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「残念なことに、あなたの信用はここで潰えたみたいだね」
「ち、ちょっと待って! 多分って言った!」
すでに少女の私物化されたような準備室で、またもや由香の悲鳴が上がった。
少女は床に這いつくばる由香の髪の毛を掴んで、強制的に上を向かせる。少女の指に絡まる細い糸は鈍い音を立てて切れる。その音が痛みとなって由香に伝わった。
由香が言っていた吸血鬼は、少女の家に訪れなかった。少女はそれこそ生誕祭のプレゼントを楽しむように待っていたというのに、酷く裏切られた気がしたのだ。そのどうしようもなく傷ついた心を癒そうと、目の前の獲物を捕らえることにした。
「もう可能性を確かめるのは飽きてしまったの」
怯える由香の瞳を見つめながら、少女はどうやって料理しようかと思いを巡らす。しかし、それを阻止するように準備室の扉が開いた。鍵をかけていたはずだが、入ってきたということは教師か。はたまたその使いの生徒か。少女は考えながらも、咄嗟に由香から手を離した。
「こんにちは、お嬢さん。こんなところで何してるのかしら? よければ、交ぜてくれない?」
女のような口調ではあるが、声音も姿も男のものだった。彼こそが本来なら少女の家に訪問するはずの吸血鬼、千城琉衣だ。
菖蒲色に染まる髪を優雅に靡かせ、アメジストが埋め込まれた眼窩をいやらしく細めている。
「こんにちは。えっと」
少女は慌てる様子もなく、初対面のものをどうやって呼べばいいか悩むいたいけな少女の振りをした。
「あたしのことは琉衣って呼んで」
「じゃあルーイ」
「なんで外国人名!?」
「言いやすいから」
考える間もなく勝手に名前を付けた少女に、由香は思わず言葉を発してしまった。それに悪びれた風もなく、当然として答えた少女。自分勝手にも程があるだろう、と改めて少女の傲慢さを由香は痛感した。と同時に、ルイかルーイだったらルイの方が呼びやすいだろうに――益々頭がおかしい奴だと、呆れる。
「愛称つけてもらったみたいで嬉しいわあ」
由香の考えとは裏腹に、琉衣は嬉しそうに身体をくねらせた。
「ルーイこそ、こんなところで何してるの?」
「素敵な娘がここに入っていくところが見えたからついてきちゃった」
なんのために。そんなことは考えるまでもなかった、と少女は小さく笑う。
「そう…確か、交ぜてほしいって言ったよね?」
「ええ」
「交ぜるって何に?」
「わかってるくせに。つれない娘」
琉衣は少女の腰を掴み引き寄せ、その身体をねっとりと撫でた。愛撫を受けた少女はまるで何もされていないかのように、表情を変えず立っている。
「満足させてほしいの? いいわよ。ああ、でもこの身体では初めてだから最初はうまくいかないかもしれないけど許してね」
少女が琉衣の頬に指を滑らせた。
琉衣も由香も唖然とした。二人とも恥ずかしがるか嫌がるか、どちらかを期待していたのだ。しかし期待は見事に裏切られた。
そして不審がる由香を傍目に、琉衣は少女を押し倒した。
「挑発的ね。そういうのも悪くないわ――おいしく食べてあげる」
琉衣は少女の玉のような首筋に舌を這わせた。何度も何度も撫でて、肉を柔らかくさせる。そして、調度いい柔らかさになったところで研ぎ澄まされた歯を突き立てようとした。
「っぐ」
しかし、それは叶わなかった。少女が出しているとは思えないほど力強い握力で、琉衣の首を絞めた。
「わたしが満足させるって言ったの。聞いてなかった? 躾がなってないわね」
少女は楽々と琉衣を投げ飛ばした。琉衣は床に叩き付けられ痛みに呻く。そして今まで取り込めていなかった空気が一気に肺に流れ込み、苦しげに咳き込んだ。
少女はそんな琉衣をひどく冷めた目で見つめていた。それから、同じく床に転がっている由香に同じ目を向ける。
「あなたって床が好きよね」
少女は嘲笑し、準備室を後にした。
残された由香は言われた言葉の意味を噛み砕いていた。どういう意図で言ったのかはわからないが、あれは心底馬鹿にするような言い方だった。その上、琉衣――色魔と同じ床に転がされて、それを言われたものだから余計に腹が立つ。まるで床上手とでも言われている気分だ。
腸を狂わせながらも少女を追う選択肢しかない由香は、踏み出す足に力を入れながら部屋を後にした。
ぽつりと一人床に伏せている琉衣は、唇を噛みしめて顔を真っ赤にさせていた。ずっと支配者だった自分の立場が揺るがされている。そんな怒りとも悦びともとれる感情に琉衣は立ち上がれずにいたのだ。
もう一度、少女と会って確かめなければ。何をどうやって確かめればいいかわからなかったが、琉衣はそう思ったのだ。
そうしてしばらくの間は床に蹲り、荒く息を乱していた。




