第一章 二十四話
白壁の町コルキから馬で北へ二日いった所にある村、ヨーク村。
この村の中央では二人の男が睨み合っている。
一人は金髪に銀色の甲冑に身を包みレイピアを装備した壮年の男ハンニベル。もう一人は長い髪を後ろに流している上半身裸の男ジン。互いに張り詰めている空気はまるで凍りついたかのように何も、誰も動かない。
緊張状態が永遠につづくかと思われた瞬間、ハンニベルが前に踏み出した。同時に腕を突き出してジンの喉元を狙う。
それをジンは体をすこし後ろに引く事で回避した、かのように見えた。
「む」
「刺突剣術-華幻!」
ハンニベルの突きがかわされる瞬間、僕の眼に映ったのはジンの後ろに出現したもう一人のハンニベル。剣先はしっかりとジンの後姿を捉えている。
繰り出される突きはたとえどんなに修行を積んだ熟練の戦士だったとしてもかわせるものじゃなかったはずだ。それだけ完璧な一撃だった。
だけどジンは後ろに引いたまま体を捻り、地を蹴る事でハンニベルの攻撃を回避し、逆に彼の後ろをとっていた。
「・・・まさか今のがかわされるとは、な」
「どうした人間?これが全力ではあるまい」
反撃するジンの手刀をかわしてゆくが速度に追いつけずに鎧に浅い傷がついてゆく。跳躍して離れようとしてもぴったりとくっついて手こずっているようだった。
『ハンニベルだいじょうぶなの?』
「うーん、判らない。あのジンって男はまだ全然力を出してないみたいだし・・・あっ、危ない!」
今ハンニベルの頬をかすったぞ。大丈夫なのかな?でも僕が出て行ってもなんだか二人の勝負に水を差す感じだし・・・
殺されそうになったら介入しよう。それまでは静観だ。ヤミナの方はいつでも準備万端とばかりに杖を構えているけれど。
徐々にジンの方が攻勢に出てきた。防戦一方のハンニベルの顔には疲労も見える。攻撃の手数も段々と落ちてきて今や受け流すだけで精一杯のようだった。
「はぁ・・・お前はまだ余裕そうだな」
「そういうお主はもう限界か?つまらんな」
「ッ!!言わせておけば・・・刺突剣術-華蓋」
「遅い」
逆手に持ったレイピアから繰り出される斬撃をいとも容易くいなしてジンはハンニベルの腹部に蹴りを叩き込んだ。先程までの攻撃と比べて随分ゆっくりした動きだったけれどもハンニベルはかわす事も受け流す事も出来ずに直に受け吹き飛んだ。あわてて駆けつけるとハンニベルは倒れたまま動かない。鎧も粉々に砕け散っているところを見ると肋骨や内臓にダメージがあるだろう。しかし彼が手加減したのか怪我はそれくらいだった。
「大丈夫ですか?!ヤミナ、回復魔法を」
『わかった』
僕の指示でヤミナは杖を構えて光属性の回復魔法を唱える。もともと魔法の素質があったお陰で今では殆どの魔法をヤミナは使えるので怪我しても腕の一本や二本はまったく問題ない。淡い光がハンニベルの体を包む。
「・・・すまないな、お前達の手を煩わさせるほどでもないと思ったのだが」
「大丈夫ですからあまりしゃべらないで。じっとしていて下さい。後は僕がやります」
「しかし・・・」
ハンニベルの言葉は聞かずに後方のジンの方を向く。かれは腕を組んでこちらを観察するようにじっと見ていた。
その目はどこまでも澄んでいてすべて見透かされるようだった。
「次は僕が相手をしよう」
「ふむ。おぬし達の文化、所謂あだ討ちと言うやつか?全く理解できないが」
「そんなんじゃないさ。あなたは悪い奴じゃなさそうだし」
僕の言葉にジンは腕を組んだまま空を見上げ大きく笑った。なにかおかしい事いったかな?
「はっはっはっ!!面白い奴よ!なぜわしがやさしいと?そこの男に手加減したのは偶然かもしれない。気まぐれかもしれない」
「気まぐれでもなんでもあなたは彼を労わったんだ。僕にはそれだけで十分だ」
「ふん。食えぬ男かと思ったが単なる馬鹿か」
「なんとでも。僕は利口で人をだますより馬鹿で騙される人生を送る、って決めてるんで」
腰にかけてある刀と、着ているコートをヤミナに渡す。上はTシャツ、下は黒のカーゴパンツとごついデザインのブーツ。何でコート脱ぐのかって?やはり青春を分かち合うと言ったら、殴り合い。それしかない!
