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序章

「愛梨、心の準備はできたか?」

「ひゃ、ひゃいっ。お願い……します」

 寮内にある一室にて。

 俺がベッドの上で座っている少女、桐島愛梨の目を見つめながら問うと、彼女は頬をかあっと赤く染め上げた。

 ストレートに伸ばした茶色のセミロングヘア。ピンクの髪留めを前髪につけ、ぱっちりとした大きな瞳は緑色。肌の色は健康的で、身長は一四〇センチに満たないくらい。本人は気にしているみたいだが、ほんのりと膨らんだ双丘はその体型に見合っている。

 上に着ているのはオレンジ色の水玉模様が入った薄手のキャミソール一枚だ。ズボンやスカートなどは穿いておらず、下はリボンの付いた白のパンツ一枚のみ。

 しかし、彼女が足元に布団をかぶせているせいで、その可愛らしい下着は完全に隠れてしまっている。

 でもその代わりに、風呂上がりで少し火照った肌と若干濡れた艶やかな髪が俺を魅惑してくる。

 ……あぁ、愛しい。

 早く彼女に触れてみたい。

 俺はそう思いつつも、まずは自分を落ち着かせるために深呼吸をした。

 この通り俺だってかなり緊張している。

 愛梨に負けないくらい緊張しているんだ。

 さっきからドクンドクンと心音がうるさくて仕様がない。ジッとしていたら愛梨にもこの音が聞こえてしまうんじゃないかと思うほどだ。

 でも、それは当然のことだと思う。

 なぜなら今から行うことは、俺たちにとって初めてなのだから――。

「ねえ、暁……まだ?」

 ギュッと目を瞑っていた愛梨が恐る恐る目を開け、俺を上目遣いで見つめてきた。

 早く済ませてほしい、せっかく心の準備ができたのにまた揺らいでしまいそうだ、という気持ちがひしひしと伝わってくる。

 あぁ、そうだな。愛梨のためにも、そして俺のためにもやるなら早く済ませてしまおう。やり始めてしまえばこの緊張感はすぐになくなり、いずれ愛梨は快楽に包まれるはず。彼女を幸せな気分にさせることは間違いないはずなんだ。

 俺はもう一度深呼吸をしてから愛梨の目を見つめた。

「それじゃあ目を瞑っていてくれ」

「…………」

 こくり。俺の言葉に対して愛梨は無言のまま小さく頷いた。

 俺はゆっくりと彼女の座っているベッドに上がる。

 みし、みし、とベッドの軋む音だけが部屋に鳴り響く。

 ――が、俺は気にせずその上を歩き進め、彼女を後ろから抱しめることができる位置に座った。

「……ん、ふぅ」

 ここにきてさらに緊張感が増したらしく、愛梨の肩はぷるぷると震えていた。しかも緊張のあまり小さな喘ぎ声まで漏らしてしまっている。

 そんな彼女の姿を見ていたら……よ、余計に緊張してきたじゃないか。

 ドクン、ドクン、と心音がさらに高まる。だ、だめだ。あんまり緊張しすぎちゃいけない。動きがぎこちなくなって上手くいかないかもしれないだろ。彼女を快楽へ導くどころか、逆に痛がらせてしまうかもしれないじゃないか。

