第一章 二十九話
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「我々が護衛・・・ですか?」
「そうだ。主席直々の指令だ」
ブレイズ共和国の首都デルニー。ここに聳え立つ要塞としか言いようがないほど頑丈に作られた建物の一室で日課の鍛錬を終えたばかりのヴィスは、訪れた官僚から書類を受け取っていた。書類にはこの国の公文書である印が刻まれている。
「この文書には君たちが護衛する対象の情報が書かれている。出発は三日後、ムステイン主席に合わせて出発し途中で君たちの部隊は対象と接触する手筈だ」
「三日後ですか・・・随分また急なのですね」
「それはムステイン主席に聞いてくれ。今は若干イライラしているがな」
その言葉を聞いてヴィスは疑問をぶつけよう、という気持ちが直ぐに収めた。普段は面倒見がよく最高の君主とも言えるムステイン主席だが貴族達との対立が続くと彼もイライラする。その時に目を付けられたものならまさに不幸、としか言いようがない。一線を退いたとはいえかつては「英雄」とも呼ばれた世界最強候補の人物が手加減なしで襲い掛かってくる様は例え町一つはなれたとしてもその殺気に震え上がる。
「お互い大変ですね」
「・・・そうだな。だがこれも主席の考えがあっての事だろう。私達にはその意図を図る事は出来ないからな。忠実に実行するしかないのだよ」
苦笑いを浮かべながら退室する官僚。ムステイン主席は凄まじく優秀なのだが唯我独尊というか発想が独特過ぎて部下の中でついていけるものは殆ど居ない。なので官僚や文官たちは常に主席の行動に振り回されている。(結果的にはいいほうに傾くとしても)その苦労を分かってかヴィスもやや引きつった笑みで官僚を見送る。
「・・・はぁ、とりあえず文書を確認するか」
蝋で封された書類を紐解くと一枚目には一人の人物の名前とその人物に関する情報が載っていた。
「ショウ・キリシマ・・・冒険者か。だがたったの三月程でランクが急激に上がっている。どういうことだ?どこかの傭兵か何かか?だがそれなら少なくとも騎士団のところにも情報は入ってくるはず」
世界各地にはヴィスの所属する騎士団のほかにも自衛を目的とした貴族の私兵や戦う事を生業としている傭兵といわれる者達がいる。そういった者達の中で実力がある者はかなりの数を把握しているヴィスだったが男の名前には聴き覚えが無い。
「なんと!?あの『巨人』をも倒したのか・・・軍隊が必要な魔物を倒してしまうとは一体どれほどの力の持ち主なのだ?二枚目は・・・ショウと共に『レイデン事件』を捜査するだと?」
『巨人』を倒すほどの男、と聞いて真っ先にヴィスがイメージしたのは筋骨隆々のドワーフかと疑うほどの髭面をした赤顔の男。しかもその男と現在この国をかき回している『レイデン』という謎のモノの捜査。
「果てしなく不安しかないのだが・・・愚痴を言っていても仕方ない。準備をしなくてはな」
空に向かってぼやいた後彼女は遠征の準備をするために兵舎へと急ぎ足で向かった。
彼女の部隊は初め三日後の遠征と聞き、驚いてはいたが主席直々の任務だと聞くと皆期待と誇りに満ちた顔で嬉々として準備に取り掛かった。お陰で一日と半日で準備も終えることが出来、任務初日から遅刻という失態を免れる事ができた。
そして遠征が始まり道中危険な魔物を排除しながら順調に旅を続け、途中で主席がいる軍隊の列からは離れてヴィスの部隊はいち早くコルキの町へと到着した。主席来訪という事でお祭り気分の町の人に話を聞くとついそこで男が暴れる事件がありその場にヴィスの探している男もいたということを聞きつける。更に話を聞いてから貴族街に近い一軒の家にたどり着く。
中からはなにやら困惑した声色が幾つも聞こえてくる。内容を聞くとどうやらあの『レイデン』について話をしているようだった。ヴィスは丁度いい、と思いながら扉を開ける。
「皆さん、お困りの様子ですね」
初めに目に飛び込んできたのはローブを着た壮年の魔法使いと質の良さそうな服を着た金髪の青年。そしてそれに退治するようにしていた銀の甲冑姿の男性と袖口を切り落とした服に足先にかけてふくらみがあるズボンを穿いた白い髪の男。そして黒いコートを着た黒髪の青年とその青年にくっつく様にしている白いローブを着た少女だった。
(キリシマという男は・・・あの黒髪か。イメージとはかなり違うが)
文章では『巨人』を倒したということだがヴィスにはそれほどの力の持ち主だとは思えなかった。彼から感じる魔力も冒険者としては良くも悪くも普通レベル。取り立てて凄い魔力量でもないし彼から感じる雰囲気もとても武人のそれとはいえないものだった。
(本当にこの男がレイデン事件を解決できるのか?)
