第一章 四話 人助けをしたと思ったら一目ぼれでした
宿屋の前で僕はルークに頭を下げる。
「すみません。僕お金ないんです」
ルークは一瞬びっくりしたようだったけれどその後直ぐに
「顔を上げてください、ではこうしましょう。宿屋の件も報酬という事で」
「いや。悪いですよ、さすがにそこまでしてもらうのは」
「そんなことはありません。ぜひさせてください。これは商人としてではなく私個人としてあなたに御礼をしたいのです」
そんな事を言われたらこちらは引くしかあるまいて。結局宿屋代三日分のお金を払ってもらった。
宿屋にお金を渡すときにルークの話を思い出したのだがこの世界は通貨は銅板、銅貨、銀板に銀貨。その上に金貨、白金貨。最高ランクに王金貨があるらしい。王金貨なんてものは殆ど使われないらしい。ありきたりな設定かよ、と突っ込みを入れずにはいられなかったことは内緒だ。
宿屋に銀板三枚に銅貨五枚を渡すところを見ると、どうやら銀板一枚が千ドーラで銅貨はその下の百ドーラみたいだ。でも全然知らない通貨なので価値が高いのか安いのかは分からない。
店主の話を良く聞くと食事は別らしい。風呂も無いそうだ。食事は食堂か近くの店で、入浴は水浴びかこれまたお風呂屋さんへと行かなければならないらしい。ふむ。風呂が無いのは結構きついかも。二日くらいなら大丈夫だけどそれ以上はきついものがある。服も洗濯したいし。
荷馬車は宿に置いて歩いてギルドへと向かう事になった。
再び中央通を歩く。馬車ではなく徒歩なのでさっきよりもよりよく店が見える。
アクセサリーを売っている店。食べ物を売っている店、怪しげな薬や魔術書と思われるものを売っている店まである。何処からか店側と客側の喧嘩する声が聞こえ、美味しそうな匂いと何だかすっぱい匂いが鼻いっぱいに広がる。店を営業しているのは普通の僕のような人間もいれば、耳が長いエルフって感じの人もいたり、羽を生やした人も居た。ルークによると獣人も居るそうなんだが、ここは南の方なのであまり居ないとの事。あんまりなんで?と聞くと怪しまれそうだったので頷いておく事にした。
「どうです?なかなか賑やかでしょう?この雰囲気が嫌いって方も居るんですが」
「はは。でも僕は嫌いじゃないですね。こういう賑やかな雰囲気も。故郷を思い出しますよ」
ルークに店で売っているものを教えてもらったりしながら北側へと向けて歩いていく。梨のようなナスのような果物から良く切れそうなナイフまで品揃えは無い物は無い、と言わんばかりだ。値段も大体銅貨何枚かで取引されるものが殆どでルーク曰くなかなか手ごろな値段だそう。
僕もいずれはこういうものが必要になるんだろうと思って様々な生活用品を見ていく。
いずれは野宿なんかするんだろうか。でも本当の意味での野宿なんてしたことが無いから分からない。その辺は追々聞いていくしかないだろう。
冷やかし半分で店を見ていくといつの間にか北側の行政区にさしかかろうとしていた。、
そんな考え事をしている最中、なにやら後方で騒ぎがあった。見てみると大柄で髪を伸ばし後ろのほうで括って、腰に豪華な装飾が施された直剣を見せるように差している男が、長く伸ばした黒髪と簡素な貫頭衣のような服を着た少女に対してものすごい剣幕で怒っていた。
少女のほうは僕らに背を向けていたので顔は見えないけど、近くで発せられる大男の声にも怖じてない様子だ。怖じてないというか半ば無視しているような感じだ。この世界の人は皆肝が据わっているのだろうか。
「ふむ、あの人はゴード家の人ですね。なにやら揉めているようですが」
「ゴードってさっき見たあの貴族ですか?」
「彼は大陸でも有数の豊かな財力を持っていますが私達のような者たちにはかなり厳しく当たると聞きます。彼らのはそれが当然だと思っているようですが町の人にとってはいい迷惑でしょうね」
やりたい様にやってるって訳か。
しかし男は何を揉めてるんだ?相手は少女だぞ、大の男がする様な事じゃないと思うんだけど。
男の声をきいて集まった野次馬がひそひそ、というかなかなかの声で話すのが聞こえる。
「あれってゴード家の長男かよ」
「またか、ああやって権力振りかざして好き放題やってるんだろ」
「向こうの通りの酒場じゃ暴れて店を壊したって話だ。なのにコップ一つの弁償もしないんだと。あんなのが将来この町の統治者になるかと思うと気が滅入るぜ」
その後もいろいろな話をしていたけど聞く限りじゃゴード家にはろくな人間が居やしないらしい。
かく言う僕も聖人君主じゃないし、さんざん前の世界でろくでもない不良や暴力団の人とやりやって来たけれど、ゴード家っていうのはそれとも引けを取らない、いや、それ以上だな。
