第一章 三十二話
『レイデン事件』の犯人と名乗る人物との戦闘を終え、後片付けは騎士団に任せて僕たちは城へと戻った。
思ったよりもかなり早い僕達の帰還とアンジェラの奪還にヴィスの舞台の人やアンジェラの側近達は大変喜んでくれた。レイデン事件も一応は収束を見せるだろうと報告するとこれまた大変喜ばれた。うーん、喜ばれるのは嬉しいんだけど、これだけ騒ぐのは僕としてはなんだか恥ずかしいな。
「でも犯人を捕まえれませんでしたけれど」
「捕まえるまで、とは流石に高望みしすぎです。それより犯人がレイデンを作るのをやめる、と言ったのです。我々にとって十分すぎる結果です。残りのレイデンについても徹底して探し出しますので。それと後日主席より話があると思いますのでしばらくこちらで過ごしていただきたいのですが」
「それは構いませんよ」
結果オーライという奴だろう、と僕は自分自身を納得させた。まだ何かして来そうだけれどそのときはその時だ。
それよりも驚いたのは助け出したアンジェラだった。着替えたのか青いドレスを着て現れた彼女は僕の前に立つと
「あなた、なかなかやるのね!少しは見直したわ。あなた、私の騎士になりなさい!」
宣言された。いきなりの事で戸惑っているうちにアンジェラは勝手に肯定ととったのか「あたしが呼んだら直ぐに来るのよ!」と言い放ってその場を去っていった。なんだか理不尽さを感じたけれどヴィスや重役の人達が頭を何度も下げたので、僕も怒ることは出来なかった。
数日後、城のエントランスでのんびりくつろいでいると、カツカツと靴の音を鳴らしながらアンジェラがやって来た。今日は赤いワンピースを着こなしている。
「そういえば、貴方たちはここに来たばかりなのよね?私がこの屋敷を案内してあげる!」
「え、いやその気持ちだけで十分・・・」
「ほら、ぼけっとしてないでさっさとくる!」
アンジェラは僕たちのことなんてガン無視でズンズンと城の奥へと足を進める。ジンの方を見るとやれやれ、といった風な仕草をしている。
「すみません。でもアンジェラ様なりの感謝なんですよ・・・きっと、多分」
おいおい、そこはきっぱりと言って欲しかったなあ。
そんな騎士たちの心配をよそに、アンジェラは嬉々として城の中の色々なものを紹介してくれる。
「この階では騎士団の常駐所があったりコックたちの仮眠室があるのよ」
「へぇ。コックたちの仮眠室ね。なんでまたこんなものが?」
「祭典の時にはコックたちは何日も続けて料理を作らないといけませんから」
アンジェラの説明をヴィスが補足してくれる形で城の中を案内してくれる。城といっても元々要塞としての機能があったのだろうか、飾りやなんかは少ない。それでも調度品は全てがハイセンスで高そうだった。
「そういえばアンジェラの部屋って何処にあるんだ?」
ふと気になったので聞いてみる。こんな城だから最上階にあるとか言いそうだけれど。だが予想に反してアンジェラは押し黙ったまま下を向いている。
「・・・アンジェラ、さま?」
「この、ぶ、無礼者!」
どわっ!いきなり殴りかかってきた?!どうしてなんだ?僕が彼女に何か失礼な事をしたのか?
