第一章 三十七話 お願いされたと思ったら騎士団長になりそうです。
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「・・・・・・」
「そんなに怒っても何も始まらんぞ」
「・・・・・・」
変態ロリコン野郎(ランドルの事だが)を倒した後、突然の闖入者にその場にいた野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように去っていってしまった。それと同時に賭けをしていたであろう兵士達は別の兵士達から大目玉を食らっていた。
その後で場所を変えましょうという事で部屋を移動したんだけど、じとっとした目で苦笑いを浮かべたままのジンを見つめる。その後ろには長身で常に周りにバラの花びらでも散ってるんじゃないかという錯覚に囚われてしまいそうなほど美形の男。今は貴賓室に居るためか僕を含め、誰一人として武器を持ってきて居ない。そういう規律というか決まりなんだろう。
「おい、貴様。今誰の前に居るのか分かっているのか?」
「いいんですよ。ドゥナティ」
「しかしながら、ルーク様・・・」
「ここには私に親しい者のみが集まってます。堅苦しい言葉使いや態度は今はよしましょう」
ルークが言うとドゥナティと呼ばれた超絶美形の騎士は渋々頷いて一歩下がった。
「さて、ショウさん。まずは謝らなければなりませんね。本来はこのような形ではなくもう少しゆったりと私のことを知ってもらおうと思ったのですが・・・すみません」
「・・・そんな。謝らないでください。ルークは何も悪くないですよ」
「ではなぜ怒っておるのじゃ?」
ジンの指摘に僕は部屋の中に居るルークとドゥナティを除く、ジン、クレモンド、ヴィス、アンジェラを指さした。
「ルークが偉い人だって知ってて黙ってよね?!」
「「「「・・・は(い)?」」」」
僕の怒りは収まらない。もっと事前に知っていれば失礼な事をしなくて済んだのに!どうしよう、このままじゃ家来に印籠突きつけられて人生が終わってしまう。印籠の前にはどのような権力も力も無効化される。伊達に時代劇を見て学んだわけじゃない。その人生の勘が全力で告げている。「お前の命もあと数刻・・・」と!
何か、何か対策をしなければ!そうだ。謝ろう。全力で。それしか道は残されていない!
「・・・ルーク!今までの数々の非礼。どうか許してください!この通りです!」
「ちょ、ちょっと!いきなりなんで土下座してるのよ!」
「しょ、ショウさん!やめてください!」
「はあ・・・仕方ないのぅ・・・とりゃー!」
土下座を綺麗に決めた瞬間、僕の視線は床ではなく、天井を見つめていた。何を言ってるのかわからねえと思うが、僕にも分らない。だた一つ言える事は、僕はまた暴走してしまった、という事だろう。周りが見えなくなる癖をいい加減やめたほうがいいんだけど無理なんだろうな、とこころの中で呟いておく。
「ふぅ。こやつは時々暴走するからの・・・」
「はっ!ここは・・・そうか、先程は失礼しました」
「い、いえ・・・どうしたしまして(?)」
きちんと人に謝る事ができるのはなかなか難しい、と何処かで聞いて以来、誠心誠意を込めて謝る事を心がけている。気持ちを乗せれば必ず相手も答えてくれるはず。もし違うのならそれは自分の方がいけない、という考えを持つ事にしている。
そんなことは置いておいて。はっと気が付いて周りを見てみるとジンやクレモンドは呆れ顔で僕のほうを見ていた。アンジェラは突然の僕の発作に驚いている。
「ほれ、いい加減にせんか。ルークも別に怒ってたりはせん」
「ほ、本当・・・??」
ルークはそんなはずはないですよ、とやさしく微笑んでいた。ものすごく様になっていた。思わず涙がこぼれそうだったけどそこはぐっと飲み込んで改めて周りを見渡す。
「・・・もう一度聞くけど、皆知ってたの?ルークが偉い人だって」
「「「「もちろん」」」」
「・・・ちくしょーー!!」
それから時間は進んでようやく僕の精神は落ち着きを取り戻した。今は椅子に深く腰掛けてルークとアンジェラの会話を聞いている。
「まったくお兄様ってば何時もふらっと出て行っちゃうんですもの」
「ごめんね。アンジェラ。父さんばっかりに負担を掛けたくないからね」
「だからと言って国の重要な人が二人も居なくなるなんて・・・こっちはてんてこ舞いでしたのに」
