第一章 十六話 さまよう事になるかと思ったら敵の本拠地(予定)を発見しました。
鋼鉄の帝王とは会いたいです。でも会うだけでいいかな。
視界が黒から灰色に変わる。ここは・・・そう、確かヤミナと一緒に灰色の森に調査に来て、昨日は結構魔物とも戦ったしな。疲れて眠ったのか。しかし眠った場所はたしか固い木の枝だったはず。それなのになんでこんなにも柔らかな感触が頭の後ろを支配しているのだろう。それになんだかいい匂いがする。ううむ、いまいち視界がはっきりしてこないな。周りの景色が灰色だからかぼやっ、としてしまう。
よーく目を凝らして・・・おや、視界の端が白くなってきた。このままゆっくりと目を慣らしていって・・・いや、待てよ。よく考えるんだ。確かどこかでこの展開を見たきがする。そう、前に見たアニメでたしか今の僕と同じ心境になっていた主人公が居たな。その後主人公の目に飛び込んできたものはたしか・・・
「まさか・・・ってうおぉぉぉっ!」
咄嗟に〈縮地〉を使用してその場から離れる。着地した場所から改めて先程までいたところを見ると。白いローブに着替えたヤミナが顔を真っ赤にして普段座るような格好(正座)ではなく、足を前に出すような格好で座っていた。つま先の方へ目を向けると太すぎず、細すぎない足先が目に映る。これが黄金比という奴か。とても柔らかそうじゃないか。反対側のヤミナの身体の方へと視線を移すとそこにはローブから出ている健康的な太もも。あそこに僕の頭が乗っかっていたのか。しかしそれより大事なのはあのローブからちらりと見える太ももだ。ローブの下にはズボンを穿いている事を知っているが・・・絶対領域というやつの破壊力は絶大だな。
生唾ゴクリものの、素晴らしいイベントを僕はついに体験してしまったというわけだな。
素晴らしすぎる体験の所為か若干僕の思考が変態っぽくなってしまっている。いや、男なら誰しもは一度は抱く幻想-膝枕という奴を体験してしまったのだ。あまりの衝撃で脳がショートを起こしているのかもしれない。となると、僕が取るべき行動は唯一つ。
「・・・すいませんでした!!」
いくらパーティーの仲間とは言え、いや。パーティーの仲間だからこそこういうお下品な発想をしてはいけない。と随分前に誰かに習った気がする。はて、誰だったかな?ゲーセンの格ゲーに正拳突きを食らわせて画面ごとノックアウトしたあの人だったかな?それともシューティングゲームに本物の拳銃を出してきて出禁くらったあの人だったか?
まあ、誰かは忘れてしまったがその言葉は今も僕の心の中で輝いている。はず。
ともかく僕が彼女に対して変態紳士のような発想をしてしまった罪は償わなければ。ヤミナの方はいきなり僕が謝りはじめたのできょとんとしていたけれど。
そんなこんなで何とか事態を収めた(?)僕は無限収納から朝食のカリッと焼いたパンと顔ほどもある大きさの目玉焼きを取り出してヤミナにも渡して食べる。
うん、パンはほんのりと甘みがある。外の耳の部分は硬いけれど中はふわっと、口に入れただけで溶けてしまいそうになるほど柔らかい。その上に乗せた目玉焼きも半熟で殆ど調味料は使っていないのに卵本来の濃い旨みが口の中一杯に広がる。素晴らしいハーモニーだ。僕はどちらかというと半熟より完熟の方が好きなんだけどこの卵焼きは半熟でもとても美味しい。ヒーローだ。
ヤミナも口いっぱいに頬張ってパンを食べている。ヤミナにはいつも注意しているのだがこの癖だけはなかなか治らない。かわいらしい少女がご飯を口いっぱいに詰め込んで食べているのは流石に・・・いや、これはこれで可愛い・・・いかん、いかん!ここできちんと正しておかねば。彼女のためだ。
「ヤミナ。なんども言ってるんだけど、その詰め込む癖は止めた方がいいと思うよ」
「 」
「いや、口いっぱいで何いってるかわからないよ」
「 !!」
「そりゃ確かにこの目玉焼きは美味しい・・・ってそうじゃなくて。聞いてくれてる?」
「 」
「・・・駄目だ。その朝食は没収だ。・・・な、泣いたっていかないぞ!これは主人としての命令だ!」
既に涙を溜めているヤミナには申し訳ないがこれも彼女のため。定めなのだ。
しかし僕がヤミナの視線に耐えられるわけもなく、彼女に謝りながら朝食を改めて出すのは僅か三十秒ほど後のことである。
「よし、ヤミナ。今日はちょっと東の方へ行ってみようか」
「 」
「わ、分かってるって。今日の晩御飯は豪勢に肉を出すから」
