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第一章

1


 夏休みに入る前日の放課後。

 明日から長期休暇に突入するということもあって、放課後のローカはいつも以上に騒がしい。帰りにゲームセンターへ寄って行こうだのカラオケに行こうだのと、みんな課題のことなんか忘れて完全に浮かれている。

 しかしそんな中俺は、他の生徒たちと違う気分を味わっていた。

「どう、ですかね?」

 目の前には表情を曇らせながら原稿を読んでいる少女――もとい大人の女性がいる。

 彼女の名は初春音日。担任の先生だ。

 小学生低学年かと思ってしまうほど小さな体躯が特徴で、ロングの黒髪をポニーテールにしている。服装は真ん中に英語のロゴが入っている白と青を基調にしたTシャツとジーンズ生地のホットパンツを穿いている。

 トントンっと原稿をひとまとめにしながら、音日先生が俺の方を向いた。

「良いところから言ってほしいか? それとも悪いところから言ってほしいか?」

「えっと、それじゃあ良いところからでお願いします」

「わかった。ではこの作品の良い点だが……まずヒロインが魅力的なところだな。以前見せてもらったものよりもだいぶ良くなっている。それに立ち位置がはっきりしていてわかりやすいし、想像もしやすい。動かし方もこれでいいと思うぞ」

「ありがとうございますっ」

 俺は心の中でガッツポーズをした。

 ヒロインたちが魅力的であること。実はこれには結構自信があったんだよな。いつもと違って話を描いていたら勝手にヒロインたちが動き出してくれたし、予想外な行動を取られて何度もプロットを組み直したりもしたし……今思えば、それくらいに頭の中できちんとヒロインたちの姿が思い浮かんでいたんだと思う。

 そんなことを考えながら喜んでいると、「それ以外にもまだあるぞ」という予想外な一言が。

「え、本当ですか!?」

「おう。他の良いところは序章でしっかりと続きを読ませるような勢いがあることだ。私が以前取り上げた問題を上手く解消しているじゃねえか」

「いえいえ、それについては先生の指導が上手だったからですよ。……えっと、他に良いところはありました?」

「いや、以上だ。とりわけ他に褒めるところは見当たらねえな」

「そう、ですか」

 中盤の話も自信があったんだけどなあ。それについてはノーコメントか。

「どうした? 何か言いたいことでもありそうな顔してっけどよ」

「いえ、なんでもありません」

「そうか。それじゃあ悪い点に移るけど……心の準備はいいか?」

 急に声音を変えて訊ねてきたので、俺はドキッとした。

「もしかして、そんなに悪いところが多いんですかね?」

「いや、多くはない。まあ展開についてはまだまだだが、それよりもひとつだけ酷い部分がある」

「ひとつだけ……」

 そう言われて思い当たる節があった。

 それは自分でも自覚しているところ。

「サービスシーン……」

 俺がそう呟くと、先生はキョトンとした。

「なんだ、自分でわかっているのか」

「そりゃあ自分の作品ですからね。それに前回見ていただいた時にも問題があるとおっしゃっていましたし。サービスシーンの描写が酷すぎるのは十分理解しています」

「だったらどうして直す努力をしなかったんだ? わかっているのなら酷い状態のまま見せるべきじゃねえだろ」

「いえ、これでも何度か修正したんですよ。でもなぜか巧く描けないんです。それで、どうすれば克服できるかアドバイスをいただけたらなあと思いまして」

「アドバイスか……んー、サービスシーンの描写ねえ」

 音日先生がふうむと唸り、顎に手を当てながら眉間にしわを寄せる。

 サービスシーンを巧く描くこと。

 これは前々からの課題だった。

 俺の作品はターゲットを十代から二十代の男性にしているため、サービスシーンが必須といっても過言ではない。

 それなのに俺が描くサービスシーンは全然ダメなんだ。もう全てにおいてといっても過言ではないくらいに。

 一応、状況設定などは他の小説を読んでいるからある程度想像はできる。でも、それ以降がうまくいかないんだよな。こういう状況になった時、主人公はどう思うのか、どう行動するのか。ヒロインたちの性格も頭の中に入っているんだけど、なぜかこのシーンになるとうまく動いてくれない。

 どうすればいいんだろ……。

 そうして俺も無言のまま音日先生と考え込んでいると、彼女が先に沈黙を打ち破った。

「――あっ、その手があったか。おい暁。サービスシーンの描写が酷くなってしまう原因、分かったぞ」

「え、本当ですか!?」

「あぁ。意外と単純な理由だった。一応私の考えが間違っていないかを確認するために一つ質問をさせてもらうけど、いいよな?」

「ええ、構いませんが」

 一体何の質問をするつもりなんだろう。

 少々嫌な予感を抱きながらも、俺が音日先生の言葉を待っていると、彼女は至って真面目な様子で俺の目を見つめた。

「じゃあ訊くぞ」

「は、はい」

「お前って――」

「俺って?」

「――童貞、だよな?」

「ぶっ!? な、ななな、なんてこと訊いてんですか!」

 予想よりも斜め上の質問に俺が声を荒げると、音日先生はにやりと口元を歪めた。

「やはりな。その様子だと童貞で間違いはなさそうだ。まあ、つまりはそういうことだ」

「……はい?」

 つまりはそういうことって、どういうことだよ。

 俺が童貞であるかどうか。

 それがサービスシーンの描写に影響を及ぼしているっていいたいのか――。

 そんなバカな。童貞でもサービスシーンを巧く描ける人はいくらでもいるだろ。

「あの、それとこれとは関係ないと思うんですけど」

「いいや、実際に経験しているかそうでないかは重要だ。お前の作品は十八禁じゃないからそういう体験をしろってわけじゃねえけど、サービスシーンをもっと巧く描きたいのなら、似たような体験は一度でもするべきだ」

「はあ……でもそういう体験って普通無理じゃないですかね?」

 だって小説で起きるような出来事だぞ。

 サービスシーンといえば、風呂場で偶然ヒロインと遭遇して彼女の裸を見てしまったり、知らないうちに自分のベッドにヒロインが潜り込んでいてちょっとえっちな体験をしてしまうとか、そんなラッキースケベ的なことだ。どう考えても現実世界で容易に体験できることじゃない。

 そう思っていたのだが、音日先生は違うようだ。

「別に無理じゃねえぞ。ちょうどいい。お前の課題を克服すために、そういう体験ができる環境を用意してやろう」

「え、それってどういう――」

「もちろん、夏休みの間私が寮長をやっている寮に住まわせてやろうと言っているんだ。当然住んでいる奴らは女子しかいないから安心しろ」

「なっ!? そ、そんな無茶苦茶なことできるわけないじゃないですか!」

「いいや、できるんだなそれが。今うちの寮には空き部屋が二つある。つまりお前が移り住む余地は十分にあるってことだ」

「そういうことじゃなくてですね……大体その寮って女子寮でしょう? 男の俺が住むことなんてできるわけないじゃないですか」

「なに勘違いしているんだお前は。うちの寮は女子寮じゃないぞ」

「――は?」

 女子寮じゃない、だって?

