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デート Ⅲ

 映画を見終わった直後、無理矢理テンションを上げた私たちは、反動でテンションが急降下してしまい、落ち着くために買い物して帰ることにした。


「何か見たいものある?」


「うーん、特に決まったものは……ないかな」


 つかさの問いに、曖昧に答える。

 はぐらかしている訳ではなく、ただ今はブラブラとしていたい気分だった。

 終わり方はどうであれ、映画のストーリー自体はすごく面白かったし、不満はあまりない。

 あまりというのは、あれだ。

 映画を見終わって、内容をどうこう言い合うっていうのをやってみたかった。

 残念ながら、蒸し返したいような内容ではないのが残念だけど。

 とにかく、つかさと何かしてるのを心地よく感じる自分がいることは確かだ。

 だから、私は改めて、つかさに手を差し出した。


「…………」


 だというのに、つかさは私の差し出した手をボケッと見てるだけだ。

 もう! 気が利かないんだからっ!


 私は観念して、言葉を紡ぐ。


「手……繋いであげてもいいよ」


 上から目線なのはご愛嬌。

 つかさは私の言葉に頬をかきながら、苦笑して私の手を握った。









 うーん。あんまり変わってないなー。

 それが改めてショッピングセンターを回ってみた感想だった。

 それは実に当たり前の事で、たかだか三年程度で、ショッピングセンターが飛躍的に進化するなんて事はありえない。

 不思議なもので、数週間前は新鮮に感じた景色が、一度経験してみると、代わり映えしないと感じるようになる。

 だというのに、どうした事だろうか。

 隣を歩く少年――――つかさを見上げる。

 少女のような繊細な顔立ちをしているというのに、私より十センチばかり背の高いこの少年と手を繋ぐと、ドキドキするのだ。

 もう何度か手をつないでいるというのに、一向に慣れというものが訪れる気配すらない。

 何度も自問自答しているが、数週間前までは私には一時は将来を誓い合った人がいた。

 恋人というには遠くて、友人というには近すぎる少年――――レヴィ。

 それが、ほんの短い間に、そのレヴィのポジションに新しい少年が居座っているのはどういう事だろうか。

 正直に言うと、つかさの顔がものすごく好みだった。

 レヴィにしてもそうだが、私はあまり男臭いタイプが得意でなく、美少年タイプが好みだ。

 また、昔からの知っているというのも、ポイントが高い。

 いうなれば、幼馴染である。


「でもなー、それってどうなんだろ……」


 つかさに聞こえないように呟く。

 私ってもしかして、俗にいうビッチってやつなのかな?

 未散が乙女ゲーの主人公に対して使っていた事で知ったその単語。

 あまり……ものすごくいい意味ではない。


 私がこんな軽い女だって知ったら、レヴィもつかさも幻滅しちゃうよね……。


「はぁ……」


「ん、疲れちゃった?」


「あ、いや! 大丈夫だから!」

 

 などと愚かな自己憐憫に浸っていると、つかさに心配をかけてしまう。


「姫は体力ないんだから無理しないでよ?」


「う、うん、ありがとう」


 男は大抵、女の子に清純さとかを求めていると思う。

 その点、私にはそういったものは皆無だ。

 何千、何万人もと口づけを交わしてきた私の唇を一体どこの誰が特別に思ってくれるだろう。

 いや、実際には一人いた訳だけど、私はそれを振り切ってきてしまった訳で――――


「やっぱ姫、顔色悪いよ。少し休んでいこう」


「え、私は……」


「いいから!」


 強引に腕を引っ張られて、連れていかれた先はミセス・ドーナッツだった。


「僕、少しお腹減っちゃってさ……だから僕が食べてる間、遠慮せずに休んでていいからね」


「…………ありがと」


 また気を使わせてしまった。

 うん、そうだよね。

 私達は遊びに来てるんだから、変な事考えてたらつかさに失礼だよ!

