第一章 三十話
ブレイズ共和国。一年を通して過ごしやすい気候(他が過ごし難い位厚かったり寒かったりするだけかもしれない)と、北は獣人が数多く住んでいるガーグランド王国。南は優秀な傭兵や屈強な兵士達が日々戦っている砂漠の国のストラング帝国。巨大な二つの国に挟まれる場所にあるブレイズ共和国では古来より商人達が力をつけてきた。
僕達が今居る首都デルニーは先人達が築いた町、というよりは一個の巨大な要塞だった。漫画やアニメなんかで見る力のある商人が作り上げた町、のような煌びやかなごてごてした装飾や常にお祭り騒ぎ、なんてことは無くて守るために特化したと思わざるを得ないものすごく頑丈そうな城壁が初めに目に付いた。
ここを守る中央騎士団に所属しているヴィスさんが重厚そうな門のところで身分証である騎士団の証(冒険者と同じで耳につけるイヤリングだった)を見せると門番は敬礼一つし僕達を通してくれた。
「いやはや。久しぶりに来ましたが・・・なんだか懐かしいですね」
「私は何度か来てますのでもう慣れてしまいましたけれど・・・」
「うおぉぉ!ショウよ!この熱気!熱意!お主には分からぬか?!滾ってきおったわ!」
「だあぁぁ!分かったから耳元で叫ばないでくれ!耳がおかしくなる」
町の外見だけを見ると厳戒態勢が常に布かれてる、と思ってしまう警備だけれど、中に入ればそこらかしこから響いてくる人々の声と行き交う人に一瞬で意識が奪われてしまいそうになる。コルキの町もいい加減に五月蝿かったけれどここはそれ以上なのかもしれない。いろいろと見たいところはあるんだけれどヴィスさんに従って僕たちはこの町の一番奥の城に向かう。
入ったときに耳に入ってきたけたたましい音の軍団は段々と鳴りを潜め、周囲には如何にも金持ちそうな人達が優雅に歩いたり広大な庭でお茶を楽しんだりしていた。ここは所謂「貴族街」というところなのだろうか。ここら辺はコルキと大差ない感じだ。
「皆さん、ようこそ。ここがデルニー城です。私が案内する。他の者は副隊長を中心に確認作業を行え」
「「はっ」」
馬車を降りてヴィスさん先導の元城の中を案内される。ジンとヤミナは興奮が冷めない様子で右へ左へと目が泳いでいた。かく言う僕も壁に飾った高価そうな絵画や光り輝く甲冑に目を奪われそうになったんだけれど。
「旅の疲れもあるでしょうがまずは見てもらいたいものがあります。こちらへ」
案内されたのは分厚い鋼の扉の先のこれまた四方を鋼で囲まれた小さな部屋。その中央には四角いテーブルとその上に小さな小指ほどの大きさの赤黒い結晶があった。
「これは・・・まさか『レイデン』か?」
「それにしては色が濁っているようですが」
「それは使用済みの『レイデン』を特殊な魔法で保存しているのです」
水晶をみて驚くクレモンドとルークにヴィスさんは説明してくれる。通常『レイデン』は魔力の塊である以上、使用すると跡形もなく消えてしまうものらしいんだけど、これは表面を魔法でコーティングする事で結晶だけは砕けないようにしているという事だ。
「使用後はこのようになるのか・・・どうだ、何か感じるかショウ?」
「いえ・・・僕は特に何も。ジンはどうだ?」
「ふむ。この色の濁った水晶からは魔の力は感じられぬな。おそらく使用した際に魔力と一緒に使用者の体へと流れ込んだのであろう」
『このすいしょうはみててもきもちわるくならない。しょうのもってるのはきもちわるい』
ヤミナとジンが意見を述べる。ヤミナは魔法使いでその才能は師匠であるクレモンドも舌を巻くほど、そしてジンは人よりも遥かに強く賢い龍のより上位の存在の神龍。魔法に関しては信頼できるであろう二人の意見を聞くとどうやらレイデンを使用すると人の体に有害な魔の力も一緒に取り込んでしまうということだろう。
となるとやはりというか製作者はかなり魔界や魔の力にかんして知識がある、という事になるのだろう。それにこれらを作るとなると一般人ではなかなか行かないはずだ。
「・・・とすると犯人は一定以上の財力がある者、もしくはバックに資金援助してくれる者がいるということでしょうか」
「そういうことになるんでしょうね。犯人の目的はこの国を混乱に陥れる事なんでしょうか?」
「ふむ。今までの事件から見てもどうやら犯人は個人にではなくこの国や地域といった大きな枠組みに対して恨みがあるみたいだな」
ルークとクレモンドが唸りながらも自身の考えを口にする。使用済みのレイデンをみただけで此処までの事を考え出せるのだからやはり二人は相当優秀なのだろう。二人が味方で本当に心強いと思える。
だがそこから先はなかなか進まない。部屋に居る全員がうんうん唸っていると扉の向こうがなにやら騒がしくなってきた。耳を澄ましてみると何やら見張りの兵士と誰かがもめているようだ。
「・・・のよ!いいから・・・」
「しかしいくら・・・できません!」
揉める声はどんどん大きくなってこちらに近づいてくる。扉の近くにいたジンは興味半分に扉に近づく・・・瞬間、扉が勢い良く開け放たれ、あろうことかジンの鼻先に金属の塊が直撃した。
