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第一章 九話 サービスシーンかと思ったらまったくそんなところはないです

閲覧ありがとうござます。

依頼をこなして日も傾いていたので宿屋に入ったのはいいのだけれどなんとヤミナと同室。向こうの感覚では奴隷だから、と片付ける事が出来るけどこっちはそんな習慣も無ければ女の子と一緒にすごす事なんて無い人生を送ってきたので正直かなり混乱している。この先、どうなるか不安でたまらない。


 部屋の中はシングルサイズのベッドが一つと服を入れておくクローゼット、ソファーが二つと椅子が数脚あった。部屋に入ってから僕もヤミナも動けずに固まっていた。ヤミナはヤミナで主人の命令がないと動いてはいけないと思っていたのかドアの前でじっと待機していたし、僕は僕でこの状況にただただ困惑していただけだった。


「と・・・とりあえず座ろうか。結構疲れちゃったしね」


 部屋の中央にあるソファーを指差して僕はやっとの事で言葉を絞りだす。僕の歩きはかなり固いが心なしかヤミナの歩く姿も硬い気がする。無言のままソファーに座る二人。ヤミナはなぜか対面に座らずに僕の隣へと腰掛けている。ちらりと横を見ようものならさらさらの長い黒髪にきりり、と整った顔立ち、そして身長の割にはキャパの大きい胸が目に飛び込んでくるに違いない。これは目の毒です。けっして振り向いてはいけないというか横向いてはいけないな。


 しかし二人の間に会話が無い。なぜだ?街中を一緒に歩いたときや依頼を受けて外に行ったときなんてすらすらと言葉が出てきたのに。手を伸ばせば届く距離に二人はいるのになかなか一歩が踏み出せない。

 大丈夫。僕が彼女に何かするわけでもないし、そんな事をするつもりも無いッ!(出来ないだけだけど)

 話すだけだ。世間一般の人々がする会話を今からヤミナと繰り広げるだけだ。「おはようございます」からはじまって伝家の宝刀「今日もいい天気ですね」を繰り出すのは今!

 意を決して僕は左手をヤミナの手に伸ばす。大丈夫。これはスキンシップだ。別に疚しい気持ちなんてこれっぽちも無い。僕の左手がヤミナの右手と重なったとき、ヤミナは吃驚したのか一瞬身体が身構えるような体勢になった気がする。しかしここで引いては男が廃る!まっすぐ、例えどんな障壁が待ち構えたとしてもそれを突き破り進むのが男だ!


「あ、あの・・・さ」

「      」

「えと・・・その・・・」


 くそっ!この雰囲気に僕の気迫が負けているだとっ!頑張れ、頑張って年中根暗男の名前を返上するのだ!

 そのとき神様のほんの些細な気まぐれなのか分からないけどヤミナのお腹から音が聞こえた。それによって一気に場の緊張した雰囲気がなくなる。


「お腹・・・そうだよ。お腹すいてない?そうだよね!すいてるよね!まだご飯もまだだったし!よし、そうと決まれば腹ごなしだよ!ご飯ですよを一瓶使う勢いでご飯を食べなくちゃ!」

「   !?  !!」


 ヤミナは自分のお腹の音が聞かれたのが恥ずかしいのか俯いてしまったが僕もこれ以上この空気には耐えられないので少々強引にヤミナの手をとり下の階の食堂へと急ぐ。


 時間も時間なのか食堂には人がまばらで残っている人たちは酒を片手に自慢話を相手に語っているようだった。奥の厨房では未だにここの店主バーン・クレイズが残っている冒険者達に、遅くまで仕事をしている探検者に夜食を提供していた。


「僕達もいいかな?バーンさん」

「おう!任せとけ、といっても料理は一種類だけだがな!おっと、そこのお嬢さんも残すんじゃねえぜ!ガハハッ!」


 豪快に笑いながらなにやら中華なべを二倍にも三倍にも大きくした鍋を豪快に振るうバーン。

 ヤミナと一緒に食事の席に着く。ヤミナは珍しいものが多いのかあちらを見たりこちらをみたりと兎に角忙しそうだった。せわしなく動く目や指先、そして動くたびにゆれる髪が彼女の知的好奇心をあらわし、同時にその姿勢が彼女自身を高貴に印象付けていた。いや、難しく語る必要はない。どれだけ言葉でかざっても本当の彼女は伝わらないに違いない。ただ一つだけ、一言で彼女を表わすのなら。


