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「それにしても、やけに探ってくるな。何か知りたいことでもあるのか?」
「だって、一般人に仕事任せるくらい内部が機能してないなんて、こんな馬鹿な話ないわ」
「悪かったな。そんなに手伝うのが嫌だったのか」
「そうじゃないよ」
「……お前と話す口実に、この場を設定したと言ったら、どうだ?」
「あら。わたしの何が知りたいのかしらね」
「何だって知りたいさ」
だって好きだから、とかいう台詞が聞こえてきてもおかしくない声色で言ってのける皇貴。そんなことこんないい男に言われたらノックアウトだ。普通だったら。キチ女はその名の通り異常だから、鼻で笑って受け流すのだろう。
「……」
ええっ!? 赤面! まさかの茹蛸! 何ということだ。クソ女の初心な反応にこっちまで動揺してしまう。
それは皇貴も同じようで、目を丸くさせたあと逸らした。しかも頬がほんのり赤くなっている。
「いや、その……ホチキス止め終わったな! ちょっと待っていろ」
皇貴はぎこちない動作で、生徒会室に備え付けられている冷蔵庫に向かう。
サイコ女の方を覗き見ると、両手を口に当てて、肩を揺らしていた。
これは笑いを耐えている姿勢だ。やはり演技だったのか。むしろそうでなければ困る。殺人鬼が実は純真な小娘でした、なんて話はいらない。
それにしても見事な演技力だ。一瞬、何の疑いも飛んでしまうほどだった。その才能をもっと別のところに活かしてほしかった。
「チョコレートケーキだ」
「おいしそう」
ケーキと紅茶がキチ女と、そして私の前にも置かれた。どうやら私の存在は認識されていたらしい。
「ケーキ、とくにチョコレートケーキは酒によく馴染む」
「そうなの。わたしは赤ワインが好きだからチーズケーキの方が好き」
「ワインか。そういえば最近、ワインを飲んでいなかったな」
以下、二人の酒語りが酌み交わされる。
一応二人とも未成年ってことを忘れていないか? キチ女は別として、皇貴は気づけよ。
結局、私が期待していた乙女ゲームのような会話はゼロだった。酒の話で盛り上がるのは一歩譲って、まあいいだろう。趣味を他の人と分かち合うことは大切だ。しかしだ。腹の探り合いだけは解せない。こっちの胃までギリギリと痛んでくる。これなら森野との食事タイムの方が、よっぽど見られる。
「今日は本当に助かった」
「また何かあったら呼んで」
「ケーキ付で、か?」
「もちろん」
「現金な奴め」
クスクスと笑い合う二人。どうしてあの一触即発の状態から、砂糖食わされた状態になって、仕舞には友情が芽生えているのだ。解せない。
「今日は楽しいお茶会だったわね」
「それはようござんした」
隣を歩くキチ女は、鼻歌でも歌い出すのではないかと思うくらい上機嫌だ。
「久しぶりに年代物のワインでも出してもらおうかしら」
出してもらう? そういえば、弁当を作ってくれる人物のことを聞くのを忘れていた。地雷かもしれないが、聞くに越したことはない。
「出してもらうって、誰に?」
「何が聞きたいの?」
さっきまでの空気が一変した。
鋭い奴だ。それとも私がわかりやすいのか?
「同居人のこと」
「どうせいなくなるのだから、知ったところで無意味だと思うよ」
それは私のことを言っているのか。それとも同居人のことを言っているのか。おそらく、両方だろう。
「でも、そうね…仲間がいるという意識は大事よね。希望を与えるわ」
同居人のことを私の仲間と言っているなら、そいつはこの女の正体が殺人鬼だと知っているということか。でなければ攻略対象たちのこともそう言っていただろうし、今だって違う言い方をしただろう。
その上、希望を与えるときた。これは絶対、上げて落とすパターンだ。
「彼はフランス人でシエルという名前らしいわ」
フランス人? どうしてフランス人。しかも名前について、らしいということは偽名だということか。偽名使うような奴と一緒にいるのか。裏切りが起こってもおかしくはない。まあ、起こったところで返り討ちにあうだけか。
「フランスはいいわよ。料理はおいしいし、景色も好き。それになんといっても、フランス男は誘えばすぐについてくるわ」
「じゃあその人も誘ってついてきたってわけ?」
「違うわよ。父がいなくなって施設に入ろうとしたところで、エルが来たの。わたしのパトロンになりたいなんて言うから、びっくりしたわ」
エルとはシエルの愛称か。だがその言い方だと、天使が来たと言っているようで妙なニュアンスになる。そしてそのエルとやらが、いきなりパトロンになりたいと言ってくるのも妙だ。
「あんたなら速攻で殺しそうだけど」
「誤解しないでほしいのだけれど、わたしは殺すときは順調に事を運ぶのよ」
「なら今はその順調な時期ってこと?」
「その通り。今、一番殺すのが楽しみなうちの一人よ」
なんだその英文を翻訳機にかけて訳しました、みたいな台詞は。
「でもね、困ったことに殺すのが惜しくなってきたのよ」
「は?」
殺しが生きがいの殺人鬼が殺したくない、だと? 何だ、もしや――
「お金はたくさん持っているし、家のことはすべて任せてあるし、死体の処理とか後片付けもやらせているし、いろいろと便利なのよね」
違った。それはそうか。この女はそういう感情を知ることができないのだ。一応恋愛ゲームが好きだったため、馬鹿なことを考えてしまった。
「最近は着替えから入浴の手伝いまでしようとしてくるのよ。もしかして、生活面で依存させて殺されないようにしようとしているのかしら」
「え、それってあんたのことが好きなんじゃない?」
「普通ならそう思うのだけれども、エルは違うのよね」
心底不思議だという顔をして言うサイコ女。
この女が見抜けない相手となると、もしかして相当不味い奴なのではないのか。しかもそれを当の本人は気にしていないようだ。それもまたおかしな話だ。
「そういえば、誰かに似ている気がするのよね。最近会った気がするのだけれども…おかしいわ、思い出せない」
人を掌握していそうなクソ女が思い出せない? 私がこいつを何でもできる超人と見立てているのが悪いのだろうけど、そういうことを忘れる女か?
どうにも腑に落ちない。




