デート Ⅰ
日曜の朝。
部屋で未散のプレイしている乙女ゲームを後ろから眺めていると、ノックの後、つかさが私を呼んだ。
「……姫いる?」
「いるよー」
未散がゲームに集中しているため、私が返事をする。
一瞬の躊躇の後、つかさはドアを開けて、入ってきた。
「入るね」
「いらっしゃい。どうしたの?」
ベッドにもたれ掛りながら答える。
もうかなり今の生活にも慣れてきており、未散との生活に違和感はない。
未散も私を受け入れてくれており、非常に気楽な毎日を過ごすことでできていた。
『おい! 俺様は女だからって容赦しないぞ!』
『お前は黙って俺のいう事を聞いていればいいんだっ』
『嘘つけよ……お前の気持ちなんて、俺はとっくに見抜いてんだよ……』
テレビ画面からは男たちがヒロインに傲慢な態度で、辛辣な言葉を放っていた。
どうして乙女ゲームの中の男ってこんなに態度がでかいんだろう……。
未散が乙女ゲーマーなのにもビックリしたが、それ以上にヒロインに迫る男たちの性格にもっとビックリした。
どうして彼らはあんなにも両極端なんだろうか。
優しい人は過剰なくらいに優しいし、傲慢な人もまた同様だ。
いわゆる普通の男はほとんどいない。
しかも、なんか急に性格変わるし……。
まぁ、そこが面白いといえば、面白いんだけどね。
なんだかんだと、私も画面に魅入ってしまうのだ。
そんな事を考えていると――――
「ねぇ? …………聞いてる?」
つかさが、何事かを言っていたらしい。
乙女ゲームに気を取られて、すっかり聞き逃してしまった。
「あ、ごめん。なんだっけ?」
問い返すと、つかさは少し呆れた顔をする。
「姫さ……ちょっと変わったよね」
「……うん、まぁ、そうかな」
もちろん、深谷家皆に対する感謝と礼儀を忘れたことはない。
ただ、ここはあまりにも居心地が良くて、当初の目的を忘れそうになる。
当初の目的――――私の家族との接点を作る事。
それは未だに果たされていない。
何故なら、私の家に明りが灯った所をこっちに帰ってきてから一度も見ていないからだ。
話を聞こうにも、繊細な問題の可能性もあって、なかなか言い出せないでいた。
何よりも、私自身、あまり聞きたくないという想いもあった。
「僕としては全然いいんだけどね!」
つかさはニッコリと笑う。
男らしさのない、可憐な笑み。
だけど、その笑みの裏で、私に対する親愛にも似た何かを私は感じ取っていた。
「ありがと……」
だから、私も素直に感謝する。
家族として、それは当たり前の事だった。
「今日は姫に話があって来たんだ」
「話?」
つかさが本題に入る。
「うん。明日から姫も学校でしょ? だったらさ、今がタイミング的にちょうどいいかなって……」
「何の話?」
話が見えず、混乱する。
すると、つかさは再度呆れたように嘆息した。
「映画だよ! え・い・が! や、約束したじゃないかっ!」
拗ねたようにつかさがそっぽを向いた。
私は思い出し、慌てて弁明する。
「ごめん! 最近学校の準備とかいろいろあったから、忘れちゃってた……」
「もう……」
私以上に、つかさが覚えていてくれていた事も驚きだ。
今更ながら、喜びが胸中に満ちる。
「で? 行くの? 行かないの?」
「……行くっ!」
答えなんて、初めから決まっていた。
準備をするために、つかさを部屋から追い出し、こないだ買った服を引っ張り出す。
あーでもない、こーでもないと組み合わせを考えていると、未散が拗ねた声を出す。
「そうですか……人が寂しく乙女ゲーに勤しんでる横で、おデートの準備でございますか……」
「べ、別にデートって訳じゃっ」
「あーはいはいー聞こえなーい……」
「もうっ」
つかさとしては、デートって訳じゃないと思う。
『家族』として、誘ってくれたんだと思っている。
だけど、だけど……。
心のどこかで勝手にデートだと思っている私もいる訳でして……。
私ってこんなに軽い女なんだとショックも受けている。
レヴィという将来を誓った相手がいた。
だけど、もう二度と会えない。
簡単に切り替えなんてできないと思っていたのに、数週間でこれだよ。
私のレヴィに対する気持ちってそんなものだったの……?
だけど、今はそれは置いておこう。
レヴィに比べると、つかさに対する気持ちが何なのか、まだ全然不確定だ。
つかさの気持ちも、同様に。
だから、今日は純粋な気持ちで、映画を楽しもう!
