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04.深紅の耳かざり

「それでは俺は少々出かけてくる」

 翌日。陽も昇りきった正午。

 シーザリオンはすっかり身支度を終え、おまけに日頃の鍛錬を兼ねた軽い運動まですませていた。

 昨夜少女を救出したのは、なぜかシーザリオンということになっている。もっともあの状況では誰もが勘違いするだろう。

 シーナ・レイを伴って『赤い木の葉亭』に戻り、一夜が明けると、噂を聞き付けたこの町の『領主の使い』と名乗る男が現れた。


「ならず者をいとも簡単に倒したと噂の勇者殿にぜひともお会いしたい、と奥様が申しておるのです」

 すぐにでも会いたいとの使者の言葉に、傭兵の直感で仕事の匂いを嗅ぎとったラディンが、シーザリオンに領主の屋敷への訪問をうながした。

「たぶん夕刻には戻ると思うが……」

 堅苦しいことを嫌うシーザリオンはとうに仕度を終えたのに、まだぐずぐずしている。

 ラディンが冷たい視線を送る。

「早く行けよ」

 二日酔いのズキズキ痛む頭を手のひらで押さえ、残る手で掛け布団を引き寄せた。機嫌も悪ければ、気分も最悪だった。

「それでは行ってくるが……なんなら取りやめてもかまわないぞ?」

「行ってこい。俺はガキじゃねえんだ。ひとりで留守番くらいできる」

 いつもなら怒鳴りつけているところだが、とてもではないがそんな元気は湧いてこない。

(昨夜は俺の倍、飲んでいたくせしやがって……あの野郎!)

 涼しい顔のシーザリオンに八つ当たりを承知で怒りをぶつけてやりたいが、酷い頭痛のせいでそれもままならない。

 部屋を出て行く後姿を恨めしげに見送りながら、覚えてやがれ、とラディンは呟くのだった。




 いつのまに寝入ったのだろう。気が付くと室内は薄闇につつまれていた。

「……シーザリオン?」

 いらえはない。相棒の不在に気づき、ラディンはもそもそとベッドから起き上がる。

 熟睡したことで頭痛も治まり、まだ目覚めきらない頭で『腹が空いたな』などと考えた。

「なにか食うとするか」

 丸一日、なにも食べていないことに思いいたる。シーザリオンの帰りを待ちがてら、食事をとることにして階下へ降りた。


 まだあまり人気の無い食堂で、注文した料理を口にしていたところに、戸口に見覚えのある姿が現れた。

「よう」

 この姿の方が人目につかないと勘違いでもしているのか、あいかわらず男物の服を着て、例の恐ろしく狂暴な黒犬を連れている。

「あら、昨日の……酔っ払い」

「ラディンだ」

 シーナ・レイの失礼極まりない呼び方を憮然とした面持ちで訂正して、ラディンは少女に椅子を勧めた。

「めしがまだなら食っていかねぇか?」

「そうねえ、そうしようかな」

 少女はラディンの向い側の椅子に座るとメニューを広げた。

 しばらくして鶏肉と野菜の包み焼き、焼きパンとミルク、そして犬のためにと言って蒸した子羊の肉を注文した。


「犬のめし代だけでも大変そうだな」

 木の皿ごと床に置かれた肉の塊を一気に平らげる犬の様子に、ラディンは目を向ける。

「そうでもないわ。街中以外なら、勝手に獲ってくるから」

「利口な犬なんだな」

「そう、リヴはとても利口なの」

 早々と食事を終えた犬は、今はシーナ・レイの足元に長々と寝そべっていた。光沢のある漆黒の体毛が、ゆるやかなカーブを描いて床に散っている。

「名は……シーナ・レイだったよな? それにしても、なんだって護衛も連れず、一人旅なんかしているんだ? 女の一人旅が危険なことくらい知らないわけじゃないだろう」

 混じりけのない、黒い光彩。闇色の瞳。

 肩の長さに切り揃えた黒髪はラディンと同じような色をしていたが、こんなに短い頭髪をした少女を彼は初めて目にした。

「護衛ならリヴがいるわ」

「いつも犬が守ってくれるとは限らないだろう。たまたま昨夜は幸運だったんだ。幸運がいつまでも続くとも思えないけどな」

「なぜ、そんなことを言うのか解らないけれど……昨夜、見たでしょう? あたしは魔法が使えるの。だからリヴと魔法があれば大抵のことは平気だわ……現にあたしは、こうして無事に旅を続けているもの」

「魔法の話はともかく、その犬は確かに役立っているんだろうがな」

「べつに、信じてくれとは言わないわ」

 ふい、とシーナ・レイは横を向いた。

 その白い横顔に、ラディンはかすかな違和感を覚える。

 昨夜目にした魔法とやらの話は別として、瞳の色と短い頭髪以外は少々気の強い、だが普通の少女となんら変わりはない。


「変わった耳飾りだな」

「そう?」

 シーナ・レイの左耳には小さな紅玉が埋め込まれていた。

 金の台座に収められた真紅に透き通った石が、テーブルの上の灯火に反射して不思議な色合いを帯びている。

「あたしの国では、どこにでもある、ごくありふれた物よ」

「どこの生まれだ? シーナ・レイ」

 しばしの沈黙の後、微かに息を吐くとシーナ・レイは独白するように言う。

「……遠いところよ、とても遠い国」


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