第一章 二十八話
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首都へと向かう馬車の旅はつつがなく順調に進んでいく。道中でゴブリンの団体と出会ってしまったけれど僕達が何かをするまでもなくヴィスの部隊が片を付けてしまった。スムーズにかつ大胆に馬を駆り首を一撃で刎ねてゆく姿をみて相当錬度が高い部隊だと感じる。
「よし、角は回収した後袋に詰めておけ。血が着いているところには土をかぶせておけ。念のために馬や防具に魔物の血がついてないか確認後出発だ」
「「はッ」」
戦後処理をしている部隊の姿をぼぅ、と見ているとヴィスが
「魔物との戦闘の後はこういうことをしないと血のにおいで魔物がよってきますからね」
補足をしてくれてた。僕としてもありがたい補足だったので「そうなんですか」とだけ伝える。すると更に不思議に思ったのかヴィスは質問してくる。
「あなたは冒険者をしているとのことでしたが、戦後の処理はしないのですか?」
「そうですね・・・地面についた血の処理はするにはするんですが、武器や防具の処理はしたことないですね」
僕とヤミナの防具は特別なのでちょっとやそっとじゃ破れないし、便利なことに血の匂いを消してくれるというありがたい機能(というか防具自体に備わった魔術的なにかだと思う)があるので返り血などの心配はしなくてもいい。そして武器も凄まじく切れ味がいいのでたとえ相手が油ギトギトの気持ちの悪い魔物でも刃には一切血や油が付くことなく切り裂けるし今はかなり武器の扱いにも長けてきたので返り血だとか刃こぼれだとかは考慮する必要がない。そう考えて僕は答えたのだけれどヴィスにとってはかなり予想外だったようで一瞬目を丸くして驚いていた。同時に僕もしまったと心の中で後悔した。余計な詮索をされなければいいのだけれど。この調子じゃ口を滑らせて異世界人です、なんていってしまいそうだ。
「どうみてもそんな使い手には見えないんですが」
「ふむ。ならば次に魔物が出てきた時はわしらに任せてもらおうか。なあに、ドラゴンの一匹や二匹容易いものよ」
「お前が言っていいのか・・・?」
「わしとあんな低俗な喧しいだけの連中を一緒にするな。龍とドラゴンはちがうのじゃ」
太極拳の演舞で使いそうな袖口を切り落とした服を着たジンが提案を行なう。ヴィスは僕達が本当にそんなに実力があるのか疑問に思っているようだけれどそれはもっともだと思う。普段僕は魔力なんかの力を体の内側に押し込めるようにして隠している。ので表面上では僕はせいぜいランクⅢ程度の冒険者と思われるくらいの魔力量がある。一概には魔力で実力は測れないということなんだけれど魔力は実力が顕著にでるので相手の力量を測るときの目安にされる。
その魔力と僕の言動が噛み合っていないのがヴィスには不思議でならないらしい。もしこれが任務でなかったら「力を見せてみろ」なんていわれるかもしれない。
「わかりました。ではもしも排除しなければならないものが現れた際はよろしくお願いしますよ」
「まかせろ」
僕でなくジンが自信満々といった様子で答える。普通僕だと思うんだけどな。でも僕も同じ事を言おうとしていたので首を振って肯定しておく。
ヴィスは早速小隊に先程の会話の事を伝えに一度馬車の外へと向かう。外の方では「えーっ」だとか「そんなばかな」みたいな言葉も聞こえる。あれ?もっとビシッと決まった部隊かと思ったんだけどそんなこともないんだな。
「この部隊は中央騎士団でも珍しく女性だけの部隊なんだそうです」
「私も聞いたことがある。ムステイン主席の案で女性でも軍で活躍できるところがあるのを証明するためにそういった部隊を作っただとか、夫人の警護のために作っただとか」
「男女の差別を無くそうと主席もいろいろと策を講じているようですね。・・・殆どは貴族との話し合いで実現はしていませんが」
ムステイン主席という人も英雄と言われながらも貴族との間ではなかなか苦労をしている人みたいだ。そういえばこの国の政治は議会制だったっけ?
