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デート Ⅱ

 場内に入ると、すでに照明が落ちており、上映前のコマーシャルが始まっていた。


「あっ、もう始まってる!?」


「大丈夫だって、焦らなくても」


 気が逸る私をつかさが宥める。


「ここでいいんだよね?」


「だね」


 チケットを確認して、席を見つける。

 そこに座り、買った飲み物を所定の場所に置くと、ようやく一息つく事ができた。


「はぁ……なんとか間に合った……」


「姫がポップコーン選ぶの遅いから」


「だってぇ、いっぱいあるんだもん……」


 興奮して息を切らす私をつかさはクスクスと笑う。

 確かに私が選ぶのが遅かったのは事実だけど、笑う事ないのに。

 本当に久々に映画館に来たけど、ポップコーンの味の種類がすっごく増えててビックリした!

 悩んだ末、ポップコーンはキャラメル味、ドリンクは私はコーラで、つかさはアイスティーにした。

 ちなみに、お代は全部つかさ持ち。

 私もお小遣いは貰っているんだけど、つかさは何も言わずに全部出してくれたのだ。

 近いうちに、お礼をしなければならない。


「それにしてもポップコーンの量多いよねー」


「あー、それ買った後でいつも思うんだよな」


 Мサイズを買った訳だけど、それでも私が抱えるくらいのサイズがある。

 全部食べ切れるかが心配だけど、お昼ご飯の代わりと思えばいけそうだ。

 だけど、早速何個か口に放り込んでみて気付いたんだけど、これめっちゃ手がベトベトするんですけど!?

 ティッシュくらい持ってるけど、それでどうにかなるとは思えない。

 皆、どうしてるんだろうか。


「…………」


 落ち着いたところで、軽く周りを見渡してみる。

 場内に人はまばらであり、混雑している様子はない。

 その大半がカップルであり、単独で見に来ている人がチラホラ見えるくらいだ。

 現に、私たちはそれなりに上の方のいい席を取ることができたし、隣や前に他のお客さんはいない。

 映画を見る環境としては、これ以上ないくらいだ。


「つかさくん? 映画期待してますからねー?」


「うっ……ほとほどにお願いします」


 私が握った手にぎゅっと力を入れてそう言うと、つかさは苦笑を浮かべ、肩を竦めた。

 そうこうしている内に、コマーシャルが終了し、本編が始まるのだった。









「――――っ!」


「ちょっ! 姫! 痛いって!」


 手に力が入り、力いっぱいつかさの手を握りしめてしまう。

 つかさが小声で抗議するが、私の耳を右から左へとすり抜けていく。

 私の身体は全身が強張り、無駄に普段以上の力を発揮しているようだ。


 なに……これ? めっちゃくちゃ恐いじゃんっ!


 ホラー映画の内容としては、非常にオーソドックスなもの。

 病院で入院している友達と遊んでいた少女が突然異界に落ち、そこでひたすら理不尽に追い回されるという内容だ。

 最初は廃墟、次はトンネル、今は森――――


 こ、この森! 私が放置された森に似てる!?


 実際には似ても似つかないのかもしれない。

 だが、恐怖に支配された私の心は、私の心の内から強引にトラウマを引き出して同調させる。


『……なに……何かいるの?』


 スクリーン内で少女がおっかなびっくり森を散策する。

 非常に勇気のある少女だ。

 私なんて頭を抱えてブルブル震えていただけだったのに。

 そんな少女の背後に黒い影が迫る。


 う、後ろ! 逃げてっ!


『だ、誰!』


 私の声が届いたのか、少女がばっと振り返る。

 しかし、そこには影一つない。

 少女が少しだけほっとして、前を振り返ると、恐ろしい形相の悪霊が画面を覆った!


「――――――――っっっ!!?」


『きゃあああああああああああああっ!!』


 私と少女が共鳴する。

 いや、実際は私が勝手にそう思ってるっていうか、映画監督さんの思惑通りなんだろうけど、そんな事どうでもいいよ!


 場内からも私以外の小さな悲鳴が聞こえた。

 演出としてはあまりにもベタだ。

 それくらい私にも分かる。

 だけど、見せ方がものすごく上手くて、次のシーンを予測できても驚いてしまう。


 B級映画なんて馬鹿にしてごめんなさいっ!

 

 確かに、これはカップルで見るには非常に適していると言わざる負えない。

 

「つ、つかさくん! て、手貸して!」


「え?」


 つかさに言うやいなや、私は勝手につかさの身体を引き寄せ、腕に抱き付いた。

 必然、つかさは私にもたれ掛る様な体制になり、胸の谷間で挟むようにつかさの腕を抱きしめる。

 おまけに、手の先は太腿で挟み込んで離れないようにした。


「ちょっ!」


 つかさが焦ったような声を上げる。

 だけど、私につかさの状況を考慮してあげれるような余裕はない。

 ていうか、いくらでも触っていいからこのまま動かないで!


