3
入学式が終わり、クラスに戻るといつの間にかヒロインが何食わぬ顔で席に着いていた。
ヒロインのはずだ。ゲームでは茶色にクリームを混ぜたような色の髪の毛を肩下まで伸ばして、リボンがチャームポイントのカチューシャをしていた。今目にしているのは髪色こそ同じだがカチューシャはしていないし、髪の長さはショートだ。でも、くりっとして澄んだ空を思わせる瞳に桜色の薄い唇はヒロインのままだ。やはりゲームとは違うということか。
それにしてもこの教室にいるということは、私と同じクラス。ということは、他のクラスの人間だから入学式で私が見つけられなかったのも仕方ない、という線は消えた。
そして、今日学校に来ていないという線もない。現実的に考えられるのは、体調が悪くて保健室にいたとかか。
先生が来るまで時間がある。とりあえず、ヒロインとお近づきになろう。
「あなた菊田愛音さんだよね?」
ヒロインの瞳が私を捉えた。私は動けなくなる。呼吸が止まる。しかし、汗だけはだらだらと流れ出した。
「誰さん?」
ヒロインが微笑み、金縛りが解けた。
なんだ、今の。体験したことがない恐怖だった。さっきの絶望の時と似ているようで違う感覚。
「大丈夫?」
「あ、うん。私、河辺由香。よろしくね」
「よろしく」
お日様を思わせる笑顔は、さきほどの恐怖などまるで感じさせない。
とりあえず、体調が悪かったかもしれないのだし、入学式のことを聞こう。
「入学式いなかったけど、どうかした?」
「もうクラス全員の顔と名前を憶えているのね。すごいわ」
これは答えをはぐらかされているのか。入学式の席順は名前順ではなく、集まった順だった。だから私の次の出席本号の席が空いていたからというのは通じないわけだ。しかし、そのことを知っているということは、あの場にいたのか。だったらどこに。というか、なんでこんなことで疑心暗鬼にならなければいけないのだ。
「ま、まあね。私って情報通なの! わからないことがあったら何でも聞いてね!」
「ふうん。どういう情報を持ってるのかな?」
「菊田さんにおすすめなイケメンとか」
「そうね。綺麗なのは好きだよ」
「おお! 実はね、ここで働いてる教師の中に親戚がいてさ。その人にいろいろ聞いてここの学校、入学したいって思ったんだけどね。ここの生徒会のメンバーってすっごいイケメン揃いだったでしょ?」
「そうね」
私の台詞はだいたいゲーム通りだ。ヒロインも似たようなものだけど、なんだか違う。
興味がなさそうに、話を切ろうとしている。そっちがそのつもりなら、こっちは食らいついてやろう。
「ケーキは好き?」
「おいしいものならなんでも好きよ」
「ならこの後さ、お茶しない? いい店知ってるんだ」
「今日は予定があるの」
「あーそうなんだ」
初対面してすぐに誘ったのはまずかったか。そうは思うも、少しショックを受けた。
「でも、明日はないよ」
「じ、じゃあ明日! 明日、お茶しよう!」
「ええ」
落として上げられたからか、私は犬のように尻尾を振る。ヒロインの朗らかな返事が、まるで私の頭を撫でているように感じられた。
さっそく飼いならされている気がする。さっきまで怖いと感じていたのに、少し話しただけでこれとは。流石ヒロインといったところか。
「みんなー席に着けー」
少し疲れた表情のおじさん先生が、教室に入ってきた。
みんなが席に着き、すっきりとした室内になる。先生が話し始める中で、私は同じクラスの攻略対象――モンスターハンターこと犬飼剣人に目を向けた。肉を上手に焼いている人ではない。
犬飼剣人は深海みたいな青い髪をポニーテイルにしている。そして髪と同じ色の瞳は、何かを抱えているような愁いを帯びている。ような、ではなく実際に抱えているのだが。
両親を化け物に殺され復讐を誓った、というよくある話だ。しかし、一つ問題がある。
彼の復讐心は植えつけられたものだ。今現在、彼の保護者であるこの学校の理事長に。
無残な死体を目の前に、悲しみに打ちひしがれている彼に理事長はあることないことを言うのだ。理事長は表では怪物と共存しようと言っているが、裏では殲滅を目論むほど憎んでいる。
とにかくゲームのルートでは、他人から植えつけられた復讐心では意味がないとヒロインに諭され犬飼は落とされる。味噌は、本心なら復讐してもいいんだよってところだ。
その証拠に、正気度を限界まで減らすとヒロインはモンスターが憎くなり、犬飼の代わりに仇をとるというバッドエンドがある。
ちなみにエンディングは基本一人につき三つ。ハッピー、ノーマル、バッドがある。
犬飼のノーマルは二人でハンター頑張る。ハッピーは理事長を犬飼が殺し、復讐から解放され二人は幸せなキスをして終了。血みどろのエンドのどこがハッピーなんだと思うが、このゲームはだいたいそんな感じだ。
ゲーム通りに現実を進めることができれば、わりと優良だ。ノーマルエンドのみだが。
でも、ここにいるヒロインは何か違和感がある。それにゲーム通りにいかない可能性の方が高い。
目下の目的は、ゲームの知識を頼りに現実の情報を集めるといったところか。