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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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「放課後、時間あるか?」

 もう少しで教室に着くと思ったら、教室の前で皇貴が待機していた。

 どうしてよりによって今日なのだ。一気に攻略対象が現れ過ぎだろう。謀っているのか。

「どうして?」

「今日は生徒会の仕事を放棄する奴が多くてな。よければ協力してくれないか?」

「どうしてわたし?」

「俺とお前の仲だろう?」

「雑用仲間になった覚えはないけど」

「捻くれ者め。旨いケーキがあるぞ。どうだ?」

 ああ、イベントが発生しているのか。

 それにしてもこの殺人鬼を釣るには、狩り場を用意したぐらい言わないと乗ってこないだろう。

「いいよ」

「えぇ!?」

 予想外の返答に、思わず大声が出てしまった。

「何?」

「あんたがケーキごときに釣られるなんて」

「おかしいかしら? ケーキ、好きなのよ」

 そう言われてしまえば、返す言葉があるわけもない。

「そういうことだから放課後、お邪魔するわね」

「ああ、頼む」

 そして爽やかに去っていく皇貴。周りの視線が痛い。そりゃ、美男美女が会話していりゃあガン見したくもなるわなあ。ああ、いけない。心が荒む。

「あ、私も行くの?」

「当たり前でしょう」

 おそらく、というか絶対、皇貴は私のことは誘っていない。というより、攻略対象全員に言えることだが、彼らの目に私は映っていない。だから、いようがいまいが関係ないのだろう。

 視界に入れられても、何か余計なことを言ってしまいそうだから別段困らないのだが。やはり、自分という存在がそのときだけなくなる気がして、少し寂しい。

 いや、最近自分という存在を感じるのは、サイコ女から何かを与えられているときだけな気がしてきた。ゾッとして背筋が凍ってしまう。

 いいことを考えよう。放課後、仮にも私が好きなキャラと猫を被っているクソ女が楽しげに話すのだ。それを眺められるのだからいいではないか。イベントを楽しむとしよう。


 長机を寄せ集めてできた大きな机に、何かの紙がたくさん置かれている。その机の周りにあるパイプ椅子に、私たちは座っていた。

 ごくごく普通の簡素な作りの生徒会室。しかし私は知っている。この部屋の奥には豪華な生徒会室が隠されているのだ。その部屋は完全防音になっていて、主にこの世ならざるものについて話すときに活用されている。まあ、それ以外でも頻繁に使っているようだが。何せ、豪華とだけあって、快適らしい。

「生徒会って、こんなことするのね」

「ああ、まあな」

 机の上の束は、今度の集会で使われるという書類だったらしい。皇貴の指示で、私とキチ女はその紙たちをホチキスで止めていく作業をすることになった。皇貴はパソコンで何かの文章を作成しているようだ。

「何故かわからんが、皆華やかな仕事だと思っているようだな」

「実際は地味な書類作成、と」

「はは、そうだな」

「他の人たちはどうしたの?」

「琉衣と美海はいつものようにサボりだな。翔の奴は普段だったら、ちゃんと出てくるんだがな」

「どうしたのかしらねえ」

「まったくだ」

 白々しいったらありゃしない。

 おそらく、森野は報復の準備をしているのだろう。隣でしらばくれているクソ女のために。

「彼は?」

「龍か? 奴が動くのは稀だからな」

「無能なの?」

「いいや。こういった類の仕事はしないだけで、司令塔は龍だ」

「司令塔が愚図だから、下々が怠けるのではないかしら」

 冷やかに言ってのけるキチ女。皇貴は苦笑し、パソコンから目を離してこちらを向いた。

「手厳しいな。お前くらいじゃないのか? あいつを無能呼ばわりするのは」

「だって、事実そう思ってしまうわ」

「お前の事実はそうだとしても、俺の事実は違う。龍は才覚ある奴だ」

 皇貴は少しムッとして答える。

 クソ女は彼を怒らせようとしているのか?

「例えば?」

「去年、テストでカンニングをしたのではないかと晒された生徒がいた。調査の結果、不正はなかった。しかし、一度上がった認識は中々取り消せるものではない。しかもそれが悪い見方なら尚更だ」

「そうね。失った信用を取り戻すのには、時間がかかるわ」

「ああ。しかもそれが原因で、その生徒はいじめにまであってしまったんだ」

「馬鹿みたい」

 クソ女は苦しそうな、悲しそうな顔して呟いた。

 そんなことでいじめが起こるなんて馬鹿げている。その被害者が可哀想だ。と、言わんばかりの顔だ。本当の心のうちではそんなこと、思ってもいないだろう。前者は思っているかもしれないが、後者は絶対に思いもしないはずだ。本当に感情を作るのがうまい女だ。その証拠に皇貴はまったくだ、とキチ女と同じ顔をして言った。

