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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
9/21

9

 少女は由香の手、主に傷口に狙いを定め踏みつけた。

「いだい゛いだい゛! やめてえっ」

 殺風景な準備室に由香の悲鳴が充満する。少女にとっては聞いていて心地のいい声だったが、ここがどこなのかを思い出し、考えを変えた。今は邪魔な声だ。

 最近の少女は感情の高ぶりによる声を抑えられない。その事実は本当だったら嬉しい。だが、時と場所を考えなければ面倒なことになってしまうのだ。少女は己を戒めて、下に転がった玩具を見つめた。

 そうだ。悲鳴が聞けないなら、呻き声を聞こう。そして少女は由香の腹を蹴り上げた。予想通り、由香は喉が詰まったような声を上げて腹を押さえる。それに満足した少女は自分の足元に、転がっていた頭を踏みつけた。

「あの子どもが何を企んでいたか知ってるよね? あとあの猫のことも知ってるよね?」

「も、森野翔は多分、あんたがハンターかどうかを探ろうとしたんだと思う。本当なら昼休みのイベントがあってからそれを疑われるんだけど……猫は、神羅龍の猫。猫の目は神羅龍の目だと思った方がいい」

 息も絶え絶えになりながら言葉を懸命に紡ぐ由香に、少女は興奮しながらも頭を動かした。

 少女は生徒会のものたちを調べたが、彼らが人外だという情報には辿り着かなかった。しかし、少女の母親のことを調べると面白い情報が山ほど出てきた。由香のいう通り、母親の家はハンターのようだ。しかもかなり腕が立つ。この情報は化け物を病として表した比喩とも考えられるし、全て虚言だとも考えられた。しかし、それが政府のデータベースにまでのっていたのだ。これは信じるに値する。

 そのデータには化け物の情報もあったが最深部までは入り込めなかった。もし生徒会のものたちが人外だとするのなら、そこに情報があるはずだ。ハンター側やある程度の化け物の所在がわかるなか、もっと隠された部分がある。その隠された部分というのは政界が大きく関わっているのだろう。化け物が政治を担っているなんて知られたら、どうなるかわからない。

 少女はこれらのことから、河辺由香の話を全部とはいかないまでもある程度信用することにした。

 怪物は実在する。そうするとあのとき殺した醜男はおそらく、モンスターだったのだろう。そしてそれを殺すのを見ていた猫の目――神羅龍は、少女をハンターではないかと訝しんだ。それを確かめるために、トカゲを使った。本物のハンターかを見極めるのには他の駒も使う必要があるはずだ。こちらから接触を計らなくても、向うから自然に寄ってくる。怪我の功名とはこういうときに使うのだ、と少女は得意げに頷いた。

 そして少女には一つ引っかかることがあった。由香は猫についてまだ情報を持っている。それを教えない理由は、由香の浅はかな計画にあるのだろう。所詮、素人が考える浅知恵だ。何が起こってもそれなりに潰せる自信がある。だから少女は深く追求することをしなかった。

 少女は首を捻る。追及する点を見逃していた、と。

「あら? そういえば、わたしがハンターだと問題があるのかしら」

「この学校にいるハンターは生徒会が掌握してる。それから漏れる人物がいるとなると、人間側が何か企んでるんじゃないかって、ことになる」

「勝手に勘ぐっていればいいのよ」

「そうもいかない。勘ぐるってことは探りが入るってこと。そしたら動きにくくなる」

「そう。なら頑張って殺人鬼の振りをするわ」

「そしたら今度は人間側に狩られるけど」

 心底理解ができないといったふうの由香の表情に、少女は冗談だと言って笑った。少女の冗談は、由香にはすべて本気に聞こえるのだ。

「……多分、次現れるのは吸血鬼だと思う」

「吸血鬼、ねえ。そういえば、吸血鬼みたいな男になら会ったことあるわ。処女の血を飲むのが大好きだとか言ってたの。だからエモノも慎重に選んでたみたいだけど、残念なことに毒もらって死んだのよね」

 少女は昔の知人を思い出して、思わず笑い出してしまった。殺人の過程が楽しいのであって、その結果できる死体にはなんの意味も見いだせない少女。それに対して野蛮だとかわけのわからないことを言っていた処女好きの男。顔が好きではなかったので少女は直接手を下そうとは思わなかったが、勝手に死んでくれたのでスカッとしたのを覚えている。

 そんな思い出に浸っている少女を由香は冷めた目で見ていた。

「そんな殺人鬼ジョークいらないんだけど」

「あら、残念」

 相変わらず下で芋虫のようにもがいている由香を、少女はじっと見つめ返す。手に巻かれた白い包帯には赤が滲み出ていた。先ほど手当なんて言ったが、破壊するしかしてこなかった少女は治療なんてできない。自分が傷を負ったときは、そこらの医者に金を積んで治療させていた。

 今日はこのあと帰るだけだからクラスメイトに不審に思われることもないだろう。もしクラスメイトに見かけられて不審がられても、だんまりを通すはずだ。何せ、河辺由香を信用している人間はクラスにはいない。少女と由香は一日中一緒にいた。しかし由香がトイレでいなくなった隙に、少女がクラスメイトに適当な嘘を仕込んでおいたのだ。そのおかげで、少女は由香の行為に迷惑している可哀想な被害者として周りからは見られている。

 クラスメイト以外の人間に不審がられても生徒だったら見て見ぬ振りをする。教師だったら適当に言いくるめる。簡単だ。道行く他人も同じく、だ。

 問題となるのは家族のみだ。だが、傷の説明はついているはずだし、由香が馬鹿をして傷が開いたということにすればいいだけの話だ。

 わざわざ少女の家に招いたり、学校の保健室に寄ったり、はたまた病院にいって包帯を取り換えるなんてことはしなくてもいい。

「今日はもう帰りましょう」

 少女が足を退かすと、由香はのろのろと立ち上がった。その動作が面白くて少女はもう一度、地に伏せさせたくなるがなんとか堪える。

「家族によろしくね」

 由香の痛みに耐えるように歪められていた瞳が見開いた。

少女は自分の脅しが利いていることはわかっていたが、釘を刺しておきたかった。それに、恐怖は適度に与えなければいけない。


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