り上げる。

 見せてくれた左腕には、夥しい数の切り傷の数々。

 傷は深くないようだけど、何度も同じ個所を傷つけて、変色していた。


 うわー……痛々しすぎるよ……。

 普段なら驚いて声を失うような傷だったけど、今日はもうこんなので驚いたりしない。

 それくらい、いろいろな事があった。


「不登校になってからすぐにやり始めて……つかさが来てくれてからも、この癖だけは治らなかったんだよね」


「そっか……」


 私はそう頷く。

 それ以上の言葉なんて、出てこなかった。

 彼女の抱えてストレスの大きさは、私なんかが想像できるものじゃない。


「いつからイジメられてたの?」


 その私の問いに広瀬さんは、


「入学してすぐから」


 そう答えた。


「入学して一月くらいは私も上手くやれてた――――まぁそう思ってたのは私だけみたいだけどさ。とにかく、一月を過ぎたあたりから急に皆に無視されるようになって……特に身に覚えもなくて……たぶん、私がたまたま選ばれただけだと思う……しかもうちの学校ってクラス持ち上がりじゃん? それで年越しぐらいまでは頑張ってたんだけど、プッツリ切れちゃって……」


 クラス替えがあって、未来に希望が持てたなら、広瀬さんも頑張れたのかもしれない。

 だけど、ずっとこのまま三年間無視され続けると想像すれば、広瀬さんじゃなくったって、絶望して不思議じゃない。


「立浪くんの話だと男子も知ってたみたいだけど……つかさは……?」


 それは、ずっと気になっていた事だった。

 立浪くんとつかさの関係は詳しくないけど、まったく知らないなんてありえるんだろうか?

 もしかすると、罪滅ぼしのつもりで広瀬さんに優しくしていたのかも? なんて私は考えたりしていた。

 だけど――――


「……知らなかったと思う。中川がずっとつかさの事好きなのは皆知ってる事だし、中川もつかさがイジメとか嫌う奴だって事はよく知ってた。だからこそ、つかさに話がいかないように注意してたはず。女子はもちろんだけど、男子だって進んで女子に嫌われたい奴なんていないと思うし……」


 ああ、そっか。

 立浪くんみたいな子でも、この問題に立ち向かっていけなかったんだ。

 それを他の子にやれというのは無理があるのかもしれない。

 学生のうちは、学校こそが社会のほとんどを占めている。

 広瀬さんに起こった事を知ってなお反抗できる人間は、決して多くはいないんだろう。

 そして、それは一概に『悪』の一言で切って捨てることのできない問題だった。

 誰だって自分が一番大事だし、それは認められるべき事なんだから。


「つかさを刺してからさ……私本当におかしくなったって言うか、歯止めが利かなくて……こんな事しちゃった……こんなとんでもない事を……」


 広瀬さんが眠る立浪くんを一瞥して顔を伏せた。

 悔恨と、毒気が抜けたような穏やかな顔。


 だめだなぁ……私……。

 こんな顔されたら、どうにかしてあげたくなっちゃうよ。

 大事な人をも傷つけた絶対に許せないはずの子なのに……。


 それは似たような境遇にあった共感や同情があるのは間違いない。

 ただ、それ以上に『聖女』としての強制力が彼女を放っておいてはいけないと強く問いかけてきているような感覚があった。


 広瀬さんはお腹をカリカリと掻いている。

 いや、掻いているというよりも、掻き毟っているような……。


 そこで――――


「あっ!?」


 私は気づく。


「ちょ、ちょっとお腹見せて!」


「えっ? ちょっ! きゃっ!?」


 掻き毟っている手を掴み、ブラウスを持ち上げる。


「――――っ!?」


 そこで、私は今度こそ驚愕した。

 

「な、なななななっ!?」


 中途半端に縫い合わされた傷口は、完全に化膿し、膿をダクダクと垂れ流している。

 ブラウスを持ち上げた瞬間から、中で充満していた腐臭のような匂いが空中に放たれ、私は思わず顔を背けた。

 今まで気づかなかったのが不思議で仕方がない。


「どうして病院行かなかったの!?」


 つかさに行けと言われたはずなのに、どうしてこんなになるまで……。

 すると、広瀬さんは顔を背けて、


「……病院に行ったら、傷を負った理由を話さないといけなくなるから、それに家族にだって迷惑かけちゃうし……」


「そんな問題じゃないでしょ!?」


 広瀬さんの言い訳に、私が怒鳴ると、途端にしゅんとしてしまう。

 

 自分の命とどっちが大事なんだよ! ていうか、つかさや学校に庖丁持参で襲撃しておいて、家族に迷惑とか何言ってんの!?

 ああもう! 分かった! 

