第一章 十二話 平和な日常編かと思ったらまた依頼を頼まれました
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薄暗く狭い地下室。最低限の照明が焚かれた部屋に幾人かのフードで顔を隠した人物が集まっていた。
部屋の中央には台座が設置されておりその上には拳大ほどのクリスタルのようなものが置かれていた。
「計画は順調か」
「滞りなく」
部屋の奥に居た人物からの問いかけに一人のフードの人物が応える。手には如何にも高そうな指輪が幾つも付けられていて、そのうちの一つにはバラの紋章が刻まれていた。
「しかし、騎士団の奴らがそろそろ勘付く頃だ」
「我らが集まるのも控えなくてはならない」
「誰かは知らないが町外れに召喚していたリヴァイアサンがいつの間にかやられていた。そちらにも注意が必要だろう」
部屋の右側にいた銀のネックレスをした人物とフードに刺繍をした人物が各々の意見をはなす。
その言葉に幾人かが賛成の意を示すが奥の人物は片手を挙げてそれらを制する。
「警戒は確かに大切だが今や我らの計画は最終段階。今更何を恐れる事がある」
「あのギルド「貫かれた盾」もこの町を去ったという事じゃないか」
「それに騎士団といっても三流冒険者にも及ばない腰抜けばかり」
奥のフードの人物に賛成するように左側に居た人物達が声を上げる。
「然り。計画の成就は必然。そしてそのときこそ奴らを地獄へ突き落とす」
「さあ、実行までの日も近い。宴の準備を急ごうではないか」
「次に会う時は計画の実行の日だ」
その言葉を皮切りにフードを被った人物性質はぞろぞろと部屋から出て行く。最後に残ったフードの人物は出て行く間際、部屋の中央に置かれた台座の方を振り返って、
「待っているがいい」
呪うように重々しく言葉を吐いた。
あのアッシュとの戦闘から早くも三日がたった。その間僕とヤミナはギルドでの依頼をこなしたり魔法に関する知識を集めるために魔法道具店「コッパー&コフィン」へと出向いて店主のクレモンド・ネイビーから話を聞いたりしていた。クレモンドと主に話すのはヤミナだけど。ヤミナの魔法の才能はかなりの物らしく次の日には早くも中級魔法を会得していて、クレモンドも目を丸くしていた。
初めはヤミナも驚いていたようだけど、徐々に自信になっていったのか僕が依頼をこなして帰ってくるとふふん、と胸を張って自慢していた。やっぱり小鼻に皺が寄って可愛い。
僕の方はというと討伐依頼や採取依頼なんかをこつこつとこなしていた。いくらランクが一気にⅦまで上がったとはいえ実力としてはまだまだひよっこ同然だし魔物や植物に対する知識も持ち合わせてないのはどうかと思ったのだ。
ここ三日間依頼を受けてコルキの町の外を見てみた結果、ここは異世界「リーン・クウェル」の中央からすこし南側に位置する、という事で植物は前の世界で見た南国系の植物のが多く見られた。葉っぱが広がっているものや色とりどりの花。ただ無用心に近づくとつるが延びてきて僕を攻撃しようとしたり花びらが空気を切り裂いて飛んで来たりと大変だったけど。因みにつるは弓の弦に、花びらは滋養強壮の薬として重宝されるそうだ。気候は南国特有の気だるい暑さかと思ったけどそんな事も無くてからっとした陽気な天気でとても過ごしやすかった。夜も思ったほど寒くも無い。こういった天気はこのブレイズ共和国だけらしく、南の方のストラング帝国ではもっと暑いらしく場所によっては草木一本生えないような砂漠になっているとの事。
逆にブレイズ共和国の東側にあるガーグランド王国では年中雨が降り続く熱帯雨林のような場所があるらしい。僕としてはずっと雨ばっかりや暑すぎる地域はどうかと思ってしまう。ま、今のところ訪ねる予定もないし大丈夫だとは思うけど。