 俺は一呼吸置いた後、少しでも緊張を和らげるために……はっきりと覚悟を決めるためにも、愛梨の肩にそっと右手を置いた。

「ひゃう!?」

「わ、悪い。びっくりさせたか」

「ううん、だいじょうぶ。あたしは、準備できているから」

 そう答える愛梨だが、まだ肩の震えは止まっていない。

「なあ、本当に、本当に俺でいいんだよな?」

「うん、暁じゃないとダメなの」

「嘘じゃない、よな?」

「嘘じゃないよ。だからお願い……して? もう、我慢できないの」

「……わかった」

 俺がそう答えると、愛梨が首だけを回してこちらを向き、上目遣いで俺の目を見つめてきた。

「あの……なるべく、やさしくしてね?」

「できるだけ努力はする。でも、痛かったらゴメンな?」

 愛梨の耳元でそう呟くと、彼女はこくりと頷いた。

 その後、愛梨が自分の右手でキャミソールを肌蹴させ始める。

 しゅる、しゅるしゅるしゅる――と、細い肩ひもが徐々に滑り落ちていき、二の腕を少し過ぎた辺りで止まった。

 それにより、愛梨のきめ細やかで綺麗な肌がさらに露出する。

 もう、後に引くことはできない。

 ここまで来たからには最後までやり通す。

そう心に誓った俺は、彼女の柔らかな部分に向けて、左手をゆっくり、ゆっくりと伸ばしていく。

そして――。


 両手で愛梨の肩を揉み始めた。


「あぁんっ、きもち……いい」

「ちょ!?  急に変な声上げるな! というかテキストと違う、ちゃんと演技しろ!」

「だ、だってぇ……暁、テクニシャンだから……ふあぁぁ」

「た、頼むからやめてくれ! そりゃあ気持ちよくなってくれるのは嬉しいけどよ、これ以上おかしな声を上げるんだったらやめるぞ」

「えー、それは困るよ。だってこれは大切な練習なんだからああぁんっ。……って、あり? 暁? なんでやめちゃうの?」

「帰る。これ以上は理性が持ちそうにない」

 愛梨の肩から手を離して乱暴に立ち上がると、彼女は慌てて俺の腕を掴んだ。

「待って! わかった。変な声上げないように頑張るから、お願いだから続けて。もうちょっとで何かわかりそうなの。それにここで辞められたら……あとで夜這いしに行くから」

「よ、夜這いって、お前意味わかって言っているのか!?」

「もちろん。愛梨はそこまでする覚悟、できてるから」

 そう言いながら、パチンとウインクをしてきやがった。

 ……なんなんだ。

 なんなんだよこいつ。

 どうして恋人でもなんでもないただの男に、そんなことが言えるんだよ!

「ねえ、続けるの? それとも夜這い、されたいの?」

 愛梨が艶めかしい声で俺を魅惑してくる。

 よ、夜這いなんてされたら堪ったもんじゃない。今の状況でさえ理性を保つことで必死なのに、そんなことされたら絶対に間違いが起きてしまうじゃないか。

 しかも愛梨のことだ。これは嘘でも冗談でもなく、本気に違いない。俺がここで前者を選ばなければ、今夜彼女に襲われることは間違いないだろう。

 逃げるという選択肢を失った俺はその場へ乱暴に座った。

「わかった。やればいいんだろ、やれば」

「ありがとっ!」

 愛梨が心底嬉しそうな声を上げる。

 もう何も考えずにいこう。変なことを考えなければ耐えられるはずなんだ。無心だ、無心。最悪、愛梨のことをジャガイモか何かだと思うようにすればどうにかなるだろ。

 目の前にいるのは人間じゃない、目の前にいるのは人間じゃないんだ、と頭の中で繰り返しながら愛梨の肩に手を近づける。

 すると、彼女は俺が肩を揉みやすいように髪をかき上げながら――。

「それじゃあ、愛梨のお口……暁のお口で塞いでね」

 とんでもないことを言ってきやがった。

「はぁ!?」

「だからぁ、暁の上のお口で、愛梨の上のお口を塞いでって言っているだけだよ。そうすればほら、えっちぃ声聞こえなくなるでしょ?」

「な、なな何言ってんだバカ! そんなことできるか!」

「えー、でもこれは暁のためでもあり、愛梨のためでもあるんだよ? 二人の将来のためと思えば、きっとでき――」

「ねえよ! いくら自分たちの将来の夢に役立つからといっても限度ってもんがあるだろ! 肩を揉むだけでも難易度が高いってのに、それ以上なんてもってのほかだ! それにな、お前が変な格好をしているせいでこっちは理性を保つのに必死なんだぞ!」

 大体何だよその格好は。

 上はキャミソール一枚、下は白のパンツ一枚だぞ。

 俺じゃなかったら絶対に襲ってる。いくらなんでも危機感無さすぎだろ!