「かわいい、だな」

「!!??」


 はッ!つい心の声を出してしまったのか。僕が話してた瞬間にヤミナは凄い勢いでこちらを向いて大きな、アーモンドのような目で僕を見つめる。そしてやがて僕の言った言葉のことが理解できたのか頬を赤く染めながら手で自分の顔を覆って暫く俯いたあとまた僕の顔を見てはあわてたように俯くというなんともかわいいような忙しいような仕草をしていた。


「や、ヤミナ・・・ほら顔上げて。そろそろ食事も来るから」


 何度か声を掛けてやっとの事でこちらを向いてもらう事に成功する。ヤミナの目は今だ僕のほうじゃなくて別の方向を向いているんだけど。そのまま気まずいような雰囲気が続くかと思ったけれどそれはバーンが運んできた大皿一杯の色とりどりの野菜と肉を使った野菜炒めのような料理とどんぶり一杯に盛り付けられたタイ米に似た細長い米がその雰囲気をがらりと変えた。つまりどちらも腹ペコだと気が付いたのだった。

 無言で二人は食事を続ける。お世辞にも綺麗な食べ方とはいえなかったけど今はそんな事を言ってる場合じゃない。一刻も早くこの飢えた身体を満たさねば。


「ふぅ・・・食べた、食べた。満足だね」

「  !」


 それから数十分後にはテーブルの上に何も料理が置かれていない真っ白な大皿とこれまた何も入っていない大きな丼が何枚か積み重ねられていた。僕も結構お腹がすいていたらしい。というかスキルを使うと普段より余計にお腹が減る気がする。某狩猟ゲームで言うスタミナがどんどん減っていく感じがした、気がする。

 ま、そんな事は追々調べるなりすればいいのであって今はこの満腹感と幸福感に身をおいておきたい。バーンも僕達の食べっぷりに満足したのかニコニコとしながら皿を下げてゆく。そしてさりげなくコーヒーのような黒く、ほのかにハーブの香りがする飲み物を置いていった。


「ん?これは・・・ヤミナは知らない?・・・って」


 先程まで無我夢中で食事を口に詰め込んでいたヤミナはお腹一杯になってよほど疲れていたのか既に舟を漕ぎ始めていた。こっくり、こっくりと舟を漕ぐヤミナ。長いまつげがふるふると時折ゆれる。その姿は女性というよりは今だ少女といったほうが正しいのかもしれない。だけどこの目の前の少女は今まで何時死ぬかもしれない境遇で生きてきたのだ。きっと満足に食事や睡眠をとったことが無いのだろう。

 確かに僕の行動で彼女は虐げられる〈貧民〉から〈奴隷〉となった。しかし、彼女の自由を僕は奪っているのではないか。とふと思ってしまう。

 もちろん彼女があのままでずっと生きていけたか、と思うとルークや奴隷商人の話を聞く限りそうは思えない。だがそれでも、僕は彼女の自由や彼女の未来を僕の我侭によって縛っているのではないかと思ってしまう。


「・・・なにを馬鹿なことを考えてるんだ、僕は」


 出された飲み物を一口口に含みながら考える。そんなことを考えるほうがこっちの世界ではばかげているのかもしれない。彼女は奴隷。僕の下に付く奴隷という考えが一般的だ。たったそれだけの単純(シンプル)な答え。