頭の中には疑問しか渦巻いていないのだがこれも任務の内だ、と自分に言い聞かせるヴィスだったが宿泊地である街道に設置されている砦に差し掛かったときにその認識を改める事になる。
ショウの仲間の一人であるジンが「砦に敵がいる」と言って来たのだ。何の冗談かと本気にしなかったのだが、ショウとジンはさっさと馬車から飛び降りて砦へと向かってしまう。護衛対象なのだから待ってもらおうかと声を掛けようとしたヴィスだが二人の見せた脚力に声を掛けるのも忘れてしまった。一歩踏み出すたびに爆音と土煙が舞い上がり二人の姿は一瞬の内に遥か彼方へと遠ざかっていた。
「く、なんて早さだ。速度を上げろ!あの二人に追いつくぞ!」
「「はっ!」」
部下たちの威勢のいい掛け声と共に馬に鞭を打ち二人が走っていった先へと急ぐ。しばらくすると目の前に小さな城ほどの大きさの砦が見えてきた。だがそれと同時にそこから黒煙が上がっているのも目に付いた。
「急げ!砦が敵に襲われている!部隊を半分に分けて私と共に来い!残りの半分は馬車の護衛を・・・」
「その必要は無いようですな」
馬車に乗っていた壮年の魔法使いの言葉に砦のほうを凝視する。そこに見えた光景はにわかには信じられないものだった。
砦の門の前に群がる黒い魔物の大群。肝が据わっている歴戦の勇者でさえ慄いてしまいそうな光景だった。だがそれに臆することなく平然と立ち向かう一人の黒いコートを着たショウ。彼の右手には大の男二人分はあろうかという長さの、美しい刀身を持つ武器が握られていた。その形状から東の方の国でよく使われるという刀、という武器に近いとヴィスは推測する。
ショウは刀を構えると素振りでもするかのように振った。瞬間、凄まじいまでの密度の魔力と力が黒い魔物たちに襲い掛かり、魔物を一瞬にして消し去る。後方から襲い掛かってきた者に気がついた魔物は向きを変えてショウに襲い掛かる。
だがショウは依然落ち着いたままで刀を一度納めるとなにやら叫ぶ。どうやら魔物たちの意識を自分に向けようとしているようだった。幾らショウが強いとはいえ、集団にたったひとりで向かい更に味方を助けるために一人でも敵の意識を引こうとする姿にヴィスは感嘆していた。
「ふむ。皆さん、注意してくださいね。気をしっかり持って」
「はい?」
突然壮年の男から発せられた言葉に戸惑う兵士一同だったが次に瞬間にその事を嫌でも理解する。
ショウの体からとてつもない『何か』が発せられた。時間にして一瞬。だがそれだけで先程のショウの行動に目を奪われ油断していた兵士たちの体の自由を奪う。まるで何かとてつもない力の持ち主に押さえつけられたかのように頭は重く足はガクガクと震えている。呼吸も荒く額には玉のような汗が噴出す。
(これは・・・なんだ?!何が起こっているんだ!?これが彼の持つ『力』だというのか?)
体の自由も利かずまともに思考が出来ていない状況でありながらもヴィスはこの事態を理解しようと懸命に頭を働かせていた。そして視線の先には自分たちを押さえつけている『力』を武器に纏わせて振るうショウの姿。
敵は叫び声をあげる事もなく一瞬で、最初から居なかったかのように蒸発した。
それと同時にヴィスたちを押さえつけていた『力』も急激に弱くなる。なんとか動かせる体の調子を確認する。
(あの文章に書いてあることは本当・・・いや、それ以上の『力』をショウは持っているという事か。もしあの力を私達に使われたら・・・どうする?)
彼女の頭の中では既にショウが敵になったときの想定がされていた。のだが、どう足掻いても、どんな作戦を取ろうと先程の『力』には勝てる気配がしない。あろうとすればかつて『最強』と謳われたムステイン主席程の人物位かも知れない、とここまで考えたところで馬車の中から金髪の好青年が話しかけてきた。
「大丈夫ですよ。ヴィスさん。彼は信用足りる人物だと断言します」
「な、何を?先程の力を見たでしょ?!どう見ても異常だとしか」
「確かに彼の持つ力は私たちの常識から見て異常かもしれません。しかし彼は私たちの誰より優しいのです」
「そうですな。ショウは自分の奴隷であるヤミナにも優しく、我々と同じように格差無く平等に接している。そんな彼が無闇に我々に武器を向けることはないと思えるのだが?」
『ショウはそんなことしない!!』
次々に出てくるショウの仲間達からの言葉にヴィスは更に混乱していた。これだけの力を持つならば大陸の一つや二つを支配する事もできそうなものなのだが、話を聞くにどうやらそういったことはしないに値するだけの何かがあるらしい。
「・・・分かりました。今は貴方達の言葉を信じることにします」
「そう言ってもらえると助かる。ショウは中に入って行った様だが追わなくてもいいのかね?」
魔法使いの言葉にヴィスは砦のほうへと意識を戻す。部隊の状態もかなり回復して来た様なので回りに警戒しながらヴィスは砦に向かうことにした。
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「ふぅ。まさか旅先でこれほど豪華な食事が取れるなんて・・・全く、あなたには驚かされるばかりだわ」
