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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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「あら? あたしに会いに来てくれたの?」

 相変わらず先生がいない保健室だ。そして何故かいる、淫魔ではなくやりちでもなく、千城琉衣。何を優雅に先生が座るはずの椅子に座っているのだ。体調不良の生徒がやってきたらびっくりするだろうが。

「せっかくあげたお弁当、吐かれて汚れちゃったから着替えに来たの」

「あたしが着替えさせてあげようか?」

「え? ゲロまみれの服がほしいの? そういう趣味、わたしはないからご遠慮したいのだけど」

「どこをどう解釈したら、そうなるのかしらねえ?」

 キチ女は何も答えずに、備え付けられた棚をごそごそと探っているようだ。

 無視は酷いじゃないという千城の言葉すら無視したキチ女は、ワイシャツを探り当てたらしい。それをベッドに置いて、その場で脱ぎ始めた。

「あら、ショーの始まりかしら?」

「ポールダンスなら得意よ」

 ストリップショーでもしたことがあるのか。本当、この女どんな人生送ってきたのだろうか。

「いい身体ね。ますます食べちゃいたい」

 口笛を鳴らしてからクソ女に近づいて、露出した肌に触れる千城。

「首に痣、残らなかったんだ」

 密着してきた千城の首をするりとした動作で撫でる。千城は肩を揺らせ、一歩下がった。

「ねえ、遊んでほしいのでしょう?」

「そ、そうね。でも確か、調教済みの犬でなければいやだったのよね」

「ええ、もちろん。でも従順な犬はもっと嫌いなの」

 それは千城に、どうしろっていうのか。千城も戸惑っているらしく、応酬を返せないでいる。

「昔ね、わたしとセックスできないのなら死んでもいいって言う男がいたの」

「他に相手がいなかったのかしら。可哀想な子ね」

「そうでもないよ。だってその男、外でしかも丸裸で発見されたんだけどね、アレがなかったんだって。さぞや楽しんだのでしょうね」

 とんだ警告だ。いや、サイコ女は絶対に千城を殺すつもりでいるから警告ではないのか。むしろ、これから殺しに行くという通達か。

 そしてもう突っ込む気にもなれない。その話が嘘であれ本当であれ――おそらく本当だろうけど――馬鹿な男がいたものだ、としか思えない。

「それは……災難ね」

 少し訝しむように答えた千城。

 キチ女はハンターかどうか、疑われている。おそらくそんな疑いを持っている女から、殺すぞ宣告されれば、白も黒になるってものだ。

「災難な男はここにもいるみたいだけど」

「あたしは死んでもいいなんて思わないわよ」

 ふうんとクソ女が呟くと、千城の喉仏に唇を近づけた。ごくりと固唾を呑む音が聞こえた。それは私のものか千城のものか、どちらかはわからない。クソ女は歯を剥き出しにしてその肌に触れようとする。まるで吸血鬼が血を吸うみたいだ。

「ねー聞いてよお。しょーたんがねーって! あー! ミューを差し置いて何やってるの!?」

「っつ」

 ガラッと遠慮なく開けられた扉のところで美海が叫ぶ。その音に呼応するように千城はキチ女から離れた。その表情は動揺、なのだろうか。千城にしては珍しい反応をしている。色がつく展開に思わず見入ってしまっていたが、千城だってこういう展開は望んでいたはずだ。それなら美海に邪魔するな、という文句を言うかと思ったのだが。

「わたし、お花畑を纏っているような娘とはしたくないわ」

「お花畑? ああ! それなら大丈夫。ミューは絶対、病気にならないから。むしろあなたが病気だったら治してあげられるよ」

 クソ女はそうと興味深げに言いながら美海の頬を撫でて、その横を通り抜けて行く。ちなみにちゃんとワイシャツを着ていた。いつの間に着替えたのだ。

「いつか遊んであげる」

「あ、そ、それは嬉しいけど、待って! しょーたんと喧嘩したでしょ。早く謝らないと大変なことになるよ!」

「そうね。なら言っておいて。人の親切は仇で返すべきではないって」

「えぇ!? ほんとに言ってるんだよ。お願いだからちゃんと謝ってよお」

 クソ女は振り返らずに、手を振った。

 困惑している美海と、いまだに固まっている千城を横目にクソ女の後を追う。

 何だかこの女の背中を見ることが多い気がする。無防備な背中。いや、きっとこいつは後ろにも目があるのだろう。だから簡単に背を向けられるのだ。いや、私に対して向けるのは、私が脆弱なクソ女だからだ。

 何もかも嫌になる。すべてぶっ壊したい。自分も殺人鬼も、そして見せかけに騙されて心を寄せ始めている化け物どもも。


「お邪魔しちゃって、ごめんねー!」

「……」

 美海のおどけた態度に、琉衣は見ることもせず無言だった。

「もーしょーたんも、ちーくんも酷くない? ミューが話しかけてるのにぃ」

 ちーくん、とは琉衣のあだ名だ。千城という名前と、血を吸うということをかけているらしい。

「そういえば、翔がどうしたって?」

 やっと意識を取り戻したように、美海の方を見る。美海はそのことに幾分か安堵した。

「なんかね、ちょー怖い顔して許さないーとか言ってたの。まーいつもの癇癪だとは思うけど」

「そう……あの娘、いったい何なのかしら。侵されるかと思ったわ」

 先ほどの接触を思い出し、琉衣は身震いした。

 少女の言うことには絶対に服従しなければいけない。そんな気になる。被虐的な嗜好に目覚めたのかとも思ったが、それは違う。

 この感覚は何かに似ている。そう、龍と接するときだ。龍も接するもの誰もが従いたくなる存在だ。しかし、似ているだけで何かが違う。それが何なのか、琉衣には思いつかなかった。

「はぁ!? ないない。あの子の好みじゃないでしょお」

「そういう意味じゃないわよ。精神がってことよ」

「何言ってるかわかんなーい」

「あんた、気を付けた方がいいわよ」

「独り占めする気?」

「馬鹿な娘ね。違うわよ」

 呆れた琉衣はため息を吐く。

 そう遠くないうちに美海も気付くに違いない。少女がただの少女ではないと。だがそれは、おそらくいいことではない。本当だったら、もう少女と関わりを持つことはやめた方がいい。しかしそうも言っていられない。これは生徒会に課せられた任務なのだ。

 何事もなく思ってくれればいい。あの少女はただの人で、何も策を立てているわけではなく。そうすれば、少女と一緒に笑っている未来が来るはずなのだ。

 琉衣は柄にもなく幸せな夢を見ていた。


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