「なんだか辛気臭くなってきたな・・・いかんいかん」


 こっちの世界では楽しく生きようと決めたんだ。幸いにも今はヤミナは何も不満はないようだし、それにまだであって一年やそこら時間が過ぎてるわけじゃない。この問題はすぐに解決する必要なんて無いんだからゆっくりと構えていけばいいさ。それよりも目先の問題はヤミナと果たして一緒に夜を過ごすことが出来るのか、ということだ。こういうのは何だが僕は女性とのあらゆる経験が不足している。そんな僕にいきなり一つ屋根の下、それも同じ部屋というのはいささか難易度が高いミッションのような気がする。

 ルークは帰らないし他に部屋を借りる事も出来ない。どうしよう、と黒い、ほんのりと甘い飲み物を飲みながら考える。


「おいおい・・・あいつって奴隷か?いいのかよ。奴隷がここへ来て」

「まじかよ。奴隷と一緒の飯なんて食えたもんじゃないな」


 考え事している僕の耳に不意に聞こえてきたそんな会話。声のほうに顔を向けるとそこには如何にも高そうな装飾品で身体を着飾っている二人組がいた。二人とも冒険者のようでそれぞれ剣と斧を近くに立て掛けてあった。全く人が満腹感に浸っているときによくも邪魔を!それにさっきのはヤミナのことか。誰であろうと僕のヤミナのことを悪く言うやつは許せん!


「・・・なんて言った?お前ら」

「ああ?!聞こえてたのか?なら話は早いな。奴隷をつれてさっさと出ていきな。二度と俺達に顔見せるんじゃねえ」

「お前のお陰で折角の食事も台無しだ」

「ああッ!?ふざけるんじゃねえぞ!お前らッ!」


 こいつら二人は死刑だ。極刑だ。血祭りに上げて地獄へ突き落としてやる。これは既に決定事項だ、覆る事は決してない!

 刀を使うまでもない。スキルなんて尚更だ。席を立つと軽く踏み込み一気に男達との距離を縮める。

 まずは右側にいた男の足を引っ掛けて椅子ごとひっくり返す。空中にいる間に腕を掴み捻って仰向けに叩き落す。その間に左側の男にはボディーに一発叩き込んで、胸倉を掴んで上へと放り投げる。

 男二人組は何をされたかも判らないまま身体を強く打ち、突然やってきた痛みで地面をのた打ち回っていた。そのうちの一人の髪の毛を掴み持ち上げる。


「おいッさっきの言葉もういっぺん言ってみろ?」

「ぐっ!お前、なにも・・・」

「質問を質問で返すなぁ!僕の質問だけに答えろッ!」


 男の髪を掴んだまま持ち上げる。男は痛みで顔を歪めているが気にしない。そのままテーブルの上にあったパスタに顔を打ち付ける。もう一人の男も掴んで近くにあったスープが入った皿の中に叩き付ける。


「もう一度さっきの言葉を言ってみろッ!ヤミナは僕の大事な人だ!彼女の事を悪く言ってみろッ!二度と日が拝めないようにしてやるッ!」

「ひっ・・・!」

「分かったのかッ分からないのかッ!はっきりしろ!」


男二人組みは恐れをなしてばたばたと武器や荷物もそのままに慌てふためきながら逃げていった。そして気がつく。少しやりすぎてしまったのかもしれない。いくら悪口を言われたからといって軽率だったのかもしれない。


「がッはッはッ!やるじゃあねえか、にいちゃん。俺もあいつらは気にくわねえと思ってたんだよ。こっちもすっきりしたぜッ!」

「す、すみません。騒ぎを起こすつもりは無かったんですけど」

「かまわねえよ!あいつみたいな奴がいたら飯もまずくなっちまう。それにやつらは自業自得だ」


バーンの言葉を聞いてひとまず安心した。僕だってもう二十歳、何時までも売られた喧嘩は買うのではなくて、すこしは大人の対応って奴を身につけなくてはいけないのかもしれない。

 

「そうだ。ヤミナは・・・」

「    」


 ヤミナは先程の騒ぎで目を覚ましたのかあいも変わらずの姿勢のよさで椅子に腰掛けていた。その目は僕のほうを向いている。たぶん僕があの二人組みを叩き潰したところで目を覚ましたのだろう。驚愕の表情でじっとこちらを見ている。あの目は説明を求める目だ、たぶん。


