6
目を開けた瞬間、凍り付いた。
天井から吊るされた白熱電球。その電球が照らす部分以外は何も見えない。
前方のギリギリ光が届くところには無機質な台が置いてある。その上には手術用具みたいなものからハンマーやノコギリなんてものまである。何に使うというのか。
私は椅子に座らされ、手足を椅子に縛られていた。麻縄が肉に食い込んでいる。じりじりと痛みが伝わってくる。外そうとして動かしてみるが、痛みが余計増しただけだった。
これはどういうことだ。さっきまではヒロインと一緒に、帰り道を歩いていたはずだ。だけど、途中で立てなくなって……それから……ヒロインが何か恐ろしいことを言っていた気がする。幻聴だ。そうに違いない。でなければ、なんだというのだ。そう、これもきっと夢だ。
「お目覚めだね、眠り姫」
暗闇からヒロインの声が聞こえた。
「あ、あのさ、これってどういうこと?」
「ねえ、何して遊びましょうか」
私の目の前に現れたヒロインは、真っ白なワンピースを着ていた。その手にはナイフが握られている。
ヒロインにそんな物騒なもの似合うとは思えないのに、普段から身に着けているかと思うくらいぴったりだ。
これから何が起こるかわからない。だけどなぜか、汗と震えが止まらない。
「皮剥ぎ? 水責め? それとも抽腸?」
何を言ってるんだ。り、料理の話? そうだ。それだ。それ以外何があるっていうのだ。
「聞きたいことがあるから、セオリー通りに爪剥ぎにしましょう」
ヒロインが台の上にナイフを置いて、代わりに鉄製の平べったい棒状のものを手に取った。
そして私の小指を掴み、棒状のものを――
「ぎぃ、ぎゃあああああぁあ゛あ゛あ゛ぁ」
「わたしの好きな声だね」
爪と皮膚が強制的に引き離される痛み。今までこんな痛みを味わったことがなかった。涙と鼻水を垂らしながら、がたがたと身体を動かす。
爪がなくなった柔らかな肉から、血が滲み出ている。そこを何かで押さえつけたかった。痛みが鼓動している。それを抑えるために、押さえたい。だけど、身体が動かない。痛みが悲鳴を上げているのに、もどかしさが邪魔をしてくる。
「あなた、わたしのこと知ってたよね?」
ヒロインが薬指を持って、撫でた。ぞわりと、嫌悪感が全身を包む。
「し、知ってた!」
「どうして?」
嘘を考えている暇がない。自然と真実が口から出る。
「前世で菊田さんがヒロインのゲームがあって、いぃぐあ゛あぁあああああっ」
「つまらない嘘で、指がキレイになっちゃったわ」
薬指の爪がなくなった。痛みが上書きではなく、割増されていく。じっとしていられない痛み。暴れたい。目の前の女を殴って痛みを紛らわさせたい。
「本当っ、本当だから、最後まで聞いてっ」
「ああ、色んなものでお顔がキレイになってるわよ。赤が混ざればもっとキレイになるよ」
「ひぃ、やめ、やめて、いぅっ」
棒を置いてナイフを取り、それを私の頬を滑らせた。刃先が皮膚に驚くほど簡単に吸い込まれる。爪を剥されるほどの痛みはない。だが、ひりひりとする痛みと止まらない涙が傷口にしみた。
「キレイね」
「もうっ、やめてえ」
「わたしね、美しいものを殺すのが好きなの。だからやめられるはずがないでしょう? でも、あなたがきちんとお話してくれるなら、あまり苦しまずに殺してあげる」
「だから、わた、私には前世があって、その前世でやってたゲームのヒロインがあんたでっがぁあああっ」
「それはもう聞いたわ。半分は信じてあげる。それで?」
無事だった方の手に、ナイフが突き刺さっている。肉を裂かれる痛み、神経を切られる痛み。新たな痛みが加わった。
頭がおかしくなりそう。気を失いたい。でもここで目を閉じたら、次はない。それとも、それで終われることに喜ぶべきかもしれない。この痛みから逃れられるのなら、死んだっていい。そう思えるほどだった。
「そのゲームは乙女ゲームっていって、ヒロインが男どもと落としていくやつなんだけど、攻略対象が生徒会の連中で――そう! あいつら、綺麗でしょ!? あいつらを殺せばいいじゃない! 手伝うから!」
「必死ね。でも、お手伝いはいらないの」
ナイフがぐりぐりと回される。痛い。痛いが、こいつの思い通りになるのはもう嫌だった。どうにかして叫びを我慢する。目の前の怪物はそんな私の抵抗にも意を介さず、にこにこと笑っていた。
痛みで、恐怖で、怒りで思考を止めることは許してはいけない。それを許せば死んでしまう。冷静さを見失うな。考えろ。
手伝うという咄嗟に思いついた案。これをどうにかして、一押しすればいけるかもしれない。何せこの学校にあいつら以上に美しいものなんていない。イカれたヒロインが美しいものを殺そうとして行き着く先は奴らのもとだ。しかし、そこには一つ障害がある。
「待って、あいつらは、人間じゃない。この世界には人間以外の化け物がいて、普通に殺そうとすれば、返り討ちにあう。で、でも私はあいつらのことなんでもわかるから! だからっ」
「そう」
腹部に今までと違う鈍痛が走り、目の前が暗くなった。