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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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8

「ねえ、どういうことかな」

「そ、それは……」

 ヒロインスマイルで凄まれる。ここは周りに誰もいない、しかも使われていない準備室だ。一歩間違えれば、死ぬ。

 昼休み中に例のイベントが起こるはずだったが、起こらなかった。代わりにクソ女の下駄箱に、放課後に体育館裏に来いというラブレターにしてはシンプルな手紙が届いていた。

 そういったイベントはゲームではなかったはずだ。それに、例のイベントがあって生徒会との繋がりができるっていうのに。これじゃあ、フラグの立てようがない。もしかして、キチ女がすでにフラグを折ったとかではないだろうな。

「どうなるかわからないって言ったし、あ、あんたが何かしたんじゃないの?」

 にっこりと笑って首を傾げられた。

 もしかしてこれは図星か。クソ。何をやったのか気になる。が、こいつは話す素振りを見せない。

「もしかして……誰か殺した?」

「どうしてそう思うのかしら」

「あんたが何かやったってそれくらいしか思いつかない」

「わたしが人殺しだっていうの?」

「私にあんなことしといて、しらばっくれるつもり?」

「ちょっと拷問が好きな女の子ってだけかもしれないじゃない」

「それだったらあんたはとっくにムショ行きだろうが!」

 イラついて言葉が汚くなってしまった。しかし、人殺しはずっと微笑んだまま変わらない。

「とりあえず、体育館裏に行きましょう」

 サイコ女が私から離れて、準備室を出て行った。

 結局、何があったのか聞き出せなかった。でももし誰かを殺したのだとしたら、その調査で生徒会が駆り出されているのかもしれない。そうだったら、どうなる。殺したのが化け物なら、咎められない。人間なら公の場での処罰。化け物が人間を殺す場合、公にはされない。しかし今回は人間が人間を殺した。となれば、普通に事件だ。だがこの学校で人が死ぬと報道されるのはまずい、ということで他の方法で罰せられるかもしれない。

 どう転んでも私は納得できない。私が受けた恐怖を痛みを屈辱を、たっぷり味わってもらわないと気が済まない。

「ねえ、なにを考えているのかしら」

「なっ、なんでもない」

 出て行ったはずの女が目の前にいた。いきなりの登場に、動揺しすぎて声が裏返ってしまう。

 サイコ女は言葉は発せずに、何を考えているかわからない瞳で見つめてくる。ああ、だめだ。私の考えは何もかも見透かされている。こいつの裏をかくことはできない。正面切って挑むことになる。それでこの女に勝てるのか。勝てる。勝てるはず。この世界の住民ならできる。

 せいぜい転がしているつもりになっていればいい。それで痛い目を見るのは己だ。

 目の前の殺人鬼が蹲り泣き叫んで懇願する様を思い浮かべて、なんとか笑った。するとキチガイは声を上げて笑い出す。

 狂ってる。狂人と対面する恐怖に、私は部屋を飛び出した。



「なに? 君が最初に手を出してきたんだよね? だからボクもお返しにしてあげようと思ったんだけど」

 男の声だが、どこか幼さが残る少し高めの声が聞こえる。

 私とサイコ女は、声の人物からは見えない体育館の陰からそっと覗き見た。

「や、やめてくれ! お願いだから、それだけは!」

「えーこんなのいらなくない?」

 がたいのいい男が尻餅をついて、目の前の少年に懇願している。

 周りの緑に溶け込むような優しげな髪色と瞳。その上、幼さが抜けきらない顔立ち。全体的にふんわりとした印象を与える少年だが、その瞳は印象とは真逆に氷のような冷たさを持っていた。少年――森野翔は生徒会の一人であり、妖精という人外だ。

 そんな妖精が、男の股間あたりを踏みつけているようだ。

「お楽しみ中みたいね」

「あはは」

 おかしい。森野は女王様キャラでもなければ、ゲイの気もないはずだ。

 確か森野は、お返しだと言っていた。ということは男が一方的に、多分性的なことをしようとして迫った結果、ああなっているのだと思う。

 悪戯好きというイメージが強い妖精。それに加えて森野の一族は、いいことにはいいことを悪いことには悪いことをと因果応報を与える妖精でもある。

 攻略でもそれが活きてくる。ハッピーエンドを迎えたければいいことをたくさんすればいい。バッドエンドにいきたければ、ある程度仲良くなったところで裏切る。

 ちなみにバッドではヒロインの心臓を引きずり出して、切り刻む。曰く『ボクは心臓が引き裂かれる思いだったんだよ』とのことだ。エグイ仕返しだ。しかし、この展開でイカれ女を殺せるならいいかもしれない。