 しかし、俺が心配してそう言っているのにも関わらず、愛梨は――。

「理性なんて邪魔なもの、崩壊させちゃえばいいじゃない。ほら、野獣のごとく襲っちゃいなよぉ」

「なっ!? なななにさらっととんでもないこと言ってんだ! 後で辛い思いをするのはお前なんだぞ!?」

「……なんで?」

「なんでって、むしろそれはこっちの台詞だ。どうしてわからないんだよ、頼むからそこは理解してくれ」

「うーん……快楽を得るだけで終わりじゃないの?」

「ちがーう! 俺は初めてが好きでもなんでもない男なんて嫌だろって言いたいんだ! そんなんで初体験なんかしてみろ、絶対に後悔するだろ!」

「そんなことないよ。むしろ本当に好きになった相手とヤる時に余裕が生まれるからいいと思うの。それにこういう経験しておけば、きっと将来役に立つでしょ?」

 そう言いながら俺の耳元にふぅっと息を吹きかけてきた。

 ……もう、やだ。

 逃げたい。

 ここから逃げ出したい。

 これだけ俺が理性を保つ努力をしているのにこいつ大胆すぎるんだよ。男らしすぎるんだよ。

 なんだか我慢しながら愛梨を説得しようとしている自分がアホらしく思えてきた。

「ねえ、愛梨のこと、襲わないの?」

 そんな俺の心情などお構いなしに、くねくねと腰を横にくねらせながら俺の腕に絡みついてきた。

 そして、終いには――。


 ふよんっ。


 俺の二の腕に胸を押しつけてきやがった。

「なっ!?」

 予想外の感触に俺は息を呑みこんだ。

 油断していた。

 完全に油断していた。

 まさか愛梨のほとんどない胸が、ちゃんとした柔らかさを備えていただなんて――。

「にっひー、どう? 少しはやる気でてきた?」

 想像以上の感触に言葉を失っていたら、愛梨が悪戯な顔をしながら耳元で囁いてきた。

 しかもついでといわんばかりに、またふぅっと耳に息を吹きかけてきて……さらに胸を強く押しつけてきた。

「えいっ、えいっ」

「……ッ」

「ほらぁ……むぅ、結構耐えるね、それなら」


 ふよんふゆんっ。


「これでどう?」

 ついに柔らかな双丘が上下し始めてしまった。

 今まで味わったことのない感覚が俺の二の腕を支配する。

「ほらぁ、我慢してないでさぁ。後で自家発電するより、愛梨の中で欲望の赴くまま吐き出す方がきっと気持ちいいよ? ……って、あり? どうしたの、急に黙って」

 漸く俺の異変に気付いたのか、愛梨が上下運動を止めてまじまじと顔を眺めてきた。

「おーい、暁?」

「…………」

「おーい」

「もう、いいや」

「――へ?」

 もう、我慢の限界だ。

 襲ってやる。

 無茶苦茶にしてやる!

 そうしてついに俺が理性を崩壊させ、一気に彼女を押し倒そうとした。

 その瞬間――。


「ちょっと待ちなさい。どうして愛梨だけそんな美味しいシチュエーションを味わっているのよ。そんなことこのわたくしが許すとでも?」


 明らかに嫉妬している声が聞こえてきたとともに、勢いよく扉が開かれた。

 それを見た愛梨が残念そうな声を上げる。

「あーあ、結衣が来ちゃったよ」

「残念だったわね。姉であるわたくしが来たからには、妹の出番はおしまいよ。さぁ、暁さん。愛梨なんてアホな子は放っておいて、わたくしと気持ちいいことしましょう?」

「――なっ!? いくら姉だからって、乱入してきてそんなの許さない! それに今愛梨のことアホって言った!」

「ええ、言ったわよ。でもおかしなことじゃないわ。当然のことだもの。だってあなたはおバカさん……いいえ、脳筋女とでも言った方がいいかしら?」

「ぐぬぬ……いつもいつも愛梨をバカにして……もう我慢の限界。今日こそ決着をつけてやる! 絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから!」

