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転入とその騒動 Ⅳ

 キーンコーンカーンコーン。

 終業のチャイムが鳴る。


「…………」


 私はこんな所で何をやっているんだろう?

 もう何度目になるかすら分からない程に、何度も繰り返した自問自答。

 保健室のベッドの上で両足を抱え、ガンガンと割れそうに痛む頭に意識を持っていかれそうになりながら、私はそれでも考える。


 何がいけなかったのだろうか、と。


 夏が迫り、夕方と呼べる時間帯になっても、外は依然と晴れ渡っていた。

 空はいつも私の心を映さない。

 希望に満ちた時に憂鬱で、沈んでいる時には嫌になるくらい明るい。


 保健室のドア一つを隔て、授業を終えた学生たちが楽しげな声を響かせていた。

 ある者は友人と遊びに、ある者は部活で汗を流し、ある者は我が家へ。


 そのどれもが、私に許されていないものだ。

 私に許されている唯一の事。

 それは、ここである人物を待ち、告白をすること。

 そのために、体調不良で辛そうにしている私を心配した保健医の善意も跳ね除け、ここにいる。


「ははは……」


 乾いた笑みが零れた。

 本当に何をしているんだろうか。

 操り人形のように言われるがままに動いて、それでどうなるというのか。


 でも――――


 そう、でも、それでも一人は嫌なんだ。

 たとえそれが、無様で哀れな行いだとしても『お友達』という牢獄から逃れることができない。


 だって、考えても見てよ?

 中川さんの命令を無視して、私に何か良いことってある?


 きっとないだろう。

 誰からも無視されて、いない人間のように扱われるに決まっている。

 それぐらいに、中川 椿という少女はクラスにおいては多大な影響力を持っている。

 何より、私の今の状況をつかさに知られたくはない。

 つかさは優しいから、知れば私のために身をさいてくれるに違いない。

 でも、ただでさえ、つかさは大変なのだ。

 傷ついてるんだ。

 クラスメートである広瀬恵との間に問題のあったつかさに、さらにクラスの事で負担をかける何てこと、できるはずがないじゃないか。


 コンコンッ。

 

 保健室のドアがノックされる。

 養護教諭は、十分前に中川さんと田宮さんに連れ出されて不在だ。

 ドアの方へ視線を向けると、頭痛が激しさを増し、視野の焦点が定まらなくなる。


 あぁ……重症だなー。


 他人事のように思った。


「あー……姫ちゃん、いる?」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは男の子の声。

 聞き覚えのある、少し少年らしさを残した高めの声だ。


「……いるよ」


 私は感情を込めずに言った。

 冷めきった声だな、と自分でも思って苦笑する。

 とても、これから告白・・するとは思えないよ。


 ガラッと音を立てて、保健室のドアが引かれる。

 そこから顔を出したのは、頬を僅かに上気させた丸坊主の少年。

 パッチリとした目、大きな口、スポーツをして引き締まった体躯。

 顔立ちそのものは悪くない。

 だけど、つかさのそれとはあまりにも方向性が違う。

 可憐と称するにふさわしいつかさと違い、少年――――立浪くんは精悍だ。

 今でこそクラスでお馬鹿キャラのような立ち位置にいるが、高校生にもなれば、また違った注目を得るようになるだろう。


 そうだよ……立浪くんいいじゃん……。

 やったね……数年後にはイケメンだっ。


「あ、あの、中川達に聞いてきたんだけど……」


 立浪君は落ち着かない様子で、視線を彷徨わせる。

 その間にも、私をチラチラと見ており、これから起こるであろう出来事に期待を隠しきれていない。

 夕焼けの保健室、放課後、二人っきり。

 シチュエーションとしては、ぐうの音も出ないくらいに完璧だ。

 中川さん達の仕事には感心すらしてしまう。


「えっと……姫ちゃん?」


 ああ、立浪くんが待ってる。

 

 私が無言で、しかも表情もないから、彼は困惑していた。

 私は立浪くんを見る。


「っ」


 目が合うと、立浪くんは急速に顔を紅潮させた。

 そういう初心な所は可愛いなって思う。

 だけど、ごめんね? 顔は好みじゃないよ。

 お調子者ってイラっとするし、今時坊主とかなんなの?

 野球少年なんて汗臭いし、デリカシーないしっ!