「えっと、貴族ってたしか上位と下位に分かれてるんでしたっけ?」
「そうですね」
僕の言葉にルークは丁寧にジンにもヤミナにも分かるように説明してくれる。
「ジンさんは初めてこの国に来たと言うことですがこの国の政治は現在貴族制を執っていましてそれぞれ上位貴族、下位貴族、そしてムステイン主席の軍部があります。軍部といっても名前だけで戦争大好きだとかそういったことはありません。発言力としては上位貴族がもっとも強く次いで軍部、そして下位貴族が持っていますが現在政治を直接行なっているのは軍部なので力関係は拮抗していますね」
「ほう、下位貴族は発言力がないのか?それでは参加させる意味など無いのではないか?」
「いえ、下位貴族は発言力は他と比べて乏しいものの、上位貴族たちが財力で下位貴族を取り込んでしまうと国が混乱してしまいます。なので発言力を持たせる事によってそういったことを回避しているのです」
「でもそれだと力を持った下位貴族たちが手を取り合うなんてことはないんですか?」
「私としてはそれはそれでいいんだと思うんですがね。ただ貴族というものはどうしてもプライドが高くなってしまいますので手を組む等といった考えはなくせいぜい互いを蹴落とす事くらいでしょうか」
ルークの言葉にジンは「人の世もたいへんじゃのう」なんて言いながら横になる。そのまま一眠りする算段なのだろうが。さっきまでの威勢はどうしたのかと突っ込みたくもなるんだけど当分は敵も出て来る気配もないので僕は続けて質問をすることにした。
「あの、ヴィスさんは僕のことが首都では有名になっているって言ってましたよね?僕は首都に行った事なんて無いのにどうしてそんな話に?」
「ああ、その事か。簡単な事で伝令用の召喚術を使えばいいんだ」
「召喚術・・・ですか」
「そうだ。戦闘能力はないに等しいんだが速いし状況を詳しく今までにないくらい正確に教えることができる」
魔法が専門なのかそういったことは任せろ、といった具合にクレモンドが説明してくれる。そういえばヴィスのステータスに召喚ってあったきがする。でも僕にもヤミナにもないな。結構珍しい魔法なのか?そう思ってヤミナに見たことあるかどうか聞いてみるけれど首を横に振っていた。
「ヤミナの反応も当然だろうな。召喚術なんてここ数年はいらないものだと考えられていたんだからな」
「いらない魔法なんて、どうしてですか?」
「簡単さ。召喚術は一般的に儀式で呼び出すものより力が劣ってしまう。それにろくに戦闘もできない者ばかり呼び出すんで殆ど研究されなかったんだ。だが数年前、この召喚術にはとある特性があると発見された」
「特性・・・ですか?」
「そうだ。召喚術には術者の思考や見たものを触れた者にまるごとトレースできるのだ。これが発見されてからは召喚術は軍隊やギルドでも積極的に取り入れられるようになっていった」
ほう。召喚術にはそんなすばらしい能力があったのか。僕も機会があれば会得したいな。ヤミナも話を聞いてキラキラした瞳でクレモンドを見ている。
「召喚術はなかなか特殊でな。まだまだ研究段階の魔法だからそう簡単に教えてくれるかは分からんな」
「そうなんですか・・・」
話を聞いてしゅんとなるヤミナの髪をなでて慰めながらそう簡単には行くはず無いよなーっ、と現実の厳しさを改めて知らされる。研究段階の魔法なのだから余程位が高いか功績を残しておかないと教えてくれないのだろう。便利な魔法だと思ったんだけれどな。
※※※※※
「皆さん。もうそろそろ中継地点が見えてきます」
「そうですか」
その後暫く何もなく馬車を走らせているといつの間にか日も傾きかけてきた。慣れない馬車の旅で疲れたのかヤミナは随分前に僕の手を握ったまま眠っている。寝姿があまりにも可愛らしいためか彼女の寝姿は庇護欲を誘うのか馬車の中では彼女を起こさないように細心の注意を払って会話するのが暗黙の了解となっていた。
「馬車の旅も随分と窮屈じゃな。おまけに暇だ」
「平和だったらいいじゃないか。そんなに暇なら後で稽古ついでに模擬戦でもするかい?」
「おお、それはよい提案じゃ。お主ほどの男でないと戦い甲斐がないのう・・・しかしその前に一つ準備運動の時間かのう」
馬車の窓から顔を覗かせるジン。そして近くを馬に乗り並走していたヴィスに向かって進行方向の先に見える中継地点を指差して声を出した。
「どうやらわし達が今夜泊まる所には先客が居るようじゃ」
「?どういうことですか。だれでも泊まれる中継地点ですから旅商人や冒険者の一人や二人居てもおかしくないと思いますが」