「ほら! 早く着替えないとつかさに文句言われるよ?」
「わ! もうこんな時間!?」
考え込んでいる内に、時間が風のように過ぎていた。
「えっと、えっと、どれを着れば……!?」
こっちの女の子のファッションは難解だ。
生地や色遣いなんかも、しっかりと考えないといけない。
私が悩んでいると、未散が助け船を出してくれた。
「ほら? 私の服で姫にも着れるの貸してあげるからこっちおいで? 帰ってきたら私の雑誌読んで勉強!」
「うぅ……未散ありがとうっ」
女の子道も奥が深い。
映画館。
その空気は独特で、どこか遊園地に似たものがあると私は思う。
この暗い照明がいいよね。
なんとなくワクワクする感じがする。
「なにか見たいのある?」
「そうだねぇ……」
パンフレットを手に、今上映中の映画のあらすじを読む。
アクション、恋愛、ホラー、サスペンスなど、人気どころは大体揃っている。
映画館の雰囲気を味わいに来たわけだけど、当然できれば面白い映画が見たい。
「つかさくんは何かおすすめある?」
「うーん、僕はあんまり映画見ないからなぁ……あっ! でもこれは話題になってるらしいよ!」
わざとらしい仕草で、つかさがパンフレットの中の一作品を指さす。
『呪いの館』
「…………これ?」
「うん」
見るからに……というか、どう見てもホラーだ。
正直、私はホラーは得意ではない。
聖女として悪霊退治の役目も負っていたが、あれは最悪の体験だった。
加護を得ており、悪霊の影響を受けないという理由で、真っ暗闇の森の中に一人で放置されたのだ。
脅威が及ばぬと分かっていても、恐ろしいものは恐ろしいし、悪霊の形相は今でもたまに夢に出てくる。
そういう訳で、私としては遠慮したい訳だけど――――
「どうかな?」
つかさをチラリと一瞥する。
つかさは、私の反応を期待に満ちた目で伺っていた。
視線を追えば『呪いの館』のポスターをチラチラ見ている。
そんなに見たいなら言えばいいのに……もうっ。
見るからにB級映画っぽくて、話題になるようにはとても見えない。
恐らく、つかさは初めからこれを見るつもりで、私を誘ったのだろう。
ホラーって一人でとか、男同士でとかで見に行くの、なんとなく抵抗あるようなイメージあるし。
デートの定番だ。
なんだよぉ!……私をダシに使っただけなの?
少し、テンションが落ち込む。
せっかくオシャレしてきたのになぁ……。
私は自分の服装を見下ろす。
春を意識した、白に金の刺繍が入ったTシャツに、黒のミニスカート。
Tシャツの上には未散に借りたスタジャンを羽織り、グレーのキャスケット帽を被って完成。
ボーイッシュな感じを意識して、けっこうイケてると思ったんだけど、それについてもつかさの言及はなし。
でも、勝手に期待した私も悪いか……べ、べつに! つかさの事なんとも思ってないし!?
「……分かった。じゃあ、それでいいよ」
つかさに落ち度はないと理解はしていても、それでも拗ねたような言い方になってしまう。
つかさより年上だっていうのに、私もまったく成長してないな……。
「良かった! ……恥ずかしくて言い出せなかったんだけどさ、実はこれ、姫と一緒に見たかったんだ……」
「えっ!?」
そ、それって、どういう意味!?
その時――――
『九時三十分上映の呪いの館終了致しました。次回の放映は十一時二十分からになります!』
アナウンスが流され、見終えたお客さんが出てくる。
そのお客さんたちは、ほとんどがカップルで、未だに恐がる彼女さんを彼氏さんたちが優しく慰めていた。
「思ったより怖かったぁ~!」「だな」「恋人同士で見終わった後仲良くなるって評判まじだな。お前震えすぎ」「笑わないでよっ」
仲睦まじいご様子。
これを……つかさは私と見たかったの……?
カップルで見ると、さらに仲良くなれるって評判の映画を?
「――――――――っ!!」
恥ずかしい! なんか知らないけど恥ずかしいよっ!
助けを求めるようにつかさを見ると、つかさもまた私と同じように顔を紅くしていて、さらに恥ずかしくなる!
「じょ、上映まであと十五分か! そ、そろそろチケット買わないと!」
誤魔化すように、声色を震わせながらつかさは言う。
チケット売り場に歩き出そうとするつかさ。
私はつかさのシャツの裾をつかむ。
「ひ、姫?」
本当につかさって馬鹿だ。
やり方が恥ずかしいよ。
だけど、私の方がお姉さんだから、このままつかさに恥だけかかせるなんてダメだよね?
「わ、私……ホラー苦手なんだっ。だ、だから手握っててよっ!」
ふん! と、手を差し出す。
顔を俯けたまま、上げることができない。
つかさは戸惑ったような反応を一瞬だけ見せたものの、私と手を繋ぐのが嫌だった訳じゃないみたい。
おずおずと震える手が重ねられた。
「こ、こんなに早くから恐がってちゃ最後までもたないよ」
「う、うるさいな~!」
文句を言いながら、手は離さない。
ずっと、離せなかった。