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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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「あなたが知ってる彼らのこと教えてもらおうかな」

 またこの部屋だ。ロープで手足を椅子に括り付けられている。それにこの気狂い女。これまでの私の体験でB級ホラー映画一本作れるのではなかろうか。

「あんたなら全部知ってるんじゃない」

「きいてなかった? あなたが知ってることって言ったんだよ」

 それはつまりゲームでの彼ら、ということだろうか。それともキチ女が探れなかった化け物面でのことについてだろうか。まあ、化け物面を話すなら自然とゲームの中での話を持ち出すしかないか。何せ、私は現実の彼らを知らない。

 ため息を吐きたい。だが目の前で微笑む女に加え、その手に光る凶器を見ればそんな気も失せてしまう。

 正直に話したところでこの女が私を無傷で解放するわけない。むしろ話したことで私の価値は失われる。よって殺される。だけどそれは話さなくても同じ結果だ。だったら彼らの情報を渡して、良い気にさせておけばいい。ある重要な一点だけは隠して話そう。

「わ、わかった。まずは森野翔から。森野は妖精で所謂、魔法ってやつが使える」

「あら、妖精。いいわね! 乳歯を枕の下に入れておくと妖精がコインに換えてくれるっていうから、友達から乳歯を取って枕の下に入れておいたの。でも残念ながら妖精は来なかったわ。来たら、切り開いて人間とどこが違うのか見たかったのに」

 また殺人鬼ジョークだ。だいたい友達から『貰った』ではなく『取った』ってどういうことだ。強制抜歯したのか。というかむしろ友達いたのか。そして何をマッドサイエンティストみたいなことを言っているのだ。

「いやあ、残念ですねえ。森野君で試せるといいですね。それで、神羅龍はエルフなんだけど、妖精はエルフよりちょっと弱い。エルフの魔法は元素を操れるんだけど、妖精はその元素を操れる力が弱いから大きな魔法は使えない」

「魔法、素敵ね。一度は夢見るものよね。空を飛んだりとか。空中に落としたりしたことはあるけど、飛ばさせたことはないもの」

 何を落としたのかは、もうわかりきっているので茶々は入れない。

「森野の種族は善悪どちらでもやられたことをやり返す妖精だから、ゲームのエンディングでもそれが関わってくる。つまり、いいことをしたらグッドエンド、悪いことをしたらバッドエンドってこと」

「じゃあ、たっぷりとお砂糖をあげてどろどろに溶かした後、焼いてあげればいいのね」

「料理の話かな?」

「そうね。料理の話ね」

 ボケを上乗せされた。といっても、ここで違うこういうことだって説明されても嫌だけど。というかこのキチ女から出る言葉は全部嫌だ。

「家族構成は父母、兄姉。末っ子であり、甘やかされて育てられてきた。そのことから自身は優遇されることが当たり前だと思っている。だから、自分が望まない展開になると不機嫌になり怒り出す。だが他人に取り入るのがうまく、人間関係は良好。癇癪持ちという点は、周りからは個性とみられ許容されている。生徒会の中では思い通りになることが少なく、不満が多い。だが、神羅龍という信奉対象や鬼瓦皇貴という尊敬対象がそれを相殺している。両親、兄夫婦、姉夫婦いずれも夫婦仲が良く、そういった面から恋愛に対しては以外にも純粋なところがある。そのため千城琉衣、鳴海美海のような多淫者を嫌悪している。しかし最近では二人とのことを嫌いとまではいかない程度にはなっている」

 彼らのことを人に見立てるのはよくなかったかしら、とかなんとか言いながら微笑んでいるサイコ女。

「なにそれ。プロファイリングとかいうやつですか」

「そんなものと一緒にしないで。私はただ直接会って感じたことと、実際の情報とを照らし合わせているだけよ。ただ机上でぐつぐつと思考煮えたぎらせて、やっとできたものをさも事実だというようにして勝手な妄想で他人をわかった気になっている連中とどこが同じだというの」

