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こんにちわ日本、さようなら日常

「――――――――――――――――」


 私は光に包まれていた。

 目尻を流れる一粒の涙。

 念願叶ったというのに、胸中は喪失感で満ちていた。


「…………あぁ」


 やがて光が収縮していく。

 目覚めの時間だ。

 いや、そもそも私は眠ってなどいなかった。

 ただ、何もする気が起きなかっただけ。


「これから大変なのに……何やってんだろう」


 そうは思っても、やる気がでないものはどうしようもないじゃないか。

 私はずっと微睡んでいたいんだ。

 目を瞑れば、少なくとも彼の顔を思い浮かべることができる。

 忘れたくない。彼の顔を思い出せなくなる未来が恐かった。


「…………ここ、覚えてる」


 私は夕焼けの差し込む寂れた公園に立っていた。

 遊具などはなく、雑草が我が物顔で存在感を主張している。


「そういえば、ここから召喚されたんだっけ?」


 三年も前の事。

 だけど、昨日の事のように思い出せた。

 あまりにも突然で、鮮烈な体験で、忘れることなんてできない。

 私は『オーガナイザ』という世界に召喚されたのだ。


 弟と遊んでる途中でいきなりだったもんなぁー。あの後、あの子大丈夫だったのかな?


 懐かしい思い出。

 仲の良かった弟の面影はもう霞んでいる。


 兄が急に消えたらパニックだろうなぁー。


 三年前も召喚された異世界で思い悩んでいた。

 家族の事。家族ぐるみの付き合いのあった隣家の事。

 きっと、とんでもない迷惑をかけてしまった事だろう。


「…………でも、帰ってきたんだっ」


 私が自分で望んだ事だった。

 今日を逃せば、次帰って来られるのはまた三年後になってしまう。


 父さんと母さんは元気かな? 未散はどうだろう? 元気だったらいいな。


 なにせ三年である。

 短いようで、とても長い。

 人が変わるには十分な時間だ。


「公園もこんなになってるし……」


 三年前はもっと小奇麗な公園だったはず。

 遊具はなかったが、ベンチがあって、砂場があって、子供連れのママさんたちの交流場なんかになってたはずだ。

 当時中学一年生だった私も、友達や弟なんかとバトミントンしたりして遊んでた。

 それがすっかり寂れてしまっている。


「って、もう『私』じゃないのか」

 

 すっかり慣れ親しんだ呼称。


「今日からは『僕』なんだ……」


 男なら『俺』なんだろうけど、生憎と『俺』なんて生まれて一度も使ったことがない。

 そんな『僕』が綺麗なソプラノで紡がれて――――


「…………ん?」


 何かがおかしい。

 私は公園に呆然と彷徨わせていた視線を自分の身体に向けて、驚愕した。


「えええええええええええええええっ!」


 公園に悲鳴が虚しく木霊す。

 可憐な少女の声で。


「女のままじゃんっ!」


 それは声と同じく、慣れ親しんだ私の身体だった。

 スレンダーというよりは、華奢すぎて、触れるのが怖くなってしまう肢体。

 それでも出るところはそれなりに出ていて、女性らしい丸みもある。

 よく痩せ過ぎだと言われるが、どれだけ無理に食べてもまったく脂肪がつく気配がない。

 身長はギリギリ150センチに届いたものの、2~3は幼く見えてしまうのは私のコンプレックスだったりする。

 艶やかな長い黒髪は流麗と私の頬を伝い、風に揺れていた。


 あまりに違和感なさすぎて気付かなかったよっ!?

 え? ええ!? どうして!?


 私は不思議な踊りをしながら混乱する。

 木々も騒めき混乱していた!


『どうしたの?』『大丈夫?』『気分悪いの?』


 木々が揺れる度にエコーがかった声が聞こえる。

 残念な事に、これらは幻聴ではない。

 異世界に聖女として召喚された私は自然の声が聞こえるようになってしまったのだ。


 ファンシーすぎるよっ! どこの御伽の国もお姫様なの!


