第一章 十八話 追い詰めたと思ったらあっけなかったです。
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「おい!そっちが手薄になってる!」
「分かってる!でもこっちもかなりやばい状況だ!」
コルキの町の東門。ここにはさきほど攻め込んできた大量の黒い魔物を相手に町の騎士団が奮闘していた。
敵の魔物の攻撃を盾で凌ぎ、剣でいなして反撃する。昔から騎士団で培われてきた護る戦い。しかし目の前の敵にはなかなか通じない。まず数が違いすぎる。眼前に広がる敵の大群は軽く十万を超えようかという勢いだ。対するこちらの勢力はせいぜい百人ほど。門がある程度狭いとは言え、限りなく押し寄せてくる敵の大群に騎士団の面々も疲労が伺えて来た。
「くそっ!こいつら!」
剣を振るうも見た目に反してかなりの硬さを持つ魔物になかなか刃が通らない。逆に魔物の長い腕や牙を使った一撃は騎士団の盾を引き裂き、鎧を突き破ってくる。前線に出ていた騎士団も徐々に数を減らしていく。
「援護します!炎よ!ファイアアロー!」
「こちらへ!怪我を治します!」
「化け物どもめ!覚悟しろ!」
後方では冒険者ギルドの者たちが騎士団の隙を突いて進入してきた魔物の掃討を行なっているがあちらも苦戦している様子だ。大通りには何人もの冒険者が倒れている。
「まずいな・・・このままだと門が持たない。とてもまずいな」
騎士団とギルド両方に援護の身体強化魔法を施していたクレモンド・ネイビーは苦々しく呟く。
今の状況は芳しくない。この東門だけではなく西や北門が破られればこのまちが全滅するのもあとは時間の問題となる。
魔界の魔物は人々の命を糧として更に力をつけるだろう。そうなればこの国では、世界では対処できなくなる。世界はあっという間に魔物に飲み込まれ闇に閉ざされてしまう。魔界の恐ろしさを身をもって知っているクレモンドは杖を握る手に力を込める。
「・・・もう、あのような悲劇を起こしてはいけないっ!」
放つ魔法は黒い魔物を焼き払い、消してゆく。その姿に冒険者、騎士団も励まされる。
「まだだッ!まだ負けたわけじゃない!この門を守りきるぞ!」
「魔物ごときに冒険者が遅れを取るわけにはいかんのである!力を合わせるのである!」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
ギルドマスターの力強い激励がその場に居た全員を奮い立たせる。押され気味だった前線も徐々に立て直していく。
黒い魔物たちも騎士団や冒険者が放つ気迫に魔物が逆に押され始める。怪我をしていた騎士団も怪我をかばいながらもたちあがり攻撃に参加する。だがその後方にいた魔法使いや支援部隊は見てしまった。見えてしまった。
騎士団が必死になって押し返している黒い軍勢のその先を。
そこには人間など束になっても敵いそうに無いほど太く巨大な体が黒い塊出現した。黒い感情のみが渦巻く漆黒の目が人間を見下ろしていた。
「あ・・・あれは・・・」
「まさか・・・〈巨人〉?!なんでそんな奴がっ!」
〈巨人〉。魔物のなかでも巨大な体と力を有するサイクロプスやオーガ。それらの上位種は冒険者や騎士団に〈巨人〉と呼ばれている。
巨人はサイクロプスやオーガとは違い知性が発達しておりなかには魔法を使うものも居ると言われている。そのため討伐にも苦労する魔物の一種である。
過去に出現した記録では町が一つ壊滅させられたという記録も残っている。
普通なら姿を見せないはずの凶暴な種がどうしてこの場に現れたのか。クレモンドは東の空を苦々しく見上げる。
「闇の召喚術か・・・術者は〈力〉を欲したのだろう。だとすれば術者は・・・」
闇の召喚術は魔界の魔物や強力な魔物を召喚するという強力な術であるという反面、その代償も決して軽くはない。半端な覚悟と知識で使えばその身を滅ぼす事となってしまう。魔物の統率が取れていないこと、呼び出している魔物の種類もバラバラなところを見ると、今回の闇の召喚術の術者も素人で術も不完全なものに違いないとクレモンドは予測する。
「っと。今はそれより目の前の〈巨人〉を如何にかしないとな・・・出来ればいいのだが」
「どうされた?魔法使い殿。そのような顔をしていては力を十分に出せないのである」
「ははっ。これは面目ない。少し考え事をしていたもので」
近くに来ていたギルドマスターヴァン・フォルトがクレモンドに尋ねる。例え戦場だとしても二人は歴戦の戦士。考え事一つで行動に支障は出ることはない。群れる魔物を蹴散らしながら二人は会話を続ける。
「ギルドマスター殿。この状況をどう見ますか?」
「・・・言いにくいが非常に危うい状況なのである」
「・・・・・・」