「獲物はどうした?お主、わしを侮辱する気か?」
「まさか。あなたとはこうしないと分かり合えない気がしたんで。・・・あ、そうだ。僕が勝ったら僕の要望聞いてくれます?」
「いいだろう。勝てば、な。わしは負けるつもりはないぞ?」
ニヤリと笑うジン。僕の方も足に力を込めて思いっ切り地面を蹴る。爆音と共に前に一瞬でジンの眼前に迫り、拳を振りぬく。だがジンも反応が早く既に僕に向かって拳を突き出していた。互いの拳が交差し頬に突き刺さる。鋭い痛みが襲ってくるが歯を食いしばって耐える。すぐに体勢を立て直して今度は蹴りをジンの腹部目掛けて繰り出す。
ジンは手で受け止めようとするが僕の蹴りの方が早かった。受けられる前にけりが突き刺さる。
「ぐっ!人間にしてはなかなかやる」
「それほどでも?どう、降参する?」
「まだまだ!これほどの好敵手、未だ嘗て出会ったことは無い!存分に楽しもうではないか!」
言うなりジンの周りの空気が変わる。頬にちりちりと刺すような痛みが走る。この痛みは純粋な魔力によるものだ。彼から発せられる恐ろしいほどの密度の魔力が普段はありえないけれど質量を伴っているということだろう。
だけど僕もビビッてばかりじゃいられない。素早く〈鑑定〉を使用する。
名前 ジン・ハッサド(五万歳)
状態 健康
称号 神龍(全能力上昇〈極大〉・半神の力を得る)
装備 龍の鱗 龍の爪 龍の宝玉
スキル 格闘術Ⅴ 魔法Ⅴ(全属性) 魔法強化Ⅴ 詠唱省略Ⅴ 第六感Ⅳ 龍の息吹(全てを焼き尽くす炎)
心眼Ⅴ 縮地Ⅴ
固有スキル 半神(神の能力を一部得る) 龍の血(龍の力を解放する)
まじか。あの魔力と力は人間じゃないと思っていたけれどまさか龍とは。しかも称号が神龍って。龍の話はギルドでも聞いていたけれどそれが人の姿をして先頭大好きな生物とは全く聞いたこと無いぞ。もしかして神龍って言うのは龍とは違った種族なのか?ナゾは尽きないけれど目の前の男は相当強い、それだけは確かだ。
それよりも今ジンは固有スキル〈龍の血〉を使ったはずだ。そうなるとこの村もまずいな。この前みたいに僕とジンの衝突で村事自体が壊滅しかねない。なんとかしてこの村から離れないと。ハンニベルはみたところ命に別状は無いみたいだし。
「っと!一度離脱する!」
「!待ていッ」
〈縮地〉を使って村から一気に離れる。ちらりと後ろを振り返るとジンが追ってきているのが見えた。よし、このまま人気の無いところへ誘導する。かなり村から離れた事を確認してからジンの方へ向き直る。
「逃げても無駄な事よ。わしからは逃れなれないぞ?」
「別に逃げてなんて。ただあのままだと村に迷惑が掛かるからね」
「他者の心配より自分の心配をしたらどうだ?」
ジンが踏み込み肘を繰り出してきた。それを受け流して流れるような動きで手刀を叩き込む。攻撃が決まる瞬間にジンはそれを払いのけアッパーを食らわせようとする。
互いに譲らないまま何百、何千と攻撃を重ねた。攻撃を重ねるたびに自分の中に力が満ちてゆくのを感じる。スキル〈古今無双〉は相手が強ければ強いほど能力上昇にも補正が掛かるらしく今まではゴブリンやオークといった雑魚ばっかりだったのでこのスキルの効果の実感が沸かなかったけれどこの感触は久しぶりだ。
「まだまだ・・・行くぞっ!」
「ぬぅ・・・ッ!」
交戦を重ねる事で強化された僕の身体能力をフルに生かして、攻撃を叩き込む。僕のスピードに追いつけなくなってきたジンは防御で精一杯のようで次第に防御も追いつかなくなってくる。今がチャンスだ!
