第一章 二十三話
「ショウ。俺は北門で待っている。出発はこれからきっちり一時間後だ。遅れるなよ?」
「分かりました・・・ってなんなんですか、あなた」
「だから言っているだろう。俺の名前はハンニベル・エイジ。ここの騎士団の団長だ」
宿屋「小鳥の囁き」で呆気に取られている僕とヤミナをよそに騎士団団長のハンニベルは言いたいことだけ言ってその場を立ち去ろうとしていた。
「いやいや、名前は聞きましたけれどあなたと僕は何も関わりが無いはずですけれど」
「ん?ああ、お前には無くても俺には、正確には騎士団にだが関係はあるんだよ。ほれ?この前の巨人騒ぎで俺の部下が迷惑かけたみたいだしな、今回はそのお詫びも兼ねてるんだよ」
この前・・・?ああ、瓦礫を片付けていた騎士団員の一人に何やら分からないけれど突っかかれたって話か。正直僕はそこまで気にしていないんだけれども。
「はぁ・・・別にそこまで気にしていただくても」
「そんなんじゃ俺の方が申し訳なくなるんだよ。こういう好意は喜んで受け取るべきだぜ?それに、俺が居た方が何かと好都合だぜ?国直属の機関だからな」
「ならそちらで調査した方がいいんじゃないんですか?僕達冒険者とわざわざ並ばなくても」
思ったことを彼にぶつけてみる。騎士団だけでその男の調査を行なってもいいはずだ。別に冒険者の手を借りなくても。
「いやなに。あのクレイが随分とお前の事を言ってたもんだからな。俺も気になったのさ」
白い歯を見せてニカッ、と笑うハンニベルに返す言葉を失くした。一体どんな事を彼は吹き込んだんだ?
「あいつの話をそのまま信じるんなら、お前は一人で簡単にこの国を葬れる程の力を持て余している暇人と言う事になるな。はっはっは!」
『ショウってそんなにつよい?』
おい、ヤミナ。乗っかってくるなよ。なんだよ、君が一番近くで僕の強さを体感しているはずなのに。
「まあ、そりゃ?本気になればそのくらい・・・ってなに言わせてるんですか!」
「はっはっは!冗談だよ。それよりも遅れてくるなよ?・・・ヴァン。また今度酒でも飲もう」
「・・・よろしく、なのである」
手を振り店を出て行くハンニベルに一礼して送るギルドマスターのヴァン。そういえばさっきから口数が妙に少なかったな。なんでだ?
「実は・・・彼は元王室の近衛兵長だったのである。武人の間では有名なのである、〈風斬りの兵〉という二つ名で数々の武勇伝があるのである」
「・・・えぇー」
『すごくびっくりしました』
なんなんですか。マジで。なんだか僕の思い描いていた異世界でのんびり暮らすという思いから段々と遠ざかっていく気がする。こんな凄い人達と知り合いになったらのちのちめんどくさい事を押しかけられそうだ。もはやこれは確定事項なのかもしれないけれど。
「ま、何にせよ取り敢えずは依頼をこなしますよ。ヤミナ、準備してヨーク村へいこうか」
『わかりました』
ヴァンと分かれて市場へ向かう。調査と言う名目だが何があるかは分からない。もしかしたら本当はそのヨーク村を乗っ取ったやつは悪い奴かもしれない。準備は念入りにしておかなくては。
市場でロープや清潔な布、ランプに油、傷に付ける薬、そして非常食として沢山の食べ物を購入する。買ったものは全て僕の無限収納へと収める。控えめにみても一週間は持つ程の荷物を準備してコルキの町の北門へと向かう。
北門では既にハンニベルが待っていた。銀色の鎧が光を受けて光り輝いてる。腰のところには長さ一メートルほどの細長い剣が吊るしてある。あれは俗に言う「レイピア」ってやつか。ハンニベルはレイピア使いなのか。あのブロンドの髪といい特徴的な口ひげと言いまさにレイピア使いって感じがする・・・こともないかな?また足元には大きなリュックサックが置いてあった。もう既に準備は万端、と言う事か。
ふと気になったので彼を〈鑑定〉する。別にヴァンの事を信頼してないなんてことは無いんだけども!