「なんだか面白い話をしているわね!私もその話に加えなさい!」
「いけません!アンジェラ様!いくら貴女でも今回ばかりは・・・」
「五月蝿いわね!私がいいと言ったらいいのよ!何度も言わせないでよね!」
扉の先に居たのは炎の様に真っ赤で、腰まで届くかと思われるほど伸ばした髪の持ち主だった。身長はヤミナと殆ど変わらないほどで顔立ちは整っている、というより整いすぎて何?これ?何時の間に三次元に二次元が入り込んだの?状態だ。
そんな美少女は腰に手を当て胸を張って若干、いやかなり偉そうに威張っていた。でも顔は可愛いという感じなのでどこか年下の親戚の子供が大人ぶってる、という印象も受ける。ワンピース風の服が余計にそう見せるのかもしれない。
「くおぉらあぁぁぁ!!いきなり何じゃ!お主は!」
「な、なによこの暴漢は!私が誰だか知らないの?!」
「知らぬわ!それより謝れ!わしは今猛烈に痛くて怒りに頭が沸騰しそうなんじゃ!」
「まあ!吃驚するほど悪い口!それに私が何をしたって言うの?!全然知らないわよ!」
「な・・・なにおぉぉぉ?!」
ジンが鼻先を真っ赤にしながら人形のような美少女へと詰め寄る。というか龍でかなり長く生きてるのになんでこんなに短気なの?逆か。年をとると短気になりやすいんだっけ?そんな事はどうでもいいけどとりあえず目の前の低レベルな水掛け論を止めさせないと。
「やめなってジン。これくらいで怒るもんじゃないだろ?」
「し、しかしな・・・」
「相手は子供だぞ?お前は子供じゃないだろ?」
それを言うとジンは「うぐぐ・・・」と唸りながらも下がったが未だに少女のほうを睨みつけている。少女の方はそんな事お構い無しにつかつかと何故か僕の前まで歩いてくる。
「あなたがショウ・キリシマね!」
「ええ、そうですけど?」
「ふーん、なんだか弱そうね!!」
「よーし、そこで日本伝統芸能の土下座の練習をしようか」
「うおい!お主こそ落ち着け!」
はっ!いかんいかん。危うく僕も暗黒面に落ちてしまうところだった。幾ら僕でも正面からしかも年下の女の子に弱そうって言われたら傷つくよ?
しかしこの女の子は一体誰なんだ?仕方がないので〈鑑定〉を掛けてみる。
名前 アンジェラ・ザン・ワイルト(14)
状態 健康
装備 淑女の服(魔法耐性Ⅱ) 茨のレイピア
称号 気ままな淑女
スキル 刺突剣術Ⅱ 魔法(水・風)Ⅱ 魔力探知Ⅰ
ステータスを見るに特に強い人と言う訳でもなさそうなんだけど。しかし名前がやたら長ったらしいのは偉い人の証拠だって日本のサブカルチャーが照明してくれている。なのでこの子も実は凄く偉い人の子だったりするんだろう。
「こほん、さっきは取り乱して悪かったよ。よければ君の名前を聞かしてくれないか?」
「あら?私の名前を知らないなんて驚きね。いいわよ、アタシの名前はアンジェラ・ザン・ムステイン。この国で一番偉いパパの子供よ!」
「「お、おぉー」」
何となく驚きの声を出してみる僕とジンだったけど案外アンジェラには受けが良かったらしく「もっと褒め称えなさい!」と上機嫌だった。
「ところでアンジェラ様はどうして此処に?」
「決まってるでしょ?アタシがこの事件を解決するためよ!」
「え?ですが・・・」
「ですがも何もないわよ!アタシがいればこんな事件直ぐに解決して見せるわ!さあ、行くわよ!アタシについてきなさい!」
アンジェラは僕たちの言葉なんて聞く様子もなく翻ってすたすた歩いてゆく。意気込みは分かるけれどどうやって解決するんだ?まさか、すでに重大な手がかりを掴んでいるとか?
「それを調べるのが貴方達の仕事でしょ?早く見つけてきてよね!」
「「はぁ・・・」」
唖然と言うか呆然と言うか。兎に角強烈なインパクトを与えた少女の前では僕はただただ頷き、生返事をするしかなかった。ジンも同様で二人ともすごく間抜け面を晒していたらしい。
「アンジェラ様?!・・・はぁ、すみません。私はアンジェラ様の護衛につかなくてはいけません。何かあれば私の部隊の方に」
「我々の事はお構いなく。あなたも大変だ」
「ええ、まぁ。アンジェラ様は根は凄く良い子なのですが・・・すみません」
無礼を働いたと思ったのかヴィスさんは何度も頭を下げていた。クレモンドがその様子に若干苦笑いを浮かべながらもアンジェラを追う様に手で示す。
「さて。どうするかね?手がかりといえばこの使用済みのレイデンしかないが」
「僕としてはさっきの少女が心配なので後を追いかけるのがいいかと・・・」
「なんじゃと?!ワシは嫌じゃぞ!なんであんな小娘のところに」
『じん。うるさい』
ヤミナがそう書いた紙を突きつけると途端にジンは静かになった。が、まだぶつぶつ言っているのでバックから適当にフルーツを取り出しジンの口に詰め込む。もごもご言いながらも顔は笑顔でおいしそうに頬張っていた。ちょろすぎる。
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