「ご、ごめん。起こしちゃったかな。さあ、そろそろ部屋に戻ろうか」

「    」


 なにやら不満があることが見え見えの顔だったけど主人としての権限を使って強引に部屋に戻る。バーンには騒いでしまって椅子を壊してしまったので弁償ということで金貨を一枚渡した。凄く喜んでいた。

 部屋に戻った後もヤミナはじーっとこちらを見つめている。うう、あれが巷で噂の「ジト目」という奴か。この空気はなかなか耐えられるものじゃないな。兎に角重い。空気が重い。


「えっと・・・もう遅いし休もうか」

「    」

「まだお腹張ってない?」

「    」

「わ、分かったよ・・・正直に話すよ。だからそんな目で見ないでくれよ」


 十分間にも及ぶジト目攻撃についに耐えられなくなって僕は食堂での出来事を彼女に話して聞かせた。ヤミナは静かに話を聞いていたけれど僕が話し終えたあと目の端にはうっすらと涙を浮かべていた。

 涙は直ぐに大粒になってヤミナの頬を流れ落ちてゆく。


「ちょっと!大丈夫かヤミナ?」


 僕の問いかけに両手で顔を覆ったままのヤミナは頷くだけ。やばい。こういうときの対処方法がまったく思い浮かばない。僕の頭の中には今まで漫画やアニメで仕入れてきた知識が渦巻いてはいるけどどれも間違いなよう泣きがしてならない。てゆうか、ヒロインにキスするとかアニメとかの世界限定の話だろ。普通は拒まれるはず。そう考えた僕はとりあえず一番無難だと考えた行動、つまりは彼女を抱きしめた。力はいれずにそっと、背中に手を回して引き寄せる。ヤミナも僕の背中に手を回して肩に顔を乗せて泣いた。

 その涙に僕ももらい泣きをして二人して暫く抱き合って泣いた。


「・・・もう遅いし寝ようか」

「   」


 どれだけ抱き合って泣いたのだろうか。既に外には二つの月が昇ってほんのりと道を照らしていた。僕達は無言で用意されていたベッドに潜り込んで、手をつないだまま眠った。

 彼女は自分のことを話しはしないけれど、言いたい事が何となく分かった気がした。



 翌日、目を覚ますと既に彼女は起きており先日市場で買ったこの世界の歴史書を熱心に読んでいた。ふと見ると僕の着替えもきちんと畳んでおいてくれている。ヤミナは僕が起きた事にも気が付かないで黙々と本を読んでいる。


「面白い?その本」

「!!」

「良かったその本あげるよ。よく考えたら僕って字が読めないし」


 ついつい勢いで買ったのだけれど字が読めなくて宝の持ち腐れとなってしまっていたものだ。彼女が読むのならそれはそれでいいのだろう。これで何か分からない事があってもヤミナに聞けば大丈夫(?)


「さて、捜査もしなくちゃならないけど急がなくてもいいって言われたし・・・ちょっと買い物に行こうか」

「??」

「だって君の装備を整えなくちゃ。今のままじゃ戦闘にもし巻き込まれても対処が難しいのかもしれない。僕もいつでも君を守れるわけじゃないし」


 現在ヤミナの装備はシャツにズボンだけというもの。折角魔法が使えるのだからそういう風な装備を整えたい。僕のほうもそろそろTシャツとジーンズから抜け出したい。別にここが寒いというわけでもないのだけれど鎧や盾なんかも持ってみたいのだ。幸いにしてお金はたっぷりとある。少々高い買い物でも問題ない。


 宿屋を後にしてそのまま中央通へと進む。露天が沢山出ているけどその道のもう一本先の道へ。露店は一転してなくなり色とりどりさまざまな看板が目に入って来る。そのなかの一軒。盾と剣の模様が描かれた店に入る。店内はかなり広く剣から斧、メイスに鞭まで武器はあり、防具のほうも楔帷子からフルプレートまで様々に取り揃えていた。

