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ここは異世界、さようなら異世界

よかったら見て行ってくださいっ!

「置いて……行かないでください……」


 幼さの残る金髪の見目麗しいレヴィと呼ばれる少年は、祭壇の上に背を向けて立つ少女を見上げ、懇願する。

 心からの愛情が籠った真摯な祈りだ。誰にも穢すことのできない深い愛情がそこにあった。


「……もう、行かないと……じゃないと私は……」


 少年を振り切る様に艶やかな黒髪の少女は振り返らない。だが、その声からはありありと未練が感じられた。

 視線が忙しなく動き、今すぐにでも背後を振り返らんとして、躊躇する。


「そんな!?」


 少年の悲鳴じみた声は、正しく少女の心を揺さぶっている。

 その証拠に、少女はもう声を聴きたくないとばかりに両手で耳を塞いだ。


「やめて!もう私を惑わせないでっ!」


 イヤイヤと首を振る少女。少年には背中越しにも少女が泣いているのだと分かっていた。

 その証拠に、乾燥した地面が少女の清らかな涙を受け、緑を取り戻していく。

 少女はこの世界において、清浄と救いをもたらす聖女と呼ばれていた。 

 少女の流す悲しみの涙は、すべての不浄を祓い清め、あらゆる渇きを癒す。


「僕とずっと一緒にいると約束したのをお忘れですか!?」


 少女がどれだけ苦しんでも、嫌がっても、少年は訴えをやめない。

 少女が笑って別れを迎えるならばそういった選択もあっただろう。

 しかし、今少女は悩み、葛藤しているのだ。少女が向かう先に少年は希望を抱くことができない。


「僕が……僕が絶対に幸せにしますから!!」


 魂の叫び。

 少女のみならず、聞いているものすべてが心打たれる真に迫った言葉。


「――――!?」


 もちろん、少女も例外であるはずがない。

 胸のときめきを抑えられず、少女が振り返ろうとした瞬間、無情にも横合いから声が割って入った。


「――――聖女様、お時間です」


 平坦な、感情を一切感じさせることのない声。

 巫女服を身にまとった、レリアという名の一際小柄な少女だ。

 三人の付き合いは三年程度だが、巫女の感情を乗せた声は一度たりとも聞いたことがない。

 『冷徹の巫女』『氷の女』そんな風に呼ばれ、巫女もまたその呼び名に一切の感慨を抱くことはない。


「……ぁ」


 振り返ろうとした聖女の手を取り、巫女は祭壇を上へ上へ上がっていく。その頂点。見上げるような高さ。

 少年は鎧を纏った兵士に取り押さえられていた。

 祭壇では巫女と清浄の聖なる力以外、あらゆる異能を発揮することができない。

 戦場で獅子奮迅の力を見せた少年も、ここでは少しばかり力と技のキレがある子供にすぎない。

 少年は地面に叩き伏せられながら、涙を流し、口に入った血液交じりの砂を吐き出し己を呪う。

 すべては身体能力向上の魔力に頼り切ったせいで起こった無様。

 他でもない自分の力不足のせいで悩める聖女様を引き留めることができないのだと、ひたすら呪う。


「あ、ああ、あの私……」


 階段の途中、聖女が逡巡を見せ、立ち止まる。巫女が鬱陶しそうに聖女を見上げた。


「なにか? 元の世界へと帰還したいと仰ったのは聖女様ですよね?――――私達を……私を裏切ってっ」


「…………っ」


 聖女はその時、初めて巫女の生の感情を見た。

 もしかすると、見落としてきただけで、実際には巫女は感情表現を自分なりにしてきていたのかもしれえない。

 三年もして思い当たった現実に聖女は項垂れた。


「……ごめんなさい」


「…………」


 無言で聖女は巫女に連れられて行く。


「聖女様ああああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 絶叫が耳をうった。

 ずっと一緒にいると一時は誓ったはずの少年の声。

 愛し合った日々が走馬灯のように聖女の脳裏を奔り、涙が浮かんだ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 この状況を生んだのは、偏に聖女の弱さが原因だった。

 すべてを信じられず、また己のすべてを受け入れきれなかった。

 時間さえあれば、解決したかもしれない。

 だが、聖女が帰還・・するには、今日この日を除いて当分の間不可能となる。

 焦り、悩み、そして納得のいかぬまま結論を出してしまった。自業自得というほかない。


「行かないでええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」


「――――っ!」


その声に弾かれたように聖女が顔を上げる。


「私やっぱりっ――――」


「さよなら」


 最後まで言い切ることすら許されず、聖女は光に包まれ、本来いるべき世界へ帰還した。

 残った世界に、二つの泣き声が響いた。

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