「今の騎士団にもギルドにもあの町を破壊するような〈巨人〉に対抗する術を持っていないのである。私が行けば多少時間は稼げるが」
「それは駄目です。むざむざ死にに行くようなまねはしてはいけません」
水龍の刻印が押された斧を握りなおすヴァンにクレモンドは言葉を放つ。今の状態で大事なのは指揮系統だ。彼が〈巨人〉と戦えば多少は時間は稼げるかもしれないがそれでは根本的な解決にはなっていない。コルキの町が堕ちる時間が多少ずれるだけだ。
「仕方ありません。私も一緒に行きましょう」
「・・・むざむざ死にに行くのは駄目なのではないのか?」
「誰も死にに行くとは言ってませんよ。一人よりも二人。時間は稼ぎやすくなるはずです」
ヴァンの言葉に口角を持ち上げて答えるクレモンド。クレモンドの顔を見てヴァンもにぃっ、とシニカルな笑いを浮かべる。
「老骨の墓としてはこの上ない場所なのであるなッ」
「ふふ。老骨とは情けない。せめてベテランと言って祭って欲しい所です」
二人が互いに武器を握りなおしたそのとき、東の〈灰色の森〉から激しい光が降り注いだ。光は黒い魔物たちに突き刺さる。魔物は断末魔を残して一片の欠片無く消滅してゆく。城壁の前に立ち塞がっていた〈巨人〉もその出来事に後ろを振り返る。
その場に居たもの全員があっけに取られていた。一体なにが起こったのか判らないまま、黒い敵の軍勢が次々と消されてゆくのを見ているだけだった。
「何が・・・一体何が起こってるんだ?!」
「判らない!だが少なくとも敵の攻撃ではないようだが・・・」
「と、兎に角守りの体勢を崩すな!何時敵が襲ってくるかも判らない!」
突然の出来事に混乱しながらも騎士団員クレイ・イングレッドは周りの騎士団員やギルドの冒険者に対して注意を促す。敵が突然消えていったのは喜ばしい事だがそれ以上に危険何かが待っているかもしれないとクレイは考えていた。
周りの騎士達も武器を握りなおして敵の強襲に備え始めていた。
時間は少し戻り、黒い塊が出現する直前の〈灰色の森〉の洋館。その最上階の小さな部屋で闇の召喚術は完成されようとしていた。部屋の中には黒いローブを着た人物が五人。それと向かい合うようにして刀を構えたショウと杖を携えたヤミナがにらみ合っていた。部屋の中央には台座が置かれており、その上には赤や青に光を放つ拳ほどの大きさの宝石が幾つも置かれていた。黒いローブの人物のうちの一人は先程からぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。
不味い。何が不味いってこの状況は明らかにとんでもないものを呼び出す儀式そのものじゃあないか。目の前の黒いローブ達を御用にしたいところだけどもまずはこの術をとめない事には始まらないな。
「この術を止めようとするならばそれは無駄な事だ」
「!!」
こいつ、僕の思考を読んでいたのか・・・いや、普通に考えれば術を止めようとするのが当たり前なのか。しかしそういわれると余計に術を止めたくなるのが人間って者なんですがねぇ。刀を握りなおして一歩近づく。因みに、刀は狭い場所じゃ元の長さだと邪魔になるので短くなってもらっている。
「馬鹿めが!この召喚術は他の術とは違い発動した時点で完成されているのだ!貴様ごときがどうあがこうとも!けっっっしてこの術は敗れまい!ハッハッハッハ!」
「丁寧な説明ありがと。だけど何事もやってみなくちゃ分からないぜ?」
刀を振りかざす。この一撃で僕は台座ごと斬るつもりだった。だったということはそれは実行されなかったわけで。
実際は刀を振り下ろす瞬間に嫌な気配がして僕は刀を仕舞って後ろへと飛び退いた。今思えばこれは第六感が告げてくれたのかも。もしくは神様のお告げとか。
ともかく、飛び退いた瞬間その場に突如として漆黒の塊が浮かんできた。大きさは人の頭ほど。だけどそれを見ると、とてつもなく嫌な気分がする。
「おお・・・!ついに成功したぞ!我らが祈願のッ・・・!」
リーダー格らしき人物はそれから先がいえなかった。黒い塊から出現した黒い帯がローブをすっかり包み込み黒い塊の中に引きずり込んでしまったからだ。
「なっ!なにが起こったんだ?」
「スキーヴァは?!何処に行ったんだ?」
後ろに控えていた別のローブ達から疑問の声が上がる。スキーヴァって言うのはさっき飲み込まれてしまった男の名前に違いない。男の消息が気になるけど謎の黒い塊がある以上迂闊には近づけないな。
油断無く構えていると突如黒い塊から声が聞こえてきた。
「我ヲ呼ンダノハ貴様ラカ。何トモヒ弱ナ存在ヨ」
「しゃ、喋った?!」
「我ヲ誰トオモッテイル。我ハ魔界ノ住人ニシテ力ノ権化デアルゾ」
ううむ。何とも聞き取りづらい声だな。しかしローブ達と黒い塊の話はもう少し続きそうだ。なにかヒントでも得られるかもしれないし一応聞いておくか。
