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今日は本当についてない。
教室に人が集まってきたときに少女が感じた視線。それは話しかけてきた河辺由香のものだった。
河辺由香は何者なのだろうか。調べてみたところ、何の変哲もないただの女だった。だがこちらを探るような話しぶりに、少女は警戒心を抱く。
しかし河辺由香の処理は明日と決めている。女の顔は悪くない。そのうえ、よく鳴きそうだ。
同じ学校で立て続けに二人が行方不明になったら、何かしら騒がしくなるだろう。とはいっても多感な年ごろの行方不明者なんてよくいる。家出でもなんでも、向うが勝手に理由をつけて終わらせてくれるだろう。何しろ、彼らの足跡は見つからないのだから。
少女は静まり返った学校内の防犯を潜り抜け、ゴミ置き場の前に立った。
鍵を開けて中に入り、ゴミ袋を退かす。少女が置いたときと変わりなく、巨体は転がっていた。血は下には垂れていないようだ。死体の上に乗せたゴミ袋には少し血が付着していたが、それは拭き取っておく。このゴミ袋はあとは燃やされるだけのはずだ。こちらで持ち帰ることはしなくていいだろう。そして冷たくなった物体を黒い布で包み、肩で担いだ。
まるでプレゼントの包みを持ったサンタみたいだ。いい子にもわるい子にも等しくご褒美をあげる、とてもいいサンタだ。少女は笑いそうになった。
この学校のすぐ裏には山がある。深夜二時ということもあり、誰の目にもつかず、その裏山に入れた。
山を少し登ったところに、古びた小屋があったのでその近くにドラム缶を設置しておいた。小屋の中は埃やゴミが散乱していて使われていたとしても、子どもが使っているだけだろう。ドラム缶を不信がることはない。少女は小屋まで辿り着くと、背負っていた物体を地面に下ろした。
流石の少女も少し汗をかいていた。その汗を拭い、ドラム缶に何かを入れてから肉塊を放り込む。
そしてとろとろのスープを作るために、火をつけた。
ここに来る前に体育館で回収した小さなカメラを見ながら、少女は思案する。
明日はあの女で存分に遊ぼう。念のため、なんの目的で近づいてきたのかを聞き出しておこう。
全部吐いたところで、臓物も吐き出してもらう。しかしやっぱり鬼ごっこがしたい。どうしたものか。その時の気分で決めようか。
浮き出すような気持ちが歩き出すと、見つめていたカメラに一見真摯な態度の生徒会メンバーが映った。壇上に立った生徒会長なる男の顔。少女にはどこかで見覚えがあった。
「みゃお」
少女の思考が、聞き覚えのある声に遮られた。
あの猫だ。ドラム管を照らす光が届かないところで佇んでいる。周りの闇と小さな肢体が同化し、毒々しながらも爛々と光る瞳だけが火の玉のように浮かんでいた。
ああ、そういえばこの猫に似ている気がする。しかし、もっと違う誰かにも似ている気がする。でも、今はそんなこと関係ない。
「ねえ、猫ちゃん」
少女はゆっくりと猫に近づく。猫は逃げ出さず、待ち構えている。
「そのキレイなお目目で何を見たのかなあ?」
猫の首を捕まえ、抱きかかえた。病みつきになるような、触り心地のよさだ。
「教えてくれないかしら?」
少女の指先が、猫の眼窩を捉える。次の瞬間、腕の中の温もりが消えていた。
辺りを見回してみるも、やはりいない。
「ふふっ、あは、ははははははは」
少女は妙に気分が高揚して、笑い出してしまった。
今までオカルト現象に出会ったことはなかった。しかし、今目の前で起こったことは、オカルトと呼ぶに相応しい。
精神疾患を疑っても、元々疾患だらけの頭だ。それよりももっと、楽しく考えよう。
もしかしたら、今まで殺してきた者たちが墓の中からゾンビのように這い上がってくるかもしれない。そして、復讐のために襲い掛かってくるのだ。
そんな想像をして、少女はさらに笑った。眠れる草木を呼び覚ますような声だけが、山に響いた。