「すみません、今なんて言いました?」

「女子寮じゃねえって言ったんだよ。一般寮だ、一般寮。だからお前が移り住むことは可能なんだよ」

「俺が住むことも可能……だと!?」

「よし決まりだな。夏休みの間だけ男子寮からこっちの寮へ引っ越してもらうことにしよう。そうすればきっといろんな体験ができるから、お前は弱点を克服できるはずだ。ええっと、なるべく早い方がいいからあいつらに連絡を――」

「ちょ、ちょっと待ってください。勝手に決めないでくださいよ!」

「あ? なんだ、文句あるのか?」

「そ、そりゃありますよ。一応先生が云いたいことは理解しましたけど、大体そんな女子だらけのところで……たとえ夏休みの間とはいえ、一緒に住むなんて難易度高すぎです。絶対無理です」

「お前ホモなのか?」

「違いますよ!」

「じゃあなんだ、ただのへたれか」

「へ、へたれって……と、とにかく。女子しかいないようなところは勘弁してください!」

 はっきりと拒否を示しておく。

 男子が女子しか住んでいない寮に夏休みの間滞在する。

 どこのラノベだよ。そんな超展開は勘弁してくれ。いくら俺のためだといっても、さすがに無謀すぎる。

「なんでそんなに嫌がるんだ。普通男子なら喜ぶところなんじゃねえのか。だって女子と共に暮らせるんだぞ? ……とはいっても、私が寮長をやっている限り寮内での不純性交遊は認めないがな」

「それじゃあまるで外でなら何をやってもいいみたいな言い方ですね」

「あぁ、構わん」

「ですよねー、やっぱり無……っていいんですか!? 何言ってんですか、あなた教師ですよね!?」

「何がおかしい。確かに青空の下でヤっているところを一般人に見られたらこの学園の評価は落ちるだろう――が、思春期真只中のお前たちにそこら辺を強制させるのは酷というものだろ? それにな、今のうちにいろいろ経験しておかないと後で恥ずかしいおもいをするんだぞ」

「恥ずかしいおもいを……?」

「あぁ、特に男がな。考えてもみろ、二十九歳を過ぎた男で童貞だったら嫌だろ普通」

「そこは三十じゃないんですね」

「当たり前だ。魔法使いは論外だ」

「論外て……えっと、二九歳を過ぎたら、でしたよね。うーん、まあちょっとアレですね」

「だろ?」

 俺のあいまいな表現に対して満足げに頷く音日先生。

 確かに二九歳を過ぎて未だに経験がない人は変に思われそう……って、俺たちは一体何の話をしてんだ。

「それも含め、初めてのやつは基本的に下手だから嫌がられるもんだ。そりゃあ、初めてだっていう優越感はあるけどよ」

「は、はあ……」

 まだ話が続いていたみたいなので、とりあえず相づちだけ打っておく。俺はそもそも経験したことがないから詳しいことなんてさっぱりだけど……明らかにこれは先生の体験談だよな……。

 続けて熱弁に語る音日先生に向けて適当な返事をしながら話を聞いていると、突然音日先生がハッとなり、わざとらしく咳をした。

「こ、こほん。とにかく、お前にはこっちの寮で住んでもらう」

「いやだから勝手に決められても困りますってば。それにその寮に住んでいる人たちの許可は絶対に必要だと思います。だいたい男子が来るんですよ? 絶対嫌がるに決まっているじゃないですか」

「ふっ、あまいな。むしろ奴らは大歓迎に違いない。その証拠に……ちょっと待ってろ、確認を取ってやる」

 俺にひとこと断ると、音日先生は携帯電話で誰かに連絡を取り始めた。

「もしもし。あー、愛梨か。ちょっと話があるんだけど今大丈夫か? そうか。じゃあ早速本題に入る。夏休みの間、暁っていう男子をうちの寮に住まわせようと思うんだが問題はあるか?」

「…………」

 なにが問題はあるかだよ。絶対嫌だと言って断るに決まっているじゃないか。

 考えてみろよ。俺は男なんだぞ。性別が違うんだ。男子の住んでいるところに女子が引っ越してくるのならまだしも、状況は逆。普通に考えたら拒否するに決まって――。

「『大歓迎だよっ』か。良い返事だ」

「はいぃぃぃ!? 大歓迎って、それ冗談ですよね!?」

「うるせえぞ暁。今私は愛梨と話してんだ。……あぁいや、気にするな。今そいつがそばにいて、お前の返事に驚いていただけだから。ええっとそれでだな。一応結衣にも聞いてくれないか? ……お、そうか。隣にいるのか。それはちょうどいい。それで、返答は?」

 ここでまたも暫しの沈黙が訪れる。

 あり得ない。絶対におかしいぞ。

 一体その愛梨って女の子はどんな考え方をしているんだ。そもそも女子だけの寮に会ったこともない男を受け入れるって……あぁもう、わけわかんねえ。

 ――いやでも、もしかしたらその子がおかしいだけなんじゃないのか? そうだよ、きっとそうに違いない。だから結衣って女の子は嫌がって断るに違いな――。

「『もちろん大歓迎よ』か。そうかそうか、二人ともOKなんだな」

「だからおかしいですよね!? なんで歓迎されちゃってるんですか! 俺男ですよ!?」

「あーもううるせえな、お前は黙ってろ。……そうか、それじゃあ問題はなさそうだな。まあそういうことだからそっちは頼んだ。私はすぐに引越しができるよう業者に連絡をしておく。それじゃあな」

 ピッと通話終了のボタンを押した時の効果音が鳴り響いた。

 そして、携帯電話を仕舞った音日先生がこちらを向いてにやりと口元を歪めた。

「ということだ。暁の引越し決定だな」

「俺に拒否権はないんですか!?」

「そんなものねえよ。……ま、そう身構えるな。あの二人は良い奴だぞ。あー、でも実はこれ、お前のためだけじゃねえんだよ」

「俺のためだけじゃない……?」

「あぁ。ちょっとこっちにもいろいろと問題があってな。お前が来ることで解決しそうなんだ」

「……はあ、男手が足りないようなことですかね?」

「ま、そんなところだ。おそらく暁の考えているようなことじゃねえと思うが、正解であることには違いない。だから暁」

 急に真剣な眼差しをしてこちらを見つめてきたので、俺は戸惑いつつも姿勢を正した。

「なんですか?」

「私たちを助けると思って、夏休みの間だけこっちに引っ越してくれ。頼む、この通りだ」

 パシッと両手の平を合わせ、頭を下げてきやがった。

 ……なんて卑怯な。

 正直、俺は戸惑った。

 音日先生が人に向かって頭を下げるなんて珍しい……じゃなくて、いつも先生にはお世話になっているんだ。困っている時には何度も助けてもらったし、さっきだって親身になって俺の悩みについて考えてくれた。

 そんな優しい先生にこうまでされたら……断れないじゃないか。

「わかりました」

 俺はため息交じりに返事をした。

 何を手伝わされるのかは知らないけど、とりあえずはプラスに考えることにしよう。

 夏休みの間、女子しかいない寮で彼女たちと生活を共にする。

 そう。これは苦手分野を克服するチャンスなんだ。そりゃあ確実に小説の中で起きるような出来事に遭遇するってわけじゃないだろうけど、女子と共に過ごすことで何かしら得ることがあるかもしれない。別の環境でいろんなものを目にすることによってサービスシーンの描写が巧くなるかもしれないじゃないか。

 それに、この夏休みの間に作品を一本仕上げるという課題もある。どうせならサービスシーンの描写をもっと巧く描けるようになって、読んでもらった人にすごく面白かったと言ってもらいたい。

 了解の返事を聞いた音日先生が携帯電話を弄りながら立ち上がった。

「さてと、明日には引っ越しができるように最低限必要な荷物だけはまとめておけよ」

「あ、はい。わかりました……って、明日!?」

「早い方がいいだろう?」

「いくらなんでも早すぎますって。そんな一晩で荷物をまとめられるわけないじゃないですか! 夏休みは二ヶ月あるんですよ、二ヶ月。二、三泊するわけじゃないんですから。一応聞いておきますけど、布団とかそういうものは――」