 その他にも、聖女になったせいでの制約・・があるのだが、とりあえず置いておこう。


「と、とにかく、落ち着かないと!」


 状況を整理しなければならない。

 まずは服装。


 これでもかってフリフリのフリルがついた乙女チックなドレスを私は着ている。


 うん。まぁ、いつも通り。


 異世界でのお付のメイドの趣味である。

 毎日のように似た感じの洋服を着せられたので、さすがに慣れた。


 次に、今いる場所。

 

 私の記憶が確かならば、ここは私が元いた場所で間違いない。

 今が平成何年の何月何日なのかは不明。

 緊急度Aで調べねばならない。

 お約束として、異世界と時間の流れが同じだとは限らないからだ。

 公園の様子から百年経ったなどとは思わないが、十年なら十分にありえるように見える。


 そんな事ありませんように……。


 その辺りに関しては、祈るしかない。


 そして、私の性別は――――女。


 三年前まで私は男だった。

 しかし、私の魂は女だった……らしい。

 異世界に呼ばれた私の魂は、求められるままに聖女としてあるべき姿である女に私を作り替えた。

 そして、三年の月日を女として生きてきた。

 当時まだ12歳と幼く、元々性に対する自意識の鈍かった私は、女としての自分にビックリするほど早く馴染んだ。

 もちろん、平坦な道のりではなく、悩んだり、自暴自棄になったりする事もあったが、月日と共に、自分が男であった事すら忘れかけていた。

 でも、ある時、そんな自分が無性に怖くなって、紆余曲折の末、こうして現世に帰ってきた訳なんだけど――――


「こっちに帰ってくれば男に戻るんじゃなかったの!?」


 あぁ! もう! 訳わかんないっ!

 

 異世界でずっと一緒に過ごしてきた巫女の話では私の身体は元の姿に戻るという説明を確かにされたのだ。

 家族に再会して、これまで心配かけた事を謝って、もう一度全部をやり直すはずだった。


「はっ! そうだよっ!」


 この姿で家族にどう説明するの!?

 私はどうやって生きていけばいいの!!


 自慢ではないが、私は何もできない。

 料理や掃除はもちろん、異世界に行ってからというもの、着替えすら一人でした経験がほとんどないのだ。

 外出はいつも馬車だし、肌が弱いから日差しの下に長時間いた事もない。


 異世界では聖女としてチヤホヤされ、生活面では何不自由なく過ごしてきたのだ。


 こんな姿で、しかも後ろ盾がなければ私はただの可愛いダメ人間じゃんっ!


「…………」


 焦りで粘ついた汗が出てきた。

 夕方だというのに、その日差しだけでクラクラとしてくる。


 まさに虚弱体質!


「どうすればいいんだよぉ~……」


 不安で目尻に涙が溜まる。


「うっ……うぇ……っ」


 堪えようとしても大粒の涙が頬から零れた。

 夕日はもう沈みかけ、辺りが暗くなり始める。


――――ガサっ!


「ひっ!」


 何か物音したっ! 何何々っ? なんなの!?


 慌てて物音のした、公園の裏手にある雑木林に視線を向けると、そこから猫が飛び出した所だった。


「ニャー(何ビビってんの?くくくっ)」


 猫は私を嘲笑うように一泣きして、去って行った。

 てゆうか実際に私を嘲笑っていた。


「むーっ!」


 むかつく! 


 猫に限らず、動物と会話できると知って喜んでいたのは最初だけだ。

 実際には、あいつらは私達人間のことを餌をくれるロボット程度にしか思っていないのだ。

 日本語の分からない外国人の前で失礼な事を言うのと同様に、あいつらは一見可愛らしく鳴きながらも、その鳴き声の下では私を嘲笑っているのだ。

 そんな事実を知ったときの私の悲しみは筆舌に尽くしがたいものがあった。

 

 愛情を与えれば与えるだけ答えてくれるワンちゃんとお馬さんの存在だけが救いだよー。

 

「…………そろそろ現実逃避はやめにしよう」


 急に冷静になる。

 気づけば辺りはもう真っ暗だった。

 日本の治安が三年や十年で急に南米や北欧レベルまで悪くなるとは思えないけど、気をつけるにこした事はない。


 と、とりあえず人のいる所にいこうっ!

 

 日が落ちて冷たくなった風に私はブルリと身体を震わせながら、人の姿を求めて歩きだした。




 

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