「そんなやさしい者ではない。風に乗ってくる匂いと魔力の波からして魔物が中継地点とか言うところに群がっているようじゃ。出来るだけ急いだ方が良いかもしれんな。守る兵士が居るとはいえ数は少ないのだろう?」
「くっ!魔物は此度の作戦で一掃したはず・・・!」
ジンの言葉に初めは疑惑の表情を浮かべるヴィスだったけど次第に近づいてくる中継地点から黒い煙が上がっているのを見つけると表情は険しくなる。彼女の中では僕達を護衛する役割と目の前の危機を助けなければという二つの使命感が交わっているのだろうか。
そんな事を知ってかどうかは分からないけれどジンは中継地点のほうを指差して
「わしとショウがでる。お前達は周囲に気をつけて進んで来くるといい」
とだけ言い残して馬車から飛び降りて行った。僕としてはジンだけで十分だと思ったんだけれど名前を呼ばれた以上、それに先程ヴィスに次魔物がでたら任せろ、と大口を叩いていたので中に居たクレモンドとルークにヤミナを任せて刀片手に僕も馬車を飛び降りる。
「なにをしてるんですか!?危な」
「大丈夫ですよ。こう見えて頑丈なんですから。ヤミナのことは頼みましたよ?僕はジンを追います」
「ちょっと!まだ話が・・・」
ヴィスには悪いけどジンの速度に追いつくには無駄話はできない。騎士団の人が唖然とする中僕はジンを追って駆け出した。足が地面を蹴るたびに地面は抉られ爆音と土煙が立ち込める。一瞬で速度は風を追い抜き先を走っているジンへと肉薄してゆく。
「遅いぞ、ショウ。わしがゆっくり走っていたからいいものを」
「ごめん。ジンだけでもかまわないと思ったんだけど・・・そうもいかないよな」
「何を当たり前のことを。わしだけ頑張っても疲れるだけじゃ。ほれ、あの四角い塔の東側の門にむらがっとる魔物はお主にやる。わしは西側じゃ」
先程まで米粒ほどの大きさにしか見えていなかった中継地点は瞬く間に眼前に迫っている。前見たのとは形こそ円柱と四角で違えども基本的には魔物を撃退するための施設なのか外から見ると殺風景なつくりになっている。その塔の周りには小さな山が出来るほどの魔物の群れが群がっていた。塔の上のほうに取り付けられた窓からは冒険者風の男や甲冑に身を包んだ人が矢を魔物に放っているけれど、いかんせんこの魔物の多さだ。倒した後次から次へと魔物が沸いてくるようで苦戦していた。
ジンと分かれて現在魔物がもっとも集中して押し寄せている場所のひとつ、東の門へと向かう。腰に差してある刀を抜きすぐさま本来の姿である大人二人分はある刀身へと変化させる。刃に魔力を乗せて力任せに横なぎに振るう。魔力の量が規格外なのかそれとも刀自体が凄いのか黒い魔物の集団へと向けて振るった斬撃はその一撃で魔物を吹き飛ばし切り刻む。一撃でその数を半分ほどに減らさせた魔物の意識は目の前の門から僕の方へと向く。そうこなくちゃな。全力で魔力を込めて斬るとうっかり空間ごと切り裂いてしまい最悪目の前の中継地点ごと消しかねない。一旦魔物を門から離さないと。切っ先を魔物の集団の方へと向けて挑発をする。
「お前達の悪行もそこまでだ!観念するんだな!大人しくすれば命まではとらない。だがそれでも尚向かってくるならばお前達の命をもらう事になるぞ!」
渾身のカッコいい科白を無視して魔物たちは「うおぉー」や「あがぁー」みたいな良く分からない声をだしながら腕を振り上げたり各々もった武器を振りかざして僕の方へと向かってくる。
魔物は上位の、それこそ魔人だとか名前がついてる者を除いて知能がないらしいので敵と見なした者を集中的に狙う、と聞いたことがある。それが全身から強力な魔力を垂れ流しているものなら尚の事敵視してくるだろうと僕は予想していたけれどどうやら正解のようだ。悲しい事に挑発は聞かなかったみたいだけど。
体の中に眠る力のほんの一部を開放して魔物を威圧する。集団の中でも抵抗のない魔物達はそれだけでみるみる顔が恐怖に染まり進む速度が極端に遅くなる。後ろの方の魔物はそんな事を露とも知らず突っ込むので魔物同士の衝突事故が起こっている。
これを僕は好機と捉えて刀を一度鞘に収めて腰を落として足を引く。右手は柄に手をかけ、左手は力を入れすぎずに鞘を固定する。僕の中に眠る力で振るわれる刀の軌跡は音をゆうに追い抜いて空中に残像を残す。そこから放たれる斬撃は先程の魔力を乗せたものよりも強固な、質量を持った攻撃として魔物の軍団に激突、魔物たちは死んだ事をも意識することない知覚外の攻撃で一瞬にして蒸発した。
