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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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「ハロー心ない人」

「こんにちは。変態さん」

「だから変態じゃないってば! こないだのはほんとに違うんだってば」

「お昼食べに来たんでしょう? 早く座りなさい」

「ボクの話聞けよ! まったくもー……」

「なあに? じっと見つめちゃって。願いは口に出さなければ叶わないよ?」

「いちいち嫌味な言い方するなよ! 言えばいいんでしょ! それちょーだい」

「はい、あーん」

「むぐっ…………おいしー」

「そうでしょうね」

「ボク甘い卵焼きって大好物なんだよね。明日これボクの分も作ってきてよ」

「ずうずうしいにも程があると思わない?」

「謝礼だよ謝礼。ボクのこと、変態だなんて不名誉なこと言ってくれたからね」

「根に持つ男は嫌われるわよ」

「なにそれ!? ボク当然のこと言ってるだけなのに」

「それにこれ、わたしが作ったわけじゃないのよ」

「えー! 料理とかできそうなのに」

「できないこともないわ……仕方ないわね。いつまでも子どもにぶーぶー言われるのは敵わないから、作ってきてあげるわよ」

「ほんと? やった! 心ない人から、心ある人に昇進して進ぜよう」

「うるさい口ね」

「んぐぅ……やっぱりこの卵焼きサイコー」

 キチ女と森野はとても仲睦まじく昼食をとっていた。

 仲睦まじく、ね。とんだ茶番だ。虫唾が走る。

「あら? 睨んだだけで人は殺せない、って学ばなかったの?」

 このクソアマ。ふざけやがって。この手で殺してやりたい。

 だがそうは思っても、それはただの口先だけとわかってしまったのだ。屈辱だ。悔しくて仕方がない。

 そしてこの殺人鬼はまたしても私を殺さなかった。本当にどういうつもりなのだろう。捕まえた鼠を嬲っているつもりか。それとも他に何か理由があるというのか。だが、単純に前者という可能性が高いだろう。何せイカレタ殺人鬼様が考えることだ。

 いつも自分が目覚めるベッドの中で、治療されている身体を見て、思わず笑ってしまった。地獄がまだ続くのだ。痛みや恐怖は、それにずっと晒されていれば慣れるという。だが、慣れたからなんだ。嫌なものは嫌だ。殺す殺す詐欺しやがって、その展開はもううんざりだ。


「やっぱり最初の頃より美味しくなってるよ」

「それは最初の頃は不味かったって言ってるのかなあ?」

「え、そう言ったつもりだけど?」

「美味しいって言いながら食べてたのは誰だったかしら」

「お世辞も知らないなんてだめだなー」

 なんだこのケンカップルは。

 あの日から森野は毎日と言っていいほどランチタイムに突撃してきては、クソ女に餌付けされていた。何だかんだ言いながら、しっかり森野の分の卵焼きを作ってくるところがいじらしい。と、やっているのがキチ女でなかったら思っていただろう。

 おそらく、交流を深めて仲良くなりそうなったところで裏切るつもりだろう。それにしても不気味だ。まるであのゲームの夢でも見ているみたいだ。

 お互いに文句を言いながらも、本当はよく思っている。一応これはゲームの攻略に則っている。だから森野の反応はいい。問題はサイコ女だ。こういうキャラだったか? いや、絶対に違う。ということは、キチ女は相手によって簡単に性格を変えられるってことか。確かに、普段から私たちは相手によって態度を変えたりする。でもクソ女は表面上だけでなく根本から変えられる。それも相手の望む形に。流石サイコ女。

「ほら、口開けて」

「あーん」

 またいつもの光景か。と、思ったがおかしい。

 クソ女が森野の顎をぎっちりと掴んで、フォークに刺さったままの卵焼きをぽっかりと空いている口に押し込んだ。

「っん、うっぐ、ぐえぇ」

 ぐいぐいと容赦なく森野の喉を侵しているであろうフォーク。抵抗するようにキチ女の腕を掴んで爪を立てているが、まったく意に介されていない。

 森野の口がフォークだけでなく、クソ女の指まで呑み込もうとしたとき、腹にあったものが不快な音とともに吐き出された。そしてやっとサイコ女は手を退かす。その瞬間、森野の瞳に剣呑な光が走り、クソ女の喉を掴み押し倒した。

「あーあ。汚れちゃった。保健室に行きましょう」

 どこを見ているかわからない瞳――ただ確実に森野は見ていない――で言ってのけ、森野をまるで布団をはがすような動作であっさりと退かした。

 唖然としている森野などまるで存在していないかのように、キチ女は弁当を素早く片付け去ってしまった。私も、森野を一瞥してその後を追う。

 ちらりと見えた、森野の顔は酷かった。口の周りに汚物をつけて、眦からは涙が流れているにも関わらず、その眼は虚ろだった。

 どうやら殺人鬼は私にも森野にも、夢物語は見させてくれないようだ。


 観察対象の少女と翔が仲良くなったと聞きつけた美海は、探りを入れるために少女と交流を交わしているという場所に訪れた。そこは昼食時だというのに人っ子一人いない。これは雑踏が嫌いな人には穴場だろうなと美海は思った。美海は一人でいるのが嫌で、誰かの話し声が絶えず聞こえているところを好んでいたので、この場所をまったく知らなかったのだ。

 辺りを見回してみたが、少女はおろか翔もいない。諦めて帰ろうと視線を下に向けると何かが転がっていた。ごみかだろうか。いや、これは――

「しょーたん? 何寝っ転がってんのぉ? あわよくばミューも交ぜてもらおうと思って様子見に来たんだけど……って、くっさ! ちょっとほんとーにどうしたの?」

 声をかけても反応がない翔に近づいた美海は、思わず鼻を押さえた。すえた独特の臭い。誰かが吐いたのだろう。早く清掃の者を呼ばなければ、と頭の片隅で考えた。

「あの女、絶対に許さない」

 普段の声からは想像できないほど、禍々しく恨みの籠った声だった。

 美海はぎょっとして何も言えなくなってしまう。そうしているうちにふらりと立ち上がった翔は、口元を拭いふらふらとしながら歩いていってしまった。

 どうせいつもの癇癪だろう。翔は小さいことでも裏切られたなんだと言って仕返しをする。少女に何か癪に障ることでも言われたのだろう。気にすることはない。美海はそう思いながらも、いつもとは違う翔の様子に嫌な予感が拭えなかった。


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