「お、乙女のプライベートな場所をいきなり聞くなんて・・・無礼よ!無礼!」
「無礼・・・じゃと?小娘の癖に笑わせrぐはぁっ!?」
ジンが言うと面倒くさくなるので一発殴っておいた。
しばらくすると機嫌も治まってきたのか、再び得意顔で城の中を練り歩く。道中会った使用人達に挨拶した時は驚かれたけれど、僕のところはこれが一般的なんです、と言って誤魔化した。
「ここはゲストルームね!パパに会いに来た人はここで泊まっていくのよ。そして今夜からはあなた達がゲストよ!」
あ、お父さんの事パパって言うんだ。どうでもいいことを発見してしまった気がする。それよりも今日は此処に泊まるのか。見渡すと広い広い。こんな所を使ってもいいのだろうか。
「私がいいって言ったらいいのよ!分かった?!」
どうやら顔に出ていたようだった。ふうむ。元が貧乏で貧乏性なのでこんな豪華なところはなんだか落ち着かないんだけど。
「ふはははー!ワシがこのでかい寝床を使うぞ!」
『ひとりじめはだめ!かっこわるい』
「うっ・・・ち、ちがうわい!ただ言ってみたかっただけじゃ!」
「ほう・・・ここには妖精酒もあるのか」
各々勝手に使っているようだし、構わないか。窓の外を見ると日も傾いてきていた。お言葉に甘えてゆったりさせてもらおう。
「それじゃあ、遠慮なく休ませてもらうよ。ありがとう。アンジェラもゆっくり休みなよ」
「へっ!?・・・わ、私はいいわよ、別に!」
「だめだめ!大変な目にあったんだから。まだまだゆっくり休んで」
「あ・・・あり・・・」
おう。俯き加減で顔を赤くしてもじもじしているアンジェラは案外可愛いものだな。残念ながらロリコンの趣味は無いんだけども。
そんな事を感じたのも束の間。次の日にはアンジェラに叩き起こされた。
というかノックなしでいきなり開けると大変なんだけど。後ろの方ではヴィスさんの部隊の人が平謝りしていた。ご愁傷様です。
「あの・・・アンジェラ、さん?僕まだ朝食も摂ってないんだけど」
「だらしないわね!騎士ならいつでも準備万端にしておきなさいよね!」
「あの・・・何時から僕は騎士なんて職業になったの?聞いてないんだけど。契約書は何処ですか?」
「だから言ったじゃない!あなたは私の騎士なのよ!何度も言わせないでよね!」
いかん。まったく聞く耳を持ってくれない。アンジェラにコートの裾を掴まれたまま引きずられるようにして連れて行かれた場所は城の丁度真ん中付近にある開けた場所。頑丈な門とドーム型の建物があり門には大きな文字で「訓練場」と書かれていた。中に入ると甲冑姿に両手剣を持った騎士の人達が模擬試合をしていたり上半身裸のムキムキのおっさんたちが走りこみで肉体を鍛えているところだった。というかむさっ!暑苦しいっ!換気しないのか?
そんなことはお構い無しにアンジェラは隅の開いているスペースまで進むと刃を落とした両手剣を手に取り僕に向ける。
「さあ、今から試合するわよ!」
「・・・えっ?」
「だーかーら!試合するって言ってるのよ!私が言った事にあなたははいっ!って頷けばいいのよ!」
それはあまりに理不尽じゃないのか?若干そんな事も思いながら僕は形ばかり頷いておく。本人がどうであれ彼女はこの国ではかなり偉いのだろう。怒らせて無理に問題を作るほどでもない。これも形ばかりの模擬試合なのだろう、と僕は思っていた。適当に剣を手に取り構える。何時も使っている刀とは違って両手に重みが感じられる。
「ふふん!良い心がけね!この前の戦闘を見ていてなかなか使えると分かったわ!次は私を守る程の力があるのか私自身が確かめるわよ!」
「ちょ、何を言っているのか説明を…」
「問答無用!はぁっ!」
