第一章 二十一話
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ここはとある山の奥地。切り立った崖とここに生息する野生動物はその凶暴性から人を寄せ付けない。
一流の冒険者でもこの場所の名前を聞いた時点で顔が青ざめ、足がすくむ。といわれている。
そんな山の中、一人の男が石の上に足を組んで-丁度胡坐をかくような体勢で目を閉じたままいる。年齢は二十代後半ごろに見える。髪は長く、後ろに流している。上半身には何も着ておらず、麻で出来たズボンを穿いているのみである。
すると何処からか巨大な三本の角を持った狼のような生き物が姿を現した。狼は男を見つけると低く身構えゆっくりと近づいてくる。ちらりと見える牙はどんな硬い鱗や装甲を持ったとしても無意味だと思うほど鋭い。しかし男は身構える事はせずに目を開き狼を見据える。その目は何処までも見通してしまいそうなほど青く澄んでいる。男の視線に狼は更に警戒する。
全身の毛が逆立ち、狼の持つ三本の角が男に狙いを定める。
「・・・無駄な事を。だがそれもお主の選択。ならば拙者も全力で相手をしよう」
男は立ち上がり足を前後に開き片手を前に、もう片手を腰の位置まで下げる。繰り出すのは一撃必殺の技。全身全霊をかけた技。狼の方も四肢に力を込め、跳躍する。
勝負は一瞬。一撃で決着した。
見事勝利した男は狼の体に突き刺した手刀を抜き、近くにあった巨大な穴に狼の亡骸を投げ入れる。
「やはりこの場所でも拙者より強いものとは出会えなかったか。・・・まだ見ぬ強敵はどこに・・・」
男が呟くと次の瞬間、あたりに風が吹き荒れた。同時に男の背中に巨大な翼が出現した。大きさは片方だけでも軽く成長したイチョウの木ほどある。翼には羽はついておらずそれ自体が刃物のような鋭さがある。男が翼を動かすと音と共に男の体が浮き上がる。
「次は人間の町にでも行ってみるか・・・先代も言っておったな。人間も侮れない、と」
翼をはためかせ、北へ向かう。目指す場所はこの山〈飢える連峰〉から北にある人間の集落。男は口元に僅かな笑みを浮かべて飛んでゆく・・・・・・。
「ううーっ。暑いー。くそー。なんでこんな暑いのに畑の作業なんて・・・」
季節は真夏。あの巨大な一つ目の魔物を倒してから三ヶ月が過ぎた。この三ヶ月の間僕は自分のスキルを磨いたり、時には新しいスキルを習得したり(クレモンド曰くそうほいほい新しいスキルは身につくものではないらしいが)、様々な依頼をこなしたりと大変だった。そのお陰かどうかは分からないけれどなんとかランクⅦの冒険者としてふさわしく振舞えるようになってきたのではないかと自負する部分もある。植物も色々見てどれが毒か分かるようになったし、魔物も様々な種類と戦った。かなりの強行軍で戦っていたのでヤミナに怒られた。反省はしている。普通は一月に一回の討伐以来をこなすのが普通なのだが僕は毎日五回も六回も討伐以来をこなしていたのだった。(最後の方は〈灰色の森〉まで出かけていた。たぶんヤミナはこれに懲りたのだろう)
時々ステータスは確認するんだけれどもなかなか豪華な事になっている。
名前 霧島翔(20)
状態 健康
称号 鞘月(剣術系スキル強化+Ⅰ)
装備 覇刀カラドボルグ 第Ⅷ師団特殊部隊〈ウロボロス〉装甲服一式
スキル 自動回復Ⅲ 状態異常無効Ⅳ 刀技能Ⅴ 抜刀術Ⅴ 剣術Ⅴ 斧術Ⅳ 槍術Ⅲ 投擲術Ⅳ 格闘術Ⅲ スタミナⅢ 集中Ⅴ 縮地Ⅴ 威圧Ⅳ 急所Ⅳ 農業Ⅱ 薬学Ⅱ
言語Ⅴ 無限収納Ⅱ 属性耐性Ⅱ 身体能力強化Ⅲ 鑑定Ⅴ 胆力Ⅴ 探知Ⅲ 隠密Ⅲ
魔法Ⅳ(火・水・風・地・光・闇・雷・無) 詠唱破棄Ⅲ 料理Ⅲ 洗濯Ⅲ 掃除Ⅰ
固有スキル リミッター(全能力半減)
古今無双(戦うたびに能力強化〈特大〉)
称号はいつの間にか手に入れていた「鞘月」に変更してある。これで剣術がもっと強くなった・・・気がする。
