第一章 三十六話 決闘と思ったら相手は変態でした
「来たか」
二時間後、指定された訓練場の広場に行くと戦う前から本気と思われる殺気を出す鎧姿のランドル・レイが仁王立ちで構えていた。腰には一振りの幅広の剣。腕には取り扱いがしやすそうな小さめの盾を装備している。彼の周りには野次馬なのか沢山の鎧のギャラリー。その後ろにはメイドさんやコックさんが話をしながら広場の中央のランドルを見つめている。
「えっ、何?何でこんなに人が集まってるの?」
「それは彼が副団長だからですよ、ショウさん」
「それに昨日の事、尾ひれ羽ひれが付いて凄い事になってるんですよ?」
女性騎士の一人がそういってその噂とやらを教えてくれる。
「えっとですね・・・突然訓練中に現れた漆黒の剣士がばったばったと、まるで枯れ枝をへし折るがごとく兵士達をなぎ倒していった」
「それだけでは飽き足らず、この国の姫までもを人質にしたとかなんとか」
「その残虐性と強さは災害級の魔物をも超えるとか言ってましたね」
ちょっと待った!半分冗談だとしてもそれは言いすぎじゃあないのか?なんだよ、姫を人質とか。逆に人質にされてるみたいだってのに。そんな事を思っていると隣に居たアンジェラは怒り心頭のご様子で、
「何?なんなのよ!誰が人質ですって!ふざけるんじゃないわよ!」
「あっ、そっち・・・僕の事じゃなくてそっちなんですね」
すこし悲しかった。
僕達のことなんてお構い無しに、決闘の会場となった訓練場の中はヒートアップし今にも熱気がはちきれんばかりになっている。
観客のボルテージも最高潮になっているのだろう。
「・・・まぁ、受けちゃった手前、逃げられないよなー」
「何言ってるのよ!ショウ!騎士なら騎士らしく、ビシッと勝って来なさいよ」
「そうですよ!逃げるのは騎士の恥です!」
実際僕って本物の騎士じゃないんだけどな、とぼやきながらも背後のアンジェラや騎士団の人の応援を受けて足を進める。
途中にはルークとジン、そしてクレモンドが居た。
「ショウ、なかなか面白いことになってるそうだな」
「わはは。お主は本当に飽きさせんな」
「大丈夫ですか?とても心配なんですが・・・」
三者三様の言葉をありがたく受け取る。ルークは心配してるけど仮にも神様から「最強」と言われたこの体。そう簡単には負けないと思ってる。なので僕の方も心配かけまいと軽く話をする。
「本当に、自分でも何がなんだか分らないけどね」
「ははは、まあ楽しんでるようで何よりだ。それよりヤミナは?」
「彼女はクエストで教会に行ってます」
「そうか。ヤミナも残念だな。お前の勇士を見られずに、な」
意味ありげに笑みを飛ばしてくるナイスガイに肩をすくめるリアクションで対応する。ヤミナには確かにカッコいいところを見せたいが何も今じゃなくても、と思う。
「本当に気をつけてくださいね。大丈夫だとは思うんですが・・・」
「おい、ルーク。お前の友だろう?信じてやらんでどうする」
「いえ・・・心配してるのは副団長の方です。実力差がありすぎて再起不能にならないか心配で」
ルーク・・・お前もか!一体僕を何だと・・・いや、自分でも時々それは感じることはあるので苦笑いだけで済ましておく。僕からはノーコメントだ!
最後にジンがゆらりとにじみ寄ってきて小さな声で耳打ちしてきた。
「どうするんじゃ?これ程人がいてはさすがにお主の力の影響がでてしまうぞ」
「影響って・・・具体的にはどんなのだよ」
「お主もかなり力を抑えてるつもりじゃろうが、今では殆ど意味を持たぬ。今のまま戦いをすればこの空間自体の瓦解、それに伴う集まった人がそれに飲み込まれて存在自体が消滅してしまうかもしれん」
そんな馬鹿な話は聞いていない。一体どうやったらそれが抑えられるんだ?まさか力を解放せずに戦えばいいとか言うんじゃ・・・
「それが出来たらワシも言わん。開放しないのならそれが一番じゃが、あいつは歴戦の戦士じゃ。戦う最中でお主の制御が甘くなる、という事も考えられん事も無い」
「・・・なら結界を。何時も僕たちが模擬戦闘するときに出してた結界を張ればいいんじゃないか?」
しかしジンはふん、と一息で僕の提案を一蹴した。一体何がいけなかったというのだ。
「あれはお主の無尽蔵の魔力とワシの操る技術でできる奇跡の様な代物じゃ。それに今でもおぬしは注目されておるのに、これ以上目立つのか?」
うっ、それだけは避けたい。今はもう殆ど引き返せないくらいの場所なんだろうけど。無駄な足掻きだと分っているんだけどもこれ以上注目を集めるのは勘弁だ。それに結界を作ると僕だけじゃなくジンまで迷惑をかけそうだ。ジンはそういうのは嫌いみたいだし。(そもそも龍という時点で世界の一大事位の扱いらしいのでジンのこともばれるのは勘弁だ)
「だとすれば、僕はどうすればいいんだ?」
「そういうときのワシよ。町にある『しゅーくりーむ』とやらで手を打とうではないか」
「・・・あれ高いんだよなぁ・・・しかし背に腹は変えられないか。教えてくれ」
僕の財布が軽くなるが、自分の能力の所為で大惨事を引き起こすわけには行かない。しかし教えてくれるのはいいけど、今から戦うという時にどうやって教えてくれるのだろう?