返事も聞かずに剣を振り上げて切りかかってくる。驚いたけど正直な、一直線の攻撃だ。かわすことは容易いので身をよじって軽くかわす。かわした瞬間アンジェラの振った剣が盛大な音を立てて地面にめり込んだ。
「ちょっと!殺す気じゃないの?!」
「殺す気でやらないと訓練じゃないわよ!」
明らかに殺意全開でこちらに向かってくるアンジェラに対して僕の頭の中は混乱状態に陥っていた。
試合っていってもあれだよね?こっちは一般市民で向こうは最高権力者の娘。なので必然的に頭の中で組み立てられる式は・・・
「積んだ!はいこれ積んだ!」
「無駄口叩く暇があったら応戦しなさいよね!逃げてばっかじゃ私の騎士に相応しくないわよ!」
続けて問答無用で剣を叩き込んでくるアンジェラ。能力を見た限りじゃそんなに強くないので攻撃は当たることは無い。
ので手っ取り早く武器を落とす事にした。残撃を避けた瞬間、剣の腹を叩くように攻撃を加えてアンジェラの持っている武器を吹き飛ばす。
「くっ!なかなかやるわね、だけどこれはどう?!」
次に取り出したのは長さ一メートル程の斧。彼女は器用にその端を持つと自分を軸に回転し、遠心力で威力を高めた攻撃を繰り出してくる。だが所詮スキルなしの攻撃。高い剣のスキルをもっている僕からすれば攻撃力など無いに等しい。
先程と同じようにかわした瞬間に斧を吹き飛ばして彼女の胸元に剣を突きつける。
「これで満足ですか?」
「・・・ふん!なかなかやるわね!試験は合格ってことにしておくわ!」
ブレないんですね。多少なりとも感心しながら剣を元の位置に戻す。アンジェラの方も赤色のワンピースについた土埃を払って服装を整えている。そういう仕草だけを見ればまさにイメージ通りの貴族の娘、って感じなんだけれど。
すると今までの試合を見ていたのか伺うだけだった他の騎士団の人たちが集まってきた。皆口々に僕のことを言っているようだ。しかしみんな僕に対して歓迎ムードが見受けられない。
「おい、お前」
「なんです・・・」
「貴方達!私の騎士に向かってお前とは何様のつもり?!」
「くっ!すみません・・・しかし私たちはこの者の名前が分からなかったものですから」
お前呼ばわりされて名前を言ってやろうかと思った瞬間、既に僕の主アンジェラが騎士たちに向かって講義していた。うん、あんな美人に庇ってもらえるのなら僕も寛大な心になるってものだ。
だが事態は当然というかお約束というか思惑とは反対の方向に進んでいくわけで。
「アンジェラ様、失礼ながら我々にはこの者が報告にあったような〈魔族〉を倒せるとは到底思えないのですが」
「失礼よ!私はこの目でしっかり見たのよ!」
「いくらアンジェラ様といえどにわかには信じ難いものです」
ううむ、口が上手いなこの騎士。念の為に鑑定しておくとしよう。
名前 チャック(33)
称号 部隊「燕の爪痕」隊長(攻撃・体力上昇中)
状態 怒り(小)〈攻撃上昇(小)〉
装備 騎士団の両手剣 騎士団の甲冑 鷲の盾
スキル 両手剣術Ⅲ 魔法(火・風)Ⅰ 気配Ⅰ 盾Ⅱ
鑑定の結果、どうやら彼は部隊長として僕があっさりと事件を解決したことを認めたくないようだ。ま、見てもないのにぱっとでの知らない人の事を認めろ、と言われても難しいところはある。のであまり刺激しないようにこちらが折れてこの場を収めようじゃないか。
「お気持ちは分かります。ですが今回は偶々僕が解決しただけという事です。それに僕だって一人で解決したわけじゃないですし」
「ふん。口では何とでも言える。いいか?これは貴族のお遊びじゃねえんだ」
「チャック!!いい加減に・・・」
「いえ、良いんです」
顔を赤らめて怒りゲージが着々と貯まっているアンジェラを制して僕は一歩前に出る。今までの行動を見るにアンジェラには任せておけない気がする。ここは穏便に。というよりなんで僕が貴族になっているんだ?
