第一章 六話 単なる契約かと思ったらドキドキしました
主人公最強とか書きながら別キャラ無双じゃないですか。やだー。
説明だと主人公もどうしようもないんです。分からない事は分からない。
再び居住区から西へと進み中央区へ。そこを更に西へと進んでいくと露天は減っていき変わりに客引きのごつい男やきわどい服を着た女性が目に見えて増えてゆく。暫く進むと三階建てほどの殺風景なビルのような建物が現れる。そこにルークは足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で」
「ええ。実は奴隷の事で少々・・・」
「左様ですか。ではこちらに」
四十ほどのスーツのような服を着た男に通された部屋は思ったよりもきちんとしていた。丁寧に壁にはカラフルな絨毯が掛けられている。この世界ではよほど裕福な人で無いと絨毯を敷くという考えはないみたいだ。そもそも絨毯自体がかなりの高級品だからそんな考えも出ないのかもしれない。
部屋においてあるソファーに腰掛けた待っていると、メイド服を着た女性がお茶を持ってきてくれた。口に入れてみるとほのかに甘い味がする。こうしてみると日本のお茶が恋しくなってくる気がする。
ふと隣を見てみると、ヤミナが俯いたまま動かないでいた。それもそうかもしれない。いきなり赤の他人に奴隷になってくれ、なんて。
僕ならバッサリと断るけど彼女にはのっぴきならない事情でもあるのだろう。そこは深くは詮索しようとは思わないけど。
「大丈夫。って僕が言える立場でもないか」
「 ?」
声を掛けようにもどんな言葉なのかは分からず中途半端になってしまった。彼女はそんな僕の心中を察したのか否か、こちらを向き再び大きく頷いてくれた。
「お待たせしました」
扉から再び商人が登場する。僕は素早くステータスを確認する。
名前 ドルン
状態 健康
称号 奴隷商人
スキル 話術Ⅲ 商売人の血(取引が成功しやすくなる) 倹約家Ⅰ
見るからに口が達者だと言わんばかりのスキルだな。ん?このⅢとかは何だ?数字が付くと凄くなるのか?
分からないけど今はこっちに集中しないと。
「そういえばまだあなたの名前を伺っていませんでしたね」
「僕はショウ。霧島翔です。こちらはヤミナです」
自分の名前を呼ばれたのでぺこりと一礼するヤミナ。貧民と言う割には礼儀作法はしっかりしてる方だと思う。
「奴隷に関して、ということでしたね。奴隷をお求めでしょうか?それとも奴隷の解雇でしょうか?」
「いえ、実は・・・」
交渉はルークが行ってくれるようだ。商売人でない僕が話すよりもよっぽどいいはずだ。交渉術なんてこれっぽちも知らないからな。
暫く話していたが大方話はまとまったようだ。さすがルークだ。
「それでは彼女を奴隷にという事でしたが、生憎と彼女は貧民と見られます」
「ええ」
因みにヤミナは服を一度着替えてもらった。やはり外に出るときは規律だの何だのがうるさいらしい。ヤミナも渋々といった様子で着替えて出てきた。
「大変申し上げにくいのですが貧民の方を奴隷に出来ない、という事もないのですが」
「と申しますと?」
「通常奴隷という身分には税金を払えなくなった者や落ちぶれた貴族といった上の身分が落とされるのです。貴族や戦士といった肩書き、身分に私達は価値を見出してこの商売ができているのですが。しかし彼女のような貧民ですと一番身分が低いものから少し上がる、という風になります。そこにはなんの箔、商品価値もないのです。売れ残って過酷な労働をするか貧民に戻ってのたれ死ぬかどちらかの道しか残されていません」
奴隷商人というのは戦士や貴族といった付加価値で商売しているらしい。確かに何でも言う事を聞いてくれるし器量もよい元貴族なんて者は手に入れて自慢できるだろう。(特に女性なら尚のことだと思う)しかし彼女、ヤミナにはその付加価値がないということだ。身分は貧民で何も持ち物もない。
しかし、僕には分かる。彼女は一攫千金、それ以上の才能と能力があるという事を。(もちろんスキルを使ってだけど)
「構いません」
「彼もそういってますし、どうでしょう?ここは金貨五枚払いましょう。あなたにとって損は無いはずです」
「・・・そういうなら仕方ありません。しかしこのままでは彼女に買い手が付かないかもしれません」
「それは心配に及びません。彼女は彼、ショウさんが買うといっています」
「そういうことでしたか。・・・ふむ、普通はすぐに奴隷を売るなんてことはしないんですけどルークさん。あなたには負けた。今回は特別にそのまま契約に移りましょう。奴隷の料金も言っていただいた金貨五枚で構いません」
「ありがとうございます、ドルンさん」
ルークの交渉術について詳しく聞きたかったけどすぐに作業を行うそうだ。
奴隷商人は懐から赤い宝石がついた指輪を取り出した。それを右手人差し指に嵌める。そしてヤミナの前に立ちぶつぶつをなにやら唱え始めた。
あれか?俗に聞く〈呪文〉というやつか?すげえ。大の大人が呪文使ってるよ。指輪は何かの触媒か何かなのか?