「・・・恐縮です?」
戦死者を弔った後、夕食を摂ろうと言う事になったので僕は〈無限収納〉から食べ物を出して振舞う事にした。ヴィスさんに凄く不審がられたので「こういった道具があるんです」と説明はしたんだけどかなりしどろもどろになっていたので上手く伝わったかどうか心配だ。でもヴィスさんはそれ以上の追及はしてこなかったので多分伝わったのだろう。
「しかしこれも『レイデン』の影響なのかしら。首都でも貴族達が妙な動きを見せているし」
「・・・それは怪しさを通り越して自分から宣伝してるようなものみたいなんですが」
「ふむ。だとしたらなかなか厄介な事になりそうではあるな。なに、ショウなら楽勝だろう」
「出来る事と出来ない事もあるんですよ?」
「なあに。いざとなったらわしが何とでもしてやる。大船にのった気持ちで居ればよい」
夕食を摂りながらパーティーの皆との何気ない会話を楽しむ。ヴィスさんも時々会話に参加して微笑みも浮かべる事もある。やっぱり女性は笑っていた方がいいと思う。かっこいい女性もいいんだけれども。
「初めに日程は二十日ほどと言っていましたがこの調子だともう少し早く到着できそうです」
「そうなんですか?」
「ええ。物資はショウさんがほとんど運んでくれますし。食べ物の心配も無いので予定よりはかなり早く進めれそうです」
これからの日程について聞くと凄く順調に行っているとのこと。僕のスキルも、能力も役に立ってくれているのならそれはすごく嬉しい事だ。この調子で『レイデン』事件も解決したいんだけれどもなにやら一癖二癖ありそうだ。というか絶対にある。
「『レイデン』についてはこちらでも調べてはいるのですが分かるのは使用者の力が増すという事、そして過剰に使用すると体が変化してしまうという事くらいです」
「それが一般市民に出回っているという事はないんですか?」
「今のところは確認できていません。貴族たちの間では噂にはなっているようなんですが」
ヴィスの話を聞くにどうやら『レイデン』は貴族たちを中心に出回っているようだけれどその出所や流通経路までははっきりしないという事だった。
「分からぬ事を議論するより取り敢えずは首都というところへ行った方が早いのではないのか?」
ジンの言葉に皆が頷く。確かに此処で考え事をしていてもちっとも進まないしまずは首都で情報を集めてみるのもいいのかもしれない。
「既に夜も更けています。今日のところは休んでおいた方がいいでしょうね」
「そうしましょうか」
「皆さんは休んでください。見張りは此処の兵士と協力して行いますので」
僕達も手伝おうか、と提案したけれど「訓練で慣れているので平気」という事で僕たちは休ませてもらう事になった。
コルキの町の宿屋と比べたら固い寝心地のベッドだったけれど、野宿するよりは遥かにマシだ。
僕の隣ではヤミナが僕の手を握って幸せそうな笑顔を浮かべながら眠っている。ジンはなぜか座禅を組んだまま目を閉じている。(龍はほとんど睡眠を必要としないらしい。便利だ)
僕も今のところ眠たくも無いのでぼけー、と壁の模様を眺めていた。
翌朝は砦の兵士達に感謝されながらの出発となった。僕としてはなんだか背中がかゆくなるのであまり大げさに感謝されるのもどうかと思うところもあるんだけれどヴィスさんから「素直に受けなさい」との言葉で日本の皇族のように品良く手を振って砦を後にした。
それから先は特にこれと言った出来事も無く、途中でいくつかの中継地点や小さな村を経由して(旅のついでに見回るとのことだった)コルキを出発してから約二週間。ついに僕達一行の前にこの国の首都であるデルニーが姿を見せた。
さぁさぁ、始まりました!第一回「教えて異世界」。講師は私神(作者)でございます。このコーナーでは異世界に関する疑問をかるーくゆるーく解決していきます。
「突然視界が変わったと思ったら、一体何の用なんですか?」
ようこそこの物語の主人公であるショウ・キリシマさん。今日はよろしく。
「こちらこそよろしく・・・ってそうじゃなくて!」
まずはこちらの質問から!ショウさん、読んでくださいな
「話を聞いてはくれないんですね・・・えーと、異世界では時間とかどうやって計るんですか?ですか。これはですね・・・」
異世界にもキチンとした時間の感覚はあるんですよ。ただし時計の役割をするのが魔法を使った道具でかなり高価なんですね。だからある一定の時間になると鐘をならす職業の人達が持つ位で、他の人はその鐘の音や太陽の位置で確認してます。
「あっ!僕が答えようと思ったのに!」
まぁまぁ、そんなに気を落とさず。次回ですよ、次回!
「うぅ・・・分かりましたよ。というか次回あるんですか?」
気が向いたら書きます。
「ふうん。僕としてはこんな事考えるより早く続きを・・・」
さ!いい時間になったので今日はこの位にしておきましょうか!また次回、お楽しみに!
「ちょっと?!・・・ま、いいか。こんな茶番ですがよろしくおねがいします」




