転入とその騒動 Ⅱ
悩みがあった。
私が学校に転入してきて早一週間。
中川さんたちとの関係は、それなりに良好……だと思う。
私としても、それなりに会話に加わっていけるようになったと、自負している。
それだけに、一つ、気にかかる事がある。
それは、中川さん達以外のクラスメートとの関係についてだ。
別に、仲が悪いとか、嫌がらせされているとか、そういった事実はない。
授業の合間、選択授業、体育の時間、クラスメートと接する時間はあるし、コミュニケーションもとれている。
にも関わらず、私は彼女たちとの間に、壁を感じていた。
避けられている訳ではないが、積極的に関わろうともされていない。
初めは転入生に対して、遠慮してくれているのだと感じていたんだけど、どうもそうではないらしい。
現に、今も――――
「ねぇねぇ? 深谷さんは昨日の『ワタシュラ』見た?」
「あっ、見たよー」
「面白かったよねー」
「ねー」
ワタシュラというのは、今流行のドラマの事で、正式には『私の周りは修羅場だらけ』という名称だ。
主人公は薄幸美人であり、行く先々であらゆる修羅場に巻き込まれるというストーリーが受けている。
人の不幸は蜜の味――――といった感じで褒められた内容ではないが、理不尽に翻弄される主人公を演じる女優さんの好演もあり、私も例に漏れず、テレビに齧りつくように見ている。
ドラマ好きの未散や深谷ママは言わずもがな。
「ストーカーに立ち向かう所なんて、私も緊張しちゃった」
クラスメートが熱を入れて言う。
「そうそう! あの性格がいいよね!」
だから、私もついつい釣られてしまう。
昨日は「ワタシュラ」の第六話。
ストーカー被害に合う主人公が、見事ストーカーを撃退するという内容だった。
見た目こそ薄幸美人ではあるが、武道の達人であり、性格もサバサバしている。
そのギャップこそが人気の秘訣でもあるのかもしれない。
ここの所、ヒロインのイメージ像は変わってきている。
昔は、か弱く清楚な控えめの女性が好まれた。
今は一人でも強く生き抜く強い女性像が全面に出ている気がする。
「深谷さんは正反対だもんね。控えめで可愛くて、守ってあげたくなるタイプ」
「あははははっ……」
クラスメートの言葉に密かにショックを受ける。
いや、分かってたよ……分かってたけどさぁ!
ガラッ。
教室のドアが開く。
「おはよー」
満面の笑みで挨拶するのは中川さんだ。
明るめの茶髪に、大胆に着崩した制服。
一見ギャルっぽいのに、サバサバした性格もあって、クラスメートから抜群の人気を誇っている。
「……はぁぁー……」
「…………おはよ」
その後ろに続くのは、眠たげに欠伸をしている田宮さんと、相変わらず小動物チックな由奈ちゃんだ。
そして、そんな三人が姿を見せた瞬間――――
「あっ、ごめん……私、そろそろ行かないと……」
さっきまでお喋りをしていたクラスメートがそそくさと私から離れていく。
やっぱり……これって……。
一度なら、なんとも思わなかった。
だけど、二度三度と繰り返されれば、さすがに私だって気づく。
私の関知しえない、何らかの力が働いてる!?
「姫ちゃんさ、深谷くんと仲いいの?」
お昼休み。
私は中川さんたちのグループに混ざって昼食を食べていた。
英林学園は中学ながら給食が存在しない。
その代わり、学生食堂のメニューは極めて豊富であり値段も安いし、食堂の空間も広い。
生徒たちはお弁当か、学食かを自由に選択できる。
その割合は半々といった所だ。
私はお弁当。
幸運なことに、中川さん、田宮さん、由奈ちゃん、揃ってお弁当である。
私たちは机と椅子を合わせて、皆で昼食をとるのがいつものスタイルであった。
そして、私は先の言葉を中川さんに聞かれたのだ。
「うん、いいと思う」
どう答えるか、一瞬迷ったものの、正直に答えた。
すると、中川さんはうらやましそうに目を細める。
「いいなぁ……」
中川さんは口を尖らせ、私をチラチラ見る。
私は、その意図を察した。
聞きなさいって事かな?
「どうして?」
私の問いに、中川さんは尖らせた口をすぐに緩ませる。
そして「あー、恥ずかしいなー」と前置きをしつつ、言う。
「私ね……深谷くんの事好きなんだよね」
頬を染めて、私恋愛してます! といった甘い空気が流れる。
「椿はさぁー、小学生の頃から深谷君に片思いしてるんだよね」
それを田宮さんが援護する。
「そ、そうなんだ」
私としては、そう言うしかない。
というよりも、そう言わされたという方が正しいのかもしれない。
「姫ちゃんも応援してくれる?」
「そりゃしてくれるでしょー」
最後の一押しとばかりに、中川さんと田宮さんが顔を寄せてくる。
私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
何故か頭が混乱する。
痛みすら感じた。
でも、私が言うべき言葉、求められている言葉はたった一つしかない。
「……う、うん」
少し間が空いてしまう。
気づかれていないだろうかと中川さんと田宮さんを見上げると、ニンマリと笑っていた。
「やった! ありがとねっ!」
中川さんは無邪気に喜ぶ。
田宮さんは私の肩をポンポンと叩いた。
……私、何させられるのかな……。
つかさの事なんか好きじゃない。
恋愛感情なんてないんだ。
だから、問題ないよ……。
「…………」
そんな私を由奈ちゃんは、ずっと気づかわしげな眼で見ていた。