 押し引きしている合間も、スクリーンの少女は新たな悪霊に襲われている。

 どうもこの異界には悪霊以外は生息していないようだ。

 異界の各地に人の骸骨があるから、何人もがここで犠牲になっているのが見て取れた。

 場面は森から移り、廃病院。

 どうやら、ここが最後の舞台らしく、少女は悪霊に追い回されながらも、病院を探索し、情報を集めている。


『ここは……未来の病院!?』


 とある資料に描かれた年月日を見て、少女はここが現世で遊んでいた病院であり、未来の病院の姿であることを知る。

 現世より三年後、病院は不審火により全焼し、多数の焼死者が出る。


『――――!? これはあの子の!』


 少女は病院内でとある手記を見つける。

 それは癌で入院した少女の友人であり、三年後に焼死体として発見されることになる人物。

 その友人の最後の叫びがノートには生々しく克明に書かれており、少女は絶望する。


 しかし、そんな少女の前に淡い光とともに一つの影が現れる。

 それはいままでの悪意に満ちたものとは違って優しい光だった。


『あ、貴女は!?』


 それは少女の親友だった。

 親友は少女に向かって優しく微笑んだ後、とある人物の名前と、『助けて』という一言を残し消えてしまう。

 同時に、少女も夢から覚めるように現世へ戻る。





 私は恐怖も忘れて画面に魅入っていた。

 相変わらず私に抱き付かれて、つかさは苦しい体制を強いられているが、そんなものもう気にならない。

 私はまさかの感動のハッピーエンドの予感を感じていた!





 過去へ戻った少女は、何事もなく三年の時を過ごし、やがて未来を変えるべく、少女の呟いた人物である院長の不審火を阻止すべく、Xデー当日に病院に隠れて潜伏していた。

 三年の調査の結果、院長は重度のヘビースモーカーであることが発覚していた。

 事件の日、院長は病院に泊まり込む予定であり、その宿直室でのタバコの火の不始末が原因だと予想されている。

 少女は資料に書かれていた発火時間の間際、宿直室に侵入すると、そこでは今まさに紙の束が灰皿に倒れ、引火しようとしていた。

 少女がそれを阻止しようと、手を伸ばした瞬間声がかかった。


『そこで何をしている!?』


 院長が起きてきたのだ。

 院長は不審者である少女を取り押さえようとする。

 少女は院長と揉みあいになり、その拍子にとうとう紙の束に火が燃え移って引火する。


 火はものすごい勢いで燃え上がった。

 動転した少女は、訳が分からなくなり、その場から逃走。




「…………」


「…………」


 私たちは無言。

 言うべき言葉が見つからなかった。





 結論として、癌に侵された親友の少女は助かった。

 多少の犠牲者は出たものの、院長の機転と迅速な判断によって、少女が見た未来よりも大勢の人が助かったのである。

 しかし、その代わりに、少女は警察に捕まった。

 罪状は放火。

 深夜、病院に忍び込んで、火を放つという残忍な犯行として、一躍ワイドショーを席巻することになる。

 対して、院長も批判を浴びたものの、その判断力や最後まで患者を助けようとした勇敢な姿勢を評価され、脚光を浴びることになる。


 いつか、あったかもしれない未来。

 焼け朽ちた廃病院で一冊のノートのページがめくれる。

 その最後のページ。

 少女が見なかったページ。

 そこにはこう書かれていた。


『院長先生。愛しています。永遠に……』


 少女は牢獄の中、光を失った瞳で虚空を見つめる。

 その少女の耳に、どこからか、聞き覚えのある女の笑い声が響き続けるのだった……。


 終幕。







 私はスクリーンを呆然と見つめていた。

 それは、少女が最後浮かべていた表情と似ているのかもしれない。

 ただ、一つ言わせてほしい。


「なに、これぇ?」


「…………」


 私とつかさの間には、ドンヨリとしたものが浮かんでいた。

 確かに、うん、確かにストーリーはすごい良かった。

 前半キャーキャー言っちゃうくらいに恐かったよ。

 でも、なんなんだろう、この後味の悪さ。

 これで本当にカップルに人気なの?

 むしろ仲悪くなりそうなんだけど……。


 エンディングが終わり、他のお客さんが席を立つ。

 私たちの隣を通ったお客さんが言った。


「ぜ、前半恐かったな!」「そ、そうだね!」「お前悲鳴上げてただろ」「えー、上げてないよー!」「いやー、マジ怖かったなー序盤」「序盤恐かったねー」


 私はこの時、気づいた。

 皆、どういう終わりをしたかなんて、忘れようとしているんだって。

 周りを見てみると、序盤恐かったという話を皆がしていた。

 私はドンヨリした気分を打ち消すように、つかさに言った。

 いつの間にか手の拘束はとけている。


「こ、恐かったねっ!」


「う、うん、最初の方は僕もビクッとしたよ」

 

 忘れてしまおう。

 エンディングなんて、なかった!

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