第一章 二話 異世界と思ったら直ぐに戦闘でした
どこか遠くで鳥が囀っているのが聞こえる。空気の流れを身体で感じる。心地よい風が吹き抜けてゆく。こんなにも風を肌で感じたのは何時以来だろうか。
息をすると若草の香りが口や鼻いっぱいに広がる。自然がこんなにも素晴らしいものだったなんて。さすが神様・・・
「神様ぁぁ!?」
ガバッ!とその場で起き上がる。そうだ、確かバイトの帰りに突然神様の居るところへ移動して、なんやかんやあって異世界に来たんだった。
あの話は本当だったんだろうか、と半信半疑に思いながらもふと左の方に普段感じない違和感を感じた。そちらを見るとあの夢のような空間で見た白い柄の刀が刺さっていた。
「刀・・・確か〈覇刀カラドボルグ〉だったかな?」
神様とか言う存在から受け取った刀を見つめ漆黒の鞘からそれを引き抜く。刃は日の光を浴びて光っている。どこか高貴な雰囲気をも感じる刃に見とれそうになりながらも、ふと神様に言われたことを思い出す。
「確か・・・伸びろ、って念じるんだっけ?」
僕が刀を見ながらそう思った瞬間、先程まで刃渡り一メートルほどだった刃が伸びて優に大人二人分になった。
「なるほど、夢じゃあないんだな」
その長い刀を見てやはり先程の神様との話が現実のものだと認識する。
「ふむふむ。ここが異世界、確か〈リーン・クウェル〉だったかな。そしてここは何処なんだ?」
いかに僕がチート的な能力を持ったとしても、神様が太鼓判を押してくれたとしてもさすがに右も左も分からない新天地で餓死はごめんだ。
どこかに人が居ればいいんだけど。
「ま、ここに居てもなんだし動かない事には始まらないな」
もと居た世界の空気よりはるかに新鮮な空気をもう一度肺いっぱいにすって立ち上がる。
目指す方角はとりあえず東。いけば何かしらあるだろう。こういう旅も小さいときに一度憧れたものだ。それを存分に楽しめるのだから楽しむほか無いだろう。ふと神様からこの世界の基本情報を殆ど教えてもらってないな。普通、なんかしらの基本情報や地理なんかの情報を持つもんだと思ったんだけど・・・まあ、いいか。レベルⅠから魔王城突入とかいう無理ゲーにはならないだろうし。
あれから一時間はたっただろうか。いや、もっと時間は経過しているのかもしれない。歩けども歩けども代わらない草原の景色に若干飽き飽きしてきたところでもう一度自分のステータスを確認する事にした。
名前 霧島 翔(20)
状態 健康
称号 異世界からの旅人
装備 Tシャツ ジーンズ スニーカー 覇刀カラドボルグ
ちょっと待て。称号がおかしい。「異世界からの旅人」って。直球も直球、ド直球じゃないか。僕がこの世界の住人なら確実に疑うか避けるね。
何か称号を変えることが出来ないかとウインドウ内を見渡す。
すると左下のほうに「称号の変更」とあるじゃあないか。
しかし見てみると称号は「アルバイト」「最強の異世界人」「一般人」位しかない。ふざけるな。もっと「村人」とか無難なのはなかったのか?それとも用意して無かったとか。
仕方が無いので「称号変更」と念じて、この中で無難な「一般人」をつける。
そして右側に展開されてるウインドウにも目をやる。そこにはスキルと書かれて様々なスキルの名前がずらずらと並んでいた。スキル欄の上には「アクティブ」と書かれたスキルがあるも空欄だ。
「ふむふむ、つまり下の欄のスキルを選べばそれがアクティブ欄に移動するってことか」
スキルはそんなに数は多くなかったので全てアクティブに設定する。これからの旅で増やして行けと言う事なんだろうか。
スキルは自動回復、状態異常無効などの戦闘系スキル、言語や縮地といったスキルをアクティブ化する。
名前 霧島 翔(20)
状態 健康
称号 一般人
装備 Tシャツ ジーンズ スニーカー 覇刀カラドボルグ
スキル 自動回復 状態異常無効 刀技能 抜刀術 格闘術 集中 縮地
言語 無限収納 属性耐性 身体能力強化 鑑定 胆力
一通り付けては見たものの、流石にこれはやり過ぎたか。状態異常無効や集中、縮地は分かる。無限収納ってあれか?所謂ストレージってやつか。ま、普通はこういうのって見れないらしいからこのままでも問題ないかな?