名前 ハンニベル・エイジ(53)
状態 健康
称号 熟練の剣士(刺突剣術+Ⅰ体力・スタミナ減少〈中〉)
装備 騎士団長の鎧 シルバーレイピア 力のペンダント
スキル 刺突剣術Ⅳ 盾術Ⅳ 体術Ⅲ 胆力Ⅴ 身体能力強化Ⅲ 指揮Ⅴ 危険察知Ⅲ 気配Ⅲ 料理Ⅲ
固有スキル 誓いの盾(祈りを捧げる事で能力強化)
・・・うむ、確かにヴァンの言っていた事は本当のようだ。めっちゃ強いやんかー。僕の感覚ではスキルの数字がⅢから上はもはや達人の域かもしれない、と感じているからこの能力を見る限り相当強いな。さすが元近衛兵長。
これなら僕が出る幕も無く済むかもしれないな。説得しろ、とか言われても僕は絶対に無理だし。
「お、来たか。ここから北のヨーク村までは馬で二日ほどだ。今回は小隊ほどの規模だからもう少し早く一日半といった所か。ぬかりは無いか?」
「はい、ばっちりです」
『わたしはすべてショウにまかせてます』
ヤミナの書いた紙を見てハンニベルはにかっ、と歯を見せて笑う。その顔はどこか悪戯好きの少年のような笑顔みたいだった。・・・悪戯好きの少年の笑顔なんて見たこと無いけどたぶん彼のような顔なんだろう。
「よし、それでは出発しよう」
馬だって?やべえ、馬なんて乗ったこと無いぞ。歩くんじゃなかったのか。
どうやら馬に乗ったことがないのは僕だけではなくヤミナもそうだったみたいで、なかなか馬に乗れない僕達二人をみてハンニバルは苦笑いを浮かべていた。いや、だって依頼で遠く行った帰りとかヤミナを抱いて縮地で一瞬だったし(馬で三日の距離くらいは一瞬で跳べる)、馬を使うなんて思いつかなかったんだ。
ハンニベルに馬の乗り方を教えてもらいなんとか馬に乗る僕とヤミナ。因みにヤミナは僕の後ろに乗っていて僕の体に抱きついてる。彼女の体の柔らかい部分が当たっていて幸せなはずなんだけれども僕の気は馬の方に取られてしまっていた。残念だ。
ハンニベルと他愛の無い話をしながら進む。彼は結構おしゃべりでそれに面白い。僕の後ろで固まっていたヤミナもハンニベルの話を聞いて日が暮れる頃には笑顔が。
「もう少し進んだら中継所がある。今日はそこで休もう。馬をずっと走らすのも良くは無いしな」
「分かりました。食事は任せてください」
「・・・ほう?何かいいものをご馳走してくれるのか?」
「それはついてからのお楽しみですよ」
興味しんしんで尋ねるハンニベルと一緒に見えてきた中継所に入る。この世界では町と町がとてつもなく離れているので町と町の間にある騎士団が管理する中継所が旅人や商人にとっては重要となっている。
いっそ中継所にも町を作ればいいじゃんか、と思ったのだけれどどうしても魔物を寄せ付けなくするにはそれなりに大変らしくなかなか中継所を町として発展するのが難しいとのこと。
中継所は円柱型で中はなかなか広い。数人の騎士と簡単なキッチン、トイレが備えてあり誰でも自由に使うことが出来る。ベッドは無いものの、雨風を凌いでくれるので意外と快適に過ごせるらしい。新しい出会いや新鮮な体験に飢えている人はこうした中継所を巡る旅が人気とのこと。時々盗賊に出会う事もあるらしいので安全とは程遠いけど。
「結構広いんですね。この場所。もっと狭いかと」
「ここは旅人の休憩所と共に魔物の侵入を最低限に防ぐ防壁としての機能もあるからな。こうして頑丈なつくりにしてある。ところで、食事の準備をするんだろ?馬は俺が繋いでおこう」
ハンニベルが馬を繋いでいる間に広場の端のほうのテーブルへ行き食事の準備(といっても鞄から取り出すだけだけれども)をする。
ハンバーグのようなものから野菜の盛り合わせまで色とりどり揃えてみた。僕が鞄から出てくるのが珍しいのか中継所に来ていた他の商人や冒険者がいつの間にか集まっていた。そしてそのうちこの料理の出所を聞かれたり、挙句の果てには食わせてくれ、と頼まれたりした。もちろん、僕だって鬼じゃないから無料じゃないけれどそれでもかなりの破格の値段で分けることにした。ただより怖いものは無いって言うしね。
「おいおい、ショウ。こいつはどうなって・・・っておお!?すげえな、これは!」
ハンニベルは戻ってくるなり僕から美味しい食事をもらおうと並んでいる列を見てそんな声を上げて驚く。たぶん集まってきた人の中でもハンニベルほど驚いた人は居ないんじゃないだろうか、と思うほど驚いていた。オーバーリアクションだな。
結局食事が出来たのはハンニベルが戻ってきてから半時間ほど経ってからだった。しかし僕の無限収納鞄の中身が空になったわけではない。みんな十分に美味しく食べてくれている。
「しかし、お前がそんな便利な鞄を持っているとはな。旅では基本的に干し肉や乾燥させたものが多い。こういった食事が出来るのはとても精神的にも肉体的にも助かるな」
「そういっていただけると嬉しいですね」
食事後ハンニベルはかなり満足そうだった。普段遠征なんかするとこういった食事には絶対にありつけないらしくとても幸せそうだった。
「しかしお前はクレイの報告どおりの男だな」