「何もない部屋が二つ余っているだけだ。だから三段ボックスとか必要なものはちゃんと用意しておけよ」

「そんな無茶苦茶な……」

「今更嫌だといわれても困る。インターネットで業者に頼んだ後だからな」

 そう言って携帯電話の画面をこちらに向けてきた。

 そこには明日の午前九時からなんて文字があり――。

「本当に予約してる!? というか朝の九時から!? 今すぐ予約変更してください!」

「ん? もしかして朝八時からの方が良かったのか?」

「違いますよ! なんで時間早めてるんですか! 俺が言いたいことは予約自体を明後日に変更――」

「あーそうそう。帰りに用務員のおっちゃんから段ボール箱貰っていけよ」

「――って無視ですか!」

「それと荷物まとめる時にあんまりうるさくすんなよ。夏休みに入るとはいえ、早寝早起きをする奴だっているんだから」

「だから無視ですか!」

「それじゃあ明日の九時。宅配業者がお前の部屋に訪れるからちゃんと準備しとけよー」

 ガラガラガラ、ピシャリ。

 ……い、いっちまったよ。

 本当に明日の朝九時に宅配業者がくるのだろうか。

 茫然としながら時計を見ると、午後六時になる五分前。

「六時!?」

 ハッとなって、俺は勢いよく席を立ちあがった。

 ボーっとしてる場合じゃなかった。音日先生がああ言ったからには必ず翌朝の九時に宅配業者がやってくる。

 だからさっさと準備しないと。

 今から寮に帰って飯食ったりなんやかんやしていたら七時は過ぎるだろう。それから段ボールに荷物を詰めて……いや、その前に部屋が散らかっているから掃除をして――。

「だーもう、やること多過ぎだろ!」

 俺は頭を乱暴にかき回した後、生徒指導室を後にした。


2


 そして時は経って翌朝。

 俺はしょぼしょぼする目を擦りながら、インターホンを押した。

 あぁ、緊張する。

 そんでもって眠い。

 結局、朝方まで荷物をまとめるのに時間がかかってしまった。衣服を用意するだけならまだしも、布団や絨毯なども移動させなければならなかったからだ。

 できればマンガ本とかも持って行きたかったけど、そこまでしていたらほぼすべての私物を男子寮から移さなければならなくなる。そうなると男子寮へ戻る時が大変だから、それは諦めることにした。

 改めて目の前にそびえたっている建物を眺める。

「ここが今日から二ヶ月お世話になる場所か……」

 予想していた通り、外観は古びたものだった。ボロボロというわけではないが、ドアは引き戸で屋根は瓦。この通り昔ながらの雰囲気を醸し出している。

 学園にある寮とは違い、住宅街にあるから周りは民家ばかりだ。それでもここから徒歩五分ほどのところにコンビニがあるみたいだし、そんなに不便じゃなさそうだな。

 ――と、俺が周りに何があったかなどを思い返していると、漸くガラガラと音を立てながらドアが開かれた。

 ひょこっと茶髪の女の子が顔だけを外に出す。

「はーい」

「あ、どうも。今日からお世話になる暁悠斗っていう者なんですけど」

「暁、悠斗!?」

 なぜか俺のフルネームを聞いた途端に目を見開いた女の子。

「えっと、音日先生から聞いてませんかね?」

 後頭部をぽりぽりと掻きながらそう訊ねると、彼女は俺の頭からつま先まで視線を這わせた。そして――。

「男だ! 男がやってきたよ! わーい、ケダモノだぁ!」

 なぜか目をキラキラさせながら嬉しそうな声を上げ――ガラガラガラ、ピシャリ。

 勢いよくドアを閉めやがった。

「え、ちょ、ちょっと!?」

 なんで閉めるの!? というか何もしていないのにケダモノ扱い!?

 彼女の理解不能な行動に困惑していると――ガラガラガラ。

 再びドアが開かれた。

 先ほどの女の子が顔だけを外に出す。

「あ、おい、さっきのは一体どういう――」

「あら、本当に男だわ。ケダモノね」

 ガラガラガラ、ピシャリ。

 再びドアを閉めやがった。

 ……なんなんだよ。

 なんなんだよ一体。

 さっき俺のこと見たばっかりだろ!?

 どうして似たような台詞を言って、しかも閉めやがるんだよ!

「――はっ! そうか。これは俺をからかっているんだな」

 ピンときた。わざわざ二度も同じ行動を取るなんてそうに違いない。

 しかも顔を見た感じでは小学生くらいだったしな。夏休みだし、おそらく音日先生の親戚か何かが遊びに来ているんだろう。

 また同じことをやってきたらちょっと遊んでやろうか。

 そう意気込んでいると、数秒後ドアが開かれた。

「よっ、やっぱり歩いて来たのか。それにしては早かったな」

「なんだ、音日先生かよ……」

 そう。登場したのは赤のラインが入った黒のジャージという普段見ない格好をした音日先生だった。サイズが合っていないのかダボダボで指先しか見えていない。

 俺が小さく息を吐くと、彼女は眉根を釣り上げた。

「あ? なんで残念そうな顔してんだよ。そんなにこの格好がおかしいのか?」

「いえ、なんでもないですよ。というかその服、似合っていると思いますけどね」

「――え、本当か!?」

「ええ、嘘じゃないですよ。だってその体系でダボダボのジャージですから。ロリ度がアップです」

「そうかそうか、ロリ度がアップ……って誰が小学生だこらぁ!」

 拳を作って殴り掛かろうとしてきたので、俺は慌てて両手を横に振った。

「しょ、小学生だなんてひとことも言ってないですってば」

「いいや、間違いなくお前はそう言った!」

「だから言ってないですって。そ、それに外見なんて気にしちゃいけないですよ。大事なのは内面ですよ、内面」

「…………ほう。お前よくわかっているじゃねえか。大事なのは中身だよな」

「ええ、そうです、結局中身が重要なんですよ。先生は男みたいに頼りがいがありますし、口調もこの通り男っぽいですし、見た目とは違ってギャッぶへら!?」

 蹴られた。

 とてつもない勢いで蹴られた。

 俺はその場に蹲ってお腹を押さえる。

「な、なに、するんですか……」

「ふんっ、お前みたいなやつは馬に蹴られて死ね!」

 冷たい眼差しを俺に向ける音日先生。なぜかはわからないけど、彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。

 おかしいなぁ。ギャップという点で褒めたつもりだったんだけど、何が悪かったんだ?

 頭に疑問符を浮かべながらまだ痛むお腹を押さえていると、先ほど俺をからかってきた女の子が頬を膨らませながら外へ出てきた。

「ねえ、まだ入ってこないのー? おそ~い!」

「そうよ。こっちだって待ちくたびれちゃうわよ」

 ……あれ? 二人?

 そう。驚いたことに全く同じだといっても過言ではないほど顔が似通った女の子がもう一人外に出てきたのだ。

 最初に出てきた女の子の服装は非常にラフなものでロゴが入った白のTシャツとジーンズ生地の短パン。後から出てきた女の子は白のワンピースを着ている。

 二人とも身長は先生とほぼ変わらないくらい。どこからどう見ても小学生だが……ううむ、これはけしからん。

 なんと、白のワンピースを着ている女の子の胸が規格外な大きさだったのだ。その体型とは不釣り合いで、まるですべての栄養が胸にいっていると言われても不思議ではない。

 その大きすぎる果実に魅了されてしまった俺が彼女のソレを凝視し続けていると、貧乳の子が俺の腕を引っ張ってきた。

「ねえねえ、君が今日からうちに住む暁ってケダモノなんだよね?」

「――な!? け、ケダモノじゃねえよ!」

「……あり? そうなの? ケダモノじゃなかったら何だっていうの?」

「普通の男だよ! 勝手に危ない奴にしないでくれ!」

 大声を上げて否定すると、彼女はなぜか残念そうな顔をした。

「おかしいなあ。ねえ先生、暁は愛梨に初めてを教えてくれるケダモノじゃないの?」

「いいや、ケダモノであっているぞ。暁はお前に初めてを教えてくれる真のケダモノだ。今はほら、照れて否定しているだけなんだ」

「なるほど……これが男のツンデレってやつだね」

「そうそう、これが男のツンデレだ。よ~く覚えておけよ」

「勝手にケダモノ扱いしないでくれますかね!? しかもツンデレ属性持ちなんて残念な要素まで加えないでください! 全然違いますよ!」

 まったく、何を言っているんだこの人たちは。

 俺はケダモノでもなければツンデレでもない! しかもまだ何もしていないし、学校でも何の問題も起こしていない。それなのに……いきなりこの扱いは酷過ぎる!

