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どういうことだ。どうしてヒロインが入学式に出席していない。
クラス別に新入生が席に着いている。本来なら私の横にいるはずのヒロインがいない。辺りを見回してみても見つからない。
この入学式では情報役である私とヒロインが仲良くなり、攻略対象たちを紹介するという場面のはずだ。もしかしたらヒロインも転生者であり私からの情報はいらない。だから私と仲良くなる必要もないし、この場にいる必要もないと。いや、そうだとしても入学式を欠席するのか。
まあでもここは完全にゲームの世界というわけではなく、似て非なるっていう可能性の方が高いわけか。というか私という存在自体が、ゲームの中でいったらバグだ。
そう、ここは『Sweetest Darkness』というゲームの世界。しかも18禁乙女ゲームだ。そのうえ一部の性癖を持つ人たちから受けがよく、別名がリョナゲー。ヒロインが丸呑みされたり切断されたり内臓が大変なことになったり輪姦されたりするわけだ。まあ、そういった目に遭うのはヒロインだけではないのだが。とにかく、男性向けエロゲーでやってくれっていう内容だ。
そしてそんなゲームに前世の記憶というものを持って、生まれ変わってしまった私。
私――河辺由香はヒロインに攻略対象の情報を与える役目を持っている。
この記憶を思い出したのは、野良犬が轢かれて無残な姿で倒れているのを発見したときだ。可哀想とか気持ち悪いとか思う前に、一人の人生の記憶という情報が頭に入ってきた。脳みそがかき回される感覚に、私は吐いた。
それからというもの、所謂前世の記憶と今まで培われてきた人格に折り合いをつけるのにものすごく苦労した。一時期は病院に通院していたほどに。
しかし今は立派な『私』になった。前世の人格と今世の人格が、うまく統合した状態なのだと思う。
そしてゲームの通りに行動する必要はなかったのに、なぜこうして舞台に立っているのか。
それは善意。そう、善意。幸い自分が死ぬような展開はなかった。だがヒロインや他の者が死んでしまう可能性がある。ヒロインがどういうルートに進むかわからないが、なるべく死者が少なくて、なおかつ幸せになれる道を通ってほしいと思うのは観客として当然なはず。
バッドエンドがいいです、な人もいるだろうが私はハッピーエンド主義だ。
だから情報役である私の力でなんとかいい方向へもっていけないかなという善意。とかなんとかいったが、善意という建前のこいつらの生末を見たいという好奇心が大半だ。
このゲームの攻略対象はわりとおかしい。ヒロインもルートによってはおかしくなる。まあここの世界観がそうさせるのだろうけど。
攻略対象は六人。一人を除き、人外だ。そうここは、妖精やら妖怪やらが存在するファンタジー世界である。現代というのも変だが、現代を舞台としている。だから一般人の怪物への認識は、いるかもしれないいないかもしれないといった程度。存在を知るのは一部の有力者と怪物を狩る側の人間。
この学校は怪物が、人間とうまく共存できるように育てるための機関だ。そう、多くの化け物は人間に溶け込んでいる。勿論、溶け込めていない社会不適合者は狩られる。
生徒と先生は五分五分で人間と怪物。その中に怪物を狩るハンターが存在している。
ちなみに攻略対象の人間は生徒のハンターだ。他は生徒会に所属している化け物。
生徒会のトップ、生徒会長の神羅龍はエルフだ。攻略対象なのだが、正直出るゲームを間違えている奴である。
プラチナブロンドに琥珀色の瞳と甘いフェイス。いつも微笑みをたたえるそれはまるで神が遣わした天使だ。しかし実体は、外道やクズや鬼畜などでは言い表せない。集約して絶望とでも名付けようか、っていうレベルだ。
エルフといえば長耳。だが、その耳は伸び縮み可能というよくわからん機能がついている。エルフ設定の意味とは、と笑いそうになる。そうこいつのエルフ設定は飾りだ。精々、エロいスチルで耳が弱点なんだとかいうのが明かされるだけ。そのスチルだけは認めてやってもいい。
ついでにいうとこのゲームには正気度が存在する。どこの宇宙的恐怖だと思うが、この正気度は攻略に重要なものだ。主に、この鬼畜生物の。
「――では、続きまして。在校生代表からの祝辞です」
いつの間にか、校長より長い教頭の話が終わっていた。そして例の絶望が登場する。周りの女子たちが騒めく。
壇上に立ち、何かを言葉にしようと口を開きかけた。しかしその開けかけた唇は言葉を発する形ではなく、ゆっくりと歪められていく。
なんだ、その笑みは。気持ちが悪い。吐き気がする。
ゲームの中でもこいつは、この場面でこんな風に笑っていたのか。ピエロを思わせるような不気味な笑みをしていたのか。
嫌な予感がした。私は選択を間違えた気がする。