 迷いを胸の奥にしまい込み、気持ちを奮い立たせる。


「じゃあ、私も一つ食べようかな」


「いいね! 僕が奢るから!」


「……うん」


 ポップコーンを食べたから空腹は感じないが、甘いものなら入りそうだ。

 私はドーナッツ一つと紅茶をつかさに甘えることになった。








 ドーナッツを食べ終える頃には、ようやく普段通りの私になっていた。


「でさー未散がね? ずーとゲームばっかやってるんだよ。そりゃね? 未散の部屋なんだから、文句なんて言う資格ないんだけど、夜中くらいはやめてほしいっていうかさー」


「あはははっ! 僕からも一言いってあげたい所だけど、姉さん僕のいう事なんて聞かないからなー。母さんに言ってみれば?」


「え……でも、なんか告げ口みたいで……」


「大丈夫だって! 姫は家族なんだから、遠慮してちゃダメだよ。姉さんだってそこは分かってるだずだし」


「そっかなー?」


 話しているのは未散の愚痴だった。

 だけど、未散に明確な不満がある訳ではない。

 ただ、今の私にはそれ以外の話題の引き出しがないってだけ。

 必然、共通の話題になる。

 もちろん、未散を嫌いなんて事はなく、冗談めかしたような内容ばかりだ。

 

 一時間ばかり店内でゆっくりしてから、私達は店を出る。

 つかさが会計を済ませ、私が感謝の言葉を述べる。

 歩いている途中に、さりげない様子でつかさに手を握られ、私は余裕の笑みを浮かべながら、内心ドギマギして、そういうのがすごく楽しい。

 そんな私の前に、一つの人影が立ちはだかり、私は立ち止まる。


「……えっと……」


 通路のど真ん中で、仁王立ちをしている一人の少女。

 金髪に染めたショートカットに、ばっちりメイクを施した幼さの残る容貌。

 髑髏のTシャツにゴスロリ風のミニスカート、胸もとのチョーカー。

 コテコテのパンク系ファッションに身を包んだ少女だった。


 私はその少女の前で、立ち竦んでいた。

 横を通り過ぎるなんて、できるはずもない。

 何故なら、少女は私の事を――――私だけを視界に映し、親の敵のように睨み付けていたからだ。


「…………」


 少女は無言で私と距離を詰める。

 息がかかる距離、鼻と鼻がくっつきそうな位置関係で、少女は静かに、だけど怖気が走る様な憎しみを込めて言った。


「あんたさぁ……つかさの何なの?」


「…………え?」


 脚が震えた。

 目を合わせられない。

 私はそれなりに修羅場に対する経験はあると自負していた。

 オーガナイザは日本に比べて、遥かに危険だ。

 想像もつかないような残虐な行いを幾度も見てきた。

 だけど、私はこの瞬間、思い知っていた。

 所詮は見ていただけなのだ。

 安全が保障された立場で、見ていただけの私には、映画や物語を見るのと大差などなかった。

 だって、そうじゃなければ、今私が感じている恐怖を説明できない。


 恐い……恐い! 恐い! 恐い!