僕は敵の攻撃を殆ど受けないので耐性系のスキルはあまり上がってない。でもスキルはⅠでもあればもっていない人とはその能力が雲泥の差とも言うし、僕自身も困った事はないのでこれで構わないかな、と思っている。農業や薬学はギルドの仕事で身についたスキルでどの土がいいのか、や薬品の名前、調合手順がすぐに理解できたりして意外と役に立つ。
無限収納はⅡでもその収納能力は半端じゃない。とりあえず詰め込めるだけ詰め込んでるんだけれども日本四国ほどの要領を入れている気がする。それでも尚まだまだ余裕なのでこちらもやはり重宝している。
コルキの町で暮らしていていると季節も徐々に変わってくる。僕がここに来たのが日本で言うと晩春位だったみたいで、少したつと結構、いや、かなり暑くなって来た。はじめはああ、こんな季節もあるんだなぁ見たいな感じで楽しんでいたのだが今はかなりうっおとしい。なんでこんな暑いときに炎天下で作業しなくちゃならないんだ・・・ま、依頼を受けたの僕なんだけど。
因みにヤミナは宿屋「小鳥の囁き」で昼寝中だ。くそう。
僕の着ている服-第Ⅶ師団特殊部隊〈ウロボロス〉装甲服-には温度調整の機能も付いているのだが今は畑の作業中。つまりその長ったらしい中二的な名前のコートは脱いでいる。だから暑い。いくら僕が強くても暑いものは暑い。しょうがない。いかん、こんなに暑い暑い言ってるとどんどん暑くなってくる。だれかこの暑い暑い言ってしまう僕を助けてくれ・・・。
「お疲れさん。またお願いするよー」
「次は・・・涼しくなってから・・・お願いします」
「ははっ、考えておくよーっ」
終わった。
仕事が。
疲れた。
駄目だ、これ以上の感想がでない。体はまだまだ大丈夫なんだろうけど精神的にしんどかった。農作業がここまで疲れるとは・・・改めて農家の皆さんには感謝をしなくちゃ。
ってかあの人達と僕の仕事量明らかに違ってたよね。農家の人達は四・五人で大体一反くらいだったのに僕の任された場所は明らかにもっと広かった。百町歩(十反で一町歩らしい)くらいあった気がする。ま、やったけどね。
さて、仕事も終えたしひとつ風呂でも浴びて帰ろうかな。なんて考えていると近くの路地から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ?だれか猫を踏んだのか?」
ここはブレイズ共和国の南端、コルキの町。西の方はともかく東の方は治安もいいはずだ。そう思いながら路地裏を覗くとそこには如何にもチンピラ風の男に絡まれている小柄な猫耳の商人が!恐怖の所為か耳はぺたんと垂れている。
「おい、てめぇ。さっき言った事もう一回言ってみろよ」
「い・・・いえません・・・」
「なんだとぉ!?てめえが言えなくてもな、俺は覚えちまってるんだよ!」
「ひぃ!」
おっと。これは大変だ。今この状況でどちらに味方するといわれれば間違いなく小柄な猫耳の商人だろう。当たり前だろう。これはけっして邪な考えがどうとか、そういうのじゃなくて公平に判断した結果なのです。
「おっとそこまでにしてもらおうか!」
「あぁ?なんだてめえは」
「僕のことなんてどうでもいい。それよりもその子が困っているじゃないか。あまり怖がらせるのも良くないぜ」
突然の部外者の登場に一瞬困惑したチンピラだがすぐに持ち直したのかしきりに「んだとこらぁー」と叫んでいる。
話を聞いてくれる状態じゃないじゃないな。よし、手を刀に見立てて男に向かって数度素振りする。たかが素振りでも僕のは早すぎて音が追いついてこない。
「まぁまぁ、落ち着いたら?その格好で怒られてもどうかと・・・」
そんな状態なもんだから素振りで所謂カマイタチが発生する。カマイタチは男の着ていた服を切り裂き伸ばしていたちょび髭を綺麗にカット。ついでに頭もちょっと剃ってしまった。
「なん・・・だと・・・!?おい、てめえ、一体何をっ」
「別に?素振りしただけですけど?あ、もしかしてなにかありました?何もないですよね?たかが素振りですから。何も無いはずです」
男も僕の行なう素振り(かなり速度を遅くしている)をみて段々と現状を把握したのか「やべえよ・・・こいつマジやべえ」と呟きながらその場を去っていった。
