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01.二人の傭兵

 夕暮れの気配に、秋色の空はゆっくりと色を変えてゆく。薄闇に閉ざされ、しだいに滲んでゆくツバイの町を新月が淡く彩ると、民家に明りが灯りはじめた。

 時刻は、そろそろ夕飯時。

 いつものように店が賑わいをみせるまで、あと半刻ほどだろうか。

 酒場と宿屋を兼ねた『赤い木の葉亭』にはまだ客の姿もあまりなく、うまっているテーブルも一つきりだった。

 木製のテーブルには早々と何品かの料理と、ラビエ王国の名産である黒麦酒が置かれている。少々早めの夕食を採っているのは、一目で流れの傭兵と判る男たちだった。

 どちらも簡素な旅装にブーツといった服装で、小さくまとめた荷物と外套を横の空いた席に置き、剣を立てかけている。


「すこし飲みすぎだぞ、ラディン」

 青年が注意をうながした。

 短く刈り上げた赤みがかった金髪と、深い水底を思わせる眼。戦うことを、己の体のみを資本とした、無駄なく鍛えられた肩や腕。上背のある、がっしりとした体。

 金髪に青い目という組み合わせは近隣の国々では珍しくもないが、青年――シーザリオンのそれは妙に人目を引いた。見る者にどこか場違いな印象を抱かせる、隠し切れない気品のようなものがあるのだ。

 ラディンと呼ばれた青年は顔を上げると、なんだよ? というようにシーザリオンを見る。口元をもごもごさせながら右手でグラスを持つあたり、お世辞にも上品とは言い難い。

「これっくらい、どうってことねぇよ」

 早くも出来上がりつつある翠の目を細めると、シーザリオンの忠告を一笑に伏し、半分になった中身を一気に飲み干す。

 癖の強い暗褐色の髪は無造作に束ねられ、酔った指がしきりに掻き混ぜるのに乱れはじめている。象牙色をした頬も、わずかに赤味を帯びていた。

「ここ最近は真面目に働いてたんだ。お陰で懐もあったけえ、別にかまわねぇだろう? ほら、おまえも飲めよ、シーザリオン」

「……ああ」

 ラディンとシーザリオンが一緒に旅をするようになって数年だが、短いとはいえ元々は上司と部下の間柄だった。流れの傭兵をしていたラディンが、シーザリオンの所属する部隊に配属されてきたのは四年も前になる。

 将来は公爵位を継ぎ、父同様に将軍職を賜る未来が約束されていたシーザリオンは、『下々の者を見ておくのも勉強のうち』との父の言葉により、三年の期限付きで傭兵部隊の隊長を勤めていた。

 それぞれの理由により国を後にして(ラディンのそれは一個所に留まれないというある意味単純なものだったが)今現在立場が逆転してしまったのは互いの性格ゆえか。

 シーザリオンの故郷――レクザスにまだ暮らしていたころ、とある事件に巻き込まれてこしらえた、左頬をはしる傷痕に目を止めると「なに見てんだよ」と、ラディンがうすく笑った。

 一生残るだろう十字の傷痕を紅に染めたまま「女じゃねぇんだ、かまわねぇさ」と唇を歪めて笑ったそれは、今ではすっかり馴染んで、ラディンの顔を形成する上で欠かせないものとなっている。


「女将、もう一杯たのむ」

 ラディンが空になったグラスを上げると、すぐに女将が酒壷を手に歩いてきた。

「はいよ、お兄さん。そっちの兄さんもいけるクチなんだろう?」

「……あ、ああ」

「そう来なくちゃねえ」

 威勢の良い声と共に、冷えた黒麦酒がそそがれ、白く泡立つ。

「この分はあたしの奢りだよ。うちの店じゃ、泊りのお客には一杯サービスすることにしているんだ。もちろん気に入った客だけに、だけれどね」

「そりゃあ悪いな、ありがたくいただくよ」

「たしか四、五日前にも、うちの店に泊まりなすったよね?」

「ああ、この町から、ラビエ王都まで仕事で往復してたんだ。盗賊にも魔族にも出くわさなかったし、そういや護衛を雇うような道のりでもなかったよな、シーザリオン」

「ああ、奇妙なほど何事もなかった」

「ここ最近、魔族が増えたって噂は本当なのかい?」

 女将の言葉にラディンは頷くと、

「本当だ。この付近じゃ見てねぇが、街道沿いでも夜はかなり危険だ。犠牲者もけっこうな数が出ているって話だぜ」

「魔族が本当に現れるなんて、どうなっちまっているのかねえ。あたしゃ魔族っていうのは伝説上だけのものだと思ってたよ」

「まぁな。……けど、魔族っていったって、それほど危険な奴はいねぇさ。あいつらは獣とそう変わらねぇんだ。少しくらい腕に覚えのある奴だったら、どってこたぁねえよ」

「そうだねえ、それに、この付近にはいなかったんだろう? それなら当面は大丈夫だろうしねえ」

「それがかえって気にならなくもないが……」

「なんだって? シーザリオン」

「脅威になる肉食獣がいる場所には、草食動物は近寄らないものだと……いや、だから、どうということもないが」

「なんだよ、はっきりしねえなぁ」

「おっと、お客さんだ。そうそう、お兄さんがたの部屋は二階の突き当たりだよ。ゆっくりしていっておくれよね」

 女将は慌てて踵を返すと、店に入って来たばかりの商人風の男の方へ歩いて行く。その後ろ姿を見送ってからシーザリオンが言った。

「それに……古い文献には確かに、かつて魔族の存在があったと記されている」

「そりゃあ俺も聞いたことがあったな。たしか、うんと昔『魔族の王』をどこかに封印したとかってやつだろう」

「魔道国ヨークシアだ」

「さすがに詳しいな、シーザリオン」

「それだけではない……そのヨークシアのどこかにある封印が解けかけたらしい」

 ラディンには初耳だった。黒麦酒を飲もうとしてグラスを口元に当てたまま、動きを止めた。

「もっとも大事には至らなかったらしい。どんな方法を使ったのかまでは知らないが」

「シーザリオン、おまえ、どこからそんな情報を仕入れてくるんだ?」

「あらためて尋ねられても答えようもないが……まあ、いろいろとだ」

 釈然としないようすのラディンは飲むことに決めたのか、空になったグラスを上げた。

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