 ホラー映画など比較にならない。

 それ程の悪意を少女は発していた。

 だけど、私がその悪意に晒されていたのは実際には一瞬の事で、すぐに解放されることになる。


「……おい、やめなよ」


 つかさが私と少女の間に割って入ってくれたのだ。


「つかさぁ……」


 その時私が見たものは、衝撃だった。

 人はこんなにも一瞬で変われるのかという衝撃。

 少女はつかさに声をかけられただけで、別人のように声と表情を蕩けさせた。


「会いたかったよ……心配したんだからぁ……」


 そのまま少女はつかさにしなだれかかる。

 当のつかさは少女を拒絶する訳でもなく、されるがまま。

 しかし、少女を受け入れている訳ではなく、どうしていいのか本気で分からない様子だ。

 そのまま少女はつかさの脇腹の当たりを抑え、


「あれぇ?」


 首を傾げた。


「ねぇ、つかさぁ……私が刻んであげた愛の証はどうしたの?」


「――――っ!?」


 その言葉に、私は凍り付いた。


 それって……あれだよね……? 私がつかさと再開するきっかけになった……。


 少女の言葉を信じるならば、彼女こそがつかさを傷つけた張本人という事になる。


 いや……傷つけたなんてものじゃないよ……つかさ、死んでたかもしれないのに……。


「私にはあるのにおかしいなぁ?」


 少女はTシャツをはだけて見せる。


「ひっ!」


 私は悲鳴を堪えるので精いっぱいだった。

 少女の肌の一部。

 つかさが刺されたのと同じ左わき腹の当たりには痛々しい傷跡が残っていた。

 病院に行っていないのか、自分で縫ったような形跡があり、傷口の一部が化膿して変色していた。

 なまじ少女の肌が綺麗なだけに、傷の痛々しさが強調されている。


「ひ、広瀬ひろせ……病院にいけよ……」


 つかさも動揺を隠せない。

 傷口から目を逸らしながら、少女――――広瀬のTシャツを下ろさせた。


「……そんな事はどうでもいいの。つかさの傷はどうしたのぉ?」


 広瀬はつかさのシャツを捲ろうとする。

 しかし、つかさは広瀬の手を掴むと、言った。


「広瀬には関係ないだろ……もう僕には関わらないでくれ……あと、病院にいきなよ」


 そのままつかさは私の手を引いて、広瀬の横を通り過ぎようとする。

 通り過ぎる瞬間、広瀬は私の事だけをじっと凝視していた。








 ガタンゴトン……ガタンゴトン……。


「ねぇ? あの子、誰なの?」


 帰りの電車に乗るまで、私たちの間に会話はなかった。

 だけど、さっきの事をなかったことになんてできない。

 私は思い切って聞いてみることにした。


「姫……今日はごめんな」


「えっ……うん、いや」


 そんな事を聞きたい訳じゃなよ……。

 あの広瀬って子と、つかさの関係が気にならない訳じゃない。

 でも、それ以上につかさが心配だった。

 あの子の様子は誰が見ても明らかに異常だった。


 そんな私の様子を察したのか、つかさは沈痛な溜息を一つついて、答える。


「あの子は広瀬恵って言うんだけどさ……僕のクラメメートなんだ」


「ク、クラスメート……」


 つかさのクラスメートってことは……私ともそうだってことだよね……?


 明日から学校だっていうのに、一気に不安が募る。

 しかし、つかさはそんな私の心配を一蹴した。


「広瀬はさ、半年前から不登校なんだ。元々あんまりクラスに馴染めてなくてさ」


「そ、そうなんだ」


 不登校と聞いて安心してしまう自分に嫌悪感。

 人の不幸を喜ぶなんて私はなんて最低な人間なんだろう……いやいや! あの子はつかさを刺した訳で……ああ、もうっ!

 いろんな事がありすぎて、訳が分からなくなる。


「僕クラス委員長やっててさ、その関係で広瀬の家にプリントとか届けたりしてるんだ。それで少しづつ仲良くなって、広瀬も学校に来る気に少しづつなってくれて……」


 そこで、つかさは言葉を詰まらす。


「……っ」


 つかさは泣いていた。

 静かに、声を出さずに。

 ずっと我慢していたのかもしれない。

 私は膝の上で拳を握るつかさの手に、そっと自分の手を添えた。


「……告白されたんだっ……それで僕がごめんって……でもずっと友達だよって言ったら、刺されてっ……」 

 

 それはどれ程の恐怖だっただろう。

 つかさはどんな思いで暗い街灯の下を彷徨っていたのか、私の胸がきゅっと痛んだ。


 それから、また無言で揺られる。

 陽光が窓から差し込み、私は目を細めた。

 

 ああ……初デートも、もう終わりかぁ……。


 楽しかった。

 すごく。

 でも、それ以上に、辛かった。

 つかさも今この時も苦しんでいるのだ。


「ねぇ、姫?」


「ん、なに?」


 つかさは穏やかな顔だった。

 いつかの帰り道とは違って、今度はつかさが私の肩に頭を寄せてくれる。

 そのつかさの頭に、コツンと私は頭を乗せた。


「僕が助かったのってさ、姫のおかげ?」


「うん、そうだよ」


 呆気らかんと私は答える。

 そうだ。

 私が助けたのだから、つかさは幸せにならなければならない。

 そのために、つかさの助けになりたいと心から思った。


「すごいんだね……姫は」


 つかさが苦笑する。


「そんな事ないよ」


 私は何もできない。

 傷は癒せても、心を癒す事なんてできないんだ。

 つかさの心、そして――――広瀬さんの心も。


「どうやって治したか……なんて僕は聞かない。だけど、一つだけ言い忘れたことがあるんだ」


「なに?」


「ありがとう」


 それは私の中にすっと浸透していく。

 でもね、つかさ。

 本当に感謝しなくちゃいけないのは、私の方なんだよ。


――――一人だった私の心を救ってくれて、ありがとう。

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