第一章 十七話 謎を解いたと思ったら謎が簡単すぎました。
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灰色の森の中にたたずんていた古びた館。そのなかで僕は様々な鬼畜トラップに遭いながらも(前話参照だぜ)なんとかこの館のものと思われる鍵束を手に入れることに成功した。・・・手に入れたのはヤミナなんだけどッ。
「さて・・・どうしたものなのか」
僕の手にはそれぞれ〈手〉〈篇〉〈露〉〈辺〉と刻印が刻まれた鍵がある。これらは順番に対応する扉に差し込まないと開かない仕組みらしい。たぶんこの四つを使ったとき二階中央にある扉が開くんだろうとは思う。
「いつもなら手前から、なんだけどなぁ。〈露〉の鍵は開かないし・・・やっぱり奥の扉か?」
ヤミナに聞いてみても「私は判らないから従う」といった顔で見つめ返される。仕方ない。僕のやり方とは違うけれどここは奥の扉から開けていったほうがいいのかもしれない。
何となく右側の奥の部屋を選択する。手にした鍵束から〈手〉と刻印が入った鍵を取り、差し込む。鍵は何の抵抗も無くあいた。中をのぞくとそこは様々な宝箱が置かれた宝物庫のようだった。中を一通り見てみるけど、あるのは金や銀で装飾された剣や大小さまざまな宝石、それに大量の金貨くらいしかなかった。
「うーん。はずれか」
剣は持ってるし、宝石は特に使い道はない。鑑定でチェックしても特に有用な効果はなかったし。金貨も今はお金に困っていないから必要ない。
「罠だから触れないほうがいいよ」
大きな緑色の宝石に触れようとしたヤミナに声を掛ける。ヤミナはびくっ、と身体を震わせて後ろに飛び退いた。僕の顔を見ると顔を赤くして申し訳なさそうにしている。やっぱり女性って言うのはああいうキラキラしたものに目が無いのだろうか。 僕にはさっぱり分からないんだけど。
続けて〈辺〉〈篇〉〈露〉の順番で鍵を開けてゆく。それぞれの部屋は何だか趣向が凝らされていて案外楽しめた。ギロチンの部屋とか常に紙吹雪が待っている部屋とか。
四つの部屋を開けると正面の扉のほうでかちりと音がした。鍵を一旦仕舞って扉を見に行く。
正面の扉の鍵穴、その上に四つの鍵穴が新たに出現していた。ここまでくれば後は簡単だ。順番に鍵を差していけばいいんだろう。簡単だ。
「〈手〉〈辺〉〈篇〉〈露〉っと・・・ん?待てよ、これって・・・」
頭の隅で警鐘が鳴り響く。これ以上この鍵に関して考えをめぐらせてはいけないと。今すぐそのくだらない考えを放棄するべきだと。だがしかし、そんな警鐘を無視して僕は言葉を発せずにはいられなかった。
「なんで鍵が〈てへぺろ〉なんじゃー!!」
怒りに任せて目の前の扉を蹴破る。扉は思ったよりも硬くはなく、蹴る瞬間にパキン、となにか音がした位で特にどうという事はなかった。蹴破られた扉は吹き飛んで壁に突き刺さっていた。
僕はイラついていた。なんでこの古びた洋館の謎の鍵の暗号が〈てへぺろ〉なのかと。しかも若干伝わりにくい当て字で。世界観が違いすぎる。煮え湯を飲まされたとはまさにこのことッ!
扉を蹴破ったので部屋に仕掛けられていたトラップが発動したようだけれど刀をふるって沈黙させる。
「・・・はぁ。楽しみが半減したな。しかたない。地下を探そう」
こういうところは大抵地下室があるのが常識といえる。怪しげな地下室の扉を開けるとそこには大量の拷問兵器、または金銀財宝が・・・なんて胸高鳴る展開が待っているに違いない。この扉でガッカリさせられた分地下にはひそかな期待を持っている。
ヤミナと共に再び一階へ。試しにヤミナに魔力の流れを探ってもらうと一階の右側の奥からなにやら強い魔力の流れが感じられるとのこと。こいつはビンゴだ。案内してもらって怪しさ大爆発のこれ見よがしに置かれた甲冑をのけるとその先に扉が見えた。
扉を開けて地下へと続く階段を進む。中からはひんやりとした空気が流れ出してきた。階段には埃が積もっておらず人が出入りしていた事を示していた。しかしなんでこんな場所に人が出入りするんだ?