もはや方角なんて分からなくなって久しいんだけど適当に方角名を言って、わからないまま進んでいく事数時間。ヤミナの奴、まだ朝のことを引きずってるのか。頬を膨らまして怒ってるぞアピールをしている。まだ僕の服の裾を掴んだままだけど。
「!・・・これがギャップも・・・いや、すみませんでした」
僕のほうもなんだか抜け切っていないようだった。反省反省。しかしこうも複雑な森だと方位磁石のような便利道具を買ってたほうが良かったかもしれないな。けど探したけど無かったんだよなぁ。「コッパー&コフィン」でも置いてなかったし。よほど貴重品なのかな。
しかしこれだけ森の中を歩き回るのもなんだか疲れてくるな。途中で何度か魔物の群れに遭遇したけれどヤミナが魔法使うまでもなく僕が軽く刀を振っただけで消えたし、ひょっとしてここって魔物の強さは大した事ないんじゃないのかな?妙な噂が付いただけで基本的には広大さが売りの森なんじゃないんだろうか。
そんな事を考えながら歩いているとヤミナが急に裾を引っ張ってきた。
「ん?どうした、ヤミナ」
振り向くとヤミナがある方向を指差している。西か東かは分からないけど兎に角、その方向を指差している。
「なにかあるのか?」
首を横に振る。どうやら何かは分からないけれど漠然と感じ取っているようだ。
確かクレモンドが言ってたな。魔法使いは他の魔法使いの事を感覚で分かるって。それってもしかして魔力を漠然と掴んでいるって事なのか。つまりヤミナが指差す先には魔法使いか何かは分からないけど普段と違う魔力の流れが在るってことだな。
「よし、そっちになにかあるかもしれない。慎重に行ってみよう。また何か感じたら教えてくれ」
僕は基本的に魔法を使わないのでそういった魔力の流れなんかを読むのには長けていない。というかまったく分からない。殺気や気配ならたとえ一キロ先でも分かる自信があるんだけど。
ヤミナの指差した方向へと進んでいくと一定間隔で生えていた木がまばらになっていく。さらによく見ると葉っぱの形が杉のような針葉樹からチークの広葉樹のそれへと変わっていく。
やがて周りにある木が全て広葉樹に変わった時、目の前に大きな館が見えた。
ワルシャワにある城を彷彿とさせるようなさほど大きくもない物の、どっしりとした構えにガラス張りになった一階部分。玄関のところには大きな白い支柱が左右に二本ずつそびえていた。もっとも今は長い間放置されていたのか白い支柱はあちこち欠けて、ガラスは割れていて、建物の壁は至る所が剥がれ落ちていた。
それでもなお、建物からはかつて誇っていたであろう威厳を感じる事が出来た。
「この中か?」
僕の言葉に頷くヤミナ。ふむ。どうやらここが噂の魔力の流れの乱れの原因と考えてもいいのかな。だとしたら・・・いかん。奴らがくる。戦後最初のヒーローとも言われた奴が。鋼鉄の帝王とも言われた奴がっ!
「そんなわけないか・・・ははっ。ないよな?・・・はははっ」
空中に向かって疑問を投げかける僕をヤミナはジト目で見ていた。視線が痛かった。
結局ヤミナに急かされて館へと入る。大きな木製の門には鍵が掛かっていなかったので簡単に入れた。
館の中はやはりというか荒れていた。エントランスホールに置かれた数々の調度品は砕け、破れ、汚れていた。床に敷かれた豪華な絨毯もあちこち破れていた。床に敷き詰められた白い石、たぶん白碧石だと思うんだけどこれも薄汚れて所々砕けていた。
玄関を入って目の前に見える大きな螺旋階段も踏み場が所々抜けていた。一階部分には左右それぞれ扉が三つずつあり、二階部分には部屋が見えるだけで五つほどあるようだった。さて、どこから調査をしていこうか。
魔物の気配もしないので二人分かれて調査を行うことにした。ヤミナは右側の三つの扉を、僕は左側の扉を調べることになった。
「まずは手前からだな。これは鉄則だ」
前の世界でゲームをする時、僕はなんでもかならず手前から処理していた。手前の敵、手前の宝箱、手前のトラップ部屋。結構な数選択ミスをしたりしたけど気にしていない。気にしちゃいられない。
「まずは第一の扉、ご開帳ー」
結構な重さのある両開きの扉を開けるとそこはファンシーな色で飾られた一見すると子ども部屋のようなところだった。
ただし壁には皮膚を剥がされ苦悶の表情が筋肉から読み取れる男や女の顔が、おもちゃ箱の中には積み木のように男や女の手や足が積み上げられたり、床には人間のものと思われる内蔵が所狭しと置かれていたけど。
そしてその中央で楽しそうに、腸を身体に巻きつけ、脳みそを指で掻き回している血だらけの赤ちゃんが居た。なんだかB級のホラー映画でも見てる感じだ。
