転入とその騒動 Ⅴ
「なに、この茶番は……」
「なんなん? これ?」
二人は保健室内に踏み込むと、揃って卿がそがれたような表情を浮かべていた。
「な、中川と田宮!? お前ら何で……」
焦った立浪くんは、しかし私の震えによって、状況を悟る。
「これ……もしかしてお前らが仕組んだのか?」
立浪くんの声に怒りが宿る。
「あんたには関係ないでしょ」
「か、関係ないって……」
しかし、中川さんに一言で切って捨てられた。
それに唖然とし、その隙に中川さんの矛先が私を向く。
ギラついた、とても十代の少女が醸し出しているとは思えない、剣呑な視線が私を射抜く。
「姫ちゃんさぁ……なんかやる気だったじゃない? あれなんだったの?」
そんな事言われたって……好きでやってた事じゃない……。
そもそも、なんで私がそんな事しないといけないの?
私はこれまで自分がしてきたことを振り返る。
今、一番傷ついているのは誰?
私はどうすべきなの?
その時、私は軽く引き寄せられる。
「っ」
立浪くんが、私を中川さんの視線から庇ってくれようとしているんだ。
そうだ……そうだよね?
私は、頭が麻痺していたんだと思う。
慣れない環境に置かれて、混乱していた。
――――冷静になれ!
よし!!
頭の中で、スイッチがカチャリと切り替わる感覚。
その感覚に、私は少しだけ身に覚えがあった。
これって……『聖女』の強制力が働いてる時に似てる……。
無論、似ているだけで同一のものではない。
私の意思や制御は変わらずに私の物だ。
でも、今は細かい理由はどうでもいい。
目の前の問題に対処する事が先決だ。
冷静になれば、どうして中川さん達に従っていたのか、不思議でしょうがない。
立浪くんには本当に酷い事をしてしまった。
私は、他の誰でもない彼のために立ち上がらなければならない。
「…………う、うるさい」
私は意を決して、言った。
「は?」
中川さんが目を細め、田宮さんが威圧的な声を上げる。
ふ、震えるな……こ、恐がるな……。
弱々しい主張でも、二人は確実に私の叛意に気づいたはず。
だったら、もう後には引けない!
「う、うるさい! 私は二人の思い通りにはならないっ!」
い、言ってしまった……。
僅かな後悔が押し寄せてきたけれど、それはすぐに興奮に押し流されていく。
言ってしまったから、言ってやったにシフトし、胸の内がすっきりするも、二人の鬼の形相を目にした瞬間、また後悔が押し寄せる。
「今……なんて言った?」
「私ら舐めとんのか?」
ひぇぇ……。
顔怖すぎるよ!
中川さんと田宮さんは、額をピクピクと痙攣させ、鬼のような笑みを形作っていた。
特に田宮さんは日焼けの影響からか、恐ろしさが二割増し。
こ、これが鬼の形相……!
だけど、今までの私とは違う。
今までは悪意を見せられると、問答無用で降参だったけど、もう簡単にはやれたりしない。
少なくとも、気持ちの面では。
「わ、私は普通に仲良くしたいだけだよ!」
ただそれだけなんだ。
それだけで、いいんだよ。
だけど――――
「毎日遊んであげてるでしょ?」
中川さんが冷笑を浮かべながら言う。
そう。
残念ながら、彼女たちの普通と、私の普通は違う。
私の望む『対等な』お友達は、望めないんだろうね……。
だったら、もう道は一つしかない。
操り人形をやめたいのなら、私に絡まる糸から脱しないといけない。
「……もう私に関わらないで……」
きっと、これは悪手だ。
その証拠に――――
「うふふふふふ……」
「あははははは……」
二人は私を心底馬鹿にしたように嘲笑っている。
「いいの? 誰もあんたに近づかないわよ?」
操り人形は私だけではない。
クラスメート達のほとんどが、右に倣えで中川さんの味方だ。
きっと、中川さんにカリスマ性があるとか、そういった事じゃない。
ただ単純に、田宮さんが恐いとか、そういう理由なんだろう。
女社会では時に、男社会以上に単純な力や暴力が脅威になる事がある。
中川さんと田宮さんの仲がいいのも、そういった部分に理由があるんだと思う。
相性の問題だ。
だけど、相性の問題だとするなら、中川さんと私の相性も、ある意味では抜群だ。
「……つかさに……中川さん達にされた事言っちゃうよ?」
「…………」
その私の一言で、今度は中川さんが凍り付いた。
私が中川さんと接してきた中で、真実があるとするなら、それはつかさに対する気持ちだ。
中川さんは本気でつかさの事が好きなんだ。
だからこそ、私は中川さんに圧倒されてしまった。
自分のあやふやな気持ちに名前をつけられずに、言われるがままだった。
でも――――もう違う。
私はつかさが好きだ!