 大体なんでこの貧乳女は俺がケダモノじゃないって答えた時に残念そうな表情したんだよ。おかしいだろ。普通逆だろ。安心するところだろ!

 そうやって俺が心中で憤慨していると、貧乳の子が小さなメモ帳を取り出して、何かを記入し始めた。

「ふむふむ。男のツンデレは自分がツンデレであることを自覚している場合、それを指摘されたら必死に否定する傾向がある、と」

「だから違うって! しかもメモってんじゃねえよ!」

 俺が無理やりメモ帳を奪い取ると、彼女は必至に手を伸ばした。

「返して! 愛梨の大事なネタ帳返して!」

「俺がツンデレでもケダモノでもないと考え直すなら返してやる」

「いーやーだー! ツンデレはどうでもいいけど、暁がケダモノじゃないと困るの!」

「なんでだよ!?」

「なんでも! それよりも返して!」

 俺がメモ帳を高々に上げると、彼女は両手を伸ばしてぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 ……あっ、意外とこれ、楽しいかも。

「取れるもんなら取ってみな。ほれ、ほーれ」

 俺はわざと彼女の手に届くか届かないかの位置に調整してみる。

 すると、彼女は両手を伸ばすスタイルから右手だけを伸ばすスタイルに替え、再びジャンプをし始めた。

「えいっ、やあっ」

「惜しい。ほら、もうちょっとだ。頑張れー」

 ひょいひょいっとメモ帳を少しだけ上下させる。

「こんのぉ……やあっ! とぉっ! うぅ~、暁の意地悪! このツンデレ! 鬼畜変態! 暁ロリコン!」

「誰がロリコンだ!」

「隙あり!」

「んなっ!?」

 油断した瞬間にメモ帳を奪われてしまった。

 そして彼女がメモ帳に追加記入をする。

「暁は鬼畜ロリコンっと」

「だからやめてくれるかな!? というかそのメモ帳なんなんだよ!?」

「ネタ帳だよっ。愛梨がシナリオ描くために必要なの」

「――え、シナリオ?」

「うん! 数日前から愛梨は声優兼シナリオライターとして活動することになったんだ。本当は声優だけにしたいんだけど、シナリオを書ける人がいないから仕方なく……って、そういえば自己紹介まだだったね。愛梨は桐島愛梨だよ。暁と同じ一年生!」

「へえ、俺と同じ一年…………はぁ!?」

 えっへんと、ない胸を張っている少女を見て俺は驚いた。

 じょ、冗談はよしてくれ。こんな小さい子が俺と同じ学園の一年生だと?

 そんなバカな。きっとこの子は俺をからかっているに違いない。

「どうしたの? なんでそんなにビックリするの?」

「いや、何でもない。ちょっと勘違いしただけだから。そっかそっか。愛梨ちゃんは小学校一年生なんだね。その年でよくそんな難しい言葉を知っているねー。よしよし、えらいえらい」

 そう言いながら愛梨の頭を撫でると、彼女は拳を握りしめプルプルと震えだした。

「……いった」

「――え?」

「愛梨のこと……いった」

「なんだって?」

「小学生! 愛梨のこと小学生だっていった! うぅ~、失礼しちゃう! 愛梨は本当に暁と同じ年齢なんだから!」

「ちょ、おい!」

 いきなり殴りかかってきたので、俺はすぐさま右手を伸ばして彼女の頭を押さえた。

 よかった。身長差のおかげでギリギリ届いてない。

 それもそのはず。俺と愛梨の身長差は三十センチ以上。

 空を切った愛梨の腕がぐるぐると回り始める。

「このっ、このぉ~!」

 どんなに頑張っても当たらないのに愛梨はグルグルと腕を回し続けている。

 ……あぁ、なんだかこれも楽しいなあ、意外と小学生の相手をするのが好きなのかも。

 なんて俺が思っていると。

「くふっ、情報通り暁さんは鬼畜ロリコンなのね」

 巨乳の子が嬉しそうに口元を歪めながら失礼なことを言ってきやがった。

 いやだからなんで喜んでんだよ!?

「ちがっ、俺は――」

「本日をもって鬼畜ロリコンあかつきんの誕生かしら?」

「勝手に変なあだ名付けないでくれる!?」

「さぁ、鬼畜ロリコンあかつきん……んー、ちょっと言い難いわね。それじゃあ……キロアツ」

「怪物か!」

「冗談よ、冗談。くふっ、愛梨じゃあるまいし、そんなモンスターのようなあだ名なんてつけるはずないじゃない。……ま、あだ名はおいおい考えるとして、それよりも暁さん」

「な、なんだよ」

「愛梨なんか放っておいて、わたくしとえっちぃことしましょうか」

「――は?」

「えっちぃことよ。ほら、早く裸になって。そうじゃないと暁さんのナニをわたくしのナニで挟めないじゃない」

「ななな何さらっととんでもないこと言ってんだ!? 大体君も小学生だろ!? どこでそんな言葉覚えた!?」

「あら、勘違いしているようね。わたくしは暁さんと同じ年齢よ。その証拠に、ほら……」


 むにゅんっ。


「ね? この胸は小学生じゃないって証拠になるでしょう?」

「――ッ!?」

 俺は予想外な感触に息を呑んだ。

 想像以上に柔らかい双丘がゆっくりと俺の背中で上下する。

「ほら、小学生じゃこの気持ちよさは出せないでしょう? んっ、はぁあんっ。それにしてもこれ、意外と気持ちいい、わね」

「っぅ~~~~っ」

 背中に未知なる感触を覚えただけでなく背後から聞こえてくる喘ぎ声によって、俺は顔を真っ赤に染め上げた。

 それを見た音日先生がにやりと笑みを浮かべる。

「どうだ暁、これならサービスシーンの描写が巧くなりそうだろう?」

「そ、そそそそんなこと言ってないで早く助けてくださいよ! というかこの痴女はなんですか!」

「あら、痴女だなんて……んあっ、そんなことないはぁんっ」

「えええエロい声出しながら否定されても全然説得力ねえよ! いいから離れてくれ!」

「その割には、んんっ、振りほどこうともしないなんて……意外と楽しんでいるんじゃないのかしら? ほらぁ、もっとずりずりして、あ・げ・る」

 むにゅんむにょんっ、と柔らかすぎる双丘が激しく上下し始めた。

 これはもう、堪えられん。

 体の奥底から熱い何かが湧きあがってくる。

 それと共に、俺の理性が飛びかけて――。

「ちょっと! 抜け駆けなんて許さないんだから!」

「きゃあっ」

 痴女に襲い掛かる寸前で、いつの間にか俺の手から逃れていた愛梨が勢いよく彼女を引き剥がした。

 尻餅をついた痴女が愛梨を睨みつける。

「なにするのよ! 今いいところだったのよ!?」

「抜け駆けする方が悪いの! 暁は結衣のモノなんかじゃないんだから!」

「それを言うならあなたのモノでもないわよ。こういうのは早い者勝ち。手を出さない方が悪いの。それに愛梨じゃあ暁さんを楽しますことなんて無理でしょう?」

 不敵な笑みを浮かべながら、挑発的な口調で愛梨に向けて自分の胸を下から両腕で持ち上げて強調する痴女。もとい愛梨の発言から察するに、結衣。

 見た瞬間からかなり大きいとは思っていたけど……これはEくらいあるんじゃないだろうか。いや、もしかしたらもっとあるかもしれない。俺を楽します云々は置いておくにしても、愛梨のそれとはかけ離れた大きさを持っているのは事実だ。