「だが、龍がそれを払拭した」

「すごい。でも、どうやって?」

「もう一度、テストをやったんだ」

「え? それで点を取れたとしても納得する人なんていないと思うけど」

「普通だったらな。しかしそのテストは通常より難問になっていた。そしてそれを龍と一緒に行ったんだ。それも二人きりで厳重な監守付きでな。そのプレッシャー下で二人は点数を争い、生徒は龍に勝った。龍は公衆の面前で生徒を褒め称えたんだ」

「生徒会長様はそんなに成績がよかったの?」

「去年は副会長だったな。まあ、奴は好成績者ではなかった。だがあの、人を惹き付ける様は変わらない。そういう奴がそこまでした。つまり、実力を出していなかった龍に本気を出させたすごい奴、として彼は認識されたんだ」

「都合がいいこと」

「お前は本当に根性が曲がった奴だな。都合が良くてもなんでも、今その生徒は名誉を回復して自信を付け留学をして元気にやってるんだ。これは龍の采配のお蔭だろう」

 今、語られた内容は一側面から見た事実でしかない。不正を疑われていじめられた生徒。彼はあの鬼畜野郎に嵌められたといっていい。まず、不正はあった。元々頭がよかった彼はカンニングなんかしなくてもいい点が取れた。しかし、あのクソ野郎がカンニングを思わずしてしまうような精神状態まで追い込んだ。名誉挽回として行ったテストについては、もちろん外道は手を抜いている。彼の答案を魔法で覗き見て、点数が僅差になるようにしたのだ。そして極めつけが、全校生徒の前で彼を称賛したことだ。あの副会長に褒められれば誰だって天狗になる。彼は自信の上に傲慢をも身に着けることになった。現在はうまくいっているようだが、後にその傲慢が破滅を呼ぶ。そう、その破滅を引き起こすためだけにあの男は彼に微笑みかけたのだ。

 この話は、ヒロインがクソ野郎と接触していく過程でポロリと出る話だ。最後にこいつ悪い奴だったんだぜ、というネタばらしのさいに少し触れられるだけだ。だが、同じ世界にその生徒が存在しているとなると、気の毒で仕方ない。

「生徒会長様は本当にすごい方なのね!」

 キチ女は鬼畜が何を目論んでいるか、気づいているのだろう。それにしても嫌味くさい言い方だ。皇貴も苦笑している。

「彼がすごいのはわかったわ。でも他の人たちはどうなの? とくに、不純異性交遊に盛んな二人とか」

「あいつらもやるときはやる奴らだ」

「ええ、そうなんでしょうね。でもあなた、ちょっと冷たいんじゃないのかな?」

 皇貴は首を傾げた。

「二人とも不特定多数の人と関係を持っているよね? それってとっても危ないことだよ。身体の面でもそうだけど、精神的にもよくないと思うの。それを受ける側だって危険なことに変わりはないわ。それなのにあなたは黙認している」

「欲求は抑圧すると、おかしな形で発露してしまう。だったら、抑えない方がいい。それに身体は心配ない。あいつらはそういうことはきちんとしている。相手側も同様だ」

 美海も千城も人間ではないから、病気をもらうことも渡すこともない。精神面で語ろうなんてもってのほかだ。相手側だって同じことだ。二人の元には似たような奴らしか集まらない。例外もいるが、それは皇貴には知らされていないため問題視されていないのだ。

「何もわかっていないのね。万全の予防なんてないんだよ。それに性の問題ってそんな簡単に済む話じゃないわ」

「確かにそうかもしれないが、そこは自己責任だろう」

「二人が大変な目に遭ってもいいの?」

「あの二人はやられるたまじゃないからな。もし何かあったとしても必ず助けに行くさ」

「じゃあもし助けに行った先で既に死んでいたらどうする?」

「物騒な上に不謹慎だな」

 一気に皇貴の顔が険しくなった。

 クソ女はハンターかどうか疑われている。そんな奴から、死というフレーズが出るとなると怪しむのも当然といえる。

「感情って生易しいものじゃないのよ。愛情が憎しみに変わるなんてことよくあるわ」

「如何なる理由があろうとも、それ相応の罰を受けてもうことになるだろうな」

「やっぱり、許せない?」

「当たり前だ。いくら愛だ何だと言ったとしても、誰かを害するなんて許される筈がない。俺の仲間が殺されたとなれば、尚のことだ」

 皇貴がサイコ女を見つめる瞳は、真っ赤に燃えているようだ。その只ならぬ静かな剣幕に、クソ女は満足そうに微笑んだ。

 キチ女がハンターだったとして、誰かを狩るのだったら許さない、ということだろう。

 サイコ女が引き出したかったのはこれか。彼の決意を知りたかったのか。


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