「ぎゃふん。ほら、言ってあげたわよ? これで満足したかしら?」

「……ぜ、絶対に許さないんだからー!」

 うがー、と声を荒げながら愛梨がその少女、桐島結衣に襲いかかる。

 ……よかった。結衣が来てくれて。

 結衣の登場によって理性を取り戻した俺は安堵のため息を吐いた。

 二人の関係は双子の姉妹。一応結衣が姉に当たる。

 彼女も愛梨と同じで髪色は茶色だが、彼女はいつもシュシュを付けて左側に髪を結っている。体格や顔は愛梨とほとんど変わらない。

 ――いや、瞳の色と胸のサイズだけは違うか。

 愛梨の瞳の色が緑色に対して結衣は青色。愛梨の胸がほんのりと膨らんでいるのに対して、結衣のそれははちきれんばかりにふっくらとしている。

 そのおかげで俺が彼女たちを呼び間違うことはない。

 俺は妹が姉を追いかけるという和やかな光景を見ながらゆっくりと立ち上がった。

「さてと、それじゃあ自分の部屋に帰るから。おやすみ、二人とも」

「あ、うん。おやすみー。って、ちょっと待って!」

 結衣が来たことによって開けっ放しになっていた扉からそのまま出ようとしたら、愛梨に呼び止められた。

「どうかしたのか?」

「どうかしたのかじゃないってば! 続き、続きやってからにして! これじゃあ上手く演技できない」

「えー、さっきのじゃダメだったのか?」

「ダメ。全然ダメ。目を瞑ったまま主人公に肩を揉まれるヒロインの気持ちがまだわかんないの! このままじゃまたやり直しすることになっちゃう!」

 かなり必死だった。この通り愛梨は自身の将来の夢、声優になるためには何の躊躇いもない。

 そう。先ほどまでのやり取りは愛梨が本番で上手く演技できるように手伝ってあげていたのだ。

 なんでも愛梨はそのような経験をしたことがないせいで、声に魅力がないと担当の先生に云われてしまったらしい。それが直せない限り声優になるのは厳しいだろうとも云われたとか、なんとか。

 まあ、とにかく。別に如何わしいことをしようと思って愛梨の肩を揉んでいたわけじゃないんだよ。愛梨のうなじに興奮したとか、あられもない下着姿に鼻息を荒くしたとか、そういうんじゃないんだ。

 仕様がなく。

 本当に仕様がなく、彼女のために手伝っていただけなんだよ。

 ――いや、さっきのは自分の夢、シナリオライターになるために必要なことでもあったんだけど。

「ほら、暁。こっち来て!」

 下着姿だというのに恥じらいの一つも見せない愛梨が俺の腕を引っ張ってきた。

 それを見た結衣が頬を膨らます。

「愛梨だけ優遇するなんてズルいわ。わたくしにもえっちぃことしなさいよ」

 ちなみにこっちはただの興味本位だ。

 結衣の夢はイラストレーターになること。

 だから別に俺や愛梨のようにどぎまぎするような体験をする必要はない。

 でも、こうやって積極的に俺を誘ってくる――正確には俺の裸を見たがっているだけなのだが、それにはちゃんとした理由がある。

 それは――。


「さぁ、暁さん。今すぐ裸になるのよ。そして固く反り立ったナニをわたくしに見せなさい!」


 そう。結衣の夢はエロいイラストも描けるイラストレーターになること。

 そして彼女もまた、俺たちと似たような問題――彼女の場合は、そういったものを生で見たことや触ったことがないから、巧く描けないという問題を抱えているのであった。


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