「僕も遊びでやっているわけではありませんので、その点はご理解いただきたいと思いますが。それでは僕たちはこれで」
何か言いたそうなアンジェラを無理やり引っ張って訓練場から離れる。こういう輩には無理に関わらないほうがいいことは前の世界で嫌というほど理解している。
「そうかい、結局あんたは逃げるしかしないのかよ!てめえらなんぞ金で作った仲間と冒険者ごっこして奴隷を抱いてりゃいいんだよ!」
「・・・今の言葉、取り消してもらおうか?」
僕の悪口や影口ならいくら言われたって構わない。だけど、僕の仲間のことを何も知らないで悪く言う奴は最も許せない。この隊長にはキツイお仕置きをしなくちゃな。
「ん?どうした?腰抜けじゃねえって証明する気になったか?」
「ああ、勿論だとも。お前をボコボコにして僕の仲間に謝ってもらおうか?」
「ちょっと、ショウ・・・?!」
僕を止めようとしたアンジェラの動きが止まった。ふっ、説明しよう。今僕はもっている魔力を数%ほど開放した状態だ。そのあまりの魔力の濃さで耐性がなく、一番近くにいたアンジェラは話すこともできなくなってしまう、所謂一種の〈恐慌〉状態に陥ってしまった。最も、チャックは気が付いていないようだけれど。そのままコートを脱いでアンジェラにかける。コートには魔力遮断の効果もあるのでアンジェラの状態も回復するだろう。
「普通に勝っても面白くない。腰抜けじゃないことを証明するために僕は防具をつけない。お前は本気でかかってこい」
「・・・ほざけ。そう言っていられるのも今のうちだ」
チャックは腰に差してある両手剣を引き抜き中段に構える。あれは刃を落としてない本物の真剣だろう。そしてさすがはスキルレベルⅢといったところか。構えにも隙がない。周りでは突然始まった本気での戦闘に盛り上がりを見せている。魔力は拡散させないように気を使ったので僕が規格外だということはまだ知られていないようだ。声を聞くと「殺しちまえ」だとか「ぼこぼこにしろ」など明らかに僕に対しての言葉が向けられていた。ちょうどいい機会なのでその根性を叩き直してやろう。
体に眠る力の五%ほどを解放する。前の戦闘で力を十%程解放すると世界自体が僕の力に耐え切れなくなり瓦解し始めるのが分かっているので、今回はそこまで至らないように気を付けた。えっへん。
「お、おおおいおい・・・なんだ、何なんだ?それはよ?!」
「ん?何ってほんのちょっぴり力を解放しただけだけど?さぁ、はじめるんだろ?かかって来たらどう?」
「ありえねぇ・・・ありえねぇよ・・・」
開放した力はこの場にいる全員の体を釘付けにするには十二分すぎるほどの効果を発揮した。というか弱い奴は泡吹いたり失禁しているけど大丈夫なのか?命までは奪わないはずだけど。チャックも全身から脂汗をかきながらも剣は放そうとはしない。そこは感心するな。
「どうした?・・・ああ、先輩として胸を貸してくれるのか」
「な、なな何いってる、んだ?」
「じゃあ、こっちから行くぜ。一撃くらいは受け止めてくれよ?」
刀に手をかけてスキル〈縮地〉を使ってチャックの目の前に跳ぶ。刀スキルの中でも一番対処しやすいこの技を使うことにする。
「ひ、ひええぇぇぇぇ!!」
「斬光!」
両手剣と甲冑が真っ二つになる。僕も命までは奪うつもりはない。ただ謝ってくれさえすればそれでいい。
ガタガタを肩を震わせて泣いている筋肉ムキムキのおっさんに刀の切っ先を突きつけて宣言する。
「どうした?反撃しないのか?」
「で、できませぇぇぇん!!」
「なら僕の勝ちだな。さあ、僕の仲間を謝ってくれるかい?」
「も、勿論!謝罪だってなんだってします!靴も舐めます!だから許してください。ごめんさない。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
あ、力開放したままだった。急いで力を引っ込める。空気がぐにゃりと物理的に曲がり始めてきたので若干危なかったかもしれない。あのままだったらこの場が亜空間に飲み込まれることもあったのかもしれない。
謝り倒しているチャックは置いておいてアンジェラの手を掴んでその場を離れる。暫くは力を使うのも自粛かな、と考えた。全く、強すぎるのも辛いぜ、と呟いてみたくなる。
「さ、アンジェラ様。行こうか」
アンジェラはぽかんと口を開けて固まっていた。ちょっと面白かった。
閲覧ありがとうございます。