「同じじゃねー……ですね!」

 そういうのをプロファイリングというのではないのか。キチ女の発言のどこが妄想ではないのか。結局同じことだろ。とか思うところはあるが、逆鱗に触れたくさいので言葉を変えた。

 この殺人鬼、絶対警察と一悶着あっただろう。というかないほうがおかしい。最初、クソ女の口上聞いているときは、もしかしてポリスサイドだったのではと思ってしまった。だが、この警察とくにプロファイルする人への中傷振りからするとそれはない。いや、よく考えろ。実は刑事であり、プロファイラーからプロファイリングを受け取る側だったとも考えられなくはない。って、こんな考察どうでもいい。知ったところでどうともならない。

「次ね、次。吸血鬼の千城琉衣ね。その界隈を牛耳る一族の一派で、力も強い。でも、力とか権力より、セックスの快楽の方が好きな上にバイだから、そういう意味で有名。どのエンディングでもヒロインは奴の性奴隷になって終わり」

「サディズム傾向はあるが、それはあくまでも楽に快楽を得るため。本格的なSMは特定の相手をつくるということになるからしない。支配欲求は強いが見極めはつけられるため、服従すべき相手には牙を立てない。神羅龍はその筆頭。得体の知れない恐怖心を抱いている。しかし、生徒会での過ごしは快いと感じている。森野翔は我儘な子どもとして、鳴井美海は良き喧嘩相手として、鬼瓦皇貴はいつか相手をしてほしいと狙っている獲物として。ふうん。いろいろ調べてみたけど全部無駄になりそうだわ」

 色っぽいため息を一つ吐かれた。

「だって、もしかしたら目覚めちゃうかもしれないもの」

「は?」

「わたしマゾって嫌いなの。だって、痛みは痛みだからこそ与える価値があるのよ」

「いや、でも流石にあんたが与える痛みとやらはマゾの人たちにとっても痛みだと思うけど」

「たしかに、そうだね。最初プレイだと思っていたのに、快楽が本当の苦痛になったときに見せるときの彼らはそれは見物よ。そこは好き」

 つまり、痛みを快楽として受け取ろうという心積もりが嫌い、ということか。でも結局自分好みにしているのなら、千城琉衣の調査は無駄にならないのではないか。前口上というやつか。そんな気遣い必要ない。

「苦手なものを克服しようとする心意気! 流石っす! ということで、次。鳴井美海。セイレーンという種族で、歌で人を魅了して操ることができる。吸血鬼と似てるけど、セイレーンはそれぐらいしか能力がない。ちなみに性欲が旺盛な種族としても知られてる」

「セイレーンね。昔、ある海域で沈没する客船が増加したところがあったの。セイレーンが出た、なんて噂されてたけど、なんと実際は近くの島に住む少数民族たちがその時期の実りに困って客船を難破させていたらしいの。自分たちが生きるためだもの仕方がないわ。でもね、わたしの獲物を横取りしたことだけは許せなかった。またそういうことがあったら嫌だから、一人一人潰して回ったのよ。あれは大変だったなあ」

「あんたのその話で一本くらい映画作れるんじゃない? まあ、たしかにセイレーンの歌を聞いたものは、とか言われてるけど、美海たちの場合、ヤりたいだけだから」

「じゃあアレもそのために?」

「あーあれは美海が友達の淫魔にそういう術を教えてもらったっていう設定だった気がする」

「性に対して余念がないわね」

「あんたも殺しに対して余念がないでしょ」

「そうね。好きなものを惜しみなく楽しみたいと思うのは当然のことね」

「そう。でも、美海はその好きなものが二つできてしまって困るわけ。その天秤のかけ方でエンディングが分岐する」

「意外と不器用で繊細な子。他者から嫌われるのが嫌だから、そうならないように相手を懐柔しようとする。それがそのセイレーンの歌というのかもしれないわね。でも生徒会の中での自分の立場はあまり気にしていない。千城琉衣は嫌っているというよりライバル視している。森野翔からは嫌われていると感じているものも、自分の価値感を押し付ければもっと嫌われるため何もできない。その上、最近はそこまで険悪な関係になっていないから気にならない。繊細だからこそ些細なことに傷つかないようにそれを抑圧してしまうのね。だから周りからは能天気な性格見られがち」