 って、ああ、もうダメだ……。

 立浪くんは何も悪くない。

 悪いのは私なのに。

 気が付けば、私は誰かのせいにしようとしている。


 …………ガラッ――――

 その時、かすかな音に私は気づき、立浪くんは気付かなかった。

 見なくても分かる。

 中川さんと田宮さんだろう。

 私の様子を監視しているんだ。


「…………」


 私は拳をギュッと握り、覚悟を決める。

 このまま黙っていても、埒が明かない。


 ごめんね、立浪くん……。


 また私は胸中で謝る。

 いつもその相手は男の子ばっかりで、笑えてくる。

 私はどうしようもないビッチで、それだけに飽き足らず、不幸を撒き散らす存在だ。

 どうしようもない存在ならば、せめてそれらしく振舞おうじゃないか。


「立浪くん」


「は、はいっ」


 私の呼びかけに、立浪くんは身を固くする。

 緊張でカチンコチンになった立浪くんの身体を解すように、私は立浪くんにしな垂れかかった。


「え! ちょっ!」


 慌てたような声を上げる立浪くんを無視して、私は彼をベッドに誘導する。

 どこからか、ゴクリと息をのむ音。

 どうやら、この展開は予想外ながらも、じっくりと見ているらしい。

 彼女たちの今の姿を想像すると、あまりに滑稽だった。


 そのまま見てるといいよ……私が『女』を見せてあげるから。


 おたおたしながら、私に並ぶようにベッドに座った立浪くんの身体を軽く押すと、容易に倒れ込む。

 私は艶然と立浪くんの身体を跨ると、言った。


「好きだよ……立浪くん」


「――――っ!!??」


 立浪くんの体温が上昇するのを身体で感じる。

 お尻のあたりに硬い隆起した物を認識し、私は声に出さず吐き捨てる。


 男なんてこんなものだ。

 女が誘惑すれば、その裏を考える事すらしないで、流される。

 その色欲に塗れた醜悪な在り方に吐き気を覚えながら、こうも思った。


 ――――女も似たようなものかな。


 それが男と女をどちらも経験した私の出した結論だった。


「立浪くん……好き……立浪くんはどう? 私と付き合ってくれる?」


 私に一目惚れしたと初対面の時に彼は言った。

 あの時は特に本気にしなかったけど、こうして触れ合ってみると、よく分かる。

 立浪くんは私の事を本当に好きなんだってこと。


「ひ、姫ちゃん……」


 立浪くんはこの期に及んでも、戸惑いを浮かべている。

 往生際の悪い事だ。

 素直になればいいのに。


「キス……していい?」


 聞いたものの、私は答えを聞くよりも早く、顔を近づける。


「っっ!」


 立浪くんが目を見開いた。

 その瞳孔がよく見える。

 目くらい瞑ってくれればいいのに。

 私は立浪くんに先んじて、目を閉じた。

 立浪くんの目が私の心の奥底を覗いているようで、それ以上見ていられなかった。


同時に、私の心の奥から、真実の声が漏れだしそうになる。


 つかさ! つかさ! つかさ助けて!

 レヴィよりも先に出てきたつかさの名前と顔に、私自身戸惑いながらも、私は私を止められない。


 十センチあった距離が五センチになり、一センチになり、やがて、ゼロになる。


 チュッ。


 触れ合った。


「……なんで?」


 だけど、それは唇と唇ではなく、唇と頬っぺただった。

 触れ合う直前になって、立浪くんは顔を背けたのだ。


「……なんで?」


 再度問う。

 すると、立浪くんは言った。


「泣いてたから」


 ――――と。


 私は自分の手を目元に持っていく。

 そこは乾ききっていた。

 涙の欠片すらない。


「…………」


 私は疑問に満ちた目を立浪くんに向ける。

 きっと、立浪くんを心底馬鹿にした意地の悪い目だったに違いない。

 それでも、立浪くんは言うのだ。


「泣いてるように見えたから」


「っ」


 すると、その言葉がまるで予言だったかのように、私の涙腺は決壊した。


「うぅぇ……ぐひっ……ぅぁぁっ」


 立浪くんの顔に涙の雫はポタポタと落ちる。


「ご、ごめぇっ……ごめんなさいぃっ……」


 嗚咽しながら謝罪する。

 たぶん、立浪くんには、今何が起こっているのか分かっていないだろう。

 立浪くんは、ただ巻き込まれただけなのだ。

 それなのに、私は! 私は!


「たぁ、立浪くん……うぇ……ごめんなさい! ごめんなさいっ!」


 一人で被害者ぶって、悲劇のヒロインみたいな甘えた事を考えていた。

 そんな最低の私に、立浪くんは――――


「な、何か分からんけど怒ってないから! 大丈夫だから!」


 必死に私を泣き止ませようとしてくれる。

 一瞬躊躇して、立浪くんは私の頭をポンポンと優しく叩く。


「大丈夫……大丈夫だから」


 これじゃあ、どちらが年上か、分かったもんじゃない。

 ……それは元々か。


 その時、背後で大きな音を立ててドアが開いた。

 今の茶番のような展開を気に入らない人物。

 中川さんと田宮さんがそこにいた――――





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