なんて思ったのも束の間、商人の「おわりました」という言葉と共に作業は終了した。
「さて、これで彼女は〈奴隷〉となりました。続いてあなたとの契約に移ります。これを使ってもらえますか?」
商人、ドルンが取り出したのは銀のナイフ。これで僕は彼女を刺せとでも?するとルークが横からこっそりと「自分の人差し指を少し切るんですよ」と教えてくれた。
教えられたとおりに人差し指にナイフの刃をあてて、ゆっくりと引く。このナイフはどうやら普通のナイフと少し違っていたようで無敵のはずの僕の身体に簡単に傷が入った。ためしに鑑定してみると。
名前 銀のナイフ
状態 祝福(祭事を円滑に執り行うための祝福)
とあった。なるほど、だから僕の指も簡単に切れたのか。てかこれって祭事なのか。とあれこれ考えそうになったときドルンが一言。
「ではそれを彼女のところに・・・そのままで」
言われたとおりにヤミナの近くに持っていく。するとどうだろう。ヤミナは膝をついてなぜか口をさきほど差し出した指の方へと近づけてきた。どゆーことー??
「血を与える者は血を吸う者の主となる。神の名において血の契約を果たす」
ドルンがなにやらぶつぶつと呟くのを聞きながらも僕は今の状況がについていけない。ヤミナがおもむろに僕の指を吸い始めたのだから。
いや、こんな端的な表現では伝わるものも伝わらない。
ヤミナは膝をついて手を胸の辺りで組んだまま口を少しあけて僕のほうへと顔を近づけてくる。口の中から出てきた赤い舌が僕の指先に触れる。舌はそのままねっとりと指を舐める。痛みは無い。舌が一度引っ込んだ後、僕の指はヤミナの口の中に飲み込まれる。柔らかな口腔内の感触と絡みつく舌。微かに感じるヤミナの吐息と白い歯が甘く緩く指を噛む。
実際は凄く短い時間だったんだろうけど凄く長く感じた。女性との交際経験が無い僕にはこの体験は少々刺激的だった。素晴らしかったけど。
「終わりました。これで無事彼女はあなたの奴隷となりました。印も無事出ています」
「印?」
なぜだか未だに僕の指を舐めているヤミナだが気の済むまで舐めてもらおう。うん。
それはそうと印とは?よく見るとヤミナの首筋になにやら見慣れない模様が。形は、なんだ。三日月とでも言えばいいのかなんなのか良く分からないけどともかくそんな形をしていた。これが奴隷の模様なのか。
「奴隷にはそれぞれ所有者を表わす模様が現れます。その模様は特殊な魔法で出来ているものでして奴隷としての主人への攻撃禁止や反抗禁止などの効果があります。もちろんこれは主人の命で失くす事も出来ます」
「そう?ならヤミナの制限はいらないな」
「・・・よろしいのですか?後ろから刺される、なんてことも・・・」
「大丈夫ですよ。何とかなります。それに刺されたら僕はそこまでの運命だという事ですよ」
むしろ未だに僕の指を一生懸命舐めてるこんなかわいい子に刺されて最後なんて最高のシチュエーションではないかと僕は主張したいね。
しかしそろそろ止めてもらわないと。彼女は必死になって指を舐めているけどこちらとしてはなんだか恥ずかしくなってきた。
ヤミナに声を掛けてみるも反応なし。軽くおでこをつついてみる。おお、気が付いたようだ。周りを見渡して状況を理解したらしいヤミナは一気に後ろに跳んだ。すごい、人間ってあんな動きが出来るのか。顔が真っ赤だけどそれもまたカワイイ。