さらに奥に進む。暗さは増す一方で既に視界は手を伸ばしたくらいしかない。ヤミナに照明の魔法を使ってもらおうかと思ったけど誰かいたとしたら真っ先にヤミナが狙われるので止めた。
どれほど進んだのだろうか。しばらくすると目の前に突然扉が現れた。豪華なつくりではないものの見るからに頑丈そうだ。ドアノブや鍵穴が一切存在しない扉だった。なにやら魔法的な要素が感じられたので。
「ドラァ!」
こちらも一撃、蹴破った。二階の扉とは違ってこちらはかなり強力な結界でも施していたのだろうか、少し硬かったけど問題なく片付いた。
「なっ・・・!」
扉の奥にいたのは五人のフードを被った人達。部屋の中央には台座が設置してありその上には大きな宝石が幾つも置いてあった。あれはたぶん盗まれた魔石だろう。もしくはここを根城にしている盗賊団のものとか。いや、ないない。フードを被った盗賊団とか聞いたことが無いし。言っちゃ悪いけど金持ちそうにも見えない。となると。
「さあ、観念してもらおうか!」
手前のフードに向かってそれっぽい事を言ってみた。違うなら違うでそれを手に入れた経緯を聞けばいい。正規の手段で手に入れたのならば別にこんな辺鄙な場所で保管しようが問題ないんだし。
「ついにここまでたどり着いたか・・・だがもう遅い!我らの術は既に完成しているッ!」
「もはや我らを止めることは出来ぬ!」
「い、一体何をしたんだッ!?」
いきなりラスボス級の台詞をはきやがった。これは聞かざるを得ない!
「ふん・・・凡愚といえどここまで辿り着いた。ならば見せてやろう!我らの召喚術をっ!」
奥にいたフードはそう言い放つと片手を宙に向かって振り上げて叫んだ。
「出でよ!魔界の者よ!契約に従い我らの目的を果たさんっ!」
「まさか、それは・・・!!」
灰色の森から東、コルキの町を守る騎士団の一員、クレイ・イングレッドはその日非番であるものの町を守る要の白碧石を用いた城壁の上へと来ていた。ここならよほどのことが無い限り人が来ない。のんびりと過ごすにはもってこいの場所なのである。
日ごろの激務から開放されたクレイは城壁の上に寝転がりゆっくりと流れる雲を目で追っていた。
「領主もあれだけど住民も住民だよな・・・俺らは便利屋じゃないっての。なんで町を守る騎士団が溝の掃除をしたり店番したりしなきゃならないんだよ」
日ごろの激務といっても魔物を討伐したりといった事は殆ど無い。なにせこの町には冒険者が沢山集まってきており町の周辺の魔物は彼らによって討伐される。なので他の町と比べて巡回に行く回数は比較的少ない。お陰で仕事は少ないかと思ったのだが住民からの苦情や要望に応える日々が続きそちらの方が忙しくなっている。
「ま、今日は非番だそんな事考えないでのんびり過ごそう」
クレイは自分に言い聞かせるように声を出して再び空を見上げた。空は何処までも澄み渡っていてゆったりと雲が流れている。
「よ、クレイ。今日もここに来たのか?飽きないな、まったく」
「うるさい。俺の勝手だろ。ライン」
クレイと同じように城壁に上ってきたのは同僚のライン。二人とも騎士団という仕事に夢を持ち騎士団に入ったのだが現実は雑用と苦情処理。いい加減にして欲しいと思うところであった。ラインは今日は警備のはずなのだが魔物はこのあたりには滅多に出てこないので暇をもてあましていたところだった。
「まあまあ。これでもどうだ?ミルの肉だぜ?」
「たまにはいいものを持ってくるじゃないか。十八番のクァールの髭の炒め物じゃないんだな」
「馬鹿言え。あれは時々食うから旨いんだよ。いつも食ってたら腹壊すぜ」
「違いない。それより警備はいいのかよ?」
「俺がいてもいなくてもかわらねえよ。町は平和そのものだ」
町は平和そのもの。多少文句もあるがこのまま平和な毎日が続くものと思っていた。この時までは。
「おい、あれを見てみろ、ライン」
「ん?おもしろい形の雲でも見つかったか」
「そうじゃない。東だ」
食事を終えた後二人は横になって雲を眺めていたがクレイはふと東の方へと目をやった。その先には東に広がる巨大な森、灰色の森の上空に出現していた黒い塊だった。