そうこうしている内に男は業を煮やしたのか腰の剣に手を掛ける。野次馬にざわめきが起こる。
まずいな。男のほうは怒り心頭という感じだし少女は武器の一つも持ってない。
考えるよりも先に体が動いた。地面を蹴って男と少女の間に飛び出す。
どちらの味方をする?決まっている、少女のほうだ。
「僕には事情は分からないけど、取り敢えずその手を退けたらどうですか?そんなの出されちゃ話し合いにもなりゃしませんよ」
「ああ?!いきなりなんだ?てめえ、その貧民の知り合いか?!」
「ええ、そんなところですよ。すみませんね迷惑掛けてしまいまして」
会ったこともないけど出任せで言ってみる。大事なのは男の気を少女から逸らす事だ。僕なら何とでもなるけど少女のほうはそうはいかないから。
男は僕の事が気に食わないのか歯軋りをしている。こめかみには青い血管が。
結構分かりやすい奴だ。これならちょいと挑発するだけで乗ってくれるかな?
「街中で剣なんて抜くんですか?物騒ですね」
「やかましい!じゃあお前のその獲物は飾りかよ!」
「そうですよ。ま、僕はこの飾りだけでもあなたには十分ですが?」
相手を適度に挑発しながらステータスを〈鑑定〉する。
名前 コーン・ゴード(18)
状態 怒り(攻撃力上昇微 全耐性減少)
称号 七光り(下位)
装備 貴族の服 ブロードソード
スキル 剣術 単純(攻撃力は高くなるが状態異常「怒り」になりやすくなる)
スキルを見ても分かるけどやっぱり単純じゃないか。それにしても称号が七光りとか。割とあっさりと挑発に乗ったコーンは罵詈雑言を叫びながらついに腰の剣を抜いてこちらに斬りかかってきた。
相手の剣をわざと受ける、なんてことはしないで(しても無傷だろうけど)軽くステップして相手との距離を一瞬で詰める。コーンにして見れば一瞬で自分の懐に入ってこられたと思うだろう。
振り下ろされてくる剣を拳で上空に弾き飛ばしてコーンに足払いを掛ける。視覚外というより意識外から来る攻撃に反応できるわけも無くドシンと尻餅をついてしまう。
そこに空から降ってきた剣を僕がキャッチして刃を相手の喉元に突きつける。顔はもちろん笑顔で。
「どうしましたか?剣はこちらですよ?」
決まった。前の世界ではこんな剣を振ったりした事なんて無かったけど、ちゃんと部屋でイメージトレーニングしてて良かった。今の僕を客観的に見るならかっこいい、の一言に尽きるだろう。
頭の中に相手を無力化する手順がイメージされて、それに合わすだけ、しかしそれがいとも簡単にこうも容易く決まるとは。
大歓声を上げる観衆、もとい野次馬達。少ししてコーンは何をされたかは判らないけど今どうなってるのかは理解したのか更に顔を真っ赤にして怒る。
「て、てめぇ!な、な何しやがる!この俺を誰だと・・!」
「ごめん、知らない」
絶句するコーン。だけどこれは紛れも無い真実なんだ。ここでもしも「おまえはまさか・・・!?」なんて台詞を言ったとしても痛い人か頭のおかしい人だと決めかれない。
そんなのは嫌だ。僕はあくまで一般人だ。枠からははみ出さないつもりだ。
「てめえ!ふざけるな!これ以上俺を怒らせると」
「怒らせると?」
「・・・・・・ぶ、ぶっ殺す!!」
コーンは起き上がるなり殴りかかってくる。けど剣に対して素手は無謀すぎるぜ。拳を難なくかわして裾を掴みこっちに引くと同時に再び足払いを掛ける。うん、技あり!と叫びたいところだ。
盛大な音を立てて再び地面に倒れこむコーン。実に滑稽である。
その後も何度もかかってくるがそれらを全てかわして足払いを掛けていると最後には
「ち、ちくしょう!!おぼえてやがれ!」
という古臭い捨て台詞を吐きながら東のほうへと逃げていった。
あ、剣を持ったままだ。まあ、いいか。そんな事より少女のほうが心配だ。無事かどうか確認をしなくては。
「よし、もう大丈夫だ・・・」
振り返ってここでちょっとかっこいい事を、と思っていたんだけどその先の言葉が出てこなかった。なぜか。
助けた少女の顔はとても綺麗で、美しくてまさに僕の理想の顔をしていた。
顔の輪郭はやや細めだけど形の良い鼻や艶やかささえ感じさせるふっくらとした唇が少女では無く、女性だと思わせる。そしてなにより目。少し目の端が上がっているもののそれはそれでキリリとした印象を与える。アーモンドのような瞳は輝いて強い意志を感じさせる。
「だ、大丈夫です・・・か?」
「 」
いかん。かっこいい台詞どころかなんて言っていいのか全然わからねえ。頭の中が真っ白だ。
少女の話している声も周りの騒ぎもまったく耳に入ってこない。
あれか?初恋か?初恋なのかッ!?