「も、もしかしたら、呼び出したのって、あの二人のどっちかかも。話しかけない?」

「プレイの邪魔されるのって一番イヤよね」

 苦虫噛み潰したみたいな渋い顔しているキチガイ。

 昔にプレイの邪魔をされたことでもあるのだろうか。というかこいつの場合、プレイは本物だろう。いや、遊びということもありえるけど。

「誰? 出てきなよ」

 声はひそめていたつもりだったが、聞こえてしまったのだろうか。ボーイソプラノが響いた。

 その声に一瞬、固まっているとクソアマはすたすたと私の横を通り過ぎ森野の前に姿を現した。

「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったのよ」

「邪魔?」

「外で楽しんでいたのでしょう?」

「……はあ!? 違うよ! ボクはこいつを襲おうとしたの!」

「あら、よけいにごめんなさい」

「だから、そういう意味じゃないから!」

「どちらも同じことよ」

 ヤろうとしてでも殺ろうとしてでも同じってことか。クソ外道め。

「なっ、君はこいつを助けようと思わないの?」

「どうして?」

「だって、こいつは襲われてて」

「まあ、怖い。人を襲うような人に立ち向かうなんてできないわ」

 大げさに怖がって見せる人殺しに吐き気がした。

 森野は困惑したような顔を見せていたが、やがて顔を歪めた。

「ちぇっ、なんだよ。ボク、すごい無駄な労力使っちゃったよ」

「どういう意味かな?」

 去っていこうとする森野を、キチ女は呼び止める。その声は探っている風でもなく、怒っている風でもなく、とても楽しんでいる感じがした。

「はあ?」

 森野は振り返り、クソ女を訝しげに見た。

 その隙に、転がされていた男は情けない声を出しながら逃げ出した。

 二人ともそんな男には一瞬たりとも目をくれない。

「何が起こったら、無駄じゃなくなるのかな?」

「教えると思う?」

「そう。さよなら」

 これから何が起こるのだと思ったら、クソ女があっさりと踵を返した。

 森野の唖然とした表情が妙に間抜けに見えた。画面越しだったら、そんな顔も可愛いとか思っていただろうに。実際の目で見ると、先ほど逃げ出した男と同じくらい情けなく見える。

「どこまで裂いたら、利ける口になるのかしら」

 ぼそりと呟いた言葉。だけど、私の耳にははっきりと聞こえた。しかも今にも高笑いしそうなほど顔が歪んでいた。

 身体が震えた。私に向けられた殺意ではない。だけど、昨日のことを思い出してしまう。

 震えを止めようとして、腕を組んだ。前には私を気にかけることなく、さっさと進む殺人鬼がいた。そんな奴に何かを言える勇気もなく、恨めし気に睨むことしかできない。

「にゃーん」

「まあ。また会ったわね」

 ゲス女の下には黒猫がいた。もしかして、もしかしなくてもこの黒猫は。

「この猫ちゃん。どうやらわたしと一緒に楽しみたいみたいね」

「どういう、こと?」

「あら、あなた見えるの?」

 私の予想が正しければ、この黒猫は音もなく現れて去っていく。だから、キチガイは幽霊とでも思っているのだろう。

 幽霊? この女が幽霊を信じるのか。第一、幽霊なんてものが存在するなら、この人殺しは呪い殺されているはずだ。でも、もしかしたらこの世界なら存在するかもしれない。何しろ、化け物が大手を振って歩く世界なのだ。この殺人鬼が呪殺されていないのは、恨みを持った幽霊ですら太刀打ちができない存在だからかもしれない。

「やあ、こんにちは」

 天使様こと神羅龍の登場だ。にっこりと微笑むその顔は、どこかのサイコを思い出す。

「また消えちゃった」

「何が?」

「猫」

「猫?」

「そう。あなたにそっくりの猫」

 サイコパスが笑った気がした。

 もしかして、この女は実は全部知っているのではないか。

「俺に似た猫、ね。見てみたかったな」

「必ず見られるわよ」

 驚きの白々しさ。

 というかこいつら初対面のはず。だというのに、なぜ微妙に親しげなのだ。本質が似ているだけに、ということか。

 クソサイコは神羅の横を通り過ぎた。これもまたあっさりとした去り方。

 私は呆けそうになりながらも、なんとか足を踏み出そうとした。そのとき、神羅が女に手を伸ばした。その指先が触れる一歩前に、サイコ女が振り返る。

 瞳孔が開いていながら、能面のような顔。恐ろしい。その一言に尽きた。

 思わず腰を崩して、さっきの男のように情けない姿で地面についた。

 そうして無言のまま何時間も過ぎたように感じた。

「どうしたの? 手が痛むの? 手当してあげるから、行きましょう」

 いつのまにか表情を変えて私の方を見ていたクソ女の声で、時間がちゃんと進みだした。

 そして私は今まで息を止めていたようで、話しかけられてから呼吸も再開した。息が乱れていて、苦しい。

 というか手当だって? 嘘もいい加減にしろ。こいつ絶対、傷を広げようとしているだろう。


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