 それに、柔らかさも――。

「ほら、暁さんだってわたくしの感触を思い出して赤くなっているじゃない」

「あ、あああ赤くなってなんかない!」

「慌てて否定するところが怪しい。そのイヤらしい目がわたくしの授かりものを触りたくてしようがないという本能を表しているのではなくて?」

「ち、違う! これは――」

「だったらどうしてずっとわたくしの胸を見ているのかしら?」

「……ッ」

 俺はすぐさま結衣の胸から視線を外した。しまった、ついつい凝視しちまった。

 でも悲しいかな。やっぱり俺は男だ。先ほどの出来事をまたうっかりと思い出してしまい、思わず顔を赤くしてしまった。

「どうやらすでにわたくしの虜になっているようね。残念だったわね、愛梨。そういうことだから、暁さんはわたくしのモノよ」

「認めない。絶対に認めないもんっ。暁はロリコンだからきっとちっぱい派だもんっ」

「俺はロリコンじゃねえ!」

 ――と。

 俺が愛梨の失礼な決めつけに対してツッコんだところで。

「じゃれるのはそれくらいにしてさっさと荷物を片付けてもらおうか」

 音日先生が俺の腕を引っ張ってきた。

「このままじゃ収拾がつかないだろうし、ここら辺が潮時だろう?」

「た、助かりました」

「なぁに気にすることはねえよ。じゃれているお前たちを見て十分確認できたしな」

「確認? 何のですか」

「ロリコンだということだ」

「――はい?」

「そう、ロリコン。私はお前がロリコンで本当に良かったと思っている。人選を誤ってはいなかったようだな」

「だからロリコンじゃないですってば!」

「別に恥ずかしいからって否定することはねえんだぞ?」

「恥ずかしがる以前の問題ですよ!」

「相変わらず暁は素直じゃねえなあ……で? 結局のところお前はちっぱい派なのか? それとも巨乳派なのか?」

「もう、勘弁してくださいよ……」

 この後も引き続き俺は音日先生、愛梨、結衣の計三人からその質問を投げかけられるのであった。


3


「さて、改めて自己紹介をしておこうか」

 部屋の片づけをある程度終えた後。

 音日先生によって居間に集められた俺たち三人は丸テーブルを囲んで座布団の上に座った。

 見た目通り結構古いのか、この寮は台所とローカ以外の床が全て畳だ。別にそこのことついて不便は感じないけど、自分の部屋はほとんど使われていなかったらしく畳のにおいが充満していた。それに対してここは……うん、至って普通のにおいだ。そんなにきつくない。

「お前らはすでに私のことを知っているから私の自己紹介は省かせてもらうぞ。それじゃあ、まずは暁からな」

「え、俺から!?」

「そりゃあ引越ししてきた張本人だからな。自己紹介をするならお前からが妥当だろう」

「……確かにそうですね。えー、それでは。こほん、俺は――」

「ちょっと待った」

「なんですか」

「言い忘れていた。普通の自己紹介はなしな。面白いので頼む」

「面白いのって……いきなりハードルを上げてくれますね」

「当然だ。お前には編集部審査会へ応募する作品のシナリオを担当してもらうんだから」

「――へ?」

 今、なんて言った?

「夏にある編集部審査会だ。毎年夏と冬に開かれる審査会があるだろ」

 編集部審査会。

 一年に二回しか行われない俺たちにとっての大イベント。

 この編集部審査会に応募した作品が最優秀賞に選ばれるとデビューが確定する。といっても、すぐさま業界入りするわけじゃないけど、賞を取ったチームには必ず編集がつくことになる。そしてあれこれと修正を加えた後、世にその作品を売り出すことになっている。

「それで?」

「それでじゃねえよ。それにお前らがチームを組んで参加するんだよ。暁はシナリオ担当」

「なるほど、チームを組んで参加……って、参加するんですか!?」

「どうした? そんな急に大声を上げて」

「そんな話聞いてないですよ!」

「あれ? そうだったか? まあいいじゃねえか」

「よくないですよ! かなり重要なことじゃないですか! というか、本当に参加する気なんですか!?」

「もちろんだ。すでに参加すると上にも伝えてある。ほら、これを見ろ」

 そう言って音日先生がエントリー完了の印が付いた用紙を鞄から取り出してきた。

「暁がここに移り住むことが決まった日に速攻でエントリーしたんだ。どうしてもネットが繋がるPCでエントリーする必要があってな。この二人にやってもらったんだ。ほんと締め切り間際だったんだからな。もっと早くから私に悩み事を相談していればよいものを……感謝しろよ」

「あ、はい、すみません。エントリーに関しては感謝、できるかああああ!」

 堪えられなくなった俺はバンッと勢いよくテーブルを叩いた。

「なに勝手にエントリーしちゃってるんですか! 編集部審査会に参加するのは二年生からですよね!? 一年生のうちは基礎磨き。そういうカルキュラムでしたよね!」

「あぁ、そうだが?」

「そうだが? じゃないですよ! 明らかに予定とは違いますよね!?」

「あぁ、予定とは違うだろうなぁ、うんうん」

「頷いている場合じゃないですよ! 編集部審査会ですよ、編集部審査会。俺たちまだ一年生なんですよ!?」

「おっ、よかったなお前ら。どうやら暁はすでにメンバーの一人と認識しているらしいぞ」

「え、本当!?」

「あら、それは嬉しいわね」

「だからそうじゃなくて!」

 音日先生の言葉に喜んだ二人に対して、俺はもう一度強くテーブルを叩いた。すると、音日先生がため息を吐き――。

「暁、さっきから予定とは違うとか文句を言っているが、お前は将来シナリオライターになりたいんじゃなかったのか?」

「なりたいに決まっているじゃないですか」

「だったらどうして私が編集部審査会にエントリーさせたことを怒っているんだ」

「そりゃ怒りますよ。だってエントリーするなんて聞いてないですし、そもそも編集部審査会に参加するのは二年生からが普通で――」

「普通じゃないと嫌なのか?」

「え、いやそれは――」

「あまいな。あまいぞ暁。そんなんじゃ一生デビューなんてできやしねえよ」

「なっ!?」

「大体な、みんなと足並みをそろえる必要なんてねえんだよ。確かに暁の言う通り編集部審査会への参加は基本的に二年生からだ。だが、一年生から参加してはならないなんて規定はない」

「確かにそうですけど……」

「チャンスは待っていてもこないぞ。自分から掴み取りにいくものだ。せっかく編集部審査会なんてデビューできるチャンスが年二回も設けられているのに挑戦しないなんてバカのすることだ」

「で、でも――」

「自信がないから挑戦しないとでも言いたいのか? そりゃあ今の実力では無理だろう。一次通過すればいい方だろうな。だが、こういうのは挑戦することに意味がある」

「挑戦することに、意味が……?」

 一体どういうことだ?