「ま、魔界の住人だろうと我々は正当な儀式に基づいて契約をしたんだ。大人しく我々に従って・・・」
「黙レ」
黒い塊が放った冷たいツララのような言葉にローブたちは沈黙してしまった。僕の方は何時、何がきても言いように刀を構えて待機しておく。ヤミナのほうは黒い塊の声が堪えるのか顔をしかめていた。ので僕の方へとヤミナを抱き寄せておいた。うん。これで完璧だな。
「貴様タチノヨウナ小物ニハモハヤ用ハナイ。大人シク我ノ力トナルガヨイ」
「ひっ!ひいいいぃぃぃ!!なんだ?!手がっ!」
「ぐあぁぁぁぁ!!足が!足が千切れる!」
「離せっ!この・・・ぎいああぁぁぁぁ!!」
黒い塊が一瞬光ったかと思うと次の瞬間大量の黒い帯が伸びてローブたちの手や足に巻きついた。ローブ達も抵抗しているようだけど襲い掛かる黒い帯は尚も強く巻きつくようで手や足を締め上げて千切って行った。ローブだけじゃなくこちらにも狙いが向いて来たので急いでヤミナを抱えたまま外へ向かって脱出する。
スキル〈縮地〉を使い黒い帯から遠ざかろうとするが帯の奴もしつこく追ってきた。
「残念だけど!鬼に捕まるわけにはいけないな!」
刀の長さを元に戻して近づいてきた黒い帯を片っ端から切り落とす。スキル〈縮地〉を使ってとりあえず館の外まで避難する。どうやら今はまだ黒の帯は館の外までは追ってこないようだ。ヤミナを地面に下ろしてから館の方を見てみる。館は既に黒い炎に包まれたみたいにあちらこちらから黒い帯が飛び出していた。僕はもう一度中に戻るつもりだ。誰かまだ生き残っているのかもしれない。たとえ悪党でも助けれるのならば助けるのが道理だと僕は考えた。
「 !」
「い、いや・・・別に死ぬつもりはないよ」
ヤミナは館に向かおうとする僕を止める様に後ろから抱き着いてきて離れない。困ったな。ヤミナを放って置くわけにも行かないし、館の方も気にはなるし。
「分かった。じゃあ、一緒に行こうか。その方がいいだろ?僕がヤミナを守るから、さ」
「 」
長い沈黙の後、僕の身体に巻きついてるヤミナの腕の力が弱まっていくのを感じた。後ろを向いてヤミナの手をとる。
「手を離さないようにね。大丈夫だとは思うんだけど」
スキル〈縮地〉を使い再び館に接近する。僕の存在を感知したのか館から生えていた黒い帯が再び僕に向かってくる。
「 !!」
前方、上空から近づいてくる黒い帯をヤミナの持っている杖の先から出た炎が焼き尽くす。肉が焦げたような嫌な匂いが鼻をつく。だけど今はそんな事に構っていられない。一階の窓らしきところから館内部に入る。館の中には異様な光景が広がっていた。
壁という壁が、床という床がこの世のものとは思えないほど赤黒く染め上げられていた。染まった床や壁からは黒い魔物と思えるものの頭や手が浮き上がっている。中には声にならない声を上げているものまでいる。
「まるで地獄か何かだな、これは。生き残っている人は・・・」
そのとき、奥のほうから小さな叫び声が聞こえてきた。急いで奥の扉をくぐる。中はどれも赤黒く染まっていたけど、客室だったと思われるような調度品や大きなベッドがあった形跡があった。その部屋の隅に一人のローブ姿の人物を見つけた。
「た、助けてくれぇぇ・・・俺はただ・・・ああ、死にたくねぇぇ・・・」
「おい!早くこっちに!」
ローブの人物に向かって叫ぶけれど何も聞いていない様子でぶつぶつとなにやら唱えている。仕方なく近づこうとしたそのとき、
「ホウ、此処ニイタノカ。人間ニシテハ隠レルノガウマイナ。ダガ、ソレモモウオ仕舞ダ。大人シク命ヲササゲヨ」
「い、嫌だっ!まだ死にたくねぇ!!」
床が漆黒に染まり徐々にローブの人物に近づく。僕は〈縮地〉を使い、壁を伝ってローブの所へ行くと担いで部屋を脱出する。顔を見たけれど男だった。恐怖のあまりに顔が歪んでしまっている。男はそれほど重たくなかったのでヤミナとともに急いで館を出る。見るに生き残ったのはこの男だけらしい。今はとてもじゃないけれど話を出来る状態じゃなさそうなので男はヤミナに任せておく。
館の方を向くと既にその姿は無く、代わりに黒い大きな塊が浮かんでいた。何と塊には巨大な目玉がついておりそれがこちらを睨んでいた。
「人間ゴトキガ・・・我ノ邪魔ヲスルノカ」
「生憎と同じ人間を放っては置けないんでね」
目玉に対して話してるけどこれってかなり凄い絵じゃないのかな?ま、いまはそんなこと言ってる場合じゃないって声が凄く聞こえてくる気がするけど。
刀を構えて巨大目玉と対峙する。後ろには、引けないな。大人しく引き下がってもらうしかないな。
「クカカ。生意気ニモ我ニハムカオウトスルカ。面白イ」
不気味な笑い声が響くと同時に、黒い塊から巨大な身体が出現した。




