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箱庭の嘲笑  作者: 琉宇
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 昼休みを告げる鐘が鳴る。

 ちょっと前までは、この鐘の音を今か今かと待っていたというのに。今では遠のいてほしい音となってしまった。

 あんないつも血の臭いを滴らせていそうな女と飯を一緒にするなんて、胃がひっくり返ってしまう。

 それでも来てしまうこの時間。腰巾着よろしくとキチ女のあとを追って廊下へ出た。

「菊田愛音だよな? 俺は鬼瓦皇貴だ」

「なあに?」

「よければ、昼食を一緒にとらないか?」

「喜んで」

 流れるような会話で物事が決定した。まさしくイベントだ。

イベント発生率の高さに、もうゲームでの進行具合と現実での進行具合を同じだと考えることは危険だ。

 今はそんなことより、これからの昼食のことを考えよう。当然のごとく私もそのイベントに参加するのだ。地獄のような食事会が天国に一変するというものだ。何せ鬼瓦皇貴は私が一番好きなキャラなのだから。

 真っ赤な長髪は炎が燃え上がっているようだ。瞳からも溢れる生命力が燃え続けている。少し吊り上がっている眦がそれを助長している。するりと下がる頬に意外としっかりしている顎。唇から覗く八重歯は少し尖っている。それもあの吸血鬼のような下品な尖り方ではないのがまたいい。

 こう描写が長くなってしまうのもひとえに愛ゆえだ。

 皇貴はこのゲームの癒しと言っていい。彼を攻略しているときは、自分が乙女ゲームをプレイしていたのだと気づかされる。

 自信家であるがそれに見合った実力がある。また情に深く、面倒見がいい。自分勝手な生徒会の連中を副会長である彼がまとめていると言っても過言ではない。

 いいことをつらつらと上げたが、皇貴にもバッドエンドはある。

 鬼の王を多く輩出してきた一族の長男である皇貴。そしてその強大な力から時期王は確実と言われている。そこの事情からキチ女と渡り合えるのではないかと考えている一名だ。生き残る一名ではないが。

 時期王ということを重荷にも感じずに、堂々たる様はまさに王者。しかしそんな彼を疎ましく思う輩がいるのだ。そしてその嫉妬ともいえる醜い情はヒロインへと向かう。

 ある会食の席で楽しげに食事をとる皇貴に、そのクソ野郎は言うのだ。『お前が今食ってるの、なんだと思う?』その言葉だけで彼は察してしまうのだ。そして吐き出そうとした彼を追撃する。『せっかくのご馳走を粗末にするなんて馬鹿な真似はよせよ? もう二度と、味わえないんだから』皇貴の瞳からは涙が出ていたが、舌は歓喜していた。今まで食べた中で一番のうまさだと。もう決して訪れることのない食事が終わると、目の前で笑う外道をその場で引き裂いた。そして彼は人肉を探し求める王になってしまう。もともと鬼には食人の文化があったが、人間と共存し始めてからはそれは禁止されていた。しかし、愛する者の味を忘れられない彼は探し求める。

 なんともやるせないエンディングだ。

 ノーマルエンドは互いに成長してその時にまだ好きだったら、という話だ。将来は鬼の王の妻となる。そのことに畏怖したヒロインの為の選択肢だ。

 ハッピーエンドは王となった皇貴に似合う鬼となったヒロインが、一緒に幸せに過ごしましたという終わりだ。

 鬼となる――人間が鬼になるには人間の魂を捨てなければいけない。

 鬼は本来、残虐で獰猛な生き物なのだ。普段はそれをひた隠しにしている。セイレーンたちよりも本能を制御することに長けているのだ。

 ヒロインが鬼となるには、鬼の本能を獲得しなければいけない。目の前で惨劇を見なければいけなかった。そしてその惨劇の脚本家を演じなければいけなかった。

 そんなことを狂う直前まで続けてようやく、ヒロインは人間ではなくなった。

 それを嘆きながら喜ぶ皇貴の切なさといったら。

 皇貴は鬼の本能を持ちながらも、人間のような心も持っていた。だから余計苦しんでいたのだ。

 だがしかし、終わりよければ全てよし。二人は幸せに暮らしたのだから間違えなくハッピーエンドだ。

 鬼なのに人間のような皇貴と人間でありながら鬼のようなサイコ女が、弁当を広げて談笑している。

 残虐で獰猛な鬼はまさしくそこの女だ。そんなキチ女には私が一番好きなのは皇貴だと気取られないようにしよう。知れたら最後、どんな非人道的手段を使って私を苦しめてくるか想像もつかない。

「それはお前が作ったのか?」

「いいえ。家の者が作ったのよ」

 クソ女のいつ見ても美味しそうな弁当を、皇貴がきょとんとした顔で見た。

 家の者? キチ女には同居人がいるのか。それは保護者か? 殺人鬼の理解者なのか?