 一次や二次で落ちたら意味なんてないと思うんだけど。

「場数を踏む、という言い方は変かもしれんが、編集部審査会に参加することで得るものは大きい。特にうちの審査会で取り扱う作品は基本的に一人で作るものじゃねえからな。編集者からのアドバイスはもちろんのことだが、共同作業をすることによって多くのことを学ぶことは間違いない。それは今後創作する上において必ず役に立つ」

「は、はあ……」

「お前はまだそういうことはしたことがないからわからねえだろう。……うちの学園は三年間ある。だから二年生からそういうものに参加しても遅くはない――が、できることなら早いうちから挑戦していく方がいいに決まっている。まだ二年以上あるから大丈夫だなんて考えるなよ。あと二年ちょっとしかないんだ。焦りは禁物だが、慢心が一番の敵だ。暁、お前まだ余裕があるからって慢心してんじゃねえのか?」

「……っ」

 俺は小さく唸った。

 確かに彼女の言う通りかもしれない。俺は心の底でまだ二年以上あるから大丈夫だなんて思っていたのかもしれない。

 それに、昨日音日先生に作品を褒められたからこの調子ならいけるなんて慢心を抱いていたのかもしれない。

「どうだ? 少しは将来の夢に向かうことの気構えが伝わったか?」

「すみません、俺の考えが甘かったです。是非編集部審査会に参加したいと……いえ、させて頂きたいと思います!」

「そうか、それならいいんだ。それじゃあ自己紹介の続きをしてくれ」

 その後、音日先生は二人に向けてウインクをした後、ぼそぼそと何かを呟いた。

「……ふっ、ちょろいな」

「――ん、何か言いました?」

「いや、なんでもねえよ。さぁ、面白い自己紹介をしてくれ」

「あ、はい」

 と、返事をしたものの……面白い自己紹介か。どうすればいいのやら。

 普段から真面目な自己紹介しかしない、というか自己紹介なんて滅多にしないからちゃんと考えたことなんてなかったけど……どうにかして笑わせてみせるしかないか。

 少々時間を取らせてもらい、内容をまとめた俺は大きく息を吸い込んだ。

 そして――。

「俺の名前は暁悠斗。趣味は」

「小さい女の子を愛でること、あるいは視姦すること!」

「違えよ!」

「実は幼女をぺろぺろして逮捕されたことがすでに十回以上あるのよ」

「ねえよ!」

 いきなり愛梨と結衣によって出鼻をくじかれた。くそぅ、せっかく面白い自己紹介をして笑わせようと思ったのに。

「あのさ、二人して勝手に変なこと言わないでくれるかな!? 一体俺をどういう目で見てるんだ!?」

「そりゃもちろん、愛梨は暁がちっぱい派のロリコンだと思っているよっ」

「巨乳派の鬼畜ロリコンといったところかしら」

「お前らなぁ……」

 俺が額に手を当て深いため息を吐くと、結衣の返答を聞いた愛梨が頬を膨らました。

「何言ってるの結衣、暁はちっぱい派だよ!」

「そっちこそ何を言っているのかしら。巨乳派に決まっているじゃない」

「ううん、ちっぱい派だよ!」

「いいえ、巨乳派よ」

「ちっぱい派!」

「巨乳派!」

「ちっぱい――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は美乳派だ!」

『――え?』

 俺が大声で言い切ると、愛梨と結衣は言い争いを止め、こちらを向いた。

 ……しまった、つい勘違いされるのが嫌で本音が出ちまったじゃねえか。

 美乳派と聞いて自信を持ったのか、結衣が勝ち誇ったような顔をした。

「ねえ愛梨、今の聴いたかしら? 暁さんは美乳派ですって。胸がないあなたは負けが確定したわね」

「そ、そんなことないもんっ。というか結衣の方こそ美乳には程遠いよ! 大きすぎて不釣り合いだもんっ!」

「なっ、失礼なことを言うわね!」

 思わぬ反撃を受けたのか、結衣が顔を真っ赤に染め上げた。

「にっひー。きっと将来垂れちゃうもんねー。これだからただデカいだけの女は」

 それを見た愛梨は余裕ができたのか、悪戯な顔をしながら笑い、やれやれといった風に両手を広げて結衣を挑発した。

「そ、そんなのわかんないじゃない! 垂れないわよ、絶対に垂らせないわよ! というか胸のないあなたにだけは言われたくないわ! この貧乳女!」

「あーっ! 貧乳って言った! こんのぉ、でかパイ発情女!」

「脳筋!」

「痴女!」

「低能!」

「万年発情期!」

「お前ら小学生かよ」

さんは黙ってて!』

「はい……」

 もう自己紹介どころじゃなかった。美乳派だと答えただけなのに、いつの間にか愛梨と結衣の喧嘩に発展していた。

 本当にどうしてこんなことになったのやら……。

 とりあえず二人が満足するまで言い合いをさせてやるべきだろうか。いやそれにしても、喧嘩するほど仲がいいってよく聞くけどこれ本当なのかな? どこからどう見てもこの二人は仲が悪いようにしか見えないんだけど――。

 音日先生も止めるつもりはないのか、「いいぞ、もっとやれ―」と言って……って、煽ってるじゃねえか!

「余計に酷くなったらどうするんですか!?」

「これ以上は酷くなんねえよ。それにな、二人とも暁が来たからムキになってんだよ」

「え? なにか俺に関係があるんですか?」

「あれ? なんだお前、覚えてないのか?」

「何をです?」

「あの二人ことだ」

 くいくいっと顎で言い争っている二人を指す音日先生。

 あの二人のことって言われてもな……。

「今日初めて会ったのに覚えているも何もありませんよ」

「あー、やっぱりそうなのか。まあ、顔知らないから当然と言えば当然だけど……おーい、愛梨、結衣。暁は約束覚えてねえってよ」

『――え?』

 今までぎゃーぎゃー騒いでいた愛梨と結衣だったが、急に言い争いを止めてこちらを向き、信じられないと言いたそうな顔をした。

「暁、愛梨との約束覚えてないの?」

「暁さん、わたくしとの約束を忘れてしまったの?」

「え……え?」

 わけが分からない。

 約束? 一体何のことだよ。

「愛梨との約束、忘れただなんてひどーい!」

「暁さん。本当に、本当にわたくしとの約束を覚えてないの?」

「……すまん。何の約束をしたのか全然覚えてない」

 素直に謝っておく。二人の反応を見る限り、どうやら俺は過去に愛梨と結衣に出会っていたらしい。しかも二人と何かの約束をしていたようだ。

 明らかに落胆していた二人だが、結衣が急にぼそぼそと言い始めた。

「でも、これはチャンスかもしれないわね」

「ん、何のチャンスだって?」

「もちろん、暁さんをわたくしのモノにするチャンスだということよ。そう、覚えていないのなら仕様がないわね。今となっては無理に思い出してもらう必要もないし……ふふっ、いいわ。それなら今後わたくしのことを忘れられないように、強い記憶をその胸に刻み込んで、あ・げ・る」