「おほん。それでは模様に触れながら心の中で思ってください。それで制限は解除されます」
「分かりました」
顔が真っ赤なヤミナに近づき首筋の模様に指を当てる。突然の僕の行動にびくってなるヤミナを存分に堪能してから改めて心の中で思う。彼女にある制限を全て解除すると。
「これで大丈夫、どう?痛くない?なんとも無い?」
「 」
聞いてみたけど俯いたままで返事をしてくれない。ま、大丈夫だという事だろう。
「以上で全て終了です。あなたには奴隷の生活を保障する義務があります。また奴隷の件でなにかあればぜひ私達の店をご利用ください」
「わかりました。何から何までありがとうございます。ドルンさん」
奴隷商の店を出た後せっかくだから服を買おうということになった。何時までもぼろの服を身につけてちゃだめだしね。ここは折角の魔法使い(仮)だからローブとかいいんじゃないのか?しかしそこで一つの心理にたどり着く。
「ごめん。ヤミナの服買う金が無いよ」
「 」
ヤミナの顔は驚愕の顔でこちらを見つめる。ヤミナは話が出来ない分ジェスチャーなどのボディランゲージが豊富だ。とても分かりやすいしみ見ていて飽きない。まえの世界ではこんな人にはあったことなかったら凄く新鮮だな。
「そうですね。ヤミナさんには悪いですがまずは冒険者ギルドに行ってみてはどうでしょうか?ショウさんならすぐにお金が稼げると思いますが」
「そうですね。・・・それでいいか?ヤミナ」
僕が尋ねるとヤミナは不思議そうに首を横へ傾ける。何であたしに聞くの?って表情だな。
「ショウさん。普通は奴隷の意見は尊重されませんから彼女も戸惑っているようですが」
「そうなのかな?ええと、そうだな。・・・よし!ヤミナ。これからは君は奴隷としてじゃなくてパーティーメンバーとして僕に接してくれ。これは、そうだな・・・命令だ」
たしかに亭主関白の上を行く俺様政治には少しばかり興味があるけど彼女は奴隷じゃなくてパーティーメンバーとして僕は仲間に入れたつもりだ。物じゃあなくて人として付き合いたい。
「 !?」
「よろしいのですか?仮にも彼女はショウさんの奴隷ですが」
二人とも凄い勢いで僕に向かって食いついて来る。それはそうだろうな。ヤミナからして見れば金貨五枚も出して手に入れた奴隷をほぼ自由に、言ってしまえば逃げ出せるような状況を作る事になるんだから。
「それはさっきも言ったけど大丈夫です。僕はヤミナを信じてますし何より好きだから」
口に出してしまえば結構恥ずかしいものだけど男として決めるときは決めないと。一方ヤミナは僕の言葉を理解するのに少し時間がかかったけど少し顔を赤く染めてぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ふふ・・・そういうことなら私が口出しするのも野暮ということですね。ギルドにはお二人で行かれるのがよろしいかと、私は少し商人ギルドに用事があるので」
「分かりました。行こうか、ヤミナ」
日はまだまだ頭の上。依頼の一件や二件軽くこなして見せるぜ。そしてかっこいい所をヤミナに見せてアピールする!それが本音だけどね。
なに、急ぐ事はない。お金の事は急がないといけないけど。
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