「何。心配するな。簡単な事じゃ。お主は力を外に向けて放ちすぎなんじゃ」
「外に?」
ジンは人差し指を出してそれをぐるぐると回す仕草をした。
「力を廻すんじゃ。自分の体の中で出来る限り早く、な。そうすれば余計な被害を出さずに戦えるというわけじゃ」
「・・・それだけでいいの?なんか難しい仕組みとか呪文とかは?」
「そんなもんはいらん。そもそもワシらクラスになるとこの世界の呪文や言霊は効き難いものじゃ。それが自分の体内だと尚更な」
「そんなもんなのか」
いまいちジンの説明に納得できない部分もあるけれど、とりあえず自分の力を外ではなく内で処理すればいいみたいだ。
更に二、三回ほどジンと会話をしてから訓練場中央へと進む。
「随分待たせましたね」
「いらん心配だ。戦いとは常に万全の状態を保持するもの」
てっきり怒られるかと思ったのだけれどそんな事もない。ただ、その目には爛々と闘志が燃えている。というか本気で殺しに来る目だ、あれは。
「勝負は互いが降参するまで、依存は無いか?」
「はい。ああ、僕はこの剣を使いますよ。このコートも脱ぎます」
もってきたのは覇刀カラドボルグではなくその辺に落ちていた訓練用の剣。覇刀は切れすぎるので今回はなし。防具の方も万全すぎるコートは脱いでシャツの姿になる。防具は一式なのでズボンにも自動再生や防御の補正が掛かってるけどこの際見逃してもらおう。別のズボンを用意するのに上手い言い訳が考えられなかったからね。
「・・・俺を愚弄する気か?鎧もつけずに戦うなど」
「いえ。決してそんなつもりは・・・ただ、あのコートには魔力を制限する呪文が掛かってますので」
口から出ませだ。コートはもちろん隠蔽呪文で隠してあるので、僕の言葉が本当かどうか確かめるすべは無い。
剣を構えて前に一歩。因みに剣術は既にⅤまであるので刀とほぼ同じように扱うことは出来る。
「・・・いいだろう。行くぞっ!」
言うが早し、ランドルは一気に踏み込み、神速の居合い抜きを放つ。だが僕とてべらぼうみたいに強い(騎士団談)ジンと毎日手合わせをしていたからこれくらいは余裕で見切れる。半歩体をずらしてかわす、と同時に横なぎを食らわす。
ランドルはこれをも予測していたようで体を低くし、さらに飛び込むことで回避した。これで僕とランドルとの間は半歩ほどしか空いていない。
(これ程近づくと逆に剣で攻撃が出来ない・・・ってうおお?)
ランドルは踏み込んだ足を軸に回し蹴りを繰り出す。体重と回転が加わった蹴りが腹に突き刺さる。視界が回転してランドルから四・五メートルほど飛ばされる。
「いってぇぇー。ちょっとミスったな」
ジンから言われた力を体内で循環させる方法をやっているのだけれど、意外と集中力が必要でそちらの方へ気を取られるのでランドルの攻撃への対処が遅くなりがちだ。
「・・・今のは骨の一本や二本が折れるものだと思ったのだがな」
「あいにくと体だけは丈夫でね」
言いながら、詰めてこられないように注意をする。この言い訳が何時まで通用するかわからない。自慢なのかどうなのか、この世界に来てから順調に強化されていっている僕の体は今ではジンが限界を超えるほどの力を出さないと怪我をすることはなくなっている。
これが相手にばれることは避けなければ。
(今思えばコート着たほうがもっとごまかせたんじゃ?!)