「ちょ、何するつもりだ!?」

 にやにやしながら近寄ってきたので俺は身を引いた。

 しかし、結衣が強引に迫ってきて――。

「それはもちろん、わたくしという女のことよ」

 ふにゅんっ。

 無理やり胸を俺の二の腕に押し付けてきやがった。

 軟らかすぎてもう何とも言えない。

 その感触に俺の脳が蕩けてしまいそうになっていると。

「ちょっと、抜け駆けは許さないって言ったよね!?」

 結衣の大胆な行動を目の当たりにした愛梨が立ち上がり――ふよんっ。

 反対側の腕に絡みついてきやがった。

 こっちは、まあ……それなりに、かな、うん。

「暁、今失礼なこと考えたよね?」

「か、考えてないよ! というかお前ら何をして……っ!?」

 右腕に絡みついている軟らかすぎる双丘と、左上に絡みついているほんのりとした柔らかさを伴った双丘がいきなり強く押し付けられた。

「忘れてしまったのなら仕様がないわ。それなら新たに刻み込めばいいだけよ」

「悔しいけど結衣の言う通りだね。それにネット上のことだし、愛梨たちのこと知らなくてもおかしくないか……だったら愛梨も忘れられないように暁の心に刻み込むだけ」

「だ、だからそういうことは勘弁してくれ」

 ――と。

 俺が二人の大胆な行動に困惑していると。

「はいはい、二人ともそれくらいにしておけ。寮内での不純異性交遊は禁止だ」

『きゃぁっ』

 腕に絡みついていた二人が音日先生によって引き剥がされた。

 た、助かった。

 と、安堵のため息を吐いたと思いきや、また結衣と愛梨が俺の腕を掴んできた。

「それなら今からすぐに外へ出てわたくしとえっちぃことを――」

「ラブホで愛梨と気持ちいいことを――」

「お前らなあ。今は自己紹介の時間だろうが。せめてそれが終わってから暁を連れて行け。二人で一滴も残らないくらい搾り取ってやればいいからよ」

「何言ってんですか! 全然よくないですよ!」

 俺が音日先生の理解しがたいセリフに文句を言うと、彼女は意外そうな顔をした。

「なんだ、嬉しくないのか?」

「嬉しいとかそういう問題じゃないです!」

「あぁそうか。そういやお前……ホモだったな」

「違いますよ!」

「悪い悪い、ロリホモだったか」

「余計に酷くなっているじゃないですか!」

「あ、そういや付け忘れてたな……鬼畜という単語を」

「勝手にいらない要素をつけないでください!」

「……ほんと最低野郎だな」

「その上で引くんですか!? あなたほんと何なんですか!」

 俺が音日先生に全力でツッコんでいると、結衣と愛梨がぼそぼそと呟き出した。

「暁さんがバイだったなんて、意外だわ」

「暁はロリホモ、ロリホモ……じゅるり」

「俺はホモじゃねえ! というか愛梨、お前腐ってるだろ!」

「――え? そ、そそそ、そんなことないよ!?」

「だったらどうして目を逸らすんだ!」

「……くぅ、バレちゃったら仕様がないね。うん、愛梨はそっちもイケる口なんだよっ!」

「胸張って言うことじゃねえ!」

「……悪くないよ、暁が総受けというのも」

「しかも変な妄想してんじゃねえよ! というか自己紹介の最中だろ! 脱線しすぎだ、まだ趣味の一つも言えてないじゃねえか!」

 愛梨と結衣の介入によってここまで自己紹介がグダグダになるとは思わなかった。いや、それよりもどんな自己紹介をしようとしてたんだっけ……?

「くそぅ、面白いこと言おうと思っていたのに忘れちまったじゃねえか」

「えー、それ愛梨のせい?」

「わたくしのせいにするつもりなのかしら?」

 ぼそぼそと愚痴を洩らしたら愛梨と結衣が口を尖らせた。

 そうして俺たちの様子を見た音日先生が「しゃーない、ここは仕切るか」と言った後。

「それじゃあ暁の自己紹介は終了な」

「名前言っただけですよ!?」

「あ? 文句あるのか?」

「いやだって、面白い話を――」

「忘れたのに?」

「ぐっ……わ、わかりましたよ。はいはい、どうせ俺は面白い自己紹介なんてできませんよーだ」

「お前も小学生かよ。……それじゃあ次は結衣。自己紹介をしろ」

「ええ、わかったわ」

 音日先生に命令された結衣がこほんと咳払いをし、自己紹介をし始めた。

「桐島結衣よ。愛梨とは双子だけど一応わたくしが姉。将来の夢はイラストレーターになること。できれば十八禁の絵を描きたいけれど、今はまだ一般向けのイラストを修業中よ。暁さん、よろしくね」

 至って普通の自己紹介だった。

 へえ、結衣はイラストレーターになることが夢なのか。それなら編集部審査会に応募する作品のイラストは彼女が担当することになりそうだ。

「よろしく頼む」

 また変なことをしてこないだろうかと気を付けながらも、俺は結衣が差し出してきた手を握った。

 愛梨が勢いよく立ちあがった。

「よし、次は愛梨の出番だね! 玄関先でも簡単な自己紹介をしたけど、一応。愛梨は桐島愛梨だよっ。将来の夢は声優になること。でも最近はシナリオの勉強もしていたり。よろしくね、暁」

「よろしくな。あーそうだ、一つ質問させてくれ。いつからシナリオの勉強をしているんだ?」

「始めたのはつい先週からだよ。この編集部審査会に参加しようって前々から結衣と決めてたんだ。でも参加するにはどうしてもシナリオが必須で……」

「なるほど、だからシナリオの勉強もしているのか」

「うん。でも暁が来てくれたから声優に専念できそうだね! よかったよかった」

「あんまりハードル上げないでくれ……ま、でも頑張らせてもらうよ。俺にできることはシナリオを描くことくらいだから。改めてよろしくな」

 愛梨と握手を交わす。

 今度は脱線することもなくサクッと終えた自己紹介に音日先生が満足げに頷いた。

「よし、これで自己紹介は以上だな。それじゃあ編集部審査会に応募する作品について少し話し合おうか」

 それを俺たち三人は真面目な表情で音日先生の目を見つめた。

「お前たちも知っての通り、編集部審査会に応募する作品はゲームでなければならない。ジャンルは何でも構わない――が、愛梨が言っていたようにシナリオは必須だ。プログラミングは……お前らは出来なさそうだな」

 俺がシナリオ、結衣がイラスト、愛梨が声優。自己紹介でプログラミングができるなんてひとことも言っていなかったし、音日先生がそういうのだからこの場にできる者はいないのだろう。

「でもゲームだったらプログラミングは必須ですよね?」

「そうだな。ゲームといってもボードゲームやカードゲームなどいろいろあるが、基本的にPC上で行われるものだ。だが安心しろ、それについてはすでに解決してある」

「……と、言いますと?」

「私がプログラミングを担当する」

「え、いいんですか!?」

 胸を張って答えた音日先生に俺は驚いた。こういう審査会に応募する作品は先生が加わっちゃいけないと思うんだけど。

「さすがにそれは失格になるんじゃ……」

「安心しろと言っただろ。確かに教師が作品に手を加えるのは問題がある。でも、ものによってはその限りじゃねえんだ。例えばノベルゲームなどといったプログラミングの技術をあまり重視しないゲームは許可さえもらえば手伝ってもいいんだよ」

「へえ、そうだったんですか」

「ちなみにもう許可は取ってあるからそれについて心配する必要もねえぞ。ということで、今回は私がプログラミングを担当するから作るゲームは限られる。というか、ひとつしかねえだろうが……」

「ギャルゲーとかそこら辺になりますよね。それもRPGなどといったゲーム性のない、ただ読み進めるだけの――」

「あー、勘違いしないでほしいから先に言っておくが、選択肢くらいは大丈夫だからな。で、問題はジャンルだ。お前らどんなジャンルがいい? もちろんシナリオを描くのは暁だからお前の意見を重視するが」