魔物の方は依頼も依頼だけあってゴブリンやワームといったゲームでもおなじみの敵と戦う場面があったけれどゲームとは違ってゴブリンはその場に生えていた毒をもつ薬草を持っていた鏃に塗って弓を打ってきたし、ワームは分裂、増殖する能力を持っていて厄介だった。依頼ではそんなに強い敵や気味の悪い敵とは戦わなかったので良かったものの、現に目にするとゲームじゃ可愛い(?)部類のゴブリンでも短い足にぶよぶよの赤黒い皮膚、よだれが垂れ流しになっている大きく裂けた口にちらりと見える黄ばんだ牙、と見た目の精神衛生上よろしくなく良くこんなのと戦って平気でいられるな、と改めて思ってしまった。
この三日間で稼いだ金額はリヴァイアサンに比べれば微々たる物だけど普通に市場などで使ってもかなり手元に残る金額を稼ぐ事が出来た。この調子だと不自由なく暮らせていけるだろう。
今日はコルキの西に広がる「灰色の森」付近にオークが出たので退治して欲しい、という依頼を受けてさくっと片付けた。オーク自体はそんなに強くもないんだけど依頼に会った報告とは数が違った。依頼では三体のはずだったんだけれど実際に行ってみるとそこには十頭以上のオークがいた。なんというか気持ち悪かったので抜刀術のスキルを使って早々に成仏していただいた。手に入れたドロップ品「オークの牙」は武器や防具、調度品に薬にと便利に使えるためか買い取り金額もそこそこいい。ひょっとしたら報酬金よりも儲けるかもしれない、とホクホク顔で冒険者ギルドに帰ってくると何故かそこにはここのギルドマスターヴァン・フォルトが腕を組んで入り口の方を睨んでいた。あまりのその威圧感にギルドにいる冒険者の数人は恐慌状態に陥ってしまっている。
「どうしたんですか?ヴァンさん。なにか問題でも起こったんですか?」
「むッ、その姿はショウであるかッ!ずいぶんいい装備を手に入れたのであるなッ・・・それは今は置いておくのであるッ。特に問題があるという事ではないのであるが」
そういってちらりとギルドを見渡した。その威圧的な目に当てられた冒険者もいたのだがヴァンは特に気にする様子も無く
「うむ、では奥で話を聞いてもらおうとするのであるっ」
「は、はい?」
また奥で話ですか。前に話をした後、冒険者ギルドに行こうとするとなにやらモヒカンの人たちや改造した学生服と帽子を被った背の高い人にいちゃもん付けられたからあんまり目立ちたくないんだけどな。でもギルドマスターの話なら仕方が無いよな。
結局言われるままにヴァンについて奥のギルドマスターの部屋へと入っていった。中は前回と変わらず様々な書類が所狭しと置かれていた。
「立ち話も何なのであるから座るのであるッ。飲み物はフレット茶かレーベル茶のどちらにするのであるかッ?」
「じゃあ、フレット茶でお願いします」
フレット茶は前の世界で言う緑茶にそっくりな飲み物。大してレーベル茶は番茶に似ている。ただしお茶葉が同じという事でもなくフレット茶は普通に栽培しているのだけれどレーベル茶は西の灰色の森に生息している背中に葉っぱが生えた「レーベルベアー」という魔物から手に入れることが出来る高級品なんだそうだ。番茶は好きだけどまさか高級品だなんて。後で金額を確認しておちおち飲めやしない。ルークからその事を聞かされたときは運悪く宿屋「小鳥の囁き」の食堂でレーベル茶をがぶ飲みしているところで、思わず噴出しそうになってしまったのを覚えている。そういうことも踏まえてわざわざレーベル茶を頼むほど僕も神経は図太くないので緑茶に似ているフレット茶を頼んだ。
少しすると部屋の中に摘みたてのお茶の葉の香りが漂ってくる。因みに、こっちのお茶の葉は入れた時匂いが強いそうで、獣人なんかは苦手だそうだ。残念だ、折角美味しいお茶なのに。
お茶を飲んで双方一息入れるとヴァンは机の上にあった一枚の紙を僕の目の前に持ってきた。
「これを見るのであるッ」