二人の話を聞いているとどうやらルークは黙ってこの町を出て行ったそうだ。それから父親のムステインも出て行くもんだから役人達はかなり大変だったとか。ルークは終始苦笑いで「すまなかったと思ってるよ」と謝っていた。
「でもルークって有名なんでしょ?騎士の間だと特に。それなのに今まで気が付かなかったの?」
「それはない。いくら田舎の騎士だとてルーク様のお顔を覚えていないものは居ない。ルーク様の采配のお陰で救われた地方もあるからな。田舎ではムステイン様よりルーク様のほうが有名なのだ」
ドゥナティがすらすらと答えてくれた。なるほど。ルークは若いながらも政治に参加もしているんだな、と感心しきっていたところでふと疑問が浮かび上がってきた。それは僕がこの世界に来た初日。ルークを偶然助けたときの事だった。
「あれ・・・でもあの時ルークの周りに護衛の騎士は居なかったですよね」
「??なにをおかしなことを。ルーク様の命に何かあっては困る。何時でも護衛を付けていた」
「いえ・・・ルーク。あの時、僕と始めてあった時は確かに護衛が居なかったんですよね」
ルークはしばらく考え込んでいたようだが顔を上げると
「そうです・・・あれは確かショウさんと会う二日ほど前。南の町コルキに向かおうとして護衛を探したのですが見つからず。コルキまでは近いということもあり結局は護衛をつけずに町を出たのです」
「騎士団の護衛が常にあるのは知ってたんですよね?」
「もちろんですよ。私だって自分の身分くらいは弁えているつもりです」
「でもあの日ルーク周り、あたり一面を見ましたが騎士らしき人物は居ませんでしたよ」
表情が険しくなるルークとドゥナティ。ルークは怒っているとも取れる表情だけど、ドゥナティは綺麗な形の眉をひそめ、眉間にしわがよっている表情は般若を思わせた。ちょっと怖かった。
「それはおかしい。あの日の報告を召喚獣から受けたが何も異常は無かったと報告が来ている」
「でもルークの友のボーデさんはゴブリンにやられたんですよ。遺体は故郷に送るって・・・」
ん?なんだかおかしいな。僕と騎士団側との意見が違っている。僕は確かにルークを助けたし、商人のボーデの死体もきちんと供養したはずなのに・・・一体どうなってるんだ?
ルークとドゥナティは考え込んでいた様子で少しすると二、三言葉を交わすと僕達のほうを向いて話した。
「色々と情報が錯綜しているようです。今この場で決めてしまうことはないでしょう。むしろ今決め込んでしまうと余計な混乱や情報の見落としがあったとき大変です。ドゥナティ、この件は内密に調査をしてください」
「かしこまりました」
「さて・・・この件は騎士団に任せておきましょう。今はそれしかありません。ところで・・・ショウさんはアンジェラの騎士に選ばれたのだとか」
ルークの言葉にアンジェラがこれでもか、というほど反応を見せた。
「そうなんです!聞いてください!お兄様!私がショウを騎士に選んだんです!私ってばやっぱり見る目がありますね、そうでしょう?!」
「ふふ。そうですね。アンジェラは私達の誇りです。・・・さて、アンジェラが選んだ騎士というのはきちんとした役職ではありませんでした」
でした?その言葉に引っかかる。するとルークはにやり、と笑みを浮かべて
「今までは騎士団の中で優秀な人をアンジェラの騎士として護衛に当たらせていたのですが・・・いかんせん人選が悪かったようです」
「面目もありません」
人選が悪かったって・・・少し気になるので聞いてみることにした。するとドゥナティが苦笑いを浮かべて話をしてくれた。
「どいつも一級品の実力の持ち主なのだが・・・最初のガードナーという男は何故か排泄行為に興奮するようでな・・・即刻首にした。次のスパナというやつは幼子に踏みつけられると興奮するという性的嗜好を持っていた。次に・・・」
「あ、もう結構です」
なんだかこれ以上聞きたくない。とんでもないやつばっりでアンジェラが気の毒に思えてくる。アンジェラもそのときの思い出が甦るのか目に涙を浮かべていた。
「ああ、すまないアンジェラ。君には大変な思いをさせてしまったね」
「ううん。いいんですお兄様。私の為を思ってしてくれたことですもの、文句は言えません」
「ショウさん。これは私個人の我侭だとは承知しています。ですが考えてもらいたいんです。どうかアンジェラの本当の騎士になってはもらえませんか?」
「・・・へ?」
開いた口がふさがらないとはこのことだろう。なんだって?僕が?騎士に?