「んー、そうですね、今まで学園モノばかり描いてきましたし、現代世界のコメディであればありがたいですかね」

「そうか。じゃあ異世界バトルものにしよう」

「俺の意見重視するんじゃなかったんですか!?」

 言っていることが全然違うじゃないか。それに異世界バトルものなんて一度も描いたことがない。

「お前の意見を重視すると言ったが、お前の意見通りにするとはひとことも言ってねえぞ」

「だったら何で訊いたんですか。俺の意見取り入れる気ないですよね!?」

「ああ」

「頷いたよ! あっさり認めちゃったよ! 俺に訊いた意味ないじゃないですか!」

「いや、意味はあるぞ」

「どんな意味があったっていうんですか」

「……さてと、それじゃあジャンルは異世界バトルものに決――」

「ちょ、ちょっと待ってください。無視しないでくださいよ! というか、結衣と愛梨の意見も聞きましょうよ」

 ジャンルの決定を言い渡される前に俺は口を挟んだ。

 そうだ、多数決という方法を取ればいいじゃないか。これでもし愛梨と結衣が学園モノをやりたいと言えば――。

「なあ、結衣、愛梨。二人は」

「異世界バトルものでいいよな、な?」

 俺の言葉に被せて音日先生が結衣と愛梨の双方を怖い顔をしながら見つめた。

 当然、普段から暴力的なイメージが強いせいで結衣と愛梨は――。

「え、ええ。わたくしはそれでいいわよ」

「あ、愛梨もそれでいいよ」

「なんか萎縮してないか!? 他にやりたいのがあるならはっきり言ってもいいんだぞ!?」

 二人の返答を聞いた音日先生は満足げに笑った。

「よし、異世界バトルものに決まったな」

「あんたそのジャンルやりたいだけでしょ!」

「あ? なんか文句あんのか?」

「い、いえ、なにもありませんよ、はい」

 ギロリと睨まれて、結局俺も二人みたいに萎縮した。

 異世界バトルものか……現代モノの学園コメディーがやりたかったんだけどなあ……あ、でももしかしたら音日先生に何か良い考えがあるのかもしれないぞ。

 彼女の強引さを見て俺はふとそんなことを想った。

 たった半年しか先生と関わっていないけど、今思い返せばこういう強引に話をもっていく時には絶対に何かがある。その何かはまだ分からないけれど、きっと俺たちにとってプラスになるようなことで間違いはないのだ。

 パンパンと仕切るようにして音日先生が手を叩いた。

「さてと、それじゃあ会議は以上で――いや、まだあったな。暁、お前は知らないかもしれないが、この二人には弱点があるんだ」

「弱点?」

 唐突な話題転換に俺が首を傾げると、愛梨が口を開いた。

「実はその……色気のある演技とか、ちょっぴりエッチな演技とか苦手なんだ」

「へえ、そうだったのか」

「うん、なんかよくわかんないんだよね。どういう感情を抱きながら演技をしたらいいのか……。この前担当してくれている人にそう言ったら、愛梨がそういう行為を経験すればいいって言われたんだけど……」

「それ本当か?」

 俺が訝しげな視線を愛梨に向けると、それに対しては彼女ではなく音日先生が答えた。

「本当かもしれないし、嘘かもしれない。でも、暁にも言ったようにそういう経験をすることで巧くなる可能性がないわけじゃない。試す機会が全然なかったからな。これを機に試そうと思っていたんだよ」

「なるほど。男手が足りない何かってこれのことだったんですか……って、ちょっと待ってください!」

「どうした?」

「それって愛梨にエロいことをしろってことですか!?」

「当然だ」

「む、無理ですよ! だって愛梨とはそういう関係じゃないし」

 俺が慌てて両手を横に振ると、結衣が悪戯な顔をした。

「あら、暁さん。愛梨にだけえっちぃことをするんじゃないのよ?」

「――え?」

「もちろんわたくしにもえっちぃことをしてもらうわ。だってわたくしにも弱点があるもの。最終的には十八禁のイラストを描けるようにするのだけど、まだその域に達していないのよ。男性の肉体を描くのがまだまだ下手なのよね。だから暁さんには裸になってもらって、わたくしとえっちぃことを――」

「それとこれとは関係ないだろ!? どうしてエロいことまでしなきゃいけないんだ! 男性の裸ならネットで見れるじゃねえか」

「それじゃあダメなのよ。なぜか見ただけでは上手くいかないのよね。こう、実際に手で触って確かめてみないと筋肉の感じとかが分からなくて……。だから暁さんの身体を触らせていただこうかと」

「い、いいたいことは分かったけど……それはちょっと」

「あら、愛梨にはOKを出してわたくしには出せないと?」

「愛梨にOKなんて出してねえよ!」

 続けて、そういう行為は勘弁してほしいと二人に伝えようとしたところで。

 音日先生がにやりと口元を歪めながら痛いところをついてきた。

「そういうお前もサービスシーンを描くのが下手だろう? それを克服するためにここに来たんじゃなかったのか?」

「うっ……確かにそうですけど」

「だったらいいじゃねえか。暁はサービスシーンを巧く描けるようになるためにそういう経験をしたい。結衣と愛梨も自分の弱点を克服するためにそういう経験をしたい。否定する要素なんてねえだろ」

「で、でも」

「云いたいことはわかる。でもこれからお前らは編集部審査会に作品を応募するんだぞ。恥ずかしい作品を出すわけにもいかねえ。なにせ私が上に参加すると伝えたチームだからな。それに将来本気でなりたい職業に就くつもりなら、どっちにしろこの弱点を克服しなきゃならねえんだぞ。それが早いか遅いか。そんなの早い方がいいに決まっている」

 正論過ぎてぐうの音も出なかった。

 音日先生の言う通り、本気で夢を叶えたいのなら甘えている場合じゃない。俺は将来シナリオライターになりたいと本気で思っている。

 それなら、俺は――。

「わかりました。でも、限度ってもんがありますからね」

「やったぁ! これで愛梨は弱点を克服できるよっ」

「ふふっ、これでまた一歩進むことができるわ」

 俺の返事を聞いた二人は素直に喜んでいた。後半の台詞をちゃんと聞いていたかどうかがかなり怪しいが。

 弱点云々はひとまず置いておくことにして、編集部審査会の応募に関して知らされていなかったことを聞いておく。

「ちなみに作品の応募締め切りはいつですか?」

「えーっと、今日から四五日後だな。ちょうど夏休みの四分の三が終わる頃だ」

「そうですか。あんまり時間もないですし、早速今日から取り組む方がいいですね」

「そうだな。早く取り組んだ方がいいだろう。だが、一つ断っておきたいことがある」

「なんですか?」

「毎日自分の弱点を克服する努力をすること。いいな?」

「え、それって――」

「別に一日中やれってわけじゃねえよ。必要に応じて三人で協力し合えってことだ。例えば、愛梨なら暁の描いたダメダメなサービスシーンを使って暁と一緒に練習するとか」

「さりげなくダメダメとか言われると傷つくんですが」

「これは事実だ。そう言われたくなければ巧くなることだな。まあ、そんな感じで寮内では不純異性交遊にならない程度で頼む。もちろん、外でなら存分に楽しんでくれて構わないがな」

「だから一言余計ですってば!」

「あと出来上がった部分はすぐに報告してくれ。私はシナリオなどに口出しをすることは禁じられているからそれらに関しては何も言えないが、プログラムを組む必要があるからな。テキストを打ち込むくらいならお前たちでもできるだろうが、なるべく本業に集中してほしい。だからそこは私に任せろ」

「助かります」

「ありがとう、先生!」

「感謝するわ」

 俺、愛梨、結衣の順にお礼を言う。ほんと音日先生がその役割を担ってくれるのはありがたいことだ。これでシナリオに専念することができる。

「以上で会議は終了。解散」

 音日先生の一言で会議が終了。

 さてと、早速プロット作りを……いや、その前に部屋の片づけか。

 そうして俺は残っている段ボール箱の中身を片づけながらひたすら構想を練るのであった。

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