 なんで広瀬さんの事を放っておけないか、よぉ~く分かった。

 この子は本質的に私と似てるんだ。

 つまりダメ人間!

 私がついてないとダメだな~って気になるんだ!


 私は広瀬さんのもう片方の腕も掴むと、背後に押し倒す。


「わっ!」


 ベッドの上に仰向けになった広瀬さんに、私は言う。


「どうやって立浪くんを助けたのか、教えてあげる」


「え?」


 広瀬さんはポカンとした表情を浮かべている。

 特に抵抗する様子のない広瀬さんの顔に、私は唇を近づける。


「わ、私……一応ファーストキスなんだけど……」


「女の子同士だからノーカンだよ」


 そんな間の抜けた言葉を交わしながら、私は広瀬さんと口づけを交わした。


「んっ」


 広瀬さんの身体はピクンと跳ねる。

 力の入った唇に、強引に舌をねじ込むと、広瀬さんはぎゅっと目を瞑った。


「はわぁっ……!」


 縮こまった広瀬さんの舌に、私の舌を絡ませると、広瀬さんが熱い吐息を零す。


 ああ、なんか私までイケナイ気分になってきちゃったかも……。

 広瀬さんなんか大人しくなっちゃって、可愛いんだもん。


 ショッピングセンターで初めて見た広瀬さんは、バッチリメイクで、パンク系ファッションに身を包んでいて、恐かったのを覚えている。

 だけど、スッピンで、制服姿の広瀬さんは、素朴な感じでとても可愛らしい。


 あっ、睫毛長いなー。

 そんな事を考えながら、広瀬さんを責めていると、思いもよらぬ反撃を受けた。


「んんっ!?」


 突然、広瀬さんが積極的に舌を絡めてきたのだ。

 私の口内に舌を侵入させ、粘膜を縦横無尽に貪ってくる。


 や、やったなーっ!?

 それに私は何故か対抗意識を抱き、反撃する。


 夢中で舌を絡め、唾液を交換する。

 お互いに鼻息が荒くなり、顔が紅潮していた。


 広瀬さん顔真っ赤だ……私もこんな顔になってるのかな? ……なんか、エッチかも……。


 視線を少し上げると、広瀬さんの左腕が視界に入る。

 もうすでに、リストカットの傷跡は影も形もない。

 この分だと、お腹の傷も順調に回復している事だろう。

 その事に安堵し、唇を離そうとすると――――


「えっ? ひゃんっ!?」


 ガバッと力任せに体制を入れ替えられる。

 広瀬さんが上で、私が下。

 なんかデジャブ感があった。


 結局私はこうなるのね……そんな事を考えて、顔を青くする。

 

「あの……?」


 広瀬さんはトロンとした顔で私を見下ろしていた。

 首筋が汗で濡れ、バサッと垂れる髪が妖艶だった。


「もう……我慢できない……」


「……お、落ち着こ?」


 そんな制止の言葉が届くはずもなく、広瀬さんは私の首筋に吸い付いてくる。


「や、やぁっ! そんな所舐めないでぇ!」


 広瀬さんの舌が首筋から耳に上ってくる。


「ん、やぁんっ」


 私は情けなくビクビク身体を震わせるしかできない。


「お、落ち着いてっ! もう終わりっ! ね?!」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 広瀬さんは極度の興奮からか、甘い吐息を上げている。

 私の言葉なんてもう届いていない。


「…………」


「……や、やめよう?」


 広瀬さんの潤んだ瞳が、私の目と鼻の先にある。

 そのまま見つめ合って、再び唇を重ねた。


 と、とりあえず、もうちょっと耐えよう。

 キスだけなら、まぁ、いいや。


 と、思ったのも束の間。

 広瀬さんの手が私の胸に伸びる。

 背筋がゾクッとするような動きで撫でられて、私は慌ててその手を振り払おうとした瞬間――――


 ガラッ。

 保健室のドアが開いた。


「姫、大丈夫? 迎えに来たから一緒に――――」


 私と広瀬さんは固まり、同時にドアの方を向いた。

 同じく、私達の方を向いて固まっているつかさと目が合う。

 

「…………わ、わわわ、悪い! ごめん! すみません! お邪魔しましたっ!」


 謝罪の言葉を口早に唱えると、光の速さでユーターンしてしまった。

 私は機械仕掛けのように上を向き、広瀬さんも下を見た。


「……ごめん」


「……どいて」


 ベッドの端に二人並んで腰を下ろし、


「「はぁ……」」


 重い溜息をつくのだった。

 沈黙は十分後に立浪くんが目を覚ますまで続いた。

 なんか編集や活動報告への移動がすごく重い気がします……。

 時間帯のせいなのかな?

 

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