「ちょ、ちょっと待ってください。冗談ですよね?」
「いえ。まじめな話です。もちろんショウさんにも都合があるのは重々承知しています。常に護衛しろというわけでもないんです。冒険者の仕事もしながらでも構わないです」
ルークがそういって頭を下げる。僕は正直迷っていた。今はいろいろとしなきゃいけないこともある。ヤミナが話せるように治療法を探さないといけないし、奴隷を解消するためにしなきゃいけないこともある。
この町にきて聞いたのだけれど奴隷を解放するには奴隷自身が金を稼ぐのと「奴隷となった原因を解決する」ことで解消されるらしい。
奴隷となった原因・・・例えば貧困で身売りだとか途方もない借金だとか。だけどこれなら奴隷自身が金を稼ぐ事で奴隷の契約は解消する事ができる。というか殆どの場合は金で解決できるらしく奴隷商も金以外の原因で奴隷となったものを見たことはない、という。
奴隷の身分自体は僕が金を出して解決してもいいのだけれどそれでは根本的な解決にはなっていない。なにせ奴隷から解放されると元の身分-貧民となってしまうらしい。どうにかして貧民の身分を解消したいと思い、もう一度ヤミナを鑑定してみたのだけれど、ヤミナが貧民となった原因はどうやら彼女の家-つまりベルマン家が関係しているようだった。
ベルマン家の事を調べて原因が分れば彼女を縛っていた〈貧民〉から開放できるかもしれない。そうすれば彼女は奴隷でもなく貧民でもなく一人の市民として暮らしてゆけるはずだ。
それも大事だが。
大事なのだが目の前のルークの頼みを断る事も憚られる。前の世界なら一杯一杯になってしまい断ってしまうかもしれない。だけど今の僕は違うはずだ。敵を倒す力がある。これだけでもものすごいアドバンテージになってくれるだろう。ヤミナの件に関しても今すぐ、急いでということも無いので(出来る限りは早くしてやりたいんだけど)受けてもいいんじゃないかと思う。
「ジンは・・・ジンはどう思う?」
結局、僕だけでは決めれないのでジンに聞いてみることにした。一人より二人の意見をすり合わせたほうが何か言い意見が出てくるに違いないと思ってのことだ。
「わしか?わしはお主の決定についていくまでじゃ。わしのことなど気にせずに決めてしまえ」
「そうだな。ショウ。お前の力は、時間の使い方はお前次第だ。気にせずにやりたいことをやればいい。それが面白いと感じたなら私達もついていく」
ジンとクレモンドが嬉しい言葉を掛けてくれる。何だかんだいって世話になる二人は頼りになる。するとルークの後ろに控えていたヴィスもおずおずと口を開いた。
「あの・・・こんな事を言っては失礼になるかと思うのですが。私達はぜひショウさんに騎士になってもらいたいです。強さはもちろん言う事無いんですけど、威張る事もなくて私達にもやさしく接してくれますし」
「ほれ、こう言っておるが・・・どうすんじゃ?」
どうもこうも、そこまで言われちゃ断る事もできないな。まあ、アンジェラの事も初めの時よりは多少好意的に捉える事ができるだろうし。後はヤミナの意見を聞くだけなんだけど、首を縦に振る様子がとも簡単に浮かんでくるな。
彼女にも「これがしたい」とかあればいいんだけども奴隷という身分に縛られている今、そんなことを強要するのは酷かもしれない。なんにせよ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりしていけばいいさ。
今は目の前の問題を一個ずつ解決していけばいいさ。
「・・・分りました。僕が騎士になるという話受けます。ただ条件というか、お願いを聞いて欲しいんですけど」
「本当なの?!ショウ!!」
「ありがとうございます!私に出来る事ならなんでもしますよ」
兄妹は手を取り合ってとても喜んでくれた。自分の行動で人が喜んでくれるのを見ると達成感や幸福感がある。この世界に来て本当に良かったと思える瞬間でもある。
「お願いは・・・僕はあくまでアンジェラの騎士という事で基本的には他の人の護衛とかはしません。それとヤミナとジン、クレモンドも騎士に加えて欲しいんです」
「三人・・・ですか。なるほど」
ルークはしばらく考え込んでいたようだけれど何かいい案を思いついたのか顔を上げるとにこりと微笑んで
「それならばいっそ新しい騎士団を作ってしまいましょう」
そうルークは笑顔で言い放った。