「そうでしょうか?何か変なところでも?」
「いや、何。便利な道具を持って、凄い力がある。力のほうに関してはまだ確実に分かっていないが、普通はそういった特別なものがあれば威張ったりするもんだと思ってたんだが」
威張るって。僕はそんな柄でもないし何より変に威張ってる奴は嫌いだ。その事を伝えるとハンニベルはとても驚いていた。
「ほう。そんな考えを持っていたとは。だいたい英雄や権力者なんてものは力に溺れる者だと思っていたんだが」
「僕は英雄でも権力者でもありませんよ。ただの一般人です」
「そうかい。なら一般人のお前に俺がとてもおもしろい話を聞かせてやろう・・・」
その日は火を囲んで真夜中までハンニベルの武勇伝や仕えていた城での出来事なんかを聞かしてもらった。ハンニベルの話はとても面白く、ヤミナも本を読むのを忘れて聞き入ってしまうほどだった。
「早ければ今日の昼ごろにはヨーク村につくだろう。準備は怠るなよ」
「大丈夫です、抜かりはありません」
翌日、再び馬を使って北へと向かう。流石にコルキの町から一日以上晴れたところだと何もない。見渡す限りの広い土地に山。そういえば海をみていないな。
「海か。生憎とブレイズ共和国は大陸でも中に都市が作られている。海を見たいと言うならば馬で三十日ほど」
「三十?!じゃあ、海産物とかは?」
「海産物?心配しなくてもあちこちに湖がある。そこで貝や魚はとれるぞ。それに商人もそんな遠いところから仕入れてこようとはおもわんだろ」
たまげたなぁ。広いとは思ってたけどまさか海まで馬で三十日だなんて。魚とか心配したけれどハンニベルの口調では心配しなくてもいいらしい。あー、刺身食べたくなってきたな。
『うみ、いきたい』
「ん?そうか。今度一緒にいってもいいかもな」
後ろからそう書いた紙を差し出したヤミナの方を見て答える。彼女はもっといろいろ楽しい経験を積むべきだ。美味しいものやうれしいことを沢山経験させてあげたい。
「まずは依頼が先かな・・・」
「おい、あれだ。あれがヨーク村だ」
ヨーク村。人口は約五千人。獣人と人間の割合は半々でくらしている。広さは琵琶湖とほぼ同じくらいで農作物のヨーク米が村の特産。普段は穏やかな空気の村だが今はナゾの男の支配下に置かれているという。
「外から見たところそれほど荒らされてる、という風でもないが」
「でも用心に越した事はありませんね」
一度馬から下りて腰の刀に手をかける。修行は欠かさなかったから腕は上がってるはずだ。今なら町の人全員を一瞬で倒すことだって出来る。ハンニベルのほうもレイピアを抜いて戦闘に備える。
前衛にハンニベル、後方に僕とヤミナと言う形で村に入る。畑仕事に出かけているのか村の中に男の姿はあまり見受けられない。女性が洗濯物を干しながら僕達の方をものめずらしそうに見ていたくらいか。
そうこうしている内に村の中央の広場にでた。広場には人はおらず、変わりにその中央に男が一人胡坐をかいて瞑想していた。上半身は何も着ておらずボロボロになった麻のズボンをはいているだけだ。だがその体には無駄な筋肉は一切ついていない、むしろ芸術と言っていいほどのものだった。
「ようやく来たか。全く待ちくたびれたぞ」
「・・・待っていたのか?俺達を」
ハンニベルの問いかけに男はにやり、と笑って答える。
「然り。こうしておればお主らのような者が現れると聞いたものでな」
「目的はなんだ?金か?」
「金?・・・はっ、そんなものはいらぬ。わしはただ強いものと戦いたいだけじゃ。ただそれだけの為にここへ来たのじゃ」
男の目が僕達を捉える。その鋭い眼光に一瞬身体が強張るのを感じた。なんだか正面にするどい刃物を向けられたみたいだ。ヤミナなんて・・・なんで僕の後ろに隠れてるんですか?
「ほう・・・お主らは今までの者達より腕は立ちそうじゃな。どうだ?わしと戦わぬか」
「俺達が勝てば此処から立ち去るのか?」
「敗者は何も語らず去るのみよ。もっとも、わしは敗者になるつもりは無いがな」
男が立ち上がる。でかいな、二メートル近くはあるんじゃないんだろうか。そしてこの雰囲気。前に戦ったアッシュと同じ感じだ。かなりの強さがあるぞ。ハンニベルだけじゃ分が悪い。僕も手助けを・・・
「手出しはするな。これは決闘だ。騎士として、男として決闘に挑まなければならない」
「ほう、まだそのような精神の持ち主がいたとはな。感心するぞ、人間」
僕が出て行こうとするのをハンニベルは止めて、腰のレイピアを抜き上段に構える。
対する男も拳を前に、足を引いて構えを取る。
「・・・我が名はハンニベル・エイジ。コルキの町騎士団団長だ。お前の名は?」
「わしは・・・ジン。ジン・ハッサドとでも名乗っておこうか」
相手、ジンの名前を聞いて笑いを浮かべるハンニベル。構えは崩さないまま彼は
「ジン・・・人間を、なめるなよ」
「よかろう!その言葉、後悔するなよ!」
二つの影が激突した。
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