第一章 三話 助けたのがお姫様かと思ったらイケメンでした
旅商人ルークを助けて僕は今近くの町へと向かっている。
彼から聞いた話によるとここは「リーン・クウェル」の中央に位置する国「ブレイズ共和国」の南の方らしい。そして今ルークが向かってるのは南の町「コルキ」と言うところらしい。
ふと道が整備されている事についてルークに聞いてみると、なんでもこの世界では町と町とがかなり離れているので街道を作り(作ってない国もあるそうだが)そこを騎士団やギルドの人間が定期的に巡回する事で安全を保っているとのこと。
長い道のりのために各街道には中継所が作られてそこで野営などをしながら次の町を目指すのが一般的だとルークは話してくれてた。
尚更ルークの護衛をつけない行動に疑問を覚えるけどわざわざ掘り返すのも悪いだろう。
因みに自分の事は「遠く東の国から来た旅人」と伝えておいた。よくあるテンプレがここで役に立つとは思わなかった。ルークが興味ありげに「どれくらい遠くですか?」と聞いてきたのでこれまたテンプレ通り「果てしも無いくらい遠いところ」と話しておいた。
これでなにか分らない事を聞いたとしてもしょうがない、の魔法の一言で片付けられるぜ。
それにしても冒険か!元の世界では何処へ行くのも車や公共交通で楽に行けたけど、自分の足で何も知らない場所へ行くなんてまさにファンタジーって感じでワクワクしてきた!・・・後ろには物言わぬルークの相棒ボーデが乗っているけど。
うん、そういうことは今は考えないことにしよう。
「ほら、もう直ぐ見えてきます。あの城壁で囲まれた町こそブレイズ共和国の最南端の町にして砦のコルキです」
「ほぉ。大きいですね」
一目見てその大きさに驚かされる。視界に納まる限り高く白い壁しか見えない。あの壁はビル五階分くらいあるんじゃないだろうか。そして白い壁に光が反射してさながら真珠のように見えてくる。
「どうです?驚きましたか?あの壁には「白碧石」と言うものを使ってるんですよ。白い石の中に少しだけ青が混じる事であのように光を受けて輝くものなんです。これをふんだんに使ってるのでコルキの町は別名〈白真珠の砦〉として呼ばれてるんですよ」
ふうむ。たしかに息を呑むほどの白さと輝きに目を奪われてしまうな。町に近づくにつれてルークと同じような旅商人や冒険者と思われる人たちが目に付くようになってきた。城門と思われる場所の前には人だかりが出来ている。結構込んでるみたいだけど列になって並ぶとかしないのか?でも門番の人は慣れてるみたいだ。やはり日本が特別なのかな?
「すみません。ショウさん、少し待っててくれますか?手続きをしてきますので」
「はい、構いません。僕も急いではいないので」
ルークは一礼して門番のほうへと駆けて行く。僕は荷馬車から一旦降りて周りを観察してみる。城壁の周りは手入れが行き届いているようで雑草はまったく見当たらない。また地面もかなり踏み固められているようで学校のグラウンドを思い出す。
やはりと言うか僕のような黒髪の人は珍しいようで手続きを待っている人達を見ても殆どいなかった。金とか紫、青に赤。果ては緑なんて人もいる。緑とかどこのレイヤーさんですか、って疑いたくなるけど、背中に背負っている大きな棍棒に今にも食って掛かってきそうな獰猛な視線を浴びるとそんな気持ちもどこか遠くへと追いやられてしまう。
僕はあわてて顔を反対方向へとぐるりと動かす。あんな視線の人とであっていい事が起こったことなんて無い。前の世界でもよく不良やそっちの道の人に絡まれて何度警察のご厄介になったことか。
あれか?不幸体質ってやつなのかな。
くだらない事を考えているとふと右手の方、入場待ちのかなり後方から人の波を掻き分けてというか、行列なんて無視して門に近づいてくる団体さんに目が止まる。先頭にいるのは如何にも金持ち、権力者ですよと周りにアピールするように宝石類を沢山つけた小太りのおっさん。その周りにはこれまた豪華な鎧、服で固めたお付たちがおっさんの機嫌を取るようにせわしなく動き回っていた。
「お待たせしました。ショウさん。・・・おや、あれはゴード公爵様ですね」
「ゴード公爵?」
「ゴード公爵はこの共和国の最高機関である貴族院の内の一人なんですよ。彼の持つ権力と金には多くの貴族が憧れます。・・・まあ、黒い噂もそれと同じくらいあるんですが」
ははぁ。所謂お代官様、って奴だな。権力振りかざして自分の都合のいいように暮らして。
む、なんだかそういう奴は無性に腹が立ってきた。
「あの人と事を構えるのはよした方がいいですよ。見てください、彼の近くにいる大男。傍目には護衛のように思えるんですが実は彼、大陸でも悪名高い殺人ギルド「貫かれた盾」のリーダーだとの噂があるんです。貫かれた盾は大陸内でも屈指の兵、キワモノが集まった危険な集団です。どんな標的をも殺すと言われています。かつて彼らに国王が殺されたという噂を聞いたことがあります。目を付けられると命が幾つあっても足りませんよ」