「あ、ありがとうございます・・・お陰でたすかり、ました。」
「ん?いいよ。僕は何もしてないし。素振りしてただけだし」
「そ、それでも!助けてもらったのは本当、ですし・・・なにかお礼を」
「いやいや。お礼目的で助けたわけじゃないからね」
何度も頭を下げてお礼を言ってくる猫耳。顔は猫というより人間で身体中体毛で覆われている、何てことはなく白い肌にプラチナブロンドのさらさらとした髪、頭の上にちょこんとあるぴんとした猫耳が特徴的だ。背は低くもしかしたらヤミナより低いのかもしれない。なんだかコスプレした人を見てる気分だ。ちゃんと尻尾もあって左右に揺れている。垂れ目と小さな口が人によれば凄く保護欲をそそるものなのだろう。何時までも路地裏にいても仕方ないので大通りにでて改めて話を聞く。
「それよりも好奇心で尋ねるんだけど・・・こんなところで何してたの?危ないよ、あんな人達に絡まれると」
「そ、それは・・・あの、道を・・・聞いただけなんですけど」
「そうなんだ。でも聞く人も選ばないと」
「は、はい・・・なんだか弱そうだなあ、と」
おおう。結構大胆だな、この子。まあ、でもこの子然り獣人って言うのは基本的に身体能力が優れてるっていうし、この子から見たら僕なんかもひ弱く見えるんだろうか。
「・・・あなたも見た目は弱そうですよね」
「・・・くっ!」
なぜ人助けをして悲しくならないといけないのか。それは永遠の謎である。
「で、でも!予想以上に強かったですよ!感心しました!」
「だめだ・・・それ以上傷口を広げないでくれ・・・」
これ以上は僕のハーツがキングダムされてしまうので話題を変えることにした。ずばりこの子は何を売っているのか。背中に背負ったその巨大なリュックの中にはなにが入っているのか?
「えっと、これ・・・ですか?いろいろですね・・・銅像とか、人形とか・・・あ、あなたにどれでも一つさ、さしあげます!」
「いや、だからお礼はいいって・・・」
「そ、そう言わずに受け取ってください!」
本当にお礼なんていらないんだけどもこんな愛らしい子に頼まれたんじゃ・・・仕方ないね。
という事でざっと猫耳のショート(名前を聞いた)が広げた荷物をざっくり見る。たしかに銅像やわけの分からない彫像があるな。ん?これは・・・
「この首飾りって・・・」
「そ、それですか?たまたま盗賊の家にお邪魔したときにその・・・貰った物なんですけど」
さらっと今凄い事を口にしたね。この子。かなりアグレッシブだな。
それよりこの首飾りだ。銀色のチェーンに大きな水晶が通されている。水晶の色は透き通った深い青色で人を引き付ける。気になったのでとりあえず〈鑑定〉してみる。
名前 月の雫
状態 魔力枯渇
効果 持ち主にさまざまな効果をもたらす(幸運付与)
説明 どこかのえらい魔法使いが気まぐれに作った作品。けれど肝心の魔力を注ぐ事を忘れたので今はガラクタ
説明が酷いけど気にしない。幸運付与か。これがいいかもしれない。折角の好意だ、ありがたく受け取っておこう。
因みに〈鑑定〉もレベルが上がり更に詳細な情報が入手できるようになった。雑な説明も多いけど。
「じゃあ、この首飾りをもらおうかな」
「えっ?そんなのでいいん、ですか?なんならこの銅像でも・・・」
「い、いや。ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくよ」
だって銅像は名前が「首切りの像」だし彫像は「蛆虫」って名前だし・・・だれが作ったんだ、一体。
ひとまずショートに礼を言って首飾りをポケットに入れる。これは後でヤミナにあげよう。喜んでくれるだろうか。
ついでにショートは道に迷っているとのことだったので聞くと北区の商人ギルドに用があるらしいので道を教える。ま、よっぽどの方向音痴じゃない限り迷わないだろう。ほぼ一直線だし。
「気をつけてね。今度は聞く人を間違えるんじゃないよ?」
「は、はい!ありがとうございました!」
そうそう、一応言っておくとショートは男の子だ。とてもかわいらしい男の子だ。口がすこし悪いけど。