 一通りチェックしたけれどヤミナの使えそうな武器や防具は見当たらなかった。店主に聞くと魔法使いは専門の店があるとか。場所を教えてもらい早速出向く。先程の店から南へと少し行ったところに少しこじんまりとして、薄汚れた感じの店構えが見えてきた。扉には呼び鈴が付いていたので軽く叩くと暫くして中から返事があった。


 扉を開けると右手には大小さまざまな試験管やらビーカーやら、果ては革表紙の分厚い本が所狭しとひしめき合っていた。反対の左手には分度器やらどのような用途で使うかまったく想像が付かない金属で出来た箱なんかが少々乱雑に置かれていた。


「すまないがもう少し待っててくれないか。今丁度商人が来ているもんでな」

「そうですか・・・ってルークじゃないですか!」

「その声はショウさん!いやはや、偶然ですね」

「何だ。二人とも知り合いだったのか」

「ええ。彼は私の危機を救ってくれた命の恩人なんです」


 ルークは簡単に僕の事を紹介してくれた。僕も簡単に今までの事を話す。その様子をこの店「コッパー&コフィン」の主人クレモンド・ネイビーは熱心に聴いていた。クレモンドは年は五十ほどで所々に白髪が混じった髪を後ろでまとめていて、ゆったりとしたこれぞ魔法使いというようなローブに身を包んだ気の良さそうな人だった。なんでも昔はブレイズ共和国の首都デルニーにいた魔法使いだとの事。ルークとはこちらに来るまでに知り合ったそうで懇意にしている商人だとの事。幅広い人脈。さすがはルーク。


「ふむ。取引はそれほど時間のかかるものでもないしもとより仕入れはルークに任せておこう。まずはあなた達のことだ。何が入用かね?」

「ええ。彼女の装備品が欲しくて、それと出来たら魔法に関する本もあればいいんですけど」

「ヤミナさんは魔法使いなんですか?!」


 僕の話を聞いてルークは驚いていた。それはそうだろ、たまたま拾った奴隷が実は魔法使い、そんな話はまるで夢物語だ。実際にルークの目の前で起こっているのだけれど。僕の話を聞きながらクレモンドはじっとヤミナを見つめていた。その目は少年のようにキラキラと輝いていた。


「ふうむ・・・成る程。おじょうさん、かなりの才能を秘めていると見た。どうだ?あたっているだろう?」

「そんなことが分かるんですか?!」

「なあに。経験と感、という奴だよ。魔法使いは自然と他の魔法使いの存在に無意識に気がつくものだよ。それより彼女は本を読み、知識を蓄えれば素晴らしい魔法使いになれるはずだ。こちらの本を持っていきなさい。かの有名な魔法使いエレフソン・アモットが書いた魔道書だ」

「いいんですか?これって凄く貴重なものなんじゃ?!」

「いや、構わない。此処に来て素晴らしい人材に出会えてからな。これくらいはサービスだ。本以外にも沢山買っていくのだろう?」


 にやり、と口の端を持ち上げて笑うクレモンド。ヤミナも自分の才能の事を見抜かれたのには驚いて口を半開きにしていたけれど直ぐに嬉しそうな表情に変わる。店の人がいい人でよかった。魔法使いというよりは商売人という感じだけれど。見せたいものがあると言ってクレモンドヤミナを連れては店の奥に引っ込んでいった。残されたのはルークと僕。

 そこでふと思い出して腰につけたポーチから青い魔石を取り出す。昨日は売らずに置いておいたこの魔石。ルークには散々世話になったのでこれをお礼に渡そうかと思ったってとっておいたのだった。魔石は高値で売れる。他にはリヴァイアサンの角とかあったけれどそれよりこっちのほうが使い道もあるかと思った。


「ルーク。随分世話になったのでお礼にこれを受け取ってもらえますか?」

「・・・これはッ!ショウさん、どこでこの魔石を?これはかなりの物ですよ」

「昨日倒したんです。リヴァイアサン。その報酬というか」

「凄すぎて話しについていけない気がします。リヴァイアサンというと災害級の魔物ですよ。倒すには国やギルドが関わるといいますが・・・ま、深くは考えないようにしましょう。あまり考えると思考の泥沼にはまってしまいそうです。ショウさんなら出来るんでしょうね」