 噛みしめるように言葉を発していく。そして、次を促すように微笑んだ。

「次は、鬼瓦皇貴。名前の通り、鬼。とにかく怪力。魔法とかをはね飛ばすことができるほど力がある。しかも皇貴は時期王とまで言われるほど強い。でもやっぱりそれを妬む奴もいて、そいつがエンディングに関係する。あとヒロインの皇貴と共に生きる覚悟の差でもエンディングが変化する」

「彼は統率力もカリスマ性も備えた、生まれながらにしての王、なんでしょうね。他者を落とす冷酷さも他者を活かす冷静さもある。でもやはり、身内には甘くなってしまうものよねえ」

 ふふふ、と笑うクソ女に拍子抜けする。

「え、それだけ?」

「そうよ。彼を語るには多くの言葉はいらないでしょう?」

「そ、そう」

 そのままの意味なのか、裏の意味があるのかわからない。

 もしかしてこいつ、私が一喜一憂するのを見て楽しんでいるのではないか。そうだとしたら、腹が立つ。腹はいつでも立っているから、余計に立つ。

「最後に、あっ、あのハンターのことは話さなくていいんだよね?」

「構わないわ。普段だったらああいう子、逃がしはしないのだけれど。今回は特別」

 思わず、よかったなと言いたくなった。でもそれは裏を返せば、初めて殺人鬼が逃した人間ということになるのではないか。いやでも、元々標的にするつもりがなかったから違うのか。あ、殺人鬼が逃した第一号は私か。

 そう思うと、途端にハンターが羨ましくなった。何かを察しながらも逃げおおせるなんて。私だって逃げたい。思わず出るため息。

「じゃあ、神羅龍ね。さっきも言ったけどエルフ。一族の中では特出して才能があるわけではないけど、親の威光で持ち上げられている――というのが表向き。おそらく神羅龍は生徒会の中で一番強いし、人外業界でもかなり強い。でも神羅龍自身はそれを隠している、つもりはないんだろうけど大っぴらにはしない。常に自分が動きやすいようにパワーバランスを考えて行動してる。生きてるものはすべて自分のおもちゃだと思ってる。それはヒロインとエンディングを迎えても変わらない。奴は恋愛のままごとはできるけど、本当に誰かを愛することなんてできない」

「乙女ゲームというのは、はちみつみたいなおままごとを楽しむものだって学んだのだけど」

「そう。だから制作側も出るゲーム間違えたって言ってる。多分、というか絶対あんたと同類だと思う」

「それは違うわ。だって彼はいつも神気取りだもの。己の介入は少しに、あとはどうなるかをみる。自分はいつも蚊帳の外。世界と一線を画している。そのくせ、事態を悪い方向へ進めようとするのだもの。まるで悪魔ね」