しかし後の祭りである。これからは回避に徹する事としてさて、どう攻めたものか。防御だけでは相手の攻撃が激しくなるだろうから此方からも攻撃して牽制しておくのがいいかもしれない。
「いきますよっ!」
縮地を使用してランドルとの距離を詰める。剣を下で構え、顎を狙って振り上げる。ランドルは一瞬驚いた表情を浮かべたが盾を使用して受け流す。
「食らえ!〈蘭菊〉!」
剣を振り上げた反動を利用して回し蹴りを叩き込む。盾で防ぐまもなく吹き飛ばされるランドル。浅かったので殆どダメージは無いだろう。
「ちっ、格闘技持ちか・・・」
「言っておきますけど一通りは出来ますからね?」
ランドルは苦々しく僕の顔を睨みつけ、再び剣を構えて攻撃を繰り出してくる。ランドルの攻撃をいなし、かわして反撃を行う。
「どこまでも食えん奴だ・・・仕方ない」
そういうとランドルはなにやら呪文を唱え始める。
途端にランドルの持っている剣の姿が変わってゆく。持ち手は長くなり刃は何やら甲高い音を立てている。よく見ると刃が動いている。高速で剣全体を動き回っている。これはもしかしなくても・・・
「チェーン・・・ソー?」
「良く分かったな。俺の持つ武器は〈切り刻む舞刃〉だ。鋼トカゲさえも切り刻むこの刃を味わえ」
「本気で殺しに掛かってきてるじゃないですか、それ!」
ギュイーン、と音を立てて殺戮の唸りを上げるチェーンソーを振りかざして此方へと向かってくる。心なしか先程よりよりも攻撃の正確さがあがってきている気がする。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
「もうこれ訓練とか通り越してるよね?!」
相手の攻撃にあわせて剣を振る。幸いにも魔力を纏わせた剣は折れることも無くランドルの攻撃を受け止めてくれる。
ギュイン、と唸りをあげる武器怖すぎる。
「さっさとくたばれ!〈世界の始まりの焔よ魂まで燃やし尽くせ-フレイムアウト〉」
「魔法も使うのか!〈サークルスラッシュ〉!」
魔法で作り出された超高温の焔を遠心力を利用した回転切りで消し去る。〈鑑定〉してなかったから分らなかった。まさか魔法まで使う魔法剣士だったとは。でも副団長って言うくらいだからこれくらい出来て当然なのかもしれないな。
「くそっ!ムカつく!どこまでムカつく野郎だ!飄々としてやがって!おまけにアンジェラ嬢の隣にずっといていちゃいちゃしてやがる!俺にはそれが我慢ならねえ!」
「いやいや、べつにそんなつもりは・・・ってへ?」
さらっと今凄い事言わなかったか、こいつ。
「聞きなおしますけど、アンジェラといちゃいちゃって・・・」
「聞かれちまったならしょうがない。あれは何時の事だったか・・・」
「僕は別に聞いてないんですけど・・・って勝手に回想始まったよ!」
ツッコミを入れる僕を無視してランドルはアンジェラとの出会いと恍惚とした表情で語りだした。出会った頃のういういしいアンジェラの足に踏みつけられたいだとか、勉学を励むアンジェラの手の甲を舐めたいだとか・・・
正直、気持ち悪かった。
アンジェラもかなり引いていた。というよりガチで恐怖を感じていたようで「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げていた。
「その野望をお前という奴は・・・許さんぞ!貴様を倒して俺はアンジェラ嬢の脇をぺろぺろする!」
「うわきもい!!」
思わず汚い言葉が出てしまったがこれも仕方ないだろう。チェーンソーを唸らせて突撃する変態を一撃の下切り捨てる。変態は「無念」とかほざきながら倒れた、慈悲はない。
「アタシ・・・眩暈がするわ」
「「アンジェラ様!!」」
主に精神に多大な負担が掛かったためか、気絶してしまったアンジェラは騎士団の人達がせっせと城の中に運んでいった。しかし、ランドルの言動にこの場に居た人の半分くらいが引いてる。顔もなかなかのイケメンだから尚の事だろう。女性なんかは「気持ち悪いわ~」なんて心に突き刺さる話をしている。
「さて、無事勝ったんだけど・・・こいつこのままでいいんだろうか?」
「ワシはさくっと手足でも切っておいたほうがいいと思うがな」
「その必要はない」
集まった群衆を掻き分けて・・・というか勝手に海が割れるがごとく人が退いていく。その先に現れたのは、長身のこれまたイケメンだった。
周囲の群衆からは口々に「騎士団長様・・・」だとか「カッコいい・・・素敵」なんていう声が聞こえてくる。くそ、忌々しい。だが、それよりも彼の後ろに居る人物に僕は注目した。注目せざるを得なかった。
金髪碧眼の柔らかそうな顔をした、いかにも高級そうな服を着こなしている人物。その人物には見覚えがあった。ありすぎるほどに。
「え・・・ルーク、なのか?でも、なんでここに・・・」
続きの言葉が出てこない。いやいや、何だこれ。疑問符ばかりが頭の中で渦巻いている。なんで商人だといっていたルークがこの場に居るんだ?それに高級な服を着ていかにも偉い人って感じが・・・
「貴様。ルーク様に対して敬意を払いたまえ。ここに居るのはルーク・ザン・ムステイン様だ」
「な、なんだってーーー?!」
閲覧ありがとうございます。