尻軽でも、ビッチでも、美少年好きのショタコンでもなんでもいい!
つかさが好きなんだよぉ!
その気持ちだけは、私も確信をもって言える。
私は睨み付ける中川さんを見つめ返した。
ジリッと、中川さんが僅かに後退した……ように見えた。
これも、中川さんとの、『お友達』としてのケジメ。
そして、立浪くんへの感謝と心からの謝罪を込めて、
「中川さん……前にはっきり言えなくてごめん。でも、私もつかさくんの事が好きだから! それと、立浪くん、今日は本当にごめんなさい……」
宣言する。
「――――っ!」
中川さんは唇を噛みしめて。
「そっかぁ……」
立浪くんは切なそうながらも、笑みを浮かべていた。
立浪くん……君はすっごいカッコイイから、きっともっといい子が見つかるよ……。
なんて、口に出しては絶対に言えないけどね……。
そんな事を考えながら、私は中川さんとの睨みあいを続ける。
横槍を入れるのは、当然田宮さん。
「さっきから何勝手な事ばっか言ってるんや? 調子に乗んなよ?」
ドスの利いた声で田宮さんは拳を握る。
水泳で鍛えられた二の腕の筋肉が躍動し、私は生唾を飲んだ。
「つかさに言いたいなら言えや! どうなるか分かってるんやろな?」
田宮さんは一歩踏み込む。
今すぐにでも、私に殴り掛かってきそうだった。
「や、やめて! 由紀子!」
そんな田宮さんを止めたのは、やっぱり中川さん。
「な、なんでや! 椿はあんだけ言われて黙っとけるんかいな!?」
当然、田宮さんは不満を露わにする。
「ゆ、許せないわよ! 許せないけど……深谷くんに言われたら……」
中川さんは、自分のやった事を知られると、つかさの不興を買うだろうということは理解しているみたいだ。
またしても、つかさを利用しているようで心苦しいが、状況が状況だけに、勘弁してもらいたい。
それに、きっとつかさは私の事好きだし!
いや、理由はないけどさ……きっと、たぶん……そんな気がするかな? みたいな……。
と、とにかく、私のような美少女の助けになれて、光栄に思いなさいっ! ってことで!
今だけは、そういう事にしておこう。
「チッ!」
中川さんの弱腰な姿勢を見て、田宮さんは舌打ち一つして、私を睨む。
そのくらいの自制ができるくらいには、二人の間に信頼関係があるようだ。
私と、中川さんと田宮さん。
三人は一定の距離を保ちながら、しばし無言で睨みあった。
立浪くんは、私の下で小さくなって、存在感を必死に消していた。
本当にごめんね……立浪くん。
「あああ! もう!」
しかし、そんな状況も五分も続かず、田宮さんは再び気勢を上げる。
「言って分からん奴は殴ればええんやっ! つかさに何も言えんくなるようにしてやる!」
田宮さんの実に男らしく、そして愚かな選択。
「か、顔はやめなさいよ!」
中川さんも、そんな田宮さんを抑えるのに限界を感じたのか、忠告を一つして容認する。
その連携の良さは、暴力に訴えるのがこれが初めてでないという証だ。
私は胸糞の悪さを覚えつつ、覚悟を決める。
下を見ると、立浪くんが表情を硬くしているので、軽く笑いかけておく。
無関係の彼に、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。
結局のところ、これまでの事は全部私自身が蒔いた種なのだから。
田宮さんが私に向けて拳を振り上げる。
その瞬間――――
バンッ!!
勢いよく、保健室のドアが開く。
そこにいたのは――――
「ひ、広瀬さん!?」
忘れるはずもない。
つかさを刺し、私に憎悪を向けた張本人である、広瀬さんの姿だった!