「では早速使ってみるかな、スキルを」
頭の中で「縮地」と念じる。
瞬間。
先程まで見ていた景色と打って変わって明らかに馬車とかそういう大きいものが通れるような整備された道に出ていた。成る程。一瞬にして距離を詰める縮地法、これは便利だな。僕のは少々距離が長い気がするけど気のせいだろう。スキルを使う前の場所が水平線の彼方へと沈んでるけど気のせいだろう。スキルの説明もきちんと見ておくべきだった、と思いスキル〈縮地〉を〈鑑定〉してみる。
名前 縮地
効果 剣士が辿り着く究極の技の一つと言われるとかそうでないとか。目的地との距離を一瞬で詰める。間に障害物があってもそれを無視して詰める事が出来る。どうして無視できるのかは良く分からない。詰める距離は本人の強さに応じて変わる。基本的には五メートルほど。
似た技にワープがあるがそれとは違い魔力干渉を受けない。
うわ、出ましたわ。チートですわー。やばいですわー。
障害物無視での距離つめってワープですか?でもワープよりも便利なんだろう。説明を見る限り。それに距離が基本五メートルって。さっきの場所が水平線の彼方だから距離にして・・・しょっぱなからとんでもないチートをもらっちまった、いや。これが元から持っていた力の一端なのか。やべえな。
「さて、街道に出たところで町へと向かいたいんだけど・・・」
考えを一端置いておいて、どっちの方角が町に近いんだろう。とそんな事を考えていると南の方から叫び声が聞こえてきた。あわててそちらへと走り出す。スキルのお陰か、もともとの能力のお陰なのか、殆ど疲れを知らず、もとの世界で言えば軽く戦闘機を追い越すようなスピードがでる。
一歩一歩地面を踏みしめる度に後方では爆発が起こったかの様な轟音と土煙が巻き上がる。
地平線の彼方、姿が見えなかった悲鳴の姿のもとにに僅か体感十秒も至らずに到着する。今気付いたけど聴力とかも上がってるみたいだな。これはスキルのお陰かな?あとで色々と調べてみる必要がありそうだ。
前を見ると荷馬車が倒されており、その周りを小さな鬼が取り囲んでいた。鬼は兜を被っているものも居れば、腰巻一枚の者も居る。そしておのおのがそれぞれ棍棒や剣といった武器を携えていた。
ゲームでも馴染みの深いモンスター、ゴブリンだった。そのゴブリンが今荷馬車と一人の男を取り囲んでいた。男の周りでは一人の男が事切れた様子で横たわっていた。
初めて見る死体、モンスターに正直吃驚するも、今はそんな事をしている暇はない。
腰に掛けてある刀に手を伸ばす。大丈夫だ。落ち着いている。頭の中では奴らを倒す手順を思い浮かべる。初めての戦闘だがいきなり突入した事もあるのだろうか、震えて戦えない、とか言うのはない。
刀を抜き正面の二体を一刀両断。返す刀で左側に居た二体を切り伏せる。
斬った、という感覚は殆ど無い。さすが餞別にくれた武器だ。素人が振っても無問題だぜ。それに刃こぼれとか気にしなくて良さそうだし。
残りのゴブリンたちはこちらに気付いたようだ。
「よし!こっちだ!掛かって来い!」
精一杯声を張り上げて威嚇する。反応したゴブリンたちがこちらに武器を振り上げ向かってくる。
「スキル使ってみるか・・・〈斬光〉!」
腰に刀を構えて一気に振り抜く。早すぎる刀の軌跡は光となってその場に残る。
ゴブリンたちは叫びをあげる間もなく上と下で半分になり絶命する。
倒したゴブリン達は少しすると光を放ち消滅していく。後に残ったのは致死量と思われるほどの血液と角や使っていたであろう武器。
商人は今しがた起こったことに半ば呆然としていたが少しするとこちらに向かってきた。
「助けていただいてありがとうございます。私の名前はルークといいます」
「僕は霧島翔です。偶然通りかかったんですが」
「ショウさん、本当に助かりました。お礼をしたい所なんですが・・・なにせ荷馬車があの状態なんで」
「いえ、お礼なんて。当然のことをしたまでです」
人助けは大事、と実家のおじいちゃんも言ってた。気がする。
何にせよ彼--ルークさんだけでも助かってよかった。もう一人の方残念だけど。
「彼はボーデと言い、私と同じく旅商人だったんですが運悪く・・・」
「商人だと聞きましたが護衛の人はどうしたんですか?」
普通はモンスターがでるような街道を行くなら護衛の一人や二人はつけるのが当たり前じゃあないんだろうか。
「はい・・・ここは比較的安全で騎士団も定期的に巡回していると言う事でしたし、直ぐそこのコルキへと荷を届けるだけだったので・・・私が愚かでした。直ぐそこと言わず護衛を雇うべきでした」
費用節約しようとした訳ですな。よくある、よくある。元の世界でも時々ニュースになってたからね。利益だけを追い求めてちゃいけない、って訳だね。
「僕で良ければその町まで一緒に行きましょうか?またさっきみたいなモンスターに襲われてもいけませんし」
「本当ですか?ありがとうございます」
このまま彼を残してそのまま、って言うのも何だか引っかかるし。それに彼のような商人からは色々とこの世界の情報をもらえそうだしね。
ルークと一緒に戦闘後の片付けというか血の処理をして荷馬車を起こして再び町へと向かって進む。(ボーデさんの死体は故郷へと持って帰るそうだ)