「そ、そうだね」

「そういえば、さっき淫魔とか言っていたけれど、悪魔や魔女っているのかしら?」

「さあ? ゲームには出てこなかったからわからない。なんで?」

「よくそうやって呼ばれるから本物を見てみたくなったの。鬼は見られたから満足したけれど、わたしを鬼なんて呼ぶなんてよっぽど彼らの目にはわたしが慈悲深く見えたのね」

「どこからツッコミを入れていいかわからなっいぎぃ」

 ロープで縛られている手首辺りにナイフが突き刺さった。

 突然の痛みに、喉がひきつる。

「じゃあ、わたしから突っ込み」

 つっこみ? ぶっ刺しの間違いだろうが。

「ねえ、あなたってもう用済みよね?」

「なっ、ま、まだ、情報が! 奴らの弱点とか知らないと、あ゛あぁあっ」

「そんなの自分で見つけるわ」

 もう一本の手もやられた。くそ。痛い。身を焦がす痛みに涙が出てくる。

「まあ。わたしとしたら、忘れ物をしちゃった。いい子で待ってて」

 頭を優しく撫でられた。気持ち悪い、触るな。そういう意味を込めて睨んでも少しの効果もない。殺人鬼は部屋を出て行ってしまった。

 これは、好機だ。

 さっき突き刺された衝撃で、私の両手を縛っていたロープが切れている。しかもナイフが椅子に刺さったままだ。

 一呼吸してナイフを掴み、唇を噛みしめる。

「っぐぅ、っうぅ」

 削れた肉をまた抉るようにナイフを取り除いた。

 腕から流れる血に、唇から流れる血に、目の前が掠れる。

 邪魔な涙だ。今はそんな痛みに浸っている場合ではない。イカレた殺人鬼が戻ってくる前に、早くここから出なければならない。

 足に巻かれているロープを切るために、手に力を入れた。

「ぎぃっ、んんっ」

 思わず悲鳴を上げそうになる。堪えるために唇を噛みしめたが、さっき切れたところをまた噛んでしまい、さらに痛みが増した。

 痛みに耐えながら両足のロープを、やっとの思いで切り終えた。

 くそ。どうしてこんな思いをしなければいけない。ふざけるな。怒りで我を忘れそうになる。冷静になれ。まだ諦めたくはない。

 ナイフの柄をぎゅっと握りしめた。このナイフは持っていこう。サイコ女と遭遇したら、これで殺してやる。

 拷問部屋の扉を開けると、長い廊下が続いていた。他に扉も窓もないが、病院の廊下のようなイメージを受ける。無機質な白いリノリウムに目が眩みそうだ。続く道は一本ではなく、右に左にと曲がってみるが一向に新しい景色が見えてこない。もしかしたら同じところをぐるぐると回っているだけかもしれない。疑心暗鬼に頭が脅かされそうだ。

 コツ。

 靴音だ。固い床に反響して聞こえてくる。やつだ。やつが戻ってきてしまったのだ。

 ゆっくりとしたコツコツという音が近づいてくる。恐怖をかき立てられる音だ。音が近づくたびに、自分の死も近づいているように感じる。呼吸をするのも憚られる。汗が床に垂れた。

 でも、よかった。私は裸足だ。足音でこちらの位置がばれることはないだろう。それをキチ女が考えていないはずない。待てよ。私はどうして靴を履いていないのだ。どうしてだ。拷問部屋にいたとき、クソ女は靴を履いていたか。思い出せない。履いてなかったとしたら、わざわざ靴を履くためだけにあの場を離れたのか。なんのために。足が汚れないためか。私の靴も何のために脱がせた。もしかすると、私にこうやって恐怖を植えつけるためか。いや、おかしい。それだと、私が拷問部屋から逃げ出すことも見越して――そんな、ばかな。

 コツ。

 すぐ横の通路にいる。私の横にあった壁にぴったりと背をくっつけた。ここは十字路になっている。上手くいけば、私の右側から出てくるであろう殺人鬼の目に入らずに、やり過ごせるかもしれない。そんな上手い話はないとわかっている。もう、ここまでくれば逃げられない。立ち向かうしかないのだ。両手でナイフを握りしめた。

 コツ。

 現れた。恐ろしい化け物はこちらを見ずに、前だけを見つめていた。

 今だ。

 ナイフを振り上げて、やつの脳天を目指す。

「っく」

 どうして。どうしてだ。殺意は十分だし、これ以上になくこいつは無防備だったというのに。どうして、私の手は動かない。

「臆病者」

 当然の如く私を捉えた化け物がひどく楽しげな声で笑った。

 全部お見通しだったわけだ。私が脱走することも、私が化け物を殺そうとすることも。そして、良心という名のただの恐怖で私がナイフを下ろせないことも。

 確かに、私は臆病者だ。自分を殺そうとする者ですら殺せないのだから。でも、だから化け物とは違う。私は人間だ。化け物は化け物同士で潰し合えばいいのだ。馬鹿な女だ。真実も知らないで。

「かはっ」

 首をぎりぎりと絞められる。息ができない。もがく腕が痛い。

 次に目覚めたときは惨たらしい拷問が待ち受けているに違いない。そう思うと、先ほど感じた人間の尊厳が後悔にかき消されていった。



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