「ははっ。そうかもしれません」


 通常一人で倒せるはずがない魔物を一人で倒した、なんて信じられないし有り得ない。そんなことを受け入れられるはずが無い。とても良く分かることだ。しかしルークは柔軟な発想、この場合は「僕なら何でもあり」と考える事によって納得したようだ。嬉しいような悲しいような。


「代わりといっては何なんですが・・・私のほうからもショウさんに贈り物があります」

「何ですか?もう貰い過ぎ位いろいろもらってるんですけど」

「これは先程の魔石のおつりとでも思ってください」


 ルークが取り出してきたのは元の世界で言う軍服みたいなものだった。でもそれは見た目だけで色は黒で裾はかなり長く地面に届きそう。至る所に大小さまざまなベルトが通されていて着物の前掛けのように重ねてボタンを留めるようになっている。また頑丈そうなブーツもセットだった。


「昨日、偶然市で発見しまして。ショウさんに似合いそうだったので買ったのですが」

「・・・凄いです。凄いですよ!ルーク。凄くかっこいい!」

「気に入っていただけて何よりです。早速着てみてくれませんか?」


 一目見ただけで気に入った。〈鑑定〉なんて使う必要も無い!これは紛れも無く素晴らしい一品だ!

 渡された服に袖を通す。全身に力が漲るようだ。すごい。何でも出来そうだ。何よりもこれで街中を歩いても好奇な目で見られることも少なくなるだろう。


「似合ってますよ。この服を見つけたときかつて帝国で巨大な勢力を誇っていた第Ⅷ師団特殊部隊〈ウロボロス〉が着ていた服と酷似してまして、買ったのですが」

「へぇ。そんな勢力があったんですか・・・って」


 そういわれたからには一応鑑定してみる。ま、偽者でもかっこいいから構わないけど。


名前 第Ⅷ師団特殊部隊〈ウロボロス〉装甲服

状態 魔力枯渇(魔力充填で更なる力を発揮する)


 ルークさん。本物ですよ、本物!やばいよ、ルーク持ってるよ。マジで。


「さすがルークです。こいつは本物ですよ」

「なんと・・・だとしたらこれは運命なのかも知れませんね。この服とあなたは出会う運命だった」


 運命なんていわれると凄く恥ずかしい。そんな事でルークと褒め合いをしていると店の奥からヤミナと店主のクレモンドが出てきた。


「ふう。なかなかお嬢さんに合うものが見つからなくてな。しかしどうだ、これは?似合ってるだろう?」

「    」


 大柄なクレモンドのそばで恥ずかしいのか小さく縮こまっているヤミナ。唾の広い帽子を深く被っているけどその下の顔はきっと真っ赤なのだろう。僕はヤミナに近づくと帽子を取って顔が見えるようにする。

 

 白いローブには細かい刺繍が縫いこまれていて胸と腰の辺りには小物を入れておけるポケットが付いていた。背中には矢を入れるえびらを背負っていてその中に杖があるのだろう。本人はなれていないのかもじもじとしているだけだったけどそのしぐさもまたかわいらしかった。


「・・・可愛いな。ヤミナ、似合ってるよ」

「   !!」

 

 瞬間、ヤミナの頭からぼんっ!という音が聞こえた気がした。帽子も被らずにヤミナは僕の後ろに回りこむ両手は僕の服の裾を掴んで話さず顔を押し付けてくる。くそっ、可愛いなもう。


「ふふっ、お二人ともお似合いですよ。すっかり冒険者の出で立ちですよ」

「ふむ。私の選択は間違っていなかったというわけだな」

「ええ、本当にありがとうございます」

「かまわんよ。いつでも来てくれ。困った事があったら相談に乗るぞ?」


 クレモンドにお金八十万ドーラを支払って店を出る。この次は本格的な調査の開始だ。一度やってみたかったんだよね。探偵ってやつ。


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