僕のいるところの丁度反対方向、西側の門のところにも黒い山が出来ていたけれど響いてくる地響きと魔物の悲鳴から察するに西の方も問題はなさそうだ。安心して僕は半壊している巨大な門へと近づく。門は一部が破壊されており中からは金属がぶつかるような音や悲鳴も聞こえてくる。どうやら中の魔物は目の前の人間を襲うことに夢中のようだ。外の魔物は倒したから全滅、なんていう心配は少なくなったけれどそれでも心配なので気は抜かず中の魔物を殲滅するために塔の中へと入る。塔の中ではあちらこちら事切れた兵士、体の半分を魔物に食われても尚牙をむき同士討ちとなった冒険者の亡骸が転がっていて今までの戦いの凄惨さを物語っていた。魔物は体の殆どが魔力で出来ているので血液や体液、そしてドロップアイテムである角や牙を残して消えるけれど人の場合はそうはいかない。
亡骸は弔ってやらないとアンデッド化してしまうので今すぐにでも天国へ旅立てれるようにキチンとした弔いをしてやりたいところだけれど、まだ残っている冒険者や兵士が戦ってるのでそちらに加勢するべきだろう。
ざっと見た限りでは魔物の数はおよそ百は居る。それに対して戦っている物の数はおよそ三十あまり。突然の襲撃と数の多さに兵士側には疲弊の色が伺える。
「待ってろ!今助太刀する!」
「おお、助かる!」
大きく踏み出して勢いのまま魔物の背後に肉薄する。そのまま腰に差した刀で一閃、最後尾に居た魔物三体が一瞬で存在ごと消え去る。続いて返す刀で更に三体を消す。スキルを使いたい所だったけれどどうにも敵と味方の距離が近すぎるため、うっかりすると味方までも巻き込みかねないので止めておいた。
僕の攻撃に気がついた魔物たちは振り向き爪を、牙をむいて向かってくるがその瞬間、横から凄まじい質量を持ち最早通り過ぎる武器となった風が魔物の分厚い皮や硬い牙をことごとく紙切れのように破壊する。
「遅れてしまったがぁ!わしも助太刀するぞ!こんな雑魚共一撃で蹴散らしてくれる!-蘭菊!-」
少し遅れて乗り込んできたジンがスキルを発動させる。蘭菊は格闘術の中でも比較的初歩的なスキルとされるものだけど、取得のし易さ、そしてその使い勝手から名のある武人も好んでつかうものが多い技だ。
そんな通常は目の前の魔物を倒すくらいしかないスキルなのだが今はジンが超高密度の魔力を込めて放った回し蹴りは有り得ないほどの飛距離を獲得し風を裂き、音を裂き一瞬にして残っていた魔物たちの首を、胴体を塵へと還す。しかし強力すぎるスキルの余波が兵士達の体をも切り裂きそうになったため、慌てて間に入り威力を相殺するように調整した正拳突きを放つ。ぶつかったスキルと僕の正拳突きとがぶつかり地響きが起こるけれど兵士達は怪我してないから大丈夫だろう。
「あっ!何しとるんじゃ!わしの完璧な攻撃を消すとはなにごとじゃ!」
「それはこっちの台詞だ!危うく兵士たちを巻き添えにしそうだったじゃないか!」
「何?!・・・そうか、それはすまんかった。わしもついはしゃぎ過ぎたようじゃ」
「分かればいいんだ。・・・兵士の皆さん大丈夫ですか?魔物は倒しましたので安心してください」
兵士たちの方を振り向いて笑顔で話す。兵士達は僕が思った通りに全員が目を丸くして一同が同じように口を空けて呆然としていた。それも分からない事じゃないな。なにせ今まで命がけで戦ってきた魔物がたった二人に一瞬で消滅させられたのだから
さて、ここからは前の世界で好んで読んでいた小説どおりに展開が進むのだろう。つまりは圧倒的力の差に恐怖を覚えられ避けられる。若しくはなんだか分からないけれど伝説のなんちゃらの再来だ~!と騒がれる事。
どちらも僕の望まない展開なのだけれどこの場合は仕方がない。それに自分の判断でしたのだから反省こそすれ後悔はしていないし。
「急いで馬を走らせてきて見れば・・・お前達が本当にやったのか?俄かには信じられないが」
「ふふん。言ったとおり約束は果たしたぞ。これでわしらが強いということが証明されたな」
全速力で馬車と馬を走らせてきたヴィスたちが砦に到着して開口一番に言った事は、この砦にいる殆どの人の内情を代弁しているものだと思う。僕だって多分そういうだろう。そんな事はつゆとも知らないジンはどうだ、といいながら胸を張ってふんぞり返っている。・・・隣にいつの間にかいるヤミナまでもえっへん、といった言葉が似合う格好で立っているのは何故か分からないけれど。二人とも兎に角嬉しそうだったのでそっとして置いておく。
「・・・言いたい事は山ほどあるが今は戦死者の弔いをせねばなるまいな。おい!兵士諸君。そんなところに突っ立っていないで私達を手伝いたまえ!」
「「「はっ、はい!!」」」