 私が一番初めに気絶させられたときに聞いた車のエンジン音。殺人鬼に協力者がいることは確実だ。それが同居人なのか。だが、この女が誰かと一緒にいるというのが想像できない。

「自分では作らないのか?」

「昔は作ってたよ。他人の作ったものなんて信用できないもの」

 人殺しが作ったものも信用できないのだが。

「かつて友人がご馳走してくれたことがあったの。でもね、わたしがそういう趣味がないってことを知っているくせに、それを食べさせようとしたのよ。もうわたし怒っちゃった」

 皇貴は豪快に笑った。

 これはお得意の殺人鬼ジョークか。皇貴のエンディングの話を思い出したのも相まって、なんとも笑えない冗談だ。

「でも、あなたはそんな人じゃないわよね? だからお友だちになりましょう?」

「もちろんだ!」

 これまた笑えない展開だ。うんざりする。

「そうか――その弁当は信頼できる人物が作っているのだな」

 さっきのクソ女の発言から、人間不信に陥っていたが回復したという図を見たのか、皇貴は愛おしげに微笑む。

「まさか」

 素っ気なくあっさりと述べたキチ女に、皇貴は瞠目した。

 まさかってなんだ。信用できないのに作らせているのか。言ったことが矛盾している。しかも皇貴の微笑みを無下にするとは何事か。

「それよりあなたはどうなの?」

 皇貴の前に広げられている重箱に目を落とした。

 キチ女が話を逸らした。ということは、探られたくない話なのか。これはいいことを聞いた。

「あ、ああ。俺も家の者が作っている。なかなかどうして、俺の舌を楽しませてくれる」

「確かに、色とりどりの中身だね。お弁当一つ一つにとってもお金がかかってるように見えるわ」

「まあな」

「お家の人が、大金持ちなだけあるね。でも大丈夫? お家の人の会社の株価こないだ落ちてたよね?」

「お前、株に興味があるのか。驚いたな」

「ちょっと齧っただけ。それで?」

「安心しろ。ちょっとした問題だ。俺の尊敬する叔父とその社員たちが迅速に解決した。もう株価も元通りだろう?」

「大した信頼ね」

「ああ、もちろん。皆、俺の大事なものたちだからな」

 皇貴は誇らしげな顔をした。一族思いのいい鬼だ。

 鬼瓦本家は政治家一家であるが、分家は飲料メーカーの大企業である。そして皇貴はその分家に高校の間だけ居候しているのだ。

 何故かと問われれば、皇貴が酒好きだからとしか言いようがない。お酒は二十歳からは鬼には通用しない。

 三年間は政治ではなく酒に浸りたい。ついでに経済も学んでくるといった具合だ。

 という表向きの情報は学校の生徒なら誰でも知っている。もちろん酒のことについては、呑む方ではなく香りがとか性質がとかに変換されているが。だからキチ女が知っていてもおかしくはないが、いつ知ったのだろうか。ずっと私と一緒だったというのに。しかも、だからといって株価なんてチェックするのか。


「ねえ、さっきの話の続きを聞きたくない?」

「なんの話?」

「わたしの友だちの話」

 皇貴は先に学校内へと戻って行った。そして残された私も早くこの場を切り上げて教室に戻りたかったが、キチ女が邪魔をしてくる。嫌な予感しかしない。

 ここで聞きたくないと言っても勝手に話し始めるだろう。沈黙するから勝手に喋ればいい。

「わたしむかついたからね、そいつの肉を削ぎ取って目の前で調理して食べさせてあげたの。よほど嬉しかったのか泣いていたわ」

「青い鳥は近くにいたんだねえ」

「でも不思議よね。人間の中でも弱肉強食が存在するなんて。神は人を平等に創ったはずなのに」

「神様だって間違えるよね」

「それにしてもね、そいつのやり方をやり返してやるというのは、本当に面白いのよ」

「あーあんたもそれでやられちゃえばいいんじゃない」

「いつそうなってもいいように、たくさん徳を積まないとね」

 殺人教の徳か。そこの教祖にでもなればいい。

 こいつの話にどんな返しをしても、基本的には無視をして自分の話を進めようとするようだ。殺すぞとか言っても流されそうだ。それならば暴言を言い続けたい気もするが、何がきっかけで琴線に触れるかわからないから適度に言うとしよう。

「徳といえば、彼は徳多きもののようね。ああいう高潔な魂を潰してこそ愉しめるというものね」

 何を悪魔みたいなことを言っているのだ。

 だが、これはまずい展開だ。何とかして、彼以外に興味を向かせたい。

私としては美海と皇貴が殺される前に、あのクソ野郎にこのクソアマを殺してほしいのだ。

「デザートは最後に食べるべきじゃない?」

「たまにはいいこと言うのね。そうねえ、お愉しみは最後の最後まで」

 私の瞳を捉えて微笑んだ。

 すべて見透かされている、あの感覚。最悪だ。吐きそうだ。

 いつ殺されてもおかしくないと言いつつ、誰かから殺されるなんて考えていないのだろう。だからそういうすべてを支配したつもりでいられるのだ。

 支配者はお前ではない。お前は蹂躙されるべき服従者だ。


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