初めは何かの見間違いかと思ったのだが良く見ると黒い塊は徐々に広がり瞬く間に空を覆いつくさんとするほどに巨大に膨れていった。
「なんなんだ、あれは!?」
「良く分からんが・・・見る限りいいものじゃないのは確かだな」
「何にせよ一旦詰め所に戻った方が良さそうだ」
「だな。騎士団には伝えておいた方がいいだろう」
ただ事では無いと悟った二人は城壁を降り、中央区にある騎士団詰め所に向かう。ここでは常時十名ほどの騎士団の団員が有事の際の為に待機しているはずだが今は市民の苦情処理の為に殆どが出払っていた。
「ん?どうしたライン。それにクレイも一緒じゃないか、今日は非番じゃなかったのか」
「そんな事はどうでもいいんだ。それよりも東の空に異変が起こっている。早急に対策が必要だ」
クレイは詰め所にいた団員の一人に向かって怒鳴る。何かは分からないがすぐにでも行動を開始しないと大変な事になる気がした。
怒鳴られた団員は何が何だか分からないという風な表情をしながらも通信用の魔道器にむかって集合の声を発する。
「どういうことだ?東の空に異変って」
詰め所の一人が聞いてきたのでクレイとラインは今しがた見たことを話した。黒い塊が大きくなっていき東の灰色の森を覆うほどになったと。
「にわかには信じられないが・・・お前達二人が言うんだ。ふざけてるとも思えないしな」
「それにそんな話をはいそうですか、で済ますわけにもいかねえ」
奥に居たもう一人の騎士団の団員も剣を携えてクレイの方へと近づいてくる。
「そうと決まれば行動を起こさないとな。クレイ。お前は商店街の方へと向かえ。ラインは団員を集めて中央門の防衛をするんだ。何が起こるか分からない、気を抜くなよ」
話をしているうちに近くで住民の依頼を片付けていた団員が続々と戻ってきた。ラインは引き続き残りの団員に事態の説明をし、クレイは北の冒険者ギルドへ向けて走っていく。団員達も各々の役割を果たすため町へと散らばってゆく。
「ッ!これは・・・」
「どうかしましたか?クレモンドさん」
東区にある魔法道具店「コッパー&コフィン」の店主クレモンド・ネイビーは店内にいながらも探索形の魔法を使い、いち早く東の灰色の森の異変を感じ取っていた。
「なにやら灰色の森の方で魔力が急激に集まっているようだ。しかしこれは・・・」
「灰色の森というとショウさんたちが調査に出かけたところですよね」
「ああ。だがこの魔力はショウやヤミナではなさそうだ。もっと邪なものの魔力のようだ」
眉をひそめるクレモンド。自分が最近魔法を教えているヤミナという少女の魔力は澄んだ水のように透き通っている。彼女の主人のショウはどこまでも広がる海を感じさせる魔力を持っている。だが今感じている魔力はどうだ。何処までも濁りきっていてそれでいてねっとりした気分の悪い魔力だ。そのことをショウの友人にして優秀な商人のルークに話すと、彼は少し考え
「私達も避難をした方がいいでしょうか。その邪なものはこちらを狙ってくる可能性がないとは言い切れないのでしょう?」
「ふむ・・・そうだな。私の予想の中で最悪な場合はそうなるだろうがな」
顎に手を当てて考え、話すクレモンド。魔力を沢山使うのは大規模な戦術魔法や闇の魔法に認定されている召喚魔法。このような術を行使するには沢山の力のある魔法使いが魔力の流れや魔力の量を調整して初めて効果を正しく発揮させる事が出来るものだ。素人が迂闊に手を出せば身を滅ぼしかねない危険な魔法だ。だが稀にいるのだ。興味本位で闇の魔法に手を出してしまう魔法使いや魔法の素人が。
「しかし事態は一刻を争うかもしれません。起こり得る最悪の場合を想定しておいた方がいいかもしれません」
「・・・そうだな。起こり得る最悪の場合、か。もし私の考えが当たっていれば・・・」
過去に起こった惨劇が彼の頭の中をよぎる。かつて彼の住んでいた町を飲み込んだ闇の魔法。こことは違う世界、血と瘴気が満ちる世界、〈魔界〉から悪魔を呼び出す禁断の魔法を。
「私は騎士団の詰め所に行こう。事に当たる人間は一人でも多い方がいい」