「 」
少女はお礼なのか必死に頭を下げて何かを言ってるものの良く聞こえない。いや、聞こえないんじゃなくてもしかして・・・
少女には悪いが鑑定で調べてみる。
名前 ヤミナ・ベルマン(18)
状態 健康
称号 貧民
装備 ぼろの服
スキル 魔法〈火・水・風・地・光・闇・雷・無〉Ⅱ 魔力回復Ⅰ 詠唱破棄Ⅱ
何処も異常は無い。正常だ。しかしなんだ、いくら耳を澄ましても何で目の前にいるヤミナから声が聞こえてこないんだ?
「ショウさん!良かった。全くあなたが飛び出したときは冷や汗をかきましたよ」
「すみません。でもなんだか困っているのは放って置けなくて・・・短絡的でしたね」
「いえ・・・例え短絡的と思っていても、あなたが彼女を助けたのは事実ですし普通の人には真似できません。」
ルーク。こんなにも異世界で僕のことを思ってくれる人に出会えて本当に良かった。
僕はルークとの一生の友情を静かに心に誓った。口に出すのは恥ずかしかっただけだ。だから心に誓った。
さて、歓声を上げる野次馬達をルークが鎮めてくれてる間に考える。
見たところ彼女は貧民という事でかなり貧しい暮らしをしてたのだろう。助けてやりたい、という気持ちも少なからずはあるんだけど生憎と僕にはお金もない。お金が無ければ何もできない。
しかし、彼女とこのまま分かれるのは正直嫌だ。理由は二つほどある。
一つはカワイイ。
異論は認めるが意見を変えるつもりは無い。たとえ貧民だろうがなんだろうが僕にとってはそんなの些細なことだ。外見や肩書きじゃなくて中身で判断するのが真の男と言う者だ。
それに彼女のしぐさ一つ一つに知性と優雅さを感じる。持って生まれたものなのかどうなのかは分からないけれど少なくとも貧しさに盗みを働いたりする、ということは無いように単純な僕は感じた。
そしてもう一つ。
彼女のスキルを見たときに魔法があった。中央通でもさんざん〈鑑定〉でチェックしたんだけど魔法を持っていても大抵は火だけとかだけだったけど、彼女は八つも持っている。
この世界での魔法使いがどれほど希少かは分からないけど、これから冒険者ギルドで登録したいと思うけどパーティーに魔法使いが居るのは大きなアドバンテージになるはずだ。
そう考えるとやはり彼女とはいさようなら。という訳にはいかなくなってくる。なんとかして彼女には残ってもらわなくては。
ここはやはりあれだ。多少強引にでも僕と一緒に行動してもらえるように男らしく彼女に言葉を掛けるのだ。いける、今ならいけるって!
「ヤミナ。一目見て思った、君が好きだ。僕といっしょに来てくれ」
「 !!」
ふっ。我ながら最高にかっこいい台詞だぜ。前の世界では絶対にいえない言葉ランキング第一位だな。
予想ではヤミナが喜んで首を立てに振ってくれるものだと思ってたけど予想に反してヤミナは固まっている。
やはりこれはクサすぎたか?異世界でもこういうのは受けないんだろうか?まずは互いのことを知ることからスタートするのであっていきなり告白とかは無しなのか?
ここまで考えたところで僕はとんでもない失態を犯したことに気がついた。
その失敗はルークによって更に確実なものとなって僕の心に重く圧し掛かってきた。
「ショウさん。良く彼女の名前を知ってましたね。お知り合いでしたか?」
「・・・・・・」
「 」
考えるんだ。この場合の対策を。なんとかして彼女をゲットしなければ。
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