赤ちゃんが気付いたのかこちらを向いた。首だけこちらにぐるりと向けてるよ。顔は血や糞尿で汚れておりとてもじゃないが可愛いなんて思えなかった。
「・・・失礼しましたー」
すーっと扉を閉める。そして三歩ほど下がって丁度手ごろなサイズの壷を手に取り。
「・・・ぐっ、おえええぇぇぇぇぇーッ!!な、何なんだあれはッ!近頃のB級映画でもあんな露骨なシーンは見ないぞッ!っおえぇ・・・」
思いっきり嘔吐した。胃の中のもの全部出してもまだ嘔吐が続いた。あれは衝撃的過ぎた。しかしなんだ、あれ。精神攻撃系のトラップか?だとしたらかなり陰湿だな。
「くっ!・・・吐き気を催す邪悪とはッ!まさしく・・・これのこ・・・おおえぇぇ!」
僕の声を聞きつけたのかヤミナが向こうから走ってきて僕のそばに座り背中をなでてくれた。うう、ありがたやー。凄く心配そうな顔で何度も何度も背中をさすってくれる。うう、なんとか大丈夫みたいだ。
「しかし恐るべきはフラグか・・・気を付けないとな」
「 ?」
ヤミナが「本当に大丈夫なの?」という顔でこちらに語りかけてくる。それに僕は今出来る精一杯の笑顔でお礼を言う。ヤミナはちょっと顔を赤くしながらすこしの間僕の顔を見ていたけれど大丈夫だと理解したのかまた向こうの扉の調査へと戻っていった。
「くそっ。ヤミナだって頑張ってるんだからな。僕もくじけちゃいられないな」
気力を奮い立たせて立ち上がる。残る扉は二つ。どんな罠が来ようとも僕がそれを全て正面から正々堂々力技で叩きつつしてやる!
残る二つの扉も最悪だった。どれ位最悪かというと、ここには記せないほどの最悪さだった。
ただ、言えるとしたら。真ん中の扉は皮肉とムカつく言葉使いの狐のお面を被った何も考えてない人がいて、最後の扉には全身網タイツの顔が白い男が居たこと位だろう。これ以上はここに記してはいけない。僕の記憶の奥底に封印してしまうのが一番だろう。
「くそ・・・何もなかったじゃないか」
意気消沈してエントランスに戻ってくるとヤミナの方も最後の扉を調べ終えて戻ってくるところだった。さぞ彼女も大変な目にあったのだろう、と見てみると両手一杯の花束とこの館のものであろう、鍵束と小ぶりな大きさの赤い石を持っているじゃあないか。
「なぜだ・・・なぜこうも結果に差が付いてしまったのだ」
泣きたくなった。でも男が泣いていいのは強敵が死んだときか自分が死ぬときだと決まっているので必死に涙をこらえた。ヤミナが心底不思議そうな顔で見つめてきたのが更に悲しさを倍増させた。
「・・・ぐすっ。気を取り直して行こう。ところで、その鍵は?」
「 」
ヤミナは「分からないけど親切なお爺さんからもらった」とでも言いたそうな顔でこちらに鍵束を差し出してきた。鍵束は四本あり、見たところ全て銀で出来ているようだった。
「ふむ。特に変わったところは・・・ん?何だ、これ」
鍵の後ろの方を見てみるとなにやら刻印が刻まれている。どうやら前の世界で散々見た漢字のようだ。
初めの一本には〈手〉と書かれている。次の鍵には〈篇〉と書かれている。
「これは・・・対応する部屋があるって言う事か。でもさっきの部屋には鍵穴がなかったし」
そう考えたところで思いつく。上だ。まだ調査をしてない二階があるじゃないか。そこならもしかしたら。
崩れそうな階段を上がって二階に何とかたどり着く。左右に二つずつ、そしてあがってきた目の前にもう一つ扉がある。おそらく正面の扉がボスへと通じる扉なんだろう。
「なるほど。この扉のどこかにボス部屋の鍵があるのか。ついでに三角の力の象徴も」
もらうとしたら僕は勇気かな、とつまらない事を考えながらまずは左側の手前の扉を見る。鍵穴の上には〈露〉と書かれていた。鍵束から〈露〉と書かれた鍵を取り出して差し込んでみる。
「あれっ?鍵が合わない・・・」
まさか。順番どおりに扉を開け、とかそう言うんじゃないんだろうな。全く、面倒くさいぜ。ため息を付いてもう一度鍵束を確認する。
「えっと・・・まずは〈手〉。次に〈篇〉、〈露〉、〈辺〉か。何かの暗号か?」
部屋の方も確認する。右側の奥の扉が〈手〉。その手前が〈篇〉、左側奥が〈辺〉で手前が〈露〉。
ヤミナに聞いてみるも「そんなの私が分かるわけないじゃない」とでも言いたそうな目で訴えかけてくる。
仕方ない。ここは僕が頑張って謎を解くしかないのか・・・果たして解くことが出来るのか?!
閲覧ありがとうございます。