「・・・灰色の森の魔物討伐報告書?これがどうか・・・」
「見るのはそこではないのであるッ。数を見るのである、それも過去三ヶ月との比較を見るのであるッ」
僕の目の前に差し出された紙には西にある灰色の森の魔物を討伐した数が魔物ごとに一覧になり見えるようになっていた。上からゴブリン、ウッドワーム、グレーカウル・・・と魔物の名前が続いている。その横には過去三ヶ月の合計討伐数と隣にここ一月の討伐数が記されていた。
「ゴブリンは・・・過去が二百。ここ一月で・・・四百?グレーカウルは・・・過去と比べてこっちも二倍。オークにいたっては三倍くらいですね」
「うむ、いくら灰色の森が人が立ち寄れない魔物の領域であったとしてもこの数は尋常でないのであるッ!季節的にも魔物の大量発生の時期ではないのにこれはおかしいのであるッ!」
「・・・確かにそうですね。時期や季節を考えてもこれくらい魔物が発生するのは確かに異常ですね」
「そうであるかッ!さすがショウであるッ!私に出来ない事を平然とやってのけるのであるッ!」
「い、いえ。ただ数字を読んだだけですけど・・・」
「そんな素晴らしい力を持ったショウにしか出来ない事があるのであるッ!むしろショウにしか出来ない事なのであるッ!憧れるのであるッ!」
「いや・・・僕はただ」
「そうであるかッ!受けてくれるのであるかッ!それでは早速灰色の森へと行ってくるのであるッ!大丈夫、骨は拾うのであるッ!」
「ちょっと待てぇぇぇ!!」
いやいやいや、何勝手に依頼を受けた、みたいな雰囲気作ってんですかこのちょんまげマスターは。大体僕の話を全然聞いてないでしょ?
「分かりました。ヴァンさんの言いたい事は分かりました。でもその依頼は僕じゃなくちゃいけないんですか?そんなに気になるのならヴァンさんが行けば」
「おっと少年!それ以上の言葉は慎むのであるッ!私はあくまでギルドマスター、此処に残って何かあったときは適切な指示を出さなくてはならないのであるッ」
「さっき魔物の数が異常だって言ってたじゃないですか。今こそギルドマスターが動くべきだと思うんですけど」
「そ、それはッ!・・・ショウの方がこの任務には適任だと私が決めたのであるッ!これはギルドマスターの全ての権限を使っての決定であるッ!」
うわぁ。話を聞かない次はギルドマスターの地位を持ち出してきたとは。ってかそんなに行きたくないのか?なんでだ?何か理由があるのか。
「あの・・・なんで灰色の森に入りたくないんですか?何か理由でも」
「おおっと!青年!それ以上は言わない方が身の為なのであるッ!それ以上のことを聞きたいならばこの私の斧をかいくぐって」
「ひょっとして、怖いんですか?灰色の森が」
「ギクッ」
ギクッって。普通は口で言わない台詞だと思うんだけどな。しかも手が震えてお茶を零してますよ~。それにしてもどんだけ怖いんだ、灰色の森。
これは是非とも事情聴取を行わなければ!きちんとした情報は生死を分けるとも言うからね。
「灰色の森ってどういうところなんですか?」
「は、灰色の森はその名の通り自生している植物が灰色なのであるっ。それゆえそこにすむ魔物や動物もは、灰色であるッ!」
「なるほど。ほかに何かありませんか?そうですね・・・噂に成るほどのもの、とか」
「な、ななな何を言っているのだねッ!灰色の森には何もいないのであるッ。森の奥の古い館に近づくものがいれば高笑いしながら脳漿を吸い取ると言う輝くマントを羽織い、銀色の杖を持った金色の骸骨がい、いるなどそんな噂は聞いたことが無いのであるッ!」
「・・・はい?」
ちょっと待ってください。それはなんて言う戦後のヒーローですか?というか何時の間にあなたはこの世界に来たんですか。まさかその噂の古い館の周りには黄金の蝙蝠が飛んでいるんじゃないでしょうね?ま、彼ならやりかねない所に疑問は生じないけれども!