「食らえ!格闘術-桜花瓦解!」
「何の!煉獄の焔-フレアバーストッ!!」
ジンの口から魔法が放たれる。圧縮された炎は周りのものを全て燃やし尽くすほどの高熱と爆発を生じる。通常なら軍隊が壊滅させられるほどの範囲と威力を誇る戦略級の魔法だった。だけど今は相手が悪い。いくら高火力の魔法を使おうが所詮は膨大な魔力の塊。僕ならその魔力を打ち消せる位の魔力を拳に纏わせることは楽勝だ。
「し、信じられん!あれほどの魔法を単なる魔力で打ち消すとはっ!?」
炎の魔法を砕いて相手に高速の突きと蹴りのコンビネーションを食らわせる。桜花瓦解。相手の防御をことごとく崩す格闘術スキル。鎧とか着てないと意味無いんじゃないの?って習得したときは思ったけれどこれには相手を必要以上に痛めない峰打ちのような役割も果たすらしい。まともに食らったジンはうめき声を上げてその場に崩れ落ちる。だけどその目は最後まで僕を捉えて離さなかった。あれぞまさしく獲物を狙うハンターの目だ。まともに受ければ失神するだろう。あれ?なんで僕はまともに浴びてるのに失神してないんだろう。
「ふぅ・・・この勝負は僕の勝ちだね」
「・・・わしはお主を、人間を侮っていたようだな」
「そんなことは無いと思うけど」
たぶん僕が特別なだけなんです。でもアッシュならどうだろ?あの戦闘狂ならもしかしたらもしかするかもしれない。
でも彼も彼でかなりいかれてるからな。なんだか笑いながら三日三晩くらい戦いそうだ。そんな冗談の様な本当のような事を思いながら倒れてるジンのほうへと近づき回復魔法を掛ける。ジンは暴れるわけでもなく大人しく回復魔法を受けてくれていた。
「さて、僕が勝ったし、言う事聞いてくれる?」
「良かろう。弱者は勝者に従うのみだ。なんでも言うがよい。死ねと言われれば今すぐにでもこの首を切り落とそうではないか」
「いや、そんな物騒な事は頼まないよ」
どこの恐怖政治ですか、それは。少なくとも僕はそんな事は望んでないぞ。
僕は少なくとも彼は殺すような者ではないと思える。村を占領したりしてたけれどそれは彼が強い者と戦いたいという一心からでた行動であったと思うし、村人に手を出すなんてことしてたわけでもないし。龍はあまり他者との交流がないと聞くしその所為もあるのかもしれない。
「僕から言いたいのは一つだけ。僕と友達になろう」
「なにを・・・言っておる?気でも触れたか?おぬしの仲間やお主を殺そうとした者と友などと」
「気なんて触れちゃあいないよ。僕はただあなたがいい人、いやいい龍だと思ったから友達になりたいと思ってるんだよ」
「なっ!・・・おぬし、そのことを何処で?」
自分が龍だってことをばれたのにものすごく驚くジン。いや、普通あれだけの事をすれば誰だって人間じゃない事くらいはわかるよ。僕は〈鑑定〉使ったけれども。
「それは秘密。僕と友達になってくれたら教えてあげる。どうする?僕と友達になってくれる?」
「・・・わしはおぬしを油断させているだけかも知れんぞ?」
「言ったでしょ?僕は騙される馬鹿でいたいの。人を騙して、疑って・・・そんな人生はごめんだし。どうせなら信じて生きたいんだ。騙されるのは覚悟の上だし、そのときはしょうがない、って思うよ」
僕の言葉を聞いていたジンは黙ったままこちらを見ている。あれー?なんか変なこと言ったかな?前の世界では出来なかった生き方をしたいからそう言っているだけなのに。僕の思惑ではここでジンは大号泣、そして男同士の熱い握手が交わされるはずだったのに。
「ふっ・・・ふははははははは!!おもしろい!おぬし、気に入ったぞ!おぬし程の男は今まで生きてきて見た事がない!良かろう、その友達とやらになってやろうではないか!龍の血に誓ってな」
「本当?!」
「ああ、わしらは龍の誓いは決して破らない。それが誇りであり掟であるからな。今からわしとおぬしは永遠に続く友の縁で結ばれる!おぬしの名を心に刻もう」
ジンは立ち上がり僕の方に手を差し出してきた。おお、これは男の友情の証、握手ではないですか!?
「ああ!・・・僕はショウ・キリシマだ。よろしく」
「わしはジン・ハッサド。ショウ。しかとおぬしの名を心に刻んだぞ!」
こうして僕は新たな友達、神龍という類稀なる稀有な存在の友達を得たのだった。
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