「では私は同じ商人の仲間に声を掛けましょう」
クレモンドとルークは互いに避難場所、ルートを確認した後一度分かれてルークは同じ商人仲間に避難警告を伝えに。クレモンドは町を守る騎士団に今起こっている現象を伝えに行った。
「・・・くそッ!なんでだ!なんで誰も俺たちの話を聞かないんだ!危険がすぐそこまで迫っているのに」
「人は自分の目で確かめないと信じられないものなんだよ。俺だって実際にあの塊を見なきゃお前の事を笑い飛ばしていたかも知れん」
「・・・そうだな。俺達の言葉だけ押し付けてもいけないな」
クレイは商店街に居た団員と共に商人や買い物客に東に出た黒い塊の事を話して回った。だが結果は彼らが予想したものとはまったく逆の結果となってしまった。買い物に忙しい客、値引き交渉に忙しい商人は彼らの話をろくに聞きもせずに時には怒鳴ったりした。クレイはそんな商人達の姿を見て落胆したが同じ団員の声で気持ちを取り直していった。
俺達が守るんだ。たとえどんなに冷たく扱われようとも自分達はこの国を守る、この国の人を守る騎士団なのだから。
「もし、よろしいですか」
「どうした?何か困った事でも・・・」
背後から声をかけられ、クレイは後ろを振り向き答える。その視線の先に居たのは灰色のローブに身を包んだ背の高い魔法使いだった。クレイたち騎士団はコルキの住民や冒険者から声をかけられることはあるものの魔法使いから声をかけられることは滅多にない。彼らは魔法があるしなにより育ちのいい者や権力のあるものが殆どだ。わざわざ庶民を守る騎士団に話をすることなんて無かった。
だが目の前の、身なりのいい、明らかに裕福な魔法使いが騎士団に話しかけている。その事にクレイは困惑しながらも魔法使いの話を聞くことにした。
「・・・なるほど。あなたもあの東の森の異変を追っているんですか」
「ああ。しかしこの突拍子も無い話を信じるので?」
「実は自分もつい先程その異変を目にしましたので・・・」
魔法使いの疑問にクレイは先程見た黒い塊の事を伝える。自分達はあまり魔法のことは詳しくない。都の守護騎士団ともなれば魔法が使えるものも居るのだろうが生憎と首都から遠く離れ、ゴード公爵のようなものが好き勝手にするこの町では魔法が使える騎士団員などいない。
目の前の魔法使いならば何か分かるのだろうかと期待混じりに見ていると魔法使いはなにやら頭を抱えて悩んでいる様子だった。
「あの・・・なにか分かったのですか?」
「う、うむ・・・嫌というほどな。ここで話すよりもそちらの詰め所で話したほうがいいだろう」
詰め所には東区と西区へ出かけていた騎士団員も戻ってきていた。クレイは事情を話し中央のテーブルへと魔法使いを案内する。周りには騎士団員が集まっている。
「まず初めに。われわれに残された時間はそう多くはありません」
「・・・事態はそこまで悪化しているのですか」
魔法使いの言葉にその場に居た全員が唾を飲み込んだ。魔法使いは一度見渡して再び口を開く。
「私の魔法であの黒い塊のことを探ろうとしましたが情報が全くつかめません。おそらくかなり高位の魔界のモノが召喚されようとされています。もし召喚されてしまえばこの町は一晩と経たない内に更地にされてしまいます」
「・・・くそっ!こんなときもっと騎士団が居れば・・・」
「居ない者を嘆いても仕方ない。われわれが何とかしないといけない」
クレイの発した言葉に顔を伏せていた騎士団ははっと顔を上げる。
「みんな、俺達の誓いの言葉を忘れたのか?」
「「「我らたとえ最後の一兵になろうとも、盾として敵の前に立ち塞がる」」」
騎士団学校時代に頭から離れられなくなるほど言ってきた誓いの言葉をそれぞれ口にする。言葉にするだけで不思議と力が漲ってくるのが分かった。
「・・・皆さん、敵が来ます」
「よし・・・剣を取れ!盾を構えろ!我らは人々を、町を国を守る騎士団だ!」
「おおおぉぉぉ!!」
騎士団の雄たけびと共に東の門から魔物が流れ込む。東のそらの黒い塊がこちらを見たような気配にクレイはその瞬間襲われた。