とりあえず話を聞く限りでは灰色の森の中にはなにやら変なものが蠢いているということだな。たぶん目の前のぶるぶる震えているちょんまげギルドマスターは幼い頃にそういう話を聞かされたのだろう。そりゃ僕だって高笑いしながら脳漿を吸い取るマントを羽織って銀色の杖を持った金色の骸骨がいたら泣いて逃げるよ。だってあいつには攻撃が聞かないんだもの。
仕方ない。ここは乗ってやるか。本当は僕も行きたくないんだけれど誰かが行かなくちゃならないだろう。
このことを知ってしまった以上見過ごす事は出来ないし。
「分かりました。そこまでならその依頼、受けましょう」
「!ほ、本当であるかッ!」
「ええ。ただし、原因を突き止めるとか出来るとは保障しませんよ?あくまで調査するだけですから」
「うむ、分かっているのであるッ!」
いやあ、そんなキラキラした目で見られても。最善は尽くすけども。僕だって怖いんだよ?
「・・・とまぁこんな具合で依頼を受けてきた。早速明日から灰色の森に行こうと思う」
「!!!」
「行くって、正気ですか?!あそこは入ったら二度と出て来れないだの、蝙蝠を食いちぎる男がいるだの石で出来た奇妙な仮面をかぶった半裸の男がうろついているとか、不吉な噂が絶えない場所なんですよ?!」
魔法道具店「コッパー&コフィン」にヤミナを迎えに行った後宿屋でルークを交えて話をしたところ彼からとんでもない情報が寄せられた。マジかよ。黄金の蝙蝠だけじゃなかったのか。ルークの言った二人は世界観も全然違う人だけどどちらも強烈すぎるイメージをもってるな。特に前者。ますます行きたくなくなって来た。ってか生きて帰れる自信が無い。僕の隣のヤミナなんてぶるぶると震えてお気に入りのつばの広い白い帽子を深く被って涙を浮かべながら僕に引っ付いているし。ルークも普通そうに見えるけどよくみると手が震えている。そんなに怖いところなのか、灰色の森。
名前からしても噂の内容から言っても限りなくブラックに近いグレーゾーンだよ。やりすぎだよ。
「し、しかし灰色の森で異変が起こっていることは事実です。確かめる事は必要です」
「それならなおの事ギルドマスターが・・・ああ、彼は極度の怖がりでしたね」
「知ってたんですか?」
「有名ですからね、彼」
なんと、全てご存知だったとは。ま、僕が知らなさ過ぎるだけなんだろうけど。ヤミナは今回は留守番か?そんなところへ行くのは僕一人で十分な気がする。もちろん怖いけど死ぬ事はないだろうし、最悪森ごと切り刻む覚悟で行けば・・・
「っと、ヤミナ?どうしたんだ?」
僕の服の袖を引っ張るヤミナの方をみると、目には涙を一杯に浮かべながらも付いていく、という意思表示をはっきりしている顔がそこにはあった。
「付いてきてくれる、のか?」
「 」
「怖かったらここで休んでてもいいんだぞ?」
「 !」
「・・・そうか。でも無理だけはするなよ」
「そうですか。ならば私も出来る限り協力をしましょう。さ、早く市場へ行きましょう!揃えなければならないものが沢山ありますよ」
ルークとヤミナの協力は素直にありがたい。僕は二人の顔を見て頷く。市場が終わるまではまだ十分時間はある。そなえあれば憂い無しとも言うしね。
ギルドマスター ヴァン・フォルト(年齢四十の筋肉ムキムキ、ちょんまげ)怖くて怯える姿・・・やべえ。人には見せたくないところってのが良く分かります。