「そ、そうなんですか。確かにその噂が本当なら関わるのは勘弁願いたいですね」
しかし今思ったけど、ルークって実はかなり優秀なんじゃない?荷馬車に乗っているとき僕がこの世界の事や法律なんかについて聞くと直ぐに分かりやすく答えてくれるし、貴族やギルド、果ては他国の事情にも詳しいと来た。受付も他の団体さんがまだだと言うのにあっという間に、それに僕の分までの通行書も手に入れてくれたし。
第一印象の残念な商人とは思えなくなってきた。ますます相棒のボーデさんがどんな人だったのか気になってきた。
そういえば相棒はどうするんだろう。まさかそのまま町の中までってことは。
「そのことなら心配に及びません。彼の遺体はこの町の冒険者ギルドの方に依頼して故郷まで護送していただきます」
「ルークは一緒に行かないんですか?」
「私は商売を続けます。彼と誓い合った商人で成功すると言う夢を諦めたくありません。それが彼にとっても最大の供養になると信じて商売を続けます」
「・・・そうですね」
ルークは思ったよりも凄い人だった。なかなかあんな決断は出来ないと思う。少なくとも前の世界ではルークのような人は見なかった。やはり凄いぞ、ルーク。
「すみません。あまりこのような話はするべきではありませんね。何時までも後ろを見るな、とボーデに叱られそうです。さ、行きましょう。町を案内しましょう」
「よろしくお願いします。ルーク」
さすがは〈白真珠の砦〉。入った途端周りから光が降り注いでくる。というか眩しい。
壁なんて無い外より明るいって、これが白碧石の力か!と感心してるのもつかの間ルークは荷馬車を走らせる。
門を潜り抜けて荷馬車は東の方へと進む。暫くすると規則正しく縦に、横に整備された道が目に入る。その道の両端に数え切れないほどの露店が軒を連ねている。
露店の前では商人と買い物客が商品を巡って売り言葉に買い言葉で値段の交渉を行っていた。
更に東へと進むとそこには先程とは打って変わって様々な店舗が連なっていた。
武器屋に防具屋、鍛冶屋に道具屋とこの通りで全てそろってしまいそうだ。
「このコルキの町は元々は砦と兵士達の宿舎くらいしかなかったんですが帝国との戦争も終わり徐々に増築を繰り返していった結果、今のような町になったんですよ」
なるほど、道が京都のように碁盤の目状になっているのは砦の名残なのか。元々あった道の両側にどんどんと増築していったと。
「ここが中央通。人々の生活に必要な物資の殆どはここで購入できます。ここから更に東へと行くと居住区、その先に貴族区があります。逆の西側には歓楽区と貧民区があります。西の方は治安もよろしくなくあまりおススメしません。北側には行政区と各種ギルドがあります」
「各種ギルドって?」
「所謂組合みたいなものですよ。商人なら商人ギルド、鍛冶師なら鍛冶ギルドと言った具合に自分の職業に合わせたギルドに登録するんです。もちろん登録しない人もいるんですが、やはり登録していたほうが信用もありますし損は無いと思います」
ギルドか。僕も登録しておいたほうがよさそうだな。・・・やはり登録するとしたら冒険者か?はたしてそんなギルドはあるのか聞いたところ、
「もちろんありますよ。冒険者ギルドに登録しますと各ギルドからの依頼やモンスター討伐で稼ぐと言う事になります。しかし中には悪さや殺人を犯すものもいまして。そういう人たちはギルドから除名されて逮捕。奴隷行きとなります」
おっと。奴隷とは。前の世界では聞いたことも無い言葉だけに実感はあまりないんだけど僕は奴隷で無理やり働かされるのは嫌だな。
「よほどの事をしない限りは奴隷に落とされるなんてことはありませんよ。どうですか?宿屋についてひと段落したらギルドに行ってみますか?私もお供しますよ」
「いえ。そんな悪いですよ」
「これも報酬の一部だと思ってください。それに私はここを発つまでにまだ時間はありますし」
ルークの説明を聞きながら中央通を抜けて宿屋があるという居住区へと来た。
こちらも区画整理はされている様で規則正しく家が並んでいた。ルークと僕を乗せた荷馬車はその中の一つの三階建ての木造の家の前に止まる。玄関は馬車も通るのかかなり広めに作られている。ふと見上げると看板が付けられていた。
「宿屋〈小鳥の囁き〉です。商人の間でも評判はなかなかとのことです。値段も手ごろだと言う事なので旅にはうってつけなんですよ」
ルークの言葉を聞いて僕は気付く。神様、なんでこんなにも残酷な試練を用意したのですか。
僕は極めて自然に流れるような動作で両手を腰の位置に置き、座った姿勢ながらも隣にいるルークのほうを出来るだけ向いて腰の位置から頭を水平九十度に曲げる。そして渾